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冬のカナリア とある魔術師の旅路  作者: 鹿邑鳩子
5 魔女たちの饗宴
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43話 後始末とミシェリー

 

 カナンに改名祝いの招待状を送った魔女マリダスピルの正体は、秋の娘サハナドールだった。

 

 驚く一方で、なるほどそういうことかとも思う。


 カナンが家を訪ねた時の抱擁も、それに対するカナンの反応も、旧知の中、それも兄弟姉妹の関係ゆえと思えば頷けなくもない。

 

 普段は周囲への警戒を怠らないカナンがこの家で寛いでいたのも、マリーへの信頼ゆえだったのだ。

 

 大喧嘩をしたカナンとマリーはひとしきり言い合うと気が済んだのか、事態の収拾に努めた。


 マリーは住民たちを元の姿に戻し、怪我を治した。

 カナンは村人たちの魔女たちに関する記憶を消去して回ったが、その際にひとりひとりの頭を片手で鷲掴みにして強制的に目を合わせられたものだから、村人たちは返ってトラウマを負った。


 あのギラギラと異様に輝く目で見つめられながら、ぶつぶつと暗示をかけられるのだ。

 今夜のカナンは怒りの残り火も相まって、迫力もひとしおだった。


 獣に姿を変えられていた人間たちは、獣でいた間の記憶を失っていた。

 彼らは心身ともに獣であった。


 とはいえ、降り注ぐ魔女たちの魔術を目の当たりにしたためだろう、恐怖心はしっかりと刻みつけられていた。

 獣になったぶん本能も強まった結果、とのこと。


「これで全部戻したよ」


 カナンに命じられることに嫌気がさした様子でマリーが言うと、カナンは何を言うかとばかりにクッと顎を上げて庭を示した。

 

 ブレスが視線を向ければ、そこにいたのは庭を囲う柵に繋がれた数匹の山羊。


「ま、まさかマリー様……?」

「〜〜っだってこいつら! あたしの森に押し入ってきたんだ! 畑を荒らすわ家畜を盗むわ、そんな馬鹿なんかこうなって当然だろ!」

「有罪じゃないですか!!」


 マリーは地団駄を踏んで自白した。

 襲撃者達が言っていた行方不明の男たちがここにいた。

 

 他の魔女たちはともかく、マリーは有罪だったのだ。

 だからカナンはマリーの家を訪れたときに、この山羊たちを憐れみの目で見つめていたのか。


 哀れな山羊はいつから山羊にされていたのか、解呪されてもしばらく四つん這いで歩いていた。

 自業自得というべきか、やりすぎだというべきか。


「というかマリー様、山羊だけですよね。豚とかに変えて間違って食卓に並んでしまったとか、そういうことはないですよね」

 

「…………えっと、たぶん?」

「うわああ、聞かなきゃよかった!!」

 

「で、でもフィーはどっちみち自分で殺した鶏と魚しか食べてなかったじゃない? 流石に鶏にはならないはず、質量が違いすぎるし。だから大丈夫だよ! ……たぶん」

 

「断言しといてくださいよそこは!!」


 想像して涙目になったところを「だから魔女どもは信用ならぬのだ」と背後に立った協会長にとどめを刺される。

 

 ブレスは理解した。

 彼女たちは大雑把なのだ。

 おおらかで細かいことは気にしないのだ。


 だから嫌な思いをしてもあっという間に笑いに変えて人生を楽しむことができるし、世間体なんか気にしないから自由を謳歌できるのだ。


 山羊男たちの記憶を改竄し終わったカナンがやってきて「今日見たことは忘れるように」と念を押した。

 ブレスは従順にうなづきながら、けれど心は自由だ、と思った。


 それこそが、魔女たちに教わった一番大切なこと。





 意識を操作された村人たちが、ゾンビのような足取りで森を去ってゆく。

 絵面はアレだが、彼らは森を出たところで自我を取り戻すことだろう。


 魔女たちは彼らが去ったことで本当の目的を思い出した。

 豊穣の魔女マリダスピルの改名祝いだ。

 キッチンに食材を運び込み、使い魔たちが思い思いに料理を始める。


 知らない青年が家の中を歩き回っていると思ったら、彼らはワタリガラス。

 つまりるところは使役の悪魔の変化らしい。


 どこからどう見ても人間の青年と見分けがつかないので、悪魔だと知りつつも褒めてしまうと、青年は顔だけカラスに戻ってカァと鳴き、飛び退いて驚くブレスを見てケケケと笑った。

