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71話 ブレスの選択

 

 カナン、マリー、ブレス、エチカは雑木林のなか、輪になって座る。会議である。

 議題は、今後の動向について。


「まず言っときたいんだけど、あたしはカナンの旅より影の魔女のほうを優先する。だから、もし行先が違ったら別行動をとるよ」

「ああ。わかっている」


 マリーの意見にカナンは頷く。エチカは迷い、目をさ迷わせた。


「あの……マリー様? その場合は、わたしも同行してもいいでしょうか?」


 影の魔女に用があるのはエチカも同じなのだ。

 けれど彼女は、マリーと違って影の魔女を死なせたくないと思っている。


「エチカ、あれは危険な存在なんだ。会ってどうする? つけこまれるだけだよ」

「でも、わたし……」


 助けを求めるような目がブレスに向けられる。

 そうだ。ブレスは約束したのだ。

 マリーに話してみると。


「マリー様、エチカは影の魔女に生きていて欲しいんです」

「……待って。理解できない。どういうこと?」

「エチカにとって影の魔女は母親です。エチカは母親を失いたくないんです」


 マリーの顔に困惑の色が浮かぶ。エチカは勇気を振り絞って言葉を重ねた。


「わたしを買ったお母様の目的が、人形の実験の為だったことはわかっています。でも、お母様は実の親にさえ売られたわたしを愛してくれた。わたしもお母様が好きでした。だからわたしは、お母様には死んでほしくない」


「愛してくれたかもしれない。好きだったかもしれない。でもそれだけじゃあなかったはずだ。あれはこの世に存在してはいけないモノなんだよ」


「どうしてですか。魔女なんか他にいくらでもいるじゃない。どうして()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 エチカの言葉に、マリーが動揺の色を浮かべた。

 エチカは知らないで言っているが、影の魔女はマリーの過去の一部だ。

 マリーにとって、エチカの言葉は責めるように聞こえたに違いない。


 カナンが短く嘆息し、「喧嘩はしない」と低く諌める。

 居心地悪そうに目を背けたマリーとエチカを前に、ブレスは途方にくれる。


「その件についてはふたりで話し合って決めてください。まずは帝国からきたというあの……」

「フェインさんです、先生」

「そう。フェインの申し出ですが、エミスフィリオ、君はどうしたい」

「……俺ですか?」


 水を向けられて目を瞬く。たしかに帝国に故郷を追われたという過去はあるらしいが、ブレスにはほとんど幼少期の記憶がないのだ。


 殺されたレイダという同郷の男に関しても、カナンに会わせてもらえなかったので顔さえ知らない。


「どうと言われても……個人的には、荒事には巻き込まれたくないな、としか……」

「カナン、黙っておくつもり?」


 薄ぼんやりとした答えを聞いたマリーが、きっと厳しい目でカナンを睨みつけた。


「どうしたいかって訊くんなら、話すことを話した後だろ」

「……そうですね。では、エミスフィリオ。落ち着いて聞くように」


 なんだろうか。改まった様子で、しかも落ち着いてと釘をさされるような話だなんて。


 強張るブレスに向けて、カナンは静かに、そして慎重に告げた。


「フェインは、君の血縁者です」

「…………え?」


 爆弾発言だった。




 ブレスは落ち着いていた。

 否、正確に言うと頭が真っ白だった。


 血縁者。血縁者ってなんだっけ。血がつながっているということだ。

 つまりどういうことだ。


 母ではないし父ではない。当たり前だ。

 ということは兄か従兄弟(いとこ)だ。どっちだ。


 兄がいたなんてルシアナは言っていなかった。

 だいたい兄がいたのならば、ルシアナはブレスを連れて逃げる時に一緒に連れ出したはずだ。


 が、ここでブレスは父親が王であったという事実を思い出した。


「そうか、腹違いの!」


 従兄弟の可能性も捨てきれないが、腹違いの兄がいた可能性は大いにある。


 目を見開いたまま十秒あまり固まっていたブレスが突然動き出し、目の前でぱたぱたと手を振っていたエチカはビクッと肩を跳ね上げた。


「そういうことか!」

「どういうことよ!?」


 わけ知り顔の年長者ふたりと、何かを理解したらしいブレス。

 唯一何も知らないエチカは、もどかしげにブレスに食ってかかる。


 国が滅んだ際に王に連なる血族はみんな殺されてしまったものだと思い込んでいたが、そうではなかった。

 ブレスの親族は生き残っていたのだ。


 しかし、ひとつ疑問があるとすれば。


「でもなんで先生たちはそれを……?」

「あたしたちはね。見れば判るんだ、そういうのは」


 マリーが呟き、カナンが頷く。


「同じ血が流れていると、その者の纏う色も似通うのです。兄弟ともなれば、殆ど変わらない。君たちの場合は半分ですが、父親の血が濃かったためでしょう。ひと目でわかりました」

「纏う色ですか……」


 いまいちわからない話だが、髪や目の色の話ではないだろう。


 気の合いそうにないカナンとマリーが同意見なのだから、間違いない。

 フェインはブレスの兄だったのだ。


「……じゃあ、助けないと」


 殆ど無意識に呟き、ブレスは立ち上がった。

 カナンはさっと手首を翻して影からノワを呼び出し、ブレスの進路を塞ぐ。


 ブレスは反感を覚えて勢いよく振り返った。


「落ち着けと言ったはずです」


「だって、あの人は俺の兄さんなんでしょう!? 俺がのうのうと暮らしている間もずっと捕まっていて、ずっと苦しんで来たんだ。レイダのことも、今回のことも! 

