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冬のカナリア とある魔術師の旅路  作者: 鹿邑鳩子
5.5 幕間 使い魔たちの羅針盤
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47話 テナーテリウムのなりたいもの

 


 テナーテリウム。与えられた意味は、秩序の魔獣。

 それがテンテラの真名である。


 カナンがどのような意図でその名前をつけたのか、テンテラは知らない。

 ただひとつ確かなことは、カナンがテンテラに役割を求めているということ。


 主人が使役に対して意味のある名を与えるということは、名を体現するような存在になって欲しいという願いをかけていることを意味する。

 カナンはテンテラが秩序の魔獣になることを望んでいるのだ。


 ──秩序の魔獣って、なんだろう。


 それは、テンテラがカナンの使役に下った時からずっと心に引っかかっていた疑問だった。


 秩序とはなにか、と訊ねてみたことがある。カナンが言うには、「決まりごと」であるらしい。それも、物事や状態が正しくあるために必要な決まりごとだ。


 言葉の意味を聞いて、テンテラはますますカナンの望みがわからなくなった。


 テンテラはもうすぐ脱皮をする。魔物に生まれたテンテラは、脱皮をするごとに竜に変じてゆく。徐々に竜という魔獣に変化していく。


 変化の時期を迎えているのに、何になればいいのかがわからない。テンテラはカナンの望む通りの生き物になりたい。


 困って、迷って、どうすればいいのかとカナンにもう一度訊ねてみたけれど、カナンは「好きなように変わればいい」と言う。


 その「好きなように」がわからないから困っているのに。


 竜に変じるための脱皮は三度。脱皮をすると姿が変わる。同時に、ひとつ力を得る。

 例えば、変化(へんげ)する力。人間や他の生き物に、自由に変身することが出来る力。


 竜の血の記憶によれば、他にもさまざまな力があるらしい。


 姿を見えなくする〈隠匿〉や、己の分身を作り出す〈複写〉、魔物の意識に干渉して操る〈使役〉、どれほど距離が離れていても見える〈遠視〉等、例を挙げればきりが無い。


 竜の力は、世界の創造主サタナキアからの贈り物なのだそうだ。父神サタナキアはこの世の生き物の中で最も竜を愛しているから、望めば望んだ力を授けてくれる。


 そう、望めば。


 何になったらいいのかもわからない、どんな力を得たらいいのかもわからない。そんな状態で脱皮を迎えてしまったら、どんなことになるのか、テンテラには想像がつかない。


 古竜ニーズヘッグの記憶を探っても答えは見つからない。


 わからない、ということは恐ろしい。何かを怖いと思ったのは、孵化してすぐに殺されかけた時以来だった。


 次々と、共に生まれた兄弟たちが殺されていったあの時の混乱と恐怖。


 思えばあの時も、何が起こっているのかわからなかったから恐ろしかったのだ。


 テンテラがカナンの影の中で蹲り、悩んでいると、その感情がカナンの中へ流れ込んでいく。

 テンテラの苦悩を感じたカナンもまた、心を痛める。


 テンテラが苦しんだぶんだけカナンが苦しむ。


 カナンを苦しめたくない。早く決めなければ。でも、やはりわからない。

 テンテラの苦しみと迷いはどんどん増してゆく。


 そんなある日のことだった。ここのところ影のなかで慰撫するだけだったカナンの声が、テンテラを呼んだ。


(テンテラ。ここに成竜がいるそうだ。北の最果てに住む、白雪花竜という竜だ)


 成竜。脱皮を終えて、大人になった竜。


 会ってみたい。なにかわかることがあるかも知れない。


 返事をするのももどかしい思いでカナンの影から顔を出すと、目の前には女が立っていた。

 どこにでもいるような、印象の薄い女だった。


 しかし、その女の目がテンテラをとらえたその時、テンテラの目の中でパチンと音を立てて綺麗な水色の星が弾けた。


 水色の星はあっちこっちにぶつかって跳ね回り、テンテラの中で蟠っていた迷いや恐ろしさを同じ水色の光に染めてしまった。

 水色に染まったそれらは、端っこから砂のようにサラサラと崩れていく。


 気づいた時には、テンテラを見下ろす純白の竜の姿があった。

 透き通った優しい水色の目が、迷うことなど何もない、と告げていた。


 テンテラは理解した。この成竜の満たされた目と、星の光の〈浄化〉の力がそれを教えてくれた。


 悩んだり考えたりする必要はなかった。それは父神サタナキアの領分で、己はただ子供のように、望んでいることをそのまま望んでいればいい。


 テンテラの望みはただひとつ。秩序の魔獣になって、カナンのそばにいること。


 望みを忘れなければ、それを実現するために必要な力は、必ず与えられる。


 白雪花竜が、友の助けになるために必要な力を、サタナキアから全て与えられたように。


 ならば望み続けよう。

 テンテラは秩序の魔獣(テナーテリウム)、冬のカナリアと共に生きる、唯一の竜だ。









 ──と、思っていたのにカナンはなんと突然、犬を拾った。


 脱皮を済ませ、これで少しは望みに近づけただろうか、褒めてもらえるだろうか、と思っていた矢先のことだった。

 その泥棒犬はいま、テンテラのご主人を我が物顔で独占している。


 他の四頭と同じように、いやむしろ真っ先にこいつを餌にしてやればよかった。


 恨みがましくカナンの影から犬を見上げると、犬はカナンに撫でられてご満悦な様子。

 テンテラだって最近は撫でてもらってないのに、新入りの分際でなんと図々しいことか。


 もしかしてカナンは竜より犬の方が好きなのだろうか。

 ならば大事なご主人を盗られる前に、テンテラも犬に化けられるようにならなくては。


 この犬、間違ってテンテラの口の中に入って来てくれないものか。

 そう、たまたま間違ってうっかり飲み込んでしまうのだったら、カナンも許してくれるに違いない。


 悪霊犬、まあまあ美味しかったな。


 食後の微睡みのなか、そんなことを考える。


 テンテラは今日もカナンの影に守られて、ぬくぬくと一日を終えるのだった。



テナーテリウムのなりたいもの 終

 使い魔が増えたので以下まとめ。

テナーテリウム(テンテラ)…蛇の魔物ニーズヘッグの先祖返り。竜の子供。

ミシェリー(ミッチェ)…猫妖精ケットシー。長毛の黒猫で二又。

クルイーク…悪霊犬バーゲスト。ツノと鋭い爪を持つ黒い犬の姿の魔物。

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