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監禁 ~知らない間に問題が解決していたようです?~



目が覚めたら、そこは魔方陣の上でした。


「……いやこれ二回目ぇ!」


やっぱり私の声を反響させて、外に音を出してくれない光の膜。

夢の中で気絶して、起きたら最寄り駅だと思ったのに、目を覚ましても私は魔方陣の上にいる。

信じられない、本当の本当に現実だった。


(え、だったらあの人たちも?リアルにいる人たち?騎士とか、司祭とか、お偉いさんたちも?じゃあ、社用携帯も燃えた上に廃棄処分された?)


いやだからそこじゃない。今はそこじゃないだろう、私。

目が覚めたばかりの頭を動かすべく頬を叩く。

きちんと痛いのがもうなんというか、である。

つまり目を覚ます前の状況と変わらず、よく分からない光の膜の中に一人監禁?されていて、日本から誘拐され、私物が燃え…燃やされた。

ふつふつと沸いてくる怒りをどこにぶつけたら良いのだろう。

尻ポケットに入っている私物のスマホを取り出して警察各所に連絡を取りたいが、妙な真似をしたらリュックを燃やした火が着火するかもしれない。


どうやってリュックが燃えたかは分からない。

虫眼鏡の実験の大規模バージョンだとか、元々着火剤か何かが仕掛けられていたか。

光の膜がどこまで通さないのか分からないが。

どちらにせよ、誘拐犯の前で外部との連絡手段を見せるなど到底できない。

この監禁がいつ解けるか分からないが、しばらくじっとしていよう。


(絶対許さん、警察に突き出してやる…!)


決意を新たに上を見上げれば、大広間と言うにふさわしいこの空間の壁の上部が窓になっていることに気づいた。

その向こう側には、小さいけれど夜空が広がっている。

目が覚める前は明るかった空間が今は暗いので、きっと夜なんだろう。

だったら私はどれだけ気絶して、いや、寝ていたんだろう。


今の魔方陣の外側には4人の騎士さんたちが四方に立ち、こちらに背を向けている。

たまに肩越しに、目だけでこちらを伺うものの、私と目が合うやいなや顔を前に向けてしまうのでジェスチャーで意思疎通を図る暇も無い。

4人が4人ともそうなので、音の聞こえない監禁時間は退屈だ。

一人カラオケ大会(音源なし)でもしてみようか。

いややめよう、ずっと水を飲んでいないから喉が乾いている。


「!」


パーカーのポケットには何もないのに、無意識で水を探してパン!と布を叩いた。

破裂音が上に消えていく。

もちろん、ポケットには何もない。

あるのは仕事中の眠気覚ましで噛んでいたガムの残り5枚。


(よりによってミント味…!)


噛めば噛むほど飲み物が欲しくなるやつだ。少なくとも私はミント味を噛むと喉が渇く。

唾液が出るから空腹と喉の渇きを誤魔化すために噛むべきだろうか。

うんうん唸り続け、背に腹は代えられないとガムの包み紙を1つ開いた。

いつも眠気を覚ましてくれる爽快な香りと、舌をちょっと突き刺す渋みが心地いい。

見たくない現実だってくっきり見えてくる。


「お腹空いたなあ…」


監禁される理由はなんだろう。誘拐された理由はなんだろう。

今は夜だから食事が出ないだけだと信じたい。

ああ、せめて水ぐらい用意して欲しかった。



上谷 皐月。30歳、女性、独身。

仕事はゲームもWebサイトも、地図アプリだって依頼されれば何でも作る会社のシステムエンジニア。

部長とか主任とかご大層な役職ではないけれど、春になったら新規サービスのチームリーダーになる予定。

まあチームリーダーになっても今までとやることは変わりない。

平日は泊まり込み、休日は家。

新入社員の頃は頑張っていた基本的なメイクも、今となってはする必要も感じないから目の下の隈さえ隠れていない。


趣味はある。

歴女と呼ばれる部類なので、部屋のあちこちに創作の歴史ものや史実の本が山となっている。

日本各地の神社巡りや寺院巡りも好きだし、それに合わせたキャンプだって体力と休日が確保できるならやっていた。

ゲームも好きだけれど、最近はゲーム実況を見るぐらいしか精神的余裕はない。

休日は、昼まで寝たら家の片付けに買い出しをして、またベッドでだらだら本を読みながら過ごすのがルーティンだ。


そんな日々に不満はなかった。

そりゃあ、どんどん結婚していく友人たちと飲みに行ったり遊んだりの時間が少なくなっていくのは寂しいものはあったけれど、職場の同僚は良い人たちだし、やりがいのある仕事だってある。給料にも文句はない。