 性格が悪い。


「使役って人型になれるものなんですね……」

「全ての使役が変化できるわけではない」


 手慣れた様子で次々にご馳走を作り上げてゆくカラス男たちを階段上から眺めつつ、カナンが不機嫌に述べる。


「普通の夜の生き物や闇の生きであれば、百年程度を使役として生れば人に似た姿にはなれるだろう」

「百年? でも魔術師の使役は数年で解放するのが一般的で……あ」


「魔女はそうではないからね。基本的には一度召喚した悪魔は、死ぬまで使い魔となる。

 生まれながらに竜と付き合いのある一族でもない限りは、人に変化する夜の生き物にはそうはお目にかかれないよ」


 自堕落な彼女たちが力あるものを従えていることが、カナンは少々面白くないのだろう。

 マリーが絡むと簡単に機嫌が傾くカナンに意外なものを感じつつ、ブレスはじゃあ、と質問を続ける。


「先生の竜の子供はどうです? あの子はまだ産まれたてだけれど、記憶を引き継いでいるのなら」

 

「テンテラは……あの子の存在はまだ不安定なのです。僕の血を飲んで急速に育ったためか、精神の成長に肉体の成長が追いついていない」


 不安定だと言われてブレスの頭によぎった光景があった。

 〈白き塔〉から脱獄する際にテンテラは石の中に沈み込んでいた。

 

 血で繋がっている主の影に潜むことと、主とはなんの繋がりもない石の壁を簡単にすり抜けることは、似ているようで全く違う。


「そろそろ一度めの脱皮をしてもいい頃合いです。その際にあの子は、何かしらの力をひとつ獲得する。それが変化であれば変化する使役にもなるでしょう。だが、果たしてどうなるか……それは脱皮をしてみないことにはわからない」


「聞けば聞くほど不思議な生き物ですね……」


「あの子は先祖返りなので特殊なのです。竜の群れに生まれれば自然と大人の竜を見習って同じように育っていきますが、あの子のお手本はよりによって僕ですからね。混乱もするだろう。出来ることならば、脱皮前に他の竜の姿をあの子に見せてやれればいいのですが」


「他の竜か……」


 そういえば書の魔女は〈北の最果て〉より竜に乗ってやってきたと言っていた。

 後でお願いしてみようと考えていると、不意にブレスの足元で何かくすぐったいものが動いた。

 猫妖精ミシェリーだ。


 ミシェリーは本当に綺麗な猫である。

 このサラサラな黒い毛を保つためには高級ブラシが必要不可欠に違いない。

 

 これから立寄る町でブラシを見かけたら買っておこう、と考えつつブレスが毛並みを撫でようと手を伸ばすと、ミシェリーはクワッと牙を剥いて思いっきりブレスの手に噛み付いた。


「痛たっ!? また噛んだな! なんで噛むんだよミッチェ!」

「血が欲しいのではありませんか?」


 ミシェリーを覗き込んだカナンが言う。

 カナンはさっと黒猫を捕まえてじっと金色の目を覗き込む。

 

 最初こそ尻尾を倍ほどに膨らませて唸っていたミシェリーだが、カナンがエメラルドの目をゆっくりと瞬きすると、あっさりと大人しくなって身を任せた。


 ブレスは複雑である。

 飼い主は自分であるのに、先にカナンに気を許すとは。


「使役に血や魔力を与えるのは主人の義務です。お腹が空いているのでしょう」

「……だったら何でそう言わないんだよ。喋れるのに」


 黒猫はふいっと顔を背けた。


『レディにそんなはしたニャい催促をしろっていうわけ』


 手を噛むのははしたなくないのか。

 

 喉まででかかった苦情を飲み込みつつ、ブレスはポケットからナイフを取り出した。

 魚や獣を捌くときに使う、携帯用の小さなナイフである。


 指先を傷つけてミシェリーの鼻先に近づけると、彼女はフンと鼻を鳴らしてブレスの血を舐めた。

 舐めるだけでは飽き足らず、甘噛みしたりちゅうちゅうと吸ったりと養分補給に余念がない。


「ごめん、まさかそんなに飢えていたとは……それは噛みつきたくもなるよな」

『別に飢えてなんかニャいわ。契約のために必要なだけ。それに、噛んだのはお前が気に食わなかったからよ』

「……そんなにはっきり言わなくっても……」


 そっけない使役に己の情けなさを噛み締めていると、ミシェリーは満足したのかやっと指を離した。

 傷がきれいに治っている。


 口の悪さに反して、中身はけっこう優しいのかもしれない。

 天邪鬼だ。


「……アレ。ていうか俺、先生にミッチェのこと話しましたっけ」

「話すも何も、見ればわかる」


 そう言うものなのだろうか。

 ミシェリーにも訊いてみようかと考えた瞬間、彼女はブレスに呆れた目を向けた。

 

 そうだった、使役と魔術師は精神を共有しているのだから、ブレスが考えたことは彼女に筒抜けなのである。


(あれ? だったら俺にミッチェの思考が流れてこないのは何でだ?)

『それは、わたしが〈古きもの〉であんたが産まれて十数年のひよこだからよ』


 ミシェリーの言葉を聞いたカナンがクスリと笑う。

 

 ごめん、と笑う師を横目で恨みがましく睨みつつ黒猫を取り返そうと手を伸ばすと、容赦のない噛みつきとホールドキックがブレスの右手を襲った。


 まったく凶暴な猫である。


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