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イクス・アイズ~未来が見えるので、すべてを救ってもいいですか?~  作者: 八十浦カイリ
第四章 異能力者たちは踊り狂う
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第106話 欠けていたもの

インターフォンの音を合図に、華月がマンションの扉を開ける。玄関では、既に紬が待機していた。

「こんにちは。…わざわざありがとうございます」

「別に感謝を言われるようなことじゃないさ。それに、僕も小春の予知の件は気になっていてな。ほら、いい時間だろう。昼ごはん、買ってきておいたぞ」

「ありがとうございます。小春もリビングで待ってるはずなので、早く話しましょう」

「…それなんだが。出来れば食べてからにしようか。食事しながら話すようなことじゃないだろうしな」

玄関で靴を揃えてから、華月は床に上がる。やや長い廊下の先に、リビングの入り口であるドアが鎮座しているのが見えた。


「あー。確かにその方がいいかもしれませんね」

「あんまり大声で言いたくないが、小春の予知っていうのは大体大きな事件の予兆だしな。食事どころじゃなくなるかもしれん」

特に今回は、小春が言い淀む程の事態だ。何故言い淀んでいるのか、そんな事は紬にはまったく想像もつかないが、小春なりの理由があるのは間違いだろう。

「小春、華月さん来たよ」

リビングのドアを開ければ、小春が紬から借りた本を読んでいた。今時紙の本などは珍しいものになってしまっていたが、興味を示してくれたのもあって貸していたのだ。ただリビングで本を読んでいるだけなのに、整った顔のせいか、妙に絵になっていた。

「それにしても紬、お前が本を貸すなんて珍しいじゃないか」

「これもなかなか珍しい本だしだいぶ高かったですけど、小春が興味持ってくれたのが嬉しくて」


「なるほどな。…さて、話に入る前に腹ごしらえだ。もういい時間だしな」

掲げていたコンビニの袋をテーブルに向けて置くと、それなりに大きな音がした。一体どれくらいの食事を買ってきていたのだろうか。

「普段はあんまり食べないんだがな。実は今日朝食を食べていないんで、だいぶ腹が減ってるんだ」

「そうなんですか、また珍しい」

「ヴァンパイアともなればそもそも食事はほぼ不要だが、それでも空腹感ってやつはあってな。特殊な体質だから、食事もどうするか最初は本当に困ったよ。…さて、好きなのを食べたまえ。僕は残ったのをやろう」

「じゃあ、私はそのレトルトカレーで」

「今あんまりお腹すいてないし、そのざるそばでお願いします。…それにしても小春、だいぶカレー好きになった?」

「前に食べたのが忘れられなくて……」

レトルトカレーくらい150円もあれば買えるのにと思った紬だったが、あえて口には出さなかった。


昼食を終え、3人は改めてテーブルに着く。

「さて。そんなに改まらなくてもいい。何なら話しづらいなら、もう少しだけ待って、という形でもいい」

「…いや、これは伝えなきゃいけないことだけど。でも、悠希くんや夏生さんたちには、まだ言えないことだな、って思ったんです」

「まだ言えないこと…」

一体、何故ここで悠希や夏生の名前が出たのだろう。紬は、その意味をすぐに理解することになる。

「さっき見た予知は、一哉君が私を殺しに来る予知でした」

「………!?」

華月は急に顔を青白くする。紬もショックだった。何かの間違いであってほしいとすら思った。


そして同時に、納得してしまった。

信じていた旧友に裏切られ、あわや殺されそうになった夏生。

一哉と最も仲良くしていた、悠希。

しかも今はただでさえ、マイナス感情が増幅される異能力の干渉を受けている状態なのだ。

特に夏生は錯乱して、逆に危ない事になってしまうことまであり得るかもしれない。

「一哉君が何で私を狙って来たのかはわかんないんですけど……でも。なんだか目がおかしくなっていて。能力の影響を強く受けたのか、本人の意思なのかはわかんないんですけど……」

「……小春は、あくまでもあいつを信じたいんだな」

「うん。一哉君、結構意地の悪いことも言うし、普段から何考えてるのかわからないこともあるんですけど、でも私達を裏切るような人じゃないと思うんです」


「わかる。僕にはわかるぞ。あいつは嫌味だが、でも仲間に刃を向けるような卑劣なことをするやつじゃない。高橋樹里の例がある以上、もう僕は何を信じたらいいのかわからないがな。それに……」

華月は少し黙って顔を伏せた後、小さく呟いた。

「由良がああなった理由だって、僕にはまだわかっちゃいないんだ」

紬にとって、由良は「CRONUS」の事務所を襲撃してきた襲撃犯であり、自分たちをあわや殺しそうなほど追い詰めた凶悪な殺人犯であり、そして小春にとっては両親の仇でもある人物。

はっきり言って、彼女は悪以外の何者でもない。

だが、華月にとってそれは違う。血を分けた家族であり、長らく過ごしてきた家族だ。20年生きていない自分と、50年近く生きている華月では、家族に対する思い入れの強さだって違うだろう。

紬自身も、由良に対してただの殺人犯であると断ずるべきか迷うくらいには、この華月の心情は何とか理解したいと、そう思い始めていた。


「予知の場所はわかるか?もしそれがわかれば、一度一哉に会って話を聞きたい」

「確か…このマンションの近くだったと思います。時間までは…正直わからないですけど、でも夕方や夜ではなかったので、もし今日中に起きるのであれば、多分それなりに近い時間なんじゃないかと」

今は冬も近づきつつある。17時近くにもなれば、日は沈み始め外は暗くなるだろう。そんな時間帯の襲撃でないとするならば、それなりに幸運ではあるだろうか。

「わかった。色々と事情も聞きたいし、それに…まだ姉さんの行方だってわかってないから」

「…そうだったか。あーくそっ、本当に面倒な事だらけで嫌になる……!」

そう呟く華月の声色には、明らかに焦りが見え始めていた。華月だって人間だ。そう焦ることはあるだろうと思いながらも、そこまでの状態になっているとするならば、今の状況はかなりマズいのではと、紬自身も焦りが伝播し始めている。

「ほんと、どうにかなるのかなぁ……」

そして、不安は口をついて出る。口にした途端、それが現実的なものとして、自分の心に襲い掛かって来る。

3人の心の余裕は、もうそれどころではないほどに削られていた。


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