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開けられたケージ

 シェルリスはしばらくして声を出せるようにはなったが、自由にはなれなかった。

 ラグトムの力で操られるようにしてイルバの森へ入り、朽ちかけた小屋へ入れられる。これまであまり森の中へ入ることはなかったが、この小屋は一度見たことがあった。

 昔、木こりが切った木を一時的に保管しておくための倉庫として使われていたらしいが、今ではまったく使われなくなっている。壁や屋根などがかなりもろくなっているので、崩れた時に中や周辺に人や獣、妖精などがいては負傷してしまう危険がある。なので、ブレイズが近いうちに撤去する、と話していた小屋だ。

 ここへ入ったのは初めてだが、本当にぼろぼろなんだな、とそんな場合ではないがシェルリスは思った。

 薄い板の壁は、あちこち穴があいている。長年、風雨にさらされ続け、腐っている部分も多い。どんっと壁に体当たりでもすれば、簡単に壊れてしまいそうだ。

 しかし、今のシェルリスは手首に縄をかけられている。それ以外は動くことが可能だが、こんな状態ではルビーを取り返せない。

 そのルビーは、ラグトムの手の中だ。もっとも、ケージはまだ開けられていない。

 フタを開けるには、魔法と鍵の二つが必要。魔法についてはラグトムがあっさりと解いたが、もう一つの鍵は魔法では外せない仕組みになっているのだ。そのため、ラグトムはまだルビーを手に入れることができていない。

「あなたがルビーをさらって来たの?」

「オレがさらったのは、こいつの母親だ。子どもがいると気付いたのは、母親を捕まえてからだったが、ガキでも需要はある」

 ファルジェリーナがいた巣穴のそばで、ラグトムは眠りの効果がある煙をたいた。効果を確信して中へ入り、母親を捕縛縄(ほばくじょう)で縛り上げる。

 その時、小さな悲鳴が聞こえた。母親の胸の下に、小さな生き物がいたのだ。母親の身体がのしかかるような状態だったので、煙を吸わずに済んだらしい。

 子どもがいたのは予想外だが、ひどく小さいその姿を見て生後間もないと推測し、ラグトムはすぐに魔袋(まぶくろ)へ放り込む。

 捕縛縄と同じで、魔獣を閉じ込めつつ、その力を奪う魔法道具だ。これは小さな魔物や魔獣などを捕獲する時に使う。

 一仕事終えると、売人のタルボラと落ち合う約束をしていたこの森へ戻って来た。ずっと火の山にいたら、結界を張り続けなければならない。捕まえた魔獣に仲間がいれば、戻って来る危険もある。さっさと離れた方が得策だ。

 意識を取り戻したファルジェリーナに、子どもを盾にして言うことを聞かせる。チョーカーも付けて、反抗するだけの力は奪えた。これで、もう人間の女と変わらない。

 そこまではよかったが、ふと気付くと子どもを入れた魔袋がなくなっていた。

 母親には気付かれないよう、タルボラに子どもがいなくなったことを伝える。タルボラには注文主の屋敷へ母親を連れて行くように言い、自分は子どもを捜した。

 どうやら人間の姿にさせるなどして二人がファルジェリーナに気を取られている間に、森の獣がエサが入っているものと勘違いして盗んだらしい。

 子どもの気配で捜そうにも、魔袋は中へ入れた魔獣や魔物の気配を消すように細工されている。シェルリスの持つケージと同じく、気付いた仲間が取り返しに来られないようにするためだ。

 しかし、今の場合はそれが障害になってしまい、なかなか捜し出せない。

 やがて、森の外で空っぽになった魔袋だけを見付けた。その周辺の草がわずかに焦げている。恐らく、これを盗んだ獣が袋を開き、中を覗こうとした時に小竜の子どもが火を吐いたのだ。

 子どもは悲鳴をあげる時に火が一緒に出ることがあるので、獣に怯えた子どもの仕業だろう。獣は驚いて逃げたに違いない。いくら小さい相手でも、火を吐くような魔獣をくわえるなど、怖くてできないはずだ。

