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プロローグ

他に書いている長編『竜の民』の気晴らしで書いているものです。

長くても5話で終わるはず。(プロローグ覗く)





目が覚めたら、そこは魔方陣の上でした。



義務教育のどこかで履修した気がする小説の一節が、本来の情緒とは全く関係のない状態で私の頭の中で木霊した。

もちろん私の声だ。


薄い水色の線が様々な模様と文字を描き、地面…いや、たぶん大理石の床の上で描かれている。

その光っている魔方陣の上に、私はうつ伏せで横たわっていた。

がばっと起き上がって辺りを見渡す。


(わー、この石知ってる、大学の廊下とそっくりー)


なんて現実逃避をしてしまうのは、一番外側の丸を境に、薄い光の膜のようなものが周りの人たちの声を完璧に遮断しているからだ。

魔方陣らしきの外側では十字架や星のマークはないものの、神父さん…?祭司…?のような格好をした人たちと、ファンタジーの代名詞と言うべき頭の先から爪先まで輝く甲冑を身につけている騎士のような人たちがいる。

しかもしっかり、剣が腰にはかれたまま。

秋葉原のあの店で見たことがある。

西洋武器の模造品が売っている店で『エクスカリバ―』と名前がついていた剣そっくりだ。

どうやらそういう人たちが、私のいる魔法陣をぐるりと取り囲んでいる様子。

口元を隠して声は聞こえないものの何かヒソヒソと囁き合っているのだが、その表情は強ばっている上に顔が青い。

見るからに『まずい』状況だ。


(というか)


何で私はこんな、映画のセットもかくやな場所にいるんだろうか。

酔った勢いでエキストラに応募した覚えもなければ、飛行機に乗って海外に飛ぶほど酔っ払ったわけでもない。絶対違う。


(え、何、え、誘拐?私が?今年30歳、一般人の私が?金融アプリとか国家事業とかに関わっていない、ただのシステムエンジニアの?この私が?)


何が目的だこのヤロウ。

思わずファイティングポーズを取りかけたが、すぐに気持ちだけに留めた。

間違いなく外にいる人数に敵わない。

諦めてくたびれたパーカーの、よれよれになった袖口を握りしめる。

自分で思うより力強く握りしめていたのか、最近切っていない爪が肌に食い込んだ。

痛い。


(…痛い?)


痛いって何だ。誘拐じゃなければ夢だと思ったのに。

会社に缶詰して4日。

ようやく金曜日の夜になって家に帰れるから、電車に揺られている自分の疲れきった脳が変な夢を見せているのだと思ったのに。

もう一度手を握ってみる。痛い。手の甲をつねってみる。痛い。

何度やっても、痛い。


「…はあ!?」


思いっきり叫んだにも関わらず、魔方陣の中で反響しているのか、ぐわんぐわんと私の声だけが上に昇っていった。

意味がまっっっっっったく分からない。

何だって現実で、こんなファンタジー?西洋?中世?な場所にいるんだ。

そもそも現実なのがおかしい。

私だけ紺のジーパンにグレーのパーカー、はきやすさを優先しまくったローカットスニーカー、ついでに言えばすっぴんだし、ボサボサの髪は最低限とばかりに後ろで一つ縛り。

ポニーテールと呼ぶのすらおこがましい。

缶詰中でも漫画喫茶のシャワーだけは浴びていたので臭くないのだけが幸いだ。

周りは赤髪だの金髪だの茶髪だの、甲冑だ司祭服だマントだの、輝かしいことこの上ない。

一体何世紀のヨーロッパだ。

缶詰後の目の奥に効く。切実に目薬が欲しい。


あぐらをかいて目頭をもみながら目を閉じる。

あー、だとか、うー、だとか低い唸り声が出ているが、気にしない。

どうせ外には聞こえないのだから。

まず思い出そう。そう、忘れ物を探す時と同じだ。

スマホを探し続けていたら手に持っていた、みたいなことがあるかもしれない。


(ええっと、目が覚める前、ここにいる直前は…)


そう、電車に揺られていた。

会社から家までドアtoドア、電車で30分。

けれど夜21時以降になると1時間に2本しかなくなる、微妙に帰り勝手の悪い電車に、乗っていた。

持ち帰りの仕事と、土日祝の休日出勤だけは絶対許さない、けれど平日は泊まり込みもあり、というブラックなんだかホワイトなんだか分からない会社から解放された金曜日の夜だ。

