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冬のカナリア とある魔術師の旅路  作者: 鹿邑鳩子
3 ヘロデーの見えざる目
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15話 協会長の思惑

 

 シルヴェストリが、カナンを捕らえにきた?

 ブレスは呆気に取られて目を瞬く。

 それはいったい、どういうことだ。


「そうだ」


 シルヴェストリもはっきりと頷く。


「えっ? ちょっと会長、どういうことです。カナンさんは言わば、この町の恩人なんですよ」

「得体の知れない者、でもありますので。彼のような、管理をする立場の人間からすればね。警戒しない方がおかしい」


 カナンの返事を聞きながら、ブレスは納得せざるを得なかった。

 それにシルヴェストリは確かにフローリスの夫だが、「せっかくの花が枯れる」と言って、滅多にこの場所を訪れることはない。


 彼は、明らかになにか目的があって今ここにやってきたのだ。


「正確には、そうすべきかどうか見定めに来た。逃げるなよ。このボーメインの周囲には、我が協会の上級魔術師たちが貴様の逃亡に備えて印を構えている」

「だが、僕を閉じ込めるのはやめておいた方がいい」


 形の良い唇がゆるやかに笑い、エメラルドの両眼が不穏に輝いた。


「それは脅しか」


「ただの事実です。僕を捕らえた者は、これまでにも沢山いた。排除するためであったり、利用するためであったりしましたが、結局彼らは僕を持て余し破滅していきました」


「それは貴様が敵意を抱いて、その者らを破滅させたいうことか?」


「いいえ。ただ僕は、同じ場所に長く留まることが出来ないのです。

 年に一度、冬の季節が訪れるまでに、次の春まで目覚めぬ眠りにつく術をかけてもらうために、僕は姉を探して旅を続けなければならない。

 

 来る年も来る年も僕はそうして暮らしてきました。もしも姉を見つけられず、眠りにつくことが出来なければ、その時僕のいる大地は……」


 カナンは過去の光景を思い出し、すっと白いまつ毛を伏せた。


「その地は厄災によって滅びてしまうのです。それは僕の意志とは関係がなく、けして免れません」


 しん、と三人の間に沈黙が落ちた。


「カ……カナンさんは……なにかの呪いにかけられているんですか? それでそんな、恐ろしいことが……」


 やや緊張した面持ちで、震え声でそう問いかけたのはブレスだった。

 カナンはふと目元を和らげ、仔犬でも扱うような柔らかい声で答えた。


「そのような……ものなのかも知れませんね。シルヴェストリ協会長がそのように生まれたことを風精霊の血の呪いだと言うのならば、僕の性質も呪いであると言えなくもない」


「力には代償が伴う。それは当然の摂理というものだ。私はこの血を呪いだと思ったことは無い。

 確かにこの血は加齢とともに肉体を壊すが、しかし最盛期の私は誰よりも強かった。戦場で敵軍を圧倒し、王から勲章を賜るほどにな。

 私の今の状態は、精霊の力を使いすぎ、肉体に負荷をかけ続けた代償に過ぎない。だが、カナン殿は」


 シルヴェストリは言葉を区切り、言うべきか逡巡したように愁眉した。

 やがて彼は細くゆっくりと呼吸をもらし、カナンを見やる。


 その鋭い赤眼にはもはや敵意の欠片もなく、様々な感情が複雑に渦巻いているように、ブレスには見えた。


「私は、カナン殿が何であるか解った気がする」

「……そうですか。では、このまま町をたつ事を認めてくれますね」

「ああ、認めよう。だがしかし、このブレス魔術師を連れて行け」

「はい!?」


 ブレスは今度こそ椅子から転がり落ちる所だった。

 流石のカナンも、この提案には面食らった顔をしている。


「ええと……僕が姉を見つけられなかった場合、ブレス君はその場で死ぬことになるのですが」

「しかし、これまで貴方は姉を見つけて来れたのだろう。国が不自然に壊滅しただのという話は、私の知るかぎり十一年間無い」

「じゅ、十二年前は何かあったんですか?」


 ブレスの問は黙殺された。

 カナンは珍しく戸惑い、困ったような顔でハーブティーを啜る。


「……その意図は、監視ですか?」


 からになったカップを弄びながらシルヴェストリにそう訊ねた時、カナンは冷静を取り戻していた。

 シルヴェストリは迷いなく答える。


「監視という言い方は語弊があるように思えるが、結果的にはそうなるかもしれんな」

「と、言うと?」

 

