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捜査

「あれ? 何だ、帰ったんじゃなかったんですか、レイ」

 崩れ部に再び姿を現したレイザックを見て、(ゆる)いウェーブのプラチナブロンドを束ねた青年が不思議そうな顔をする。いつもレイザックと組んで仕事をする相棒のマグテスだ。

 レイザックより三つ年上のマグテスは、見た目が若い。(あお)い瞳が丸く大きいので、童顔に見られがちだ。

 高い身長はほとんど同じで、レイザックの方が後輩。にも関わらず、初対面の人にはほぼレイザックの方が年上に見られ、どちらも「何でだよ」とややコンプレックスに感じていた。周囲からは、マグテスの話し方にも多少問題があるのでは、と思われている。

 この話をたまたまシェルリスにしたら「レイザックの方が老けてるってこと?」と言われた。

 一刀両断とはこのことだろうか。これまではせいぜい「大人びて見える」と言われるくらいだったのだが、レイザックもさすがにこれは傷付いた。言うにことかいて、二十代に入ったばかりの人間をつかまえて「老けてる」とは……。

 言い方が悪かった、と気付いたシェルリスが慌てて「落ち着いて見られるから、普段もてるんでしょ。不満に思う必要、ないじゃない」とフォローした。その後で「歳を取ったら、逆に若くなるわよ」と余計な一言も追加してくれて……。

 それはともかく。

「ちょっと気になることがあって。マグテスこそ、帰らないのか?」

「忘れ物を取りに戻って、何だかんだ話をしてたら時間が経っていたんですよ。で、気になることって?」

「シェルがうちの近くで妙なもんを拾ったらしくてさ」

 レイザックはマグテスに、シェルリスが拾った迷子の小竜の話をする。

「そういうことですか。残念ながら、魔獣の子どもが迷子になっている、という通報は今のところ入っていませんね。ディルアの方でも情報があれば、こちらへ連絡が来ているはずです。メアグの街から一番近い火山でも、普通の馬で一週間はかかりますからね。迷子がふらふらと来られるような距離じゃありませんよ」

「ああ。親父が確認したらしいけど、魔物による噛み傷なんかはなかったそうだ。だから、魔物にさらわれたって可能性はほぼゼロ、と考えていい」

 自力でもなく、魔物の仕業でないなら、残るは人間の仕業。人間の仕業にしても、それが後ろめたいことかそうでないかが問題だ。

 悲しいかな、こういう場合は悪い方へと事態が転がってしまうもの。

「そうですね。普通の魔物が火の山にはそうそう入れないでしょうし、だとしたら火の魔物の仕業と考えられますが、それなら親のいない間にその場でか、自分の巣で喰ってしまえばそれまでです。こうやって獲物に逃げられるかも知れないのに、街の近くまで連れて来るとは思えない。どういう想像をしても、人間しか残りませんね。で、普通に考えて、人間が生後間もないであろう魔獣を連れ歩く理由に、まっとうなものはそうそう思い付きません。さて、どう捜しましょうか」

 人間の子どもであれば、親が知人や役所に頼んで捜してもらう、という方法がある。しかし、魔獣がわざわざ魔法使いに頼んでくるなんてありえない。いっそ、うちの子がいなくなったから捜してくれ、と駆け込んで来てくれた方がやりやすいのだが。

 こういった魔獣の子どもが見付かるケースの場合、巣の近くか魔獣売買の現場がほとんど。つまり、どこに棲んでいたかがだいたいわかるのだ。売人を押さえれば、さらに正確な場所まで把握できる。

 それらの情報を元に巣の近くへ行けば、半狂乱になった親が子どもを捜し回っていたりする。事情を話し、子どもを返して一件落着……となるのだが。

 ルビーのように完全に子ども単体で、明らかに棲処(すみか)から遠ざかっているとなると、絞り込む範囲が広すぎて特定できない。

「ディルアではどう捜すつもりでいるのか、聞いてみましたか?」

 マグテスに聞かれ、レイザックは首を横に振る。

「いや、それはまだ」

「向こうも対応してるなら、こちらは別のアプローチ方法を考える必要がありますね」

 マグテスがディルアの職務部へ連絡を入れて尋ねてみると、メアグの街全体を魔法使いが空から巡回(じゅんかい)している、と答えがあった。子どもを捜し回っている小竜がいないか、火事のように火の手がないかを調べているのだ。

 子どもを捜すために街を火の海に……するような魔獣はさすがにいないだろうが、冷静さを欠いた魔獣は何をするかわからないので、今晩はずっと巡回を続けるらしい。

 ルビーがいつアトレストの近くに現れたかは不明だが、親は今頃自分達の棲処周辺を捜しているかも知れない。近くにいないとわかれば捜索範囲を徐々に広げ、やがてメアグの街周辺に現れることも考えられる。

