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冬のカナリア とある魔術師の旅路  作者: 鹿邑鳩子
プロローグ2 エドとサラバンと林檎の木
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3話 夢見る少年

 

 本屋が好きだ。でも、図書館はもっと好きだ。

 なぜならば、貧乏人の懐に優しいから。


 エドワードは今日も魔術書を一週間で読む分だけ積み上げると、図書館司書の控えるカウンターにどさっと置いた。

 毎週来るので、司書のメリメリとはすっかり顔見知りになっている。


「また魔術の本?」

「そーだよ!」


 はじめのころは胡乱な目で見られたものだけれど、今ではもうそんなこともない。

 メリメリは魔術への偏見を持っているが、努力する少年を馬鹿にしたりはしないのだ。


「そういえば、今年なんですってね。魔術師の国家試験」


 本の貸し出し手続きをしながら、メリメリはちょっと心配そうにエドを見る。


 王都では三年に一度、年末に魔術師見習いが免許を取得するための国家試験が行われる。

 エドはもちろん、それを受けに行くつもりだった。


「魔術の腕が上がれば、いろんなことが便利になるんだ。俺が試験に受かってちゃんと師匠の後継になれたら、きっとこの町をもっと豊かにしてみせるよ」


 そしたらメリメリ、お嫁さんになってくれないかな。

 エドは年上の姉さんをちょっと見上げて、照れ臭くなってバリバリと頭を掻いた。


「……そう。ま、お頑張りなさい。どうせやっているのだったら、行けるとこまで行かなきゃ勿体無いものね」

「だろー? やっぱメリ姉は解ってくれるなあ。うちの親も、姉さんくらい頭が柔らかければいいのに」


 不満が溢れでて愚痴ると、メリメリは少しだけ後ろめたそうな顔をした。

 大人たちが魔術や魔法の類にいい顔をしないのは、それなりに理由があることを知っているから。


「ねえ、エド来てる?」


 物思いに沈みかけていたメリメリは、良く知る少女の声にぱっと顔を上げた。

 エドの妹のマドカが、町娘らしいスカートを振り乱しながら、パタパタと忙しなく駆け込んでくる。


 兄とお揃いのブロンドの髪をボブカットにした、将来有望な少女のマドカ。

 エドとマドカは商家のふたり兄妹だが、魔術なんてものにかまける長男に呆れ、両親はマドカの方を跡取りに決めたらしい。

 

 兄のエドはといえば、そんな妹が可愛くもあり面倒でもあるようで、手続きの済んだ本の山をベルトで縛りながら適当に相槌を打つ。


 けれどそんな態度でいられたのもそれまでのこと、妹の衝撃的発言を聞いてしまう前までの話だった。


「町の入口近くにね、ティック・ターキーって名前の宿場屋さんがあるんだけど、そこにすごい魔術師が泊まってるんだって!」

「まじかよ!?」


 エドは弾かれたように走り出した。

 顔じゅうに興奮と期待を満ち溢れさせて図書館の出口に突進する兄を、マドカは「もー!」と憤慨しながら追いかける。


 微笑ましい兄妹ね、とメリメリはちょっと苦笑して、エドが忘れていった本のたばをカウンターの下にしまった。

 そのうち思い出して、取りに来てくれるだろう。



 

 一方、猪突猛進するが如く目的の宿屋を目指し走っていたエドは、ふと露天の林檎に目をひかれて足を止めた。


「うわあ、赤い。見ろよマドカ、赤林檎だ」


 この辺で取れる林檎はみんな青リンゴだ。

 赤い林檎なんて、知ってはいるけど見たことがない。


 どういうわけかこの土地は、赤い林檎の木を植えて青い林檎しか実らないのである。


 物珍しさで見つめていると、妹のマドカがやっと追いついて、息を切らせて文句を言った。


「もう兄さん、教えてあげたわたしを置いて行くだなんてひどい」

「ごめん。これ買ってやるから、怒るなよ」


 露天の親父に銅貨を渡して赤い林檎を手渡すと、マドカはぱっと笑顔になった。


「きれいね! どこの町からの輸入品かな?」

「それがねえ、この町で採れたものらしいんだよ」


 露天の親父が会話にまじる。

 兄妹がほうほうと話を聞くには、町の門の近くのある店の裏庭に植えられた林檎の木が、突然一本だけ赤い実をつけるようになったらしい。


「その宿屋って、もしかして」

「ティック・ターキーという宿屋なんだそうだがね」

「「やっぱり!」」


 宿屋でふしぎなことが起こっているのは、泊まっている魔術師の力のために違いない。

 はしゃいで喜ぶ訳知り顔の子供ふたりを前に、露天の親父ははてなと首を傾げるばかりである。


 