 そして、子どもは袋から出て親を捜し……。

 そこまではおおよその推測ができたものの、それなら子どもはどこへ行ったのか。

 ラグトムが周囲を見回した時、アトレストの建物が目に入った。子どもが自力であそこへ助けを求めたとは思わないが、あそこにいる人間、つまり魔法使いが子どもを見付けた可能性はある。

 知らん顔で尋ね、小竜の子どもがいれば自分のものだと主張することもできるだろう。だが、子どもが小さすぎるので、連れ回しているうまい理由が出て来なかった。

 相手も魔法使いだから、おかしな言い訳をすればすぐにばれる。実力行使で取り返そうにも、向こうの人数がわからないし、ここで下手に騒ぎを起こすのは賢明ではない。

 入口の扉に妙な貼り紙も見えたが「火竜」というのはあの子どものことだろうか。だとしたら、あそこにいるのは間違いないのだが……。

 ラグトムは、使役(しえき)している魔物を呼び出した。その魔物にアトレストの情報を掴むように命令する。

 その結果、小竜の子どもは少女が預かっていることがわかった。つまり、シェルリスのことを知ったのだ。

 親のいない魔獣の子どもを保護するとなれば、だいたいどういうことをするかは想像がつく。ケージに入れ、親や仲間にわからないようにするのだ。

 実際、シェルリスの近くに送り込んだ魔物も、そう報告してきた。

 居場所がわかったのだから、シェルリスの手から子どもを奪えば済む話。だが、寮や協会の近くでやると、周囲にいる魔法使いにすぐ見付かる危険性がある。寮から協会へ向かう道でも、無人になることがまずないので手が出せない。

 だが、ラグトムは焦らなかった。どういうシフトでアルバイトをしているかは知らないが、彼女を見張っていれば必ずアトレストへ向かう時が来る。その道中は、場所によって人がほとんどいない。そこを狙えばいいのだ。

 こうして目論見(もくろみ)通り、シェルリスはラグトムの手に落ちた。子どもの入ったケージも手に入っている。

 だが、フタを開けるための鍵がなければ、本当に手に入ったことにはならない。

 もともと、シェルリスの存在など必要ないのだ。しかし、鍵のありかを聞かなければならない。そのために、ラグトムはシェルリスを人目に付かない森の中へ連れて来た。

「ルビーは売り物じゃないわっ。ルビーのお母さんも。こんな小さな子から親を奪って、何とも思わないの?」

「生きるためには金がいるんだ。まだ親に養ってもらうお嬢ちゃんにはわからないだろうがな。ケージの鍵はどこだ」

「……ここにはないわ」

「だったら、どこにある」

「言ったらルビーを出して、どこかへ売るんでしょ。そんなの、言う訳ないじゃない」

 この男がルビーを売るつもりでいるなら、殺されることはない。だが、幸せな未来があるとはとても思えなかった。

 親に会えないまま、どこかへ連れて行かれるとわかっているのに、鍵を渡せるはずがない。

「わかってないな、お嬢ちゃん」

 ラグトムがシェルリスのあごを掴み、ぐいっと上を向かせる。

「オレは魔獣捕獲で飯を食ってる。だが、その飯を食う邪魔をする奴がいたら、オレはすぐにそいつを消す。それが人間だろうが、魔獣だろうが」

「……」

 ラグトムの言葉に、シェルリスは血の気が引く。

「オレは単なる殺しに興味はないし、オレの邪魔をするバカな人間はこれまでいなかった。だが……何だったらオレが消す人間の第一号に、お嬢ちゃんがなりたいのならなってもいいんだぜ。オレは誰が初めてになっても、全然構わないからな」

 こちらを見下すような冷たい目に、シェルリスは「この人、本気だ」と思った。

 自分ではとても相手にできない。大人の男性で、しかも魔法使い。こちらは非力な少女で見習いだ。あまりにも分が悪すぎる。

 アトレストからシェルリスの姿を見た人がいないだろうか。ブレイズがたまたま外へ出た時に彼女が歩いているのを見た、とか。そうであれば、彼がここへ来るまでに何とか時間稼ぎをするのだが……。

 いや、だめだ。そんな都合のいい偶然など、期待できない。そもそも、今日はバイトの日ではないのだ。ブレイズや他の魔法使いは、今日はシェルリスが来る日ではない、と思っているだろう。