 今晩それらしい魔獣が見付からなければ、巡回範囲を広げるということのようだ。

「はっきり言って、手がかりは皆無だからなぁ。シェルが重要な糸口を話し忘れてなければいいけど。こういう事例、今までにあったか?」

 聞かれたマグテスは、小さく首を振る。

「ぼくが知る限り、ありませんね。少なくとも、見付かった子どもは片言でも話ができていました。今回はそれさえもできないのでしょう?」

「俺はその子どもを見てないけど、そうらしいぜ」

「人間の仕業だと断定するとして……魔獣の方面はディルアがやってくれるようですし、ぼく達は人間の方をあたってみましょうか」

☆☆☆

 犯罪者ではないが、犯罪者や彼らに関わる事柄についての情報をやたらたくさん持っている人間が存在する。いわゆる「情報屋」と呼ばれる人間だ。

 そんな人間から情報をもらい、犯罪者を捕まえるというのはよくあること。そして、魔法使いの場合でも同じことをする。

 崩れがどんな犯罪に関わろうとしている、もしくは関わっているか。崩れ専門の情報屋というものがいて、それが一般の人間の時もあるし、魔法使いの場合もある。

 魔法使いの場合では、協会に名前だけは登録しているものの、様々な事情で裏の世界で動いている、ということが多い。

 少数ではあるが、独学で魔法を学んだ人間、という場合もある。ただし、協会に名前が登録されていない者は、世間的には魔法使いと認めてもらえない。

 もっとも、こういう仕事をするとなると、その方が都合がいい、という人間もいるようだ。

 レイザックとマグテスは、崩れの情報を多く持っている情報屋を尋ねて回った。

 魔獣の子どもを欲しがっている崩れがいないか、もしくは買いたがっている人間がいないか聞いてみたが、これという情報は掴めない。

 だが、五人目の情報屋と接触した時、別の事件があることをほのめかされた。

「妖精がさ、人間の家で魔獣を見たって騒いでいたのを聞いたんだよ。詳しくは聞いてないし、それは子どもではなさそうだったけどな」

 五十を超えたその情報屋は魔法を少しかじった程度の腕だが、わずかでも魔法が使えるので妖精が見えるのだ。そのため、妖精が話していたことも聞くことができる。

「どこの家ですか?」

 マグテスの問いに、情報屋は少し間をためてからその名を口にした。

「ワイマーズ家だ」

「メアグの街でも指折りの資産家だぞ。そんな所に魔獣がいるってのかよ」

 レイザックの言葉に、情報屋は軽く肩をすくめた。

「言っただろ、騒いでいたのを聞いたって。どういう状況なのかしっかり聞いた訳じゃないんでな。悪いが、この件知ってるのはこの程度だ。でも、魔獣を欲しがるとすれば、ワイマーズのドラ息子じゃないか? 仕事はしてないくせに、珍しい物を裏であれこれ手に入れるのは好きらしいからな」

 その情報屋から聞けた話は、そこまでだった。気が付けば、日付はとっくに変わっている。

「あの家に魔法使いがいるって話は聞いたことがないぜ。マグテス、知ってる?」

「いえ。少なくともディルアの魔法使いで、ワイマーズ家に出入りしている、という人の話はぼくも聞いたことがありません。その魔法使いが崩れなら、なかなか話も入って来ないでしょう。どちらにしても、捜査の必要がありそうです」

 金持ちの中には、魔法使いを個人的に雇う者がいる。魔法使いが出す火や風を好きな時に観て楽しみたい、というのが理由らしい。手品か何かと間違えているのでは、と聞く(たび)にレイザック達は気分が悪くなる。

 だが、それも建前で、妖精や魔獣を呼び出させて間近で見たい、というのが本当の理由だと聞く。たったそれだけのことで、と魔法使い側にすれば思うのだが、金持ちという人種はわずかでも目新しいものを目にしたがるのだ。

 それに、魔法使いが妖精や魔獣を呼び出すことは、罪にならない。雇われる魔法使いも、生活のために金銭が必要だからやっているのだ。

 もし呼ばれた魔獣が誇りを踏みにじられたと感じ、暴れたりすれば「事故」として処理されることになるが、呼び出す行為そのものについては魔法使いが法を犯すことにはならない。

 だが、魔獣を「飼う」となれば、話は変わる。

 魔獣の意思でその家にとどまるなら別だが、一般の人間が魔獣を保持することは禁止されているのだ。魔法使いが常駐していないとなると、誰かから「買った魔獣」を「飼っている」とみなされる。

 過去の事例において例外なく、飼われていた魔獣は崩れが捕獲して売ったものだった。

 レイザック達が情報屋から聞いた話も、この事例と同じ可能性が高くなる。

 ルビーの身元確認も早くしたいが、こうして事件の話を聞いて放っておく訳にはいかない。話の中身は、まさにレイザック達の専門分野なのだ。

「とにかく、話を聞かなければ。時間が遅いので、呼び出してもいやがられるかも知れませんが」

 言いながら、マグテスが妖精召喚の呪文を唱える。情報屋は妖精が話しているのを聞いたと言っていたから、この近くにいる妖精を呼び出せば情報が得られるはずだ。

 しかし、人間と同じで、この時間は眠りにつく妖精も多い。呼び出しても無視される可能性があるのだ。夜に活動する妖精ももちろん存在するが、そういう妖精はあまり人前に出たがらない。

「お呼び?」

 魔法使い二人は、朝方にならないと無理かも……と思ったが、杞憂(きゆう)だった。現れたのは長く美しい赤毛を持った火の妖精だったが、その顔はとても眠そうには見えない。

「申し訳ありません。こんな遅い時間に来てもらって」

 マグテスが唱えた呪文は、近くにいる妖精なら誰でもいいから来てほしい、というもの。声が聞こえたとしても、呪文に反応せずに無視すればいい話。

 だが、現れてくれたことにまず礼を言う。こちらが礼儀正しくしていれば、妖精も好意的な態度で対応してくれるのだ。

「いいのよ。今夜はすぐに眠れないって感じだもの」

「何か楽しいことでもありましたか?」

「いいえ、その逆よ。運が悪ければ、私達まで怖い目に遭うところだったんだもの」

 現れた妖精は、まさにワイマーズ家でファルジェリーナを見た妖精だったのだ。

「魔獣が人間に連れて来られてたの。とても弱っていたみたい。連れて来たのは魔法使いじゃなかったみたいだから、私達の姿が見えることはまずないわ。だけど、何かのはずみで捕まるのはいやだから、急いで逃げたのよ」

 マグテスはレイザックと顔を見合わせる。自分達が聞こうとしていたことを妖精の方から先にしゃべり始め、あまりにもタイミングがよすