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冬のカナリア とある魔術師の旅路  作者: 鹿邑鳩子
3.5 閑話 魔術師であるということ
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18話 魔術師の名付け

 

 

 魔術師がふたりも連れ立って歩けば、人目を引くものだ。


 たとえローブや杖を身につけていなくとも、伸ばした髪や食生活、独特の立ち振る舞いなど、目の利く者が見れば魔術師を見破ることは容易い。


 そして、職がわれれば行く先々で不本意な「頼み事」をされたり、人攫いに狙われたりと不便なことも多くなる。


 そこで面倒ごとを避ける為にカナンがブレスに手渡したものは、赤色のきらきらとした髪紐だった。

 

 草花や鳥が刺繍された髪紐に様々な宝石の粒が編み込まれている、なんとも美しい高価な魔術師の髪紐である。


「君は赤毛だから赤い紐。今日からこれで髪を括りなさい。長髪を誤魔化してくれます」

「これがあの、魔術師の髪紐ですか……」


 陽の光をため、反射してきらめく紐を惚れ惚れと見つめていたブレスは、しかし己の隠すまでもない細長い癖毛の一本結びの赤毛を、バツが悪そうに触る。


「でも、宝の持ち腐れですよ。俺の魔力はそんなに肉体から溢れたりしないし、髪が伸びるのも遅いし」

「確かに、君は少々変な魔力消費をしていますからね。なかなか一気に伸びるような事がないのでしょうが、それでも一般人にしては長いですし……君経由で僕に目が止まると、それはそれで困るので」


 ブレスは聞き捨てならぬと勢いよく顔を上げた。


「へんな魔力消費って?」

「うん。例えるなら君は、底に穴があいた水壺というか、空気のもれる風船というか……過去に何かおかしな魔物とでも不用意に約束でもしてしまったのか、もしくは……」


 珍しく曖昧な言い方をするカナンに、ブレスは激しく落ち込んだ。


「そんな欠陥品なんですか、俺……」

「なんにせよ、原因を特定する必要はありますね。原因がわからなければ、その穴も塞ぎようがない。まあそのうち、専門家に見てもらえば良い」


 カナンの応えは素っ気ない。

 ますます落ち込むブレスの背後にまわり、カナンは天然の赤い癖毛をくくるリボンを解いた。

 それをブレスの肩に引っ掛けるようにして手放すと、手際よく器用に赤毛に髪紐を編み込んでゆく。


 不思議なことに、紐が編み込まれた分だけ髪が消えていく。

 最後に残った毛先を余った紐と共に襟に隠せば、どこからどう見てもくりくりとした赤毛のショートカットの出来上がりだ。


「へえ、あんまり引っ張られるような感じもしないんだ。赤毛の俺が赤紐ってことは、カナンさんの紐と髪も黒いんですか?」

「ええ、紐はね。しかし髪紐は変装にも用いられるので、地毛の色とは無関係です」

「へえ……あ、そういえば協会長に渡していた髪は白髪だったっけ」


 興味津々でカナンのうなじの辺りを見あげようとするブレスに、カナンは苦笑をこぼした。


「魔道具に興味があるのですか」

「それはもう。協会にも色んな道具が揃っていたけど、俺は未熟者だってあまり見せて貰えなかったから」

「ふむ」


 それは旅を共にするカナンにしてみれば、由々しき事である。

 魔道具には標的を罠にかけたり、殺めたりするものも少なからず存在する。

 知識の有無が生死の分かれ目ともなりかねない。


「そうだね……でしたら、次の街までの道すがら、魔道具の授業でもしてみましょうか。君は一応、一時的とはいえ僕の教え子なのだし」

「本当に!? ありがとうございます!」


 心底嬉しそうに昨夜の焚き火の後始末を始めたブレスを、カナンは微苦笑を浮かべて見守った。


(シルヴェストリはあのような健康状態ゆえ、協会の維持運営と次世代を継ぐ人材の育成に手一杯で、未熟な弟子をかまう余裕もなかったのかもしれないが……)


 ブレス当人が何も言わないのに、勝手に憐れむのは礼を失するかとも思う。


 それでも無邪気に教えて貰えることを喜んでいる若者を目の前にすれば、なにやらシルヴェストリに対し複雑な気持ちが湧き上がってくるカナンである。


 とはいえ、一時的な繋がりに情などかけるものではない。

 カナンは経験上それを知っている。

 どんなに気に入っても、人も町も森も、皆カナンより先に朽ちるのだ。


「カナンさん、荷物まとめ終わりました。早く授業……じゃなくて町に向けて出発しましょう」


 屈託なく呼ぶブレスの声に、カナンはゆっくりと立ち上がった。


「ブレス君。今日から僕のことは先生と呼びなさい。これは師弟のけじめです。それから」


 唐突な指示にぽかんとするブレスに向かって、カナンはいつになく有無を言わせぬ口調で命じる。


「この先の旅では、新しい名を使いなさい。旅名を持つのです。けして人前でブレスの名を名乗らないこと。そして僕をカナンと呼ばないこと」


「え……でも、魔術師の呼び名なんて、元々本名じゃないじゃないですか。俺のは協会長が付けてくれたものだし……どうしてまた、偽名なんて」


「そうだね。けれど君は、いつか君の協会に帰るために、その名を大切にしまっておかなければならない。そして僕は、あまりにも多くの者に追われている。

 カナンの名はある方面には売れすぎているのでね、人前で使わぬことに越したことはないのですよ」


 ブレスはふと町での会話を思い出し、深刻になった。


「確かに協会長と話していた時に言ってましたよね、多くの人がカナンさんを排除したり利用したりするために捕らえたって。

 わかりました。正直、俺まで偽名を使う意味はイマイチよくわからないけど、従います。それで、なんと名乗れば?」


「そうだね、君は魔術師としてまだ半分だから……」


 カナンは考え込み、ふとブレスを見つめた。


「半球。エミスフィリオにしましょう。君がこの度の終わりに円球の魔術師になれるよう」


「うわぁ、良いですね! ……うちの協会長は、ブレスの名前を俺に与えた時〈 吹き消すもの〉だと言いました。僅かにある魔術師の才さえ、俺が鈍感すぎて吹き消してしまうだろうって。あの時はだいぶ落ち込んだけど、今度はいい名前をもらえてよかった」


「まあ、あの皮肉屋で底意地の悪いシルヴェストリは、そう言ったかもしれませんが」


 カナンは苦笑し、


「ブレスという音には、祝福という意味もあるのですよ。シルヴェストリは君の才能が花開くよう、祝福を込めて君を名付けたのかもしれません」


 思いもよらぬことを聞いて、ブレスは言葉を失った。

 あの鬼協会長(シルヴェストリ)が? とても信じられない。

 だが、もしそうならば。


「……なら、大切にします。ブレスの名前」

「そう。だから君は、エミスの名で旅をして、ブレスの名で帰るのです。大切にするのだよ。けしてその名を穢さないために」


 ブレスがその言葉の意味を悟るのは、まだまだ先のことである。


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