遠くにいる両親だって定年を迎えていても仕事を持っていて、健康そのもの。

ある日いきなり『あ、今ドバイにいるから!(出張)』と連絡が来た時は『元気だなおい!』と突っ込んだ記憶がある。

年に数回の帰省では『これでもか!』という量の食事で歓迎される。

その分、家の細々とした力仕事や後片付けに駆り出される訳だが、そこは子どもとしてやるべきところだろう。

裕福な家ではない一般家庭の一人娘。

私だって、蓄えはあるもののそこまで贅沢できるわけじゃない。


だからこそ、食事なし水なしの餓死寸前になる意味が分からない。


光の膜の中に閉じ込められて今日で5日経つ。と、思う。

2日目の朝になったら、また様々な人が魔法陣を取り囲み、相談したり何かを指示したりと忙しなく動いていた。食事は来なかった。

3日目の朝、人が減った。騎士や司祭はいるっちゃいるが、最初の時より半分ぐらいの数になった。

その頃にはもう忙しなく動く様子はなくなり、ただただじっと、運び込まれた机に積まれた書類とにらめっこをしていた。

ああ、見張りの代わりなんだな、と思った。

そして食事は、3日目になっても来なかった。


その頃になるとさすがに焦りが出始めた。

ガムだけで食いつなぐには到底無理がある。けれど口にできるのはこれしかない。

1日目の夜に1枚、2日目で2枚、3日目で嫌な予感がして半分、4日目でもう半分。

もう手元には残り1枚しかない。

汚い話で申し訳ないが、人前で恥部をさらす自体にならなかったことで最後の矜持が保たれている気がする。

トイレに行きたいと思う余裕というか、出すものがない。


(人って水なしだと何日生きられるんだっけ…1ヶ月だっけ、1週間だっけ…?)


暴れたり叫んだりの力も尽きて、ただひたすら横になってぼんやり思考する。

机に座っている人たちが心配そうにこちらを見ているが、見ているだけで何もしてくれないのでもういないものとした。

唇から血の匂いがする。

切れたかな、と思って舌で舐めれば僅かに潤った表面が『あ、生きてるな』という感覚を思い出させてくれた。


お腹が空いたとか喉が渇いたとか、思う事がなくなった。

少なくとも横になっていれば体力が温存されるはずなので、ひたすら寝てやろうと。

けれど体は正直で、眠りに落ちたかと思えば腹の虫で目が覚める、を繰り返す。

自分の意志によらない眠りも『これは気絶だ』と気づいた。


(誘拐されて監禁されて餓死って…)


笑えない冗談だ。

は、と自嘲で吐き出した息が大理石の上を通り過ぎていく。

時間の感覚が分からない。

視界がぼんやりとして、外の明るさしか目に入ってこなかった。


ふわふわとした頭が瞼の裏に幻を見せる。

軽口を言い合いながら晩酌をする両親、安い居酒屋で騒ぐ同僚の姿、綺麗なウェディングドレスを着て幸せそうな親友と、それを祝う友人たち。

走馬灯というならこれがそうだろう。


『こうやって死ぬんだなあ』と他人事みたいに自分を俯瞰する。

私じゃない人に最後まで仕事を引き継ぎたかった。

積み本となっている本を読み切りたかった。

せめてベッドで死にたかった。

最後にお腹いっぱいになりたかった。

水だって今ならピッチャーでいける気がする。


涙を出す水分はあるのか、走馬灯を見てははらはらとこぼれ落ちていく涙が床にへばりついた耳に染みていった。

閉じて開いての動きがゆっくりになっていく瞼とどんどん重くなっていく体がカウントダウンを告げている。

まだ生きたいと叫ぶ体が大きく息を吸い込んで吐き出したけれど、それが最後の力だったようで。


輝く魔方陣の明かりが消えて、光の膜が消滅した光景を最後に、私の意識は完全に落っこちた。



私が統治するオズワルド帝国は、この世界で一番強力で広大な国だ。

過去には戦争をして敗戦国を吸収、合併し、武力がものを言う時代もあったが、ここ500年は平和そのもの。

少なくとも戦争も内乱もない。


戦いの代わりに、今世界を脅かすのは『瘴気』の存在


『瘴気』とは、一度触ればあらゆる生き物を死に至らしめる、この世の不浄が凝り固まったもの。

大昔、戦乱の最中に突然現れた『瘴気』に触れた肥沃な土地があっという間に枯れ、家畜や民の間では疫病が流行り、治療法もないまま大勢が倒れた。

どの国も、戦争をやめた。やめざるを得なかった。


瘴気対策として最初に効果を見せたのは、創世神を信仰するアルバス教神官による祈祷。

創世神アルバス。この世界を作った最初の神。

敬虔に創世神に祈りを捧げる村は被害が少ないことに気づいた各国は、首都に大きな神殿を作り、より大きく、より広く祈りを捧げられるようにした。

そうしてなんとか、瘴気に侵されない農地ができあがり、人々が生き残れるようになった。


次に効果を現したのは、創世神から力を分けられた代表神だ。

火の神や水の神といった、万物の一つ一つを司る神。

それらの神に祈りを捧げることでも効果が出たため、創世神の他にもそれらの神に祈ることでより強く瘴気を退けることができた。


それでも瘴気の猛威は止まらない。

神殿のない場所、人の住まない場所は衰退の一途を辿り、国同士の交流も途絶え『生き残れる』という状況が長く続いた。


その状況を打破したのが、各国から集められた魔法使いたちが作り上げた『浄化』の魔法


瘴気そのものを無毒とするためのその魔法は、一度発動すれば向こう3年は瘴気に侵されなくなったという。

人々は歓喜した。

まだ瘴気が発生する地域は残っているものの、活性化する経済、栄えていく町。

ようやく瘴気の根本的な解決…『不浄が凝り固まる』という現象を調査する段階になったのだ。


それまで繰り広げられていた戦争を再び起こそうという国はいなかった。

当時から強大国であったオズワルド帝国を盟主とした同盟が世界中の国家間で取り交わされ、瘴気の発生する原因究明と根本的解決が急がれた。


そんな中、各地で定期的に行われる『浄化』の魔法を発動している最中、一人の人間が魔方陣から現れたという。


その人間は、この世界の誰もが持っていない知識と技術を持っており、それらを人々に使うことで土地も命も救った。

また火魔法や水魔法といった魔法使いなら誰でも使える魔法は使えないが『浄化』の魔法を扱うことにだけは長けていたとも。


今ではそういう人間は『聖人』と呼ばれている。

そして、瘴気が強くなる時期にはまた新たな人間が魔方陣から現れ続けた。

いつしか『創世神に使わされた救世主』としてアルバス教の聖典にまで刻まれ、浄化の魔法は『救世主』ないし『聖人』を召喚するためのものとなった。


(瘴気が大発生している今、盟主として私がその召喚の儀を行ったというのに…!)


オロバス帝国の皇帝であり、世界同盟の盟主、ヨハン2世。

それが私だ。

召喚の間で、無事に発動された魔法を見届けたのも私。

救世主の訪れには時間がかかるということで、少しでも進めたい政務を行うべくその部屋を後にした。

各地へ配給する食糧と医療品の分配率や税率の見直しを基本として、様々な問題が発生している今、少しの時間も無駄にできないからだ。


書類の山が少しずつ減ってきて、休憩を入れるかと座っている椅子の背もたれに身を投げ出した時、どんな緊急事態でも礼を忘れず、走ることもしない優秀な側近・マルクスが、私の執務室に駆け込んできたのだ。


「こ、皇帝陛下に申し上げます!」

「なんだ、珍しいな、お前がそんなに慌てるなど。まあいい、報告しろ」

「は、!その、召喚の儀が成功し、つい先ほど聖人と思われる人物が召喚されました。ですが…」

「…?」


走ってきてずれたらしいモノクルを指で押し上げ、冷や汗を拭うこともせずマルクスが口ごもる。

どうした、と問えば、言いにくそうに引き結ばれた口が開き、こう告げた。


「召喚の儀を発動した神官たちが倒れ、魔法が発動したままに…聖人は今、魔方陣の中に閉じ込められております」

「…………何だと!?」

「召喚された当初は倒れていたのですが、今は目を覚ましました。ただ、魔方陣の中に音が届かないのか意思疎通を図ることもできず…」

「倒れた神官たちはどうした!?早くたたき起こせ!」


魔法は詠唱で発動する。

けれど魔法陣を設置して行うそれは、少ない魔力で絶大な効果を発する代わりに発動した者が解除するまで止まることはなく、発動した者以外が解除しようとすればそれまでの効力を失い、最悪の場合、魔力の暴走を起こして周辺に被害が起きる。