それは覚えている。


(寝落ちした、と思う。いつもそうだし)


人が少ない車内、がらがらの座席の端に座って、背負っていたリュックを体の前に回し、そのリュックに顔を埋めて目を閉じた。

耳にはワイヤレスのイヤホン。眠りを誘う穏やかなジャズが流れていた。

すぐに寝落ちたのであまり聞いていないが。

はっとして耳の中に手を当てれば、ワイヤレスのイヤホンが出てきた。

ちゃんと両耳ある。

もしかしてこれで音が聞こえなかったんだろうかとそっと手の平でイヤホンを隠し、耳を澄ませるも外の声は聞こえない。

気を取り直して記憶を遡る。


それで、どうなった?


寝た記憶から事切れている。やはり誘拐か。

うろんな目を回りに向けるも、一番近い騎士っぽい人に睨まれてしまった。

違う、喧嘩を売りたい訳じゃない。帰して欲しいだけなのだ。

なんなら誘拐の理由も知りたい。


ジェスチャーで何かを伝えようにも、何をどう示せば良いのか全く分からなかったのでひとまず諦める。

そういえば抱えていたリュックはどこだろう。

魔方陣の上を見てもどこにもない。外側だろうか。


(誘拐犯の手に渡ってなきゃいいんだけど…スマホとかクレカとか…)


スマホを落としただけなのに、とはなりたくない。誘拐されているけれど。

断固として現実と認めたがらない目を細め、リュックの色を探す。

青と黒のビニール生地、どこだろう。

甲冑の足先の間やローブの裾の隙間を伺っていると、見覚えのある布の端が見えた。


(あった!)


外側の人には私が喜んでいるのが伝わったのだろう。

緩んだ顔をそのままに、リュックのある方向を指差した後、『私のものだ』と自分の胸元のあたりを指差してみる。

戸惑いながらも伝わったのか、光の膜越しにさっきとは違う人が、リュックを手に取り小さく揺すった。


これ君の?


赤く短い髪は元は茶色なのか、刈り上げられた襟足の方は毛先とは違う色をしている。

こんなに派手な髪色なのに、感じる雰囲気は優しそう。大型犬っぽい。

ああ良かった、良い人(仮)がいた。

大きく何度も頷いて、リュックを受け取ろうと手を伸ばしたら光の膜に弾かれる。

めちゃくちゃ痛い、という訳じゃないが静電気が指先に走ったような不快な痛みだ。


指同士を擦り合せながら呆然とすれば、ゆっくり首を振った良い人(仮)が魔方陣の側に置いてくれる。

両手を見せながら下がってくれたので、盗らないよ、の証明の様子。

誘拐犯かもしれない人に感謝なんておかしいかもしれないが、小さく会釈してリュックを見た。

穴もなければ汚れてもいない。本当に落ちていただけのよう。


(この膜なんなんだ…?弾かれたんだけど)


まだ指先がひりついている感覚がして、思わず指先を舐める。

その時、置いてあったリュックが震えながら数ミリ移動した。

スマホのバイブだ。

小刻みに動いては移動し、移動しては止まって、なので電話だろうか。


(これがなかったらすぐ警察に連絡してもらうのに!)


静電気っぽいものが無ければ殴っていたところだ。

ひょっとしなくてもこれ、牢屋と言えるんじゃないだろうか。

SF映画もびっくりな演出に思わずどういう原理なのかと考える。

そうやって現実逃避しようとした時、目の前にあったリュックが燃えた。

それはもう勢いよく、突然火の玉が吹いて、ぼうぼうと。


「…………………え?……は?」


さっきから『は?』しか言ってないことに気づく余裕はない。

黒い煙を上げながらどんどんただの炭になっていく私のリュック。

前の方のポケットが燃え尽くされ、中に入れていたスマホの画面が光っているのが見えた。

予想通り電話で、画面に映るのは『斉藤さん』の文字。


警察でも母親でもなかったけれど、一番仲の良い上司の名前に、喜びより先に絶望が来る。

だってそうだろう。

リュックを燃やしている火は小さいはずで、燃えるものだってそうないはずなのに勢いだけを増していくのだから。

スマホの画面が明滅する。

懸命に鳴り響いているだろう電話の音が、聞こえないはずなのに聞こえた気がした。

静電気が走るのも構わず光の膜を殴りつける。

届いて欲しいのに届かなくて、見ていることだけしかできないと気づいた時、足から力が抜けて大理石に膝を打ち付けた。


やがてスマホさえも真っ黒にした炎は鎮火。

リュックだったものは外では吹いているらしい風に一部さらわれ、どこからか現れたメイドらしき女の人たちによってちり取りの中に収まった。

あのままゴミとして捨てられるんだろう。


(ファンタジーにもちり取りってあるんだ)


