第98話 『探偵』と『警察』
「違う。私はあなたの仕事を奪ったわけじゃない。それに、緊急事態で警察を呼ぶ余裕なんて……っ!」
目前に広がる光景に、華月は本当に最悪の事態が起きたのだと、天を仰いだ。
よりにもよって紬の通報に応じて来たのが、久遠寺奏だったのだ。
「違うものですか。どうしてあなたはいつもいつも、私を……!」
なんとあろうことか、彼女は紬に向けて日本刀で切りかかってきたのだ。
目前にいる奏は、明らかに錯乱している。
だが、先ほど能力を使ってしまっていた紬に、彼女を止める術はなかった。
「とりあえず皆さん、早いところ遠くに!私が、私がなんとか彼女を止めますので!」
混乱する他の客を誘導しつつ奏の攻撃を捌きながら、紬は駐車場まで移動する。
「華月さん、これどうすれば……!」
「小春も逃げろ。巻き込まれたくないのならな!」
小春も華月と一緒に、誰も巻き込まれていないのを確認してから、店を飛び出した。
「まったく、コンビニに行っただけなのにここまでの事になるとはな……!」
「もしかして、また私の体質に巻き込んじゃったんじゃ……」
「そんなこと気にしている場合か、とにかく急ぐぞ!」
そして、コンビニの駐車場には、久遠寺奏と久遠寺紬。2人の人物だけが対峙する形になった。
「少しは話を聞い、てっ!!」
「うるさい!!私はあなたのせいで、あなたのせいで何もかもが上手くいかないのです!!」
超スピードの斬撃で、駐車場のコンクリートに傷がつく。あれに「当たってしまったら」という恐怖で、紬はひたすらに逃げるしかなかった。
「私は!私はただ!!!あなたより上だと!そう証明したかった!それなのに!あなたは!!!!」
「お願いだから止まって!!このあたりには人もいる!もし巻き込んだりなんかしたら……!」
届かない説得。それでもなお、紬は必死に斬撃から逃れながら、懇願をするしかなかった。
奏の動きが止まる。
「良かった……!」
そして、ゆっくりと刀を構えながら、紬の方へと近づいていく。
「あなたは私に止まってほしいのでしょう?」
「当たり前。今の姉さんは明らかにおかしくなってる。一度、落ち着いて話を……」
「だったらこれはどうでしょう?」
「……あなたは私を殺して止めなさい。私よりあなたが上であるのなら」
悠希と優芽は広夢についていき、すぐ近くのカフェまで向かっていった。
「着いた着いた。ここ、オレのお気に入りのカフェでね~。ほんとはもう1軒お気に入りのとこあったんだけど、潰れちゃってね」
「すっげーオシャレなとこだなー!」
カランカラン、という音と共に、3人は店のドアをくぐる。
「店長、3名様でおねがーい。」
「こんにちは。久しぶりだねぇ相良君。ここ最近は忙しかったんじゃないのかい?」
店長と呼ばれた、白髪交じりの男性が応対する。まさに紳士といった容貌の、上品な雰囲気の男だった。
「いえいえ。今日はオフっすよ。それに2人お友達も連れてるんで」
「というと、君たちかな?」
店長が広夢の背後の二人を見る。
「…こんにちは」
「こんにちは~!初めて来ました~~!店長カッコいいっすね~!」
背中をすぼめて応対する優芽とは裏腹に、悠希は普段通りの調子で、店長に挨拶を返した。
「ありがとう。こんな辺鄙な所じゃなかなかお客さんも来なくてね。最近じゃ相良君もだいぶ忙しかったみたいだし、老い先短い僕の趣味に付き合ってくれる相良君には頭が上がらないよ」
「いやいや、店長まだ若いじゃないすか。先短いっつってもあと30年くらいはいけるっすよ?」
「そうかねぇ。最近はどうも腰や膝が痛くてねぇ。なんとか運動不足を解消しようと頑張ってるんだが、どうも長く貯まった負債は簡単には返せないらしい」
「日頃寝てばっかのうちの親父よりはマシっすよ。……と、注文を。コーヒーとケーキ一つ。悠希くんたちはどうする?苦いのいける?」
「大丈夫……たぶん」
「いけるいける!!」
急に視線を返してきた広夢に、二人は少し驚きながらも、返事を返した。
「よしオッケー。んじゃ三つお願い」
「わかった」
笑顔で三本指を立てた広夢に、店長も上品さを感じさせる笑顔で応対する。
店長が背中を向けると、すぐに広夢もまた、二人に再び視線を返した
「あー、別に緊張しなくていいよ?ここの店長は大体の事情は知ってるしね。そんで、オレ長い前置きとか嫌いだから、単刀直入にいくね」
広夢の表情が一気に変わる。途端に凍りついた笑顔に、悠希の方はともかく、優芽はより一層顔が固くなる。
「君ら、オレたちのこと調べてるでしょ?だからさ、オレからの依頼受けてくんない?」
「えっと…それってつまり、受けないとあたしたちに何かするってことですか?」
優芽の警戒が強まる。眼前の青年から発せられる有無を言わさぬ圧に、まるで潰されてしまいそうなプレッシャーを感じていた。
「あーいや。別に脅したりしてるわけじゃないから安心して?キミたちならオレらの事情も知ってっかなって思って声かけただけだから」
どうやら脅しではないらしいが、それでも優芽は広夢のことを信じられなかった。
「ま、内容としちゃ。『久遠寺奏の身辺調査』ってとこかな」
久遠寺奏。悠希たちも見たことがある、久遠寺紬の姉。まさかそんな名前が出てくるとは思わず、二人とも驚愕に目を見開いた。
「うちのリーダー最近ちょっと様子がおかしくてねぇ。最近じゃ。そっちの妹さんを憎むようなことまで言い出すようになった。こりゃ何かあるかって思っても、オレたちじゃ忙しくて話にならない。お手上げってワケ」
大仰に身振り手振りをしつつ、広夢は事情の説明を続ける。
「それだけならいいんだけど、キミら探偵の仕事を奪うようなことまでし始めた。市民のためならそのくらいついていこうとは思ったんだけど、流石についていけなくなってね」
話し終わった広夢は、わざとらしく笑顔を作ってから、改めて二人に問う。
「…この依頼。受けてくれるかい?」
「一度所長に話を聞いてからでもいいですか」
「別にそれでもオレはいーよ。というか、これ自体ぶっちゃけオレの独断だし」
「そんなことしていいんですか」
優芽の表情が強張る。眼前の青年が、何を考えているのかわからなくて、ずっと緊張が止まらない。
「この依頼は異能力犯罪対策課としてじゃない。"相良広夢"個人としての依頼だ。だから、この依頼に対策課は絡んでない。…たださあ。オレから一つだけ」
「奏ちゃんの立場さぁ、今めっちゃ危ないらしいんだよね」