 図書館は町の真ん中らへんにあって、町の門の近くの宿屋からは少し遠い。

 子供の足で歩いて一時間といったところだろうか。


 馬を使えば半分くらいの時間になるが、馬借屋に払う料金を持っていない子供はもっぱら歩く。


 というわけで、エドとマドカの兄妹が地道に歩き続けて一時間後。

 やっと目的地に辿り着いた時には、とっくにお昼を過ぎていた。

 お腹の虫がぐうぐう鳴いている。


「つかれたー……」

「でも、着いたぞ。ここだ、ティック・ターキー……」


 時計の上に鳥が描かれた看板には、間違いなく目指していた宿屋の名前が書いてあった。


 魔術師見習いであるエドは、師匠以外の魔術師を見たことがない。

 期待で胸がドキドキと高鳴る。

 どんな人なのだろう。


 師匠みたいな白髭の老人なのか、それとも若いのか。

 男なのか、もしかしたらすごい美女だったりして。


「ああ? 魔術師のお客……?」


 ところが、宿屋の女将にそのひとのことを訊ねると、きょとんと首を傾げられた。


「さあ、アタシにはわからないねえ。お客の職業なんか、いちいち聞いたりしないし」

「でも、裏庭の林檎の色を変えたひとってここに泊まっていったんでしょう?」


 マドカが食い下がるも、女将は困った顔でぽりぽり頬を掻いている。


「たしかにいつからか一本だけ赤い実をつけるようになった林檎の木はあるけど。誰かが何かやっていたんだったら、さすがに気づくんじゃあないかねぇ」

「女将さん、その林檎の木、見にいってもいい?」


 魔術師が術を使うと、何かしらの痕跡が残るものだ。

 エドは女将に許可をもらって、妹とふたり、そのくだんの木を探し始めた。


「兄さん、これだわ!」


 噂の木はすぐに見つかった。

 それは林檎の木の品評会があったら間違いなく一等賞を獲れるような、立派な大木だった。

 それはそうなのだけど。


「やっぱり、不自然だよね……」


 木に見惚れながらもマドカは首をひねる。

 エドも同意だ。

 林檎の木は他にも何本か生えているのに、赤い林檎の木は一本だけ。


 しかも、それだけ大きく成長して、鈴なりに真っ赤な果実をたくさん実らせているだなんて。


 エドはしゃがみこんで、木の根元を探ってみた。

 儀式で使うもの、例えばカラスの羽とか動物の骨やらが落ちていやしないかと目を凝らす。


「ねえ兄さん、ここに泊まっていた魔術師さんはどうして林檎の木に魔法をかけたんだろう?」


 木の肌をぺたぺたと確かめながら、マドカは不思議そうに呟いた。

 エドにもわからないが、魔術師の弟子をやっている身の上、目下の妹に向かってわからないとは言いたくない。


 果たして魔法をかけたのだろうか。

 むしろ魔法を解いたのではないだろうか。


 あれやこれやと考えを巡らせながら林檎畑を出たふたりは、とりあえず宿屋の女将のもとに戻った。


「帰ってきたお客さん、いませんか?」

「ああ、いたけど」


 おっ、と期待するも、虚しく。


「また出かけて行っちまったよ。用事があるから帰りは遅いって」


 こともなげに言って新聞を広げる女将の前に、疲れた子供ふたりはがっくりとうなだれたのだった。



 

 ところで、日中は子供には子供なりにやることがある。

 今朝から今に至るまでの人探しは、エドとマドカがそれらを放り出してやったことだ。


 エドはお師匠さまである老魔術師にお説教をされることとなり、マドカも今頃は母親からお灸を据えられているに違いない。


「ごめんなさい、先生。どうしても会ってみたかった人がいて」


 ひとしきりお小言を頂いたあと、きちんと事情を聞いてくれるところが先生だ。


 エドの師匠は魔術をたしなみ七十年になるが、正規の魔術師の証であるペンダントを首に下げている他は、みんなと同じような衣服を着ているし、それっぽい杖も持っていない。

 一般的な感覚の持ち主である。


 正規の魔術師にも協会や派閥などがあり、所属する団体によって身なりも異なる。

 

 魔術師によっては古くからの伝統に則った黒いローブに古木の杖、信仰する神のタリスマンやらを身につけており、実力者の宮廷での発言力は貴族とも並ぶとか。


 エドの師匠である魔術師サラバンは、ことの経緯を聞き終えるとうーむと唸って腕を組んだ。


「察するに、宿屋の女将は記憶を消されておる」

「えっ?」

「己が人の印象に残らぬよう意識操作をかけておるか……どちらにしろ、その人物は相当強力なやり手であることは間違いなかろうて。興味本位で近づいては、危険かもしれんぞ」

「そんなあ」


 がっかりと落胆する弟子に、サラバンは白まゆで隠れてほとんど見えない目をじっとりと向けた。


「記憶消去なり意識操作なりしてまで隠れたがっている相手を探すなど、相手の意に反することじゃ。お前、もしその術師が平気で子供を傷つけるような輩だったら、どうする?」

「あ……そっか。俺もマドカも、もしかしたら攻撃されてたかもしれないんだ……」


 想像してぞっとした。

 たしかに、相手がどんな人物かもわからずにとりあえず会いに行くだなんて、あまりにも軽率で考えなしだ。

 下手したら妹を危険に晒していたかもしれない。


「会えなくて、よかったんだな」

「迂闊だったのう。まあそれはそれ、今度から学べばよろしい」

「……はい、先生」


 反省にしょげかえってしまうと、老人の手がぽんぽんと頭を撫でた。

 本当に良い先生だと思う。


「おお、そういえば図書館のメリメリが、さっさと本を取りに来いとおかんむりであったぞ。あの子は怒らせると冷めるまでが長い。さっさと取りにいってやりなさい」

「やっべ、そうだった! じゃあ俺、行ってくんね!」


 いろいろあってすっかり借りた本のことを忘れていた。

 あの姉さんは面倒見がよくて優しいけど、真面目だから怒ると怖いし拗ねるとちょっと面倒くさい。


 すみかを真っ直ぐ飛び出していったあまりにも素直すぎる弟子をちょっと心配そうに見送りながら、魔術師サラバンはやれやれと木製のドアを閉めた。


 振り返れば、先ほどまでエドが座っていた場所の真横に、年齢不詳の白髪の人物が忽然と現れ、のんびり茶を啜っている。


「サラバンの弟子は元気がいい」

「裏表がなさ過ぎて心配になりますわい」


 老魔術師はため息をつく。

 目の前の人物に苔桃のジャムをすすめながら、


「七十年前とお変わりないようで、冬の君」


 と親しげに目礼をした。


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