 俺は運が良くて母様に助けてもらえたけど、俺がフェインだったかもしれないんですよ。放っておけるはずがないでしょう!」


「落ち着けと言っている。座りなさい、エミスフィリオ」


 幾分強い口調で命じられ、ブレスは渋面のまま地面に腰を下ろした。

 カナンは瞼を下ろし、迷いを振り払うように唇を引き結んだ。そして問う。


「もう一度訊く。君は、どうしたい」

「兄を助けたいです」


 即答した。迷いはなかった。

 カナンは沈黙する。


「あの子は助かりたいと思ってるのかな?」


 マリーが頬杖をつき、思案気に呟く。


「……なんです?」


「これは長年の経験論というか、予想なんだけど、あの子が王の子でありながら生かされているのは人質的な意味が大きいと思うんだよね。


 ウォルグランドの民だって皆殺しにされたわけじゃない。あの国は帝国に吸収はされたけど、実質的に死に絶えたわけじゃないでしょ、土地はあるし人も残ってる。


 だから皇帝は民を抑えておくために、王の血を引いた子を手中に置いて、お前たちが何かをすれば真っ先にこいつの首を刎ねるぞって、牽制するために生かしていると思うんだ。


 そして、あの子はそういう民の命をその身に背負っている。皇帝の機嫌を損ねれば民に危害が加えられると思ったら、従うしか道はないだろう?」


 お互いがお互いの足枷になっているのだ。

 そんな状況でフェインだけ皇帝から解放したとしても、彼を助けたことにはならないだろう。


「……自分だけ助かっても意味がないと思っている、ということですね」

「まあ、あたしの想像だけどね」


 熱くなっていた頭の中が冷えていくのを感じながら、ブレスはフェインの言葉を思い出していた。

 死ぬのが怖いか、とマリー問われ、彼は「私の命など」ときつく吐き捨てていた。


 マリーの言葉は正しい。

 彼はブレスのように、ただ王の血を引いているだけの男ではない。


 フェインは身も心も王族なのだ。民への責任を負っているのだ。


「マリー様の言いたいことはわかりました。兄を……フェインを救うには、ウォルグランドの民をも一緒に助けないと意味がないんですね」

「待ってよ。それって帝国と戦争するってことじゃないの?」


 なんとか話を飲み込もうと唸っていたエチカがぎょっとして声を上げる。


「無茶だわ。未だに戦争のための兵を何万も抱え込んでいるような武力国家なのよ。勝ち目なんかない。虫みたいに潰されて終わりよ。先生が協力してくれるなら可能性はあるかもしれないけど、でも……」


「そうだね。僕は国家の争いには関与しない。僕自身に火の粉が降りかかりでもしない限りは」


「あっ」


 何かに気づいたらしいエチカが口に手をやった。


「つまりこういうことね。先生は帝国に喧嘩を売られる必要がある。先生はあくまで個人として帝国とやり合い、その結果、フェインたちは()()国を取り戻す」


 ブレスは目を見開き、カナンは肩を竦める。

 マリーはや呆れたような顔で笑いながら、ムニンが集めてきた木苺を摘む。


「まあ、いいんじゃないの。タテマエ感がすごいけど」


「さて、今後の流れも決まったことですし、細かいことはまた今夜話しましょう。エミスフィリオ、先走ってフェインに会いに行かないように。では僕はライラと話しなければいけないので失礼」


「あんまり姉様を信用しちゃダメだからねー」


 先程までの緊張感はどこへやら、いつものだらんとした動作でマリーはカナンを送り出す。


 エチカがヒュッと息を呑んでブレスへにじり寄り、耳元でひそひそと、しかしひどく焦ったような口調で問い詰めた。


「ライラって春女神プライラルム様のことよね?」

「そうだね」

「いまマリー様、姉様って言ったわ」

「ああ」

「つまりマリー様って、その……そういうことなの?」

「そうだよ」

「うっ……嘘でしょ……」


 青ざめるエチカ。ブレスは同情と共感の入り混じった目で彼女を見つめる。

 その気持ちはよくわかる。


 ブレスだってマリーの正体を知った時はそれはもう唖然としたものだ。


「どうしようわたし……女神相手にすごく無礼なことを言ってしまった」


 ひとり頭を抱えるエチカを横目に、ブレスはマリーに向き直る。


「マリー様」

「うん? なんだい、フィー」

「お願いしていた印の記録帳を見せてもらってもいいでしょうか。もし兄と話が纏まらずに別れることになった時のために、兄を守るためのお守りを作りたいんです」

「……そっか。いいよ、こっちにおいで」


 向かい側で手招きするマリーに並ぶと、マリーは子供にするようにブレスの頭を撫でた。


 クシャクシャと、ちょっと乱暴に。それでいて愛情と優しさが込められた力加減で。


「約束通り、あたしが教えてあげる」


 そろそろエチカが近づいてきて、マリーの横、ブレスの反対側にちょこんと座る。


 若い魔術師ふたりを両側に、秋の娘は穏やかな面持ちで古い書物を開いた。



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