小さいものならボヤ騒ぎで終わるが、召喚の儀のような大規模なものであれば都市をまるまる一つ吹き飛ばすぐらいの威力があると予想できた。


召喚の間があるのは王都の中心である王宮。

もし、『聖人』を救おうとすれば、瘴気より早く大きな被害が出る。

休みかけた腰を持ち上げて召喚の間へ向かう。

青白い光が魔法陣から浮かび上がっていく様は、このような状況でなければ『神々しい』と呼ばれるのだろう。


焦り続ける視界が、見るからにみすぼらしい女を捉えた。


後ろで一つにまとめられた艶の無い黒髪と、堀りの浅い平たい顔、生きている人間の輝きを持った黒い瞳の下に、くっきりと刻まれた浅黒い隈。

指の形や手の骨格が見えなければ女とも見えなかったかもしれない。

それほどまでに痩せ細っていた。

この世界ではあり得ない、体の輪郭が分かるズボンをはいて、何度も着ているであろうくたびれた上着を羽織っている。

布自体は上質のようだが、くたびれ具合からしてまともな扱いはされていないことが簡単に分かった。


(これが『聖人』…?)


歴史上、最初の聖人は男であった。

浅黒い肌を持つその人物は航海術に長けており、その腕を持って、山だけでなく海の先にまで浄化の魔法を届けた。


二人目の聖人は打って変わって女であった。

農民だというその人物は学者も驚くほど土の性質を知っており、土に栄養が足りないから実りが少ないのだと、大陸中に自身の知識を広げながら瘴気を浄化した。

三人目も、四人目も、性別や年齢に差はあれど『浄化』の魔法を扱うこと以上に、生まれ持った知識と技術で発展に貢献した。


最後に『聖人』が現れたのは約100年前。

それまでの聖人の資料も文献も残っている。

皆、健康的な体を持ち、目の前にいるあんな女のように痩せ細ってはいなかった。

けれど魔法陣の中にいるということは彼女もまた『聖人』なのだろう。

原因も理由も不確かなままの『召喚』だ。どんな人間が現れてもおかしくない。

たまたま、今回は想像していた像と違っただけで。


気を取り直して魔法陣に近づけば、陣の近くに落ちていた黒い包みが小刻みに揺れ始めた。

襲撃かと、思ったのだ。

召喚の儀により現れた人間を『救世主』と認めない集団がいる。

見慣れない包み、規則的ではあるが見たことのない動きに思わず火の魔法を放った。

プスプスと燃えていく包みを膝をつきながら呆然と見つめる今代の『聖人』に、声は届かなくとも感謝されるだろうと思ったのに、女は顔を青くしたまま笑顔を見せるでも、頭を下げるでもない。

その様子に苛立ち、その場で腕を組んだ。


声が届かないと分かっていてもどれだけ経っても顔を上げない女に、一言物申そうという時に、視線がかち合った。


「!?」


なぜか、その目には絶望と言って良い感情が宿っていた。

どこまでも暗いその色に戸惑っていると、そっと私の右腕に細い手が添えられる。

私の妻、エリザベートだ。

召喚の儀の異常を聞きつけて駆けつけたのだろう。

慌てて着付けてきたらしいドレスでも、妻の美しさは損なわれない。

優しい眼差しを細めながら首を振った彼女は、先ほど私が燃やした黒い包みは『聖人』の物であるらしいと告げた。

しまった、と思った時にはすでに遅く。

光輝く魔法陣の中で、涙を流しながら意識を失った『聖人』をただただ見つめることしかできなかった。


「陛下、今は声が届かない状況、どうか冷静に…」

「…分かっている。私のやったことだ、後できちんと謝罪する」

「理解いただけて何よりですわ。さ、魔力を使い果たして倒れている大神官たちの激励に参りましょう」

「む」


穏やかに笑ってはいるが、その笑顔の裏に怒りが見える。

ゆらゆらと静かな炎が物理的に見えた気がして、我が妻ながら震えた。

私にエスコートされながらも、少しばかり早い足に苦笑する。


(政略的なものではあったけれど、なんとも頼もしい妻を得たものだ)