「個人的な興味だ。出来ることなら私自身が旅に同行し、何が行われるのかをこの目で確かめたいところだが、健康上の問題で長旅は出来ぬ。そこでこのブレスをつけ、ブレス魔術師を仲介して物事を把握したい。これがひとつ」

 

「ふむ」

「そしてふたつめは、これ自身のためだ」


 シルヴェストリはブレスの頭を鷲掴みにし(ブレスは悲鳴をあげた)、おもむろにバサリとテーブルの上に紙束を放った。


「これはあの夜の報告書ですね」

「そうだ。あの晩に何が起こり、どのように怪異を分解したかについて、事細かに記述されている。


 私ははじめ、この報告書を信じなかった。私の知るブレス魔術師は、感性鈍くヴィリスなど見えようはずも無ければ、古き術である〈言霊〉を用いて亡霊を昇天させようなどと思いつくはずもない。またその実力もない。


 そもそも怪異とまで化した化け物を、殺すのではなく浄化させるなど、上級魔術師何人分の仕事だ? 不審に思いコレを問い詰めたところ、貴方の存在を吐いたというわけだ」


「ほう、君は報告書を書くのが、ずいぶんお上手なようですねぇ」


 ぐりん、とカナンの首がまわり、ブレスをにこにこと凝視した。

 顔は微笑んでいるが目がまったく笑っていない。

 恐怖が過ぎて、もはや吐き気をもよおすブレスである。


「ブレス魔術師は、貴方と過ごすことによって確実に成長する」


 一方、シルヴェストリの声色はいよいよ真剣さを増していく。


「そうなってくれれば、私亡き後、協会を率いるうちのひとりになるかもしれん」

「なるほど。そういうことであれば、(やぶさ)かではありませんね」

「えっ……ちょっとカナンさん……」

 

「そうか、わかってくれたか」

「後継を育てるも魔術師の仕事のうちですし」

「そうだろうとも。では、ブレス魔術師をよろしく頼む」

「とはいえ、今年の冬眠が叶わない見通しがたったらその時点でブレス君は送り返しますよ」

 

「それは困る。この者には最後まで何が起こったか見届けさせよう。それを事細かに私が知った上で──まあ、間に合えば送り返してもらって構わない」

「貴方、ほんとうに人でなしですねぇ」


 ははは、ふふふ、と眼光をぶつけあいながら口元のみで笑うふたりの魔術師に挟まれ、己の意志など確認さえされず、生死をかけた旅に強制的に同行させられることになったブレスは涙目であった。


(俺の意思確認は、して頂けないんですね協会長……)


 しかし、決まってしまったものは仕方がない。

 それに、弟子につけば人生が変わるかも知れない、とブレスが思ったのもまた事実である。


 そうだ、これは機会(チャンス)なのだ。そう思っておくことにしよう。

 ブレスは勇気を奮い立たせ、きっと顔を上げた。


 涙の滲んだ情けない顔であったが、こうなった以上ははっきりと承諾の意を表明せねばと、使命感に燃えたのである。


「わかりました、信仰する精霊に仕える魔術師の一員として、協会のお役に立つべく同行致します!」

「ブレス魔術師」


 シルヴェストリはふっと赤眼を向け、珍しく──ほんの僅かにではあったものの、機嫌の良さそうな声色で、告げる。


「私はカナン殿と詳細を決めなければならん。向こうに行っていろ」

「……人権とはっ!?」


 なけなしの勇気と責任感をにこやかにぶった切られたブレスが思わずそう叫んでしまったのも、仕方のないことだと弁明せねばなるまい。


 同情したフローリスがあの極上の蜂蜜漬けの桃を出してくれるまで、ブレスの憤懣(ふんまん)は収まらなかった。


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