 レイザックは……最近どうしているのだろう。仕事が忙しかったり、すれ違ったりで全然会ってない。その彼がたまたまここへ来る……なんてほとんどありえない話だ。却下。

 しかし、そうなると誰もシェルリスを助けに来てくれる可能性がなくなってしまう。修学部の先生もクラスメイトも、ここへシェルリスが向かったことを知らないはずだ。ふと思い立って来たのだから。

 行き先を誰かに告げていたとしても、まさかこんな状況になっているとは想像もしないだろう。

 つまり、自分を助けられるのは自分しかいない。だが、どうすればいいのだろう。

「……もし鍵のある場所を教えたら、助けてくれるの?」

 観念したかのように、シェルリスは尋ねた。

「ああ。命だけは助けてやる」

 ラグトムは言いながら、シェルリスから手を離す。

 絶対うそよね、と妙に冷静な部分でシェルリスは考えた。思いっ切り目撃者ではないか。そんな人間を生かして帰す犯罪者がいるなんて、まずありえない。

 自分の欲しい情報だけ聞き出して、すぐ命を奪う。

 そういう展開は、シェルリスにだって見えた。

「あたしが入ってる寮の寮長さんに預けてるわ。誰かが取りに来たとしても、あたしか担任の先生にしか渡さないって約束になってる」

 鍵のありかが職務部と言えば、逆に怪しまれると思った。言ってみれば、ラグトムにとっての敵地ど真ん中なのだ。隠すにしても都合がよすぎるとラグトムが感じ、そこからおかしいと思われてはおしまい。

 しかし、寮という場所は微妙なはずだ。少なからず魔法使いはいるが、全員が見習い。シェルリスはラグトムがどれだけの腕前かを知らないが、魔獣を捕まえることを仕事にするくらいだから、見習い相手にそうそう苦戦はしないだろう。

 つまり、この男が奪う気になれば奪える場所。

 学生であるシェルリスが鍵を預ける相手として寮長は適任に思えるだろうし、寮長は魔法使いではないからラグトムにとって敵ではない。それなら、この男も向かおうという気になるのではないか。

 殺さないという前提で寮に戻らせてもらえたら、そこで何とか助けを呼べるはず。寮長の部屋は他より頑丈に造られていると聞くし、見習いが間違って呼び出してしまった魔獣の力に耐えられるよう、特殊な壁が使用されているという話も聞いた。

 街の中を歩くのに、手を拘束したままにはしないだろう。どうにかしてその部屋へ逃げ込めば、たとえ寮長のエヌムを巻き込んだとしても扉を閉めることで安全を確保できるし、部屋から協会へ救助を求めることができる。

「本当に寮長が持ってるのか?」

「だって、あたしが持ってて落としたりしたら困るもん。魔法使いがいない場所では開けるなって言われたから、鍵を持っていたって自分で開けることはないし」

「……お前、このタイプのケージについて、まだ習ってないだろう」

「え?」

 言い当てられて、シェルリスは目を丸くした。

「鍵はケージと離れすぎると、近くへ飛んで来る性質があるんだ」

「ええっ。そうなの?」

 どれだけの距離かは知らないが、寮とここまでは結構離れている。それなのに、鍵が飛んで来ないのは妙だ、という話になってしまう。そうなると、シェルリスが嘘をついているのがばれてしまうことになるのだ。

 青くなったシェルリスの顔を見て、ラグトムはバカにしたように嗤った。

「嘘だよ。鍵は所詮、金属で造られただけのものだ。どこかから飛んで来るようにはなってない」

「ひどっ。だましたの」

 見習いだからと足下を見られたのだ。他の先輩魔法使いにからかわれたのならともかく、この男にだまされたとわかってシェルリスは腹を立てた。

「そう言うお前は嘘をついただろう。口にはしなくても、まずいことを言った、という顔をしていたぞ。無知というのは悲しいな。さあ、鍵はどこだ」

 ラグトムがまたシェルリスのあごを掴んだが、さっきより力が強い。

「あたしを殺したら、鍵は絶対手に入らないからっ」

「そうでもない。まぁ、鍵は手に入らないかも知れないが、そうなればナイフなりを使って物理的にケージそのものを壊せば済む。魔法が必要なら、そうするさ。中のガキは傷付かないよう、注意してやってやるよ。大切な商品だからな」