妻と共に、召喚の儀を行って倒れた大神官たちが運び込まれた医務室に入る。

治癒の魔法を使える者たちが駆けずり回っているが、全身から血の気が引いて呻き越えを上げながらも、呑気に意識を失っている神官たちを見て、眉間に皺が寄った。

神官は、身分に関わらず就くことができる職業だ。

けれど召喚の儀を行う大神官たちは違う。

普段ならば行わない儀式だが、その希少性故、『血統』が優先されるのだ。

瘴気の研究に集中するため、大昔の魔法使いたちが召喚の儀と浄化の魔法を神殿に担当させたのが、今になって仇となった形だ。正直頭を抱える。


どれだけ優秀な神官がいても、その者が平民であれば大神官になれない。

なので、今いる神官たちもまた、貴族の三子やそれ以下だったり、私生児であったりする。

ただただ家門の格上げのために金銭を使って身分が保証された者たち。

もちろん召喚の儀を行えるだけの実力があるのが第一条件だが、医務室に並んでいるベッドは10台。

この台を埋めるだけの人数を揃えて尚、過去の大神官たちのようにすぐ復帰しない体たらくでは今後心配しかない。


「瘴気の問題が落ち着いたら神殿のてこ入れが必要なようだ」

「そうですわね…ここまで落ちているとは…」


王家と神殿は建国当時から別の機関だ。

原則的に王家は神殿を見張り、神殿は王家を見張る。

互いに協力はするが、悪事や内部の腐敗ともなれば大きな影響を与えるものでないかぎりあげ足を取ることすらできない。

『浄化』の魔法を使える者はみんな神殿がいち早く引き入れてしまうので、後手の対策しかできない王家は、こういう時に限って弱みを握られることになってしまう。

それが歯がゆい。もっと、できることがあるはずなのに。

…いや、今はよそう。

優先すべきは、『聖人』だ。


「…そこの者、大神官たちはいつ回復する?」

「私からはなんとも…体内の魔力が枯渇しているため、治癒の魔法も効きが悪いのです。おそらく2日は目覚めないでしょう」

「2日経てば目覚めると?」

「それは…」


医務室で一番年季の入っている医務官に聞けば、歯切れの悪い答えが返ってきた。

それ以上続けようとしない医務官を後にし、一番近いベッドを覗き込んでいた妻と共に医務室を出る。


「最低2日、ということですわね。聖人様のお食事などはどうしましょう…」

「魔法陣が壁となって何も出来ない状況だそうだ。くそ、まさか魔法陣が牢と同じことになるとは…!全く、金で権力を得た者はこれだから…!」


ひとまず、もう一度召喚の間へ戻って聖人を確認する。

今のところ穏やかに寝ている様子。

できることならこのまま魔法陣が解除されるまで眠っていて欲しいものだが、そうもいかないだろう。


「この方は平民…いえ、それにしては手が綺麗ですね、貴族の方でしょうか?」

「分からん。だが、貴族であったなら目が覚めた途端に怒り出すな…どうしたものか…」

「過去の聖人様の記録を探してきますわ。目を覚まされた時、少しでも穏やかにお迎えしなければ」

「ああ、頼む。私は政務に戻るとしよう」


二人、同じタイミングでうなずき合って、それぞれがそれぞれのやるべきことをするために分かれる。

執務室へ戻る道のりがこんなに遠いなど、今まで感じたことがなかった。

ふと、涙を流しながら意識を失った黒髪の女の顔が頭に浮かぶ。

ぎゅっと目を固く閉じて、焦っても仕方がないと己に言い聞かせた。



次の配給は、生命力の強い苗の開発を、疫病の蔓延した村の隔離を、と会議をしていた、召喚の儀より2日目のことだった。

私の苛立ちと焦りを余所に、オズワルド帝国どころか世界中のあらゆる場所にあった瘴気がどんどん浄化されている、という報告が入ってくる。


「どういうことだ…聖人は魔法陣の中、世界中の神官たちが浄化を続けているとはいえ、すでに手が回らない状況だったはずだろう?」

「、これは私と動ける魔法使いたちの仮説ですが…」

「言ってみろ」


普段の冷静さを取り戻したマルクスが、新たな書類を山に追加しながら頭を下げる。

瘴気が浄化され続けているということで、すでに『現状必要な対策を順次取っていく』ということで会議は解散した。


「二つあります。一つは、今代の聖人様は『存在している』だけで瘴気を浄化できるから」

「今までの聖人より強い力を持っていると?なるほど、一理ある。もう一つは?」

「もう一つは、召喚の魔法陣は元は『浄化』の魔法陣であるから。それが『中に人がいる』状態で常時発動しているため、聖人様の生命力が源となり、世界中に届いている」

「……」

「……」

「…マルクス」

「…はい、陛下」

「二つ目の仮説の場合、由々しき事態、ということに代わりないな?」

「その通りでございます、陛下」

「早く大神官ども(やつら)を叩き起こせ!恩人を死なせるな!」

「すでに回復にどんな手段を取っても良いと通達しております」


大神官たちが目を覚ましたのは、召喚の儀から6日後。

目覚めてすぐ、身なりを整えるより先にせき立てられた大神官たちによって魔法陣が解除され、外から見ていても分かるほど衰弱している聖人は、ようやく救出された。


そして喜ばしいことに、この2年抱えていた瘴気による被害がこの約1週間でぱったりと収まった。

おそらく、今代の聖人のおかげで。



沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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