絶対それどころじゃないはずなのにまず思ったのはそれだった。

財布あったのにな、小銭だけだったっけ、万札あったかも、とか。

免許の再発行に行かなきゃ、車持ってないけど、とか。

歯ブラシも食べかけのカロリーメイトも、こんな状況じゃなかったらどうでもいいはずなのに、なぜか無くしちゃいけないものだったような気がして。


それが目の前で燃えてしまった。跡形もなく。

リュックが燃えて黒くなった床の上に、黒い革靴の先が立つ。

下げていた目を上へ向ければ、今までで一番輝いている男の人が仏頂面で立っていた。


こんなに綺麗な人がこの世にいたのか。

俳優とかモデルというより、もはや芸術品のような美しさに目を見開く。

星の輝きを集めて糸にしたような金糸の髪は真っ直ぐで、肩より長く伸びている髪を束ねて斜めに垂らしている。

髪と同じぐらい輝かしい金色の目と、フランス人形もびっくりな精悍な顔つき。

オーダーメイドでだってこの人のような人形を作る職人さんはいないんじゃないだろうか。

形の良い薄い唇が一文字に結ばれているのがもったいなさすぎる。

一目惚れとかそういうことじゃなく、あまりの『完成された美しさ』に目を奪われた。

その人は甲冑をつけていなかった。

白い詰め襟と白いズボンに、金糸の刺繍がされた赤いマントを床まで垂らしていて、腕を組んで私を見下ろす姿は見るからに『お偉いさん』だ。


実際そうなんだろう。

この人が現れてから突然、騎士っぽい人たちは『気をつけ』の姿勢を取り、司祭っぽい人たちは深々とお辞儀をしている。

その男の人の背後から、もう一人現れた。

今度は女の人だ。しかも超絶美人。


緩くウェーブがかかった金髪は、男の人ほど輝いてはいないけれど上質な蜂蜜を垂らしているような黄金色だ。

緑色の瞳も、蜂蜜よろしくとろりと垂れている。

歴代ボンドガールもびっくりな可憐な姿だけれど、意志の強さというべきか気品というべきか『敵わない』と思わせる何かがある…気がする。

例えるならエリザベス女王といったところか。


その女の人が、男の人の腕を取る…というより何かを抑えるように添えて、首を振っている。

口を開いて何か言ってはいるが、私には聞こえない。

現実逃避できないぐらい情報量が多い。

この世全ての『美』を集めたような二人を目の前に、やっぱりこれは夢なのだ、と思った。


(夢なのになんか疲れた…お腹も空いた)


まだ晩ご飯を食べていない。

最寄り駅から家までの途中にあるコンビニで、カロリー飯とビールを買おうと思っていたのに。

そして急に見たくなった古い映画をしこたま見て、明日は昼まで寝てやろうと思っていたのに。


(これだけ変だと、笑い話にもなんないな…)


目が覚めたら魔方陣の上にいました、だなんて笑えない冗談だ。

今私は電車に揺られているはずなのだ。

夢の中なら、もう一度寝て起きたら、駅についているだろうか。


もう考えるのすら疲れた。

そう思った時には全身から力が抜けて、横たわっていた。

青白い光が空に舞い上がっていくのを視界の端に、薄れ行く意識の中、自分の尻ポケットの四角く薄い物体が体を揺らす。

充電できました、と告げる時のあの小さな振動だ。


(………そういえば燃やされたのって社用携帯じゃない?)


弁償の文字が浮かんで思わず涙が出たけれど、どうせこれは夢なので大丈夫と気づき安心する。

『会社まじ鬼畜!』の私の思いが反映されてリュックが燃えたんだろうということにして、深く息を吐き出し、今度こそ目を閉じた。





沢山のPVと評価をいただきありがとうございます。

とても励みにさせていただいています。


不定期更新で申し訳ないですが、

必ず最後まで書き切りますのでどうぞよろしくお願いします。

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