「そんな……」

 これでは、シェルリスに逃げ道はなくなってしまう。

 その時、かすかにちゃりっという音がした。小さな音だが、金属的な音だ。

 それをラグトムは聞き逃さない。普段から魔獣を捕まえるために、音や気配には敏感になっているのだ。

「ふぅん。お前、鍵をチェーンにでも付けているのか?」

 言われてどきっとする。確かに、鍵はチェーンに通して首からさげているから。

 そんな気持ちがばれたのか、ラグトムがまた嗤う。

「さっさと出していれば、余計な怖い思いをせずに済んだってのに」

 ラグトムの手がシェルリスのあごから離れた。

 そう思った次の瞬間。その手がシェルリスの首元に伸びて来た。しかも、両手だ。

 襟を掴み、そのまま引き裂くように左右へ引いた。ボタンがはじけ飛び、シェルリスは思わず悲鳴を上げる。

 その指先が首に触れ、シェルリスの身体に鳥肌がたった。

「これだな」

 ラグトムの指先がチェーンを引き出し、その先にある鍵が見付けられてしまう。そのままぐっと力一杯引っ張られ、チェーンが切れた。

 座らされていればよかったのだが、立っていたので反動でシェルリスはよろけてしまう。手を縛られていたのでバランスを崩し、床に転んでしまった。

 足まで拘束されていたら、おかしな倒れ方をして頭を打ってしまうところだ。小屋の中にほとんど物がなかったのも、運がよかった。

「さぁ、出してやろう」

 ラグトムがケージの鍵穴に、シェルリスから奪った鍵を差し込んだ。

「やめて! ルビー!」

 フタが開いたら、ルビーがあの魔法使いに捕まったら、どこかへ売られてしまう。その前に、ルビーがひどい目に遭わされることも。身体的には何もされなくても、すでにルビーは精神的に傷付いているのに。

 そう考えたら、シェルリスはたまらずに叫んでいた。同時にラグトムが、ケージのフタを開ける。

「うわっ」

 鋭い鳴き声が聞こえ、その直後にケージから火柱が上がった。ラグトムがフタを開けた途端、中から炎が勢いよく吹き出たのだ。

 ルビーは攻撃するつもりで火を出したのではない。シェルリスの悲鳴を聞き、同時にケージのフタが開いてラグトムの姿が見えたので、怖くて悲鳴をあげたのだ。その声と同時に火も出てしまった。

 魔袋(まぶくろ)に入れられ、袋の口が開いたと思ったら見たことのない獣の顔が見えて驚いた時と同じだ。今は格子から外の様子が見えていて、ずっと怖い怖いと思っていたため、火がさらに強くなったらしい。

 だが、魔袋の時と違い、今は屋内。しかも、今にも倒れそうなぼろぼろの小屋の中だ。その火が壁や天井に届き、燃え広がるのに時間はかからない。

「くそっ」

 ラグトムは荒々しくケージのフタを閉めると、それを持ってすぐに外へ飛び出した。

 シェルリスも何とか立ち上がり、急いで外へ向かう。だが、扉の前に天井部分が落ちて来て、逃げ道がふさがれた。

「ええっ、うそでしょお~」

 この小屋にはその扉しか出入り口はないのに。これでは外へ出られない。

 だが、小屋がぼろぼろだったことが幸いした。考える間もなく、シェルリスは近くの壁に体当たりする。見た目以上に腐っていたのか、シェルリスの大して重くもない体重に耐えられず、壁は崩壊した。

 そこからシェルリスは飛び出す。手が不自由なので、飛び出した勢いでまたバランスを崩して転がってしまった。

 だが、そのおかげか、縄が切れる。魔法による拘束ではなく、そんなに丈夫な縄ではなかったので助かった。

 背後でものすごく大きな音がして、小屋が崩れる。火事のせいか、壁が壊れたからなのか。

 とにかく、シェルリスは間一髪で無事に脱出できたのだ。

 だが、殺されたかも知れない恐怖と、焼け死ぬところだった恐怖でシェルリスは力が抜けてしまう。

 とにかく、目の前で燃えている小屋から少しでも遠ざかろうと近くの木の陰に隠れたが、そのままシェルリスは意識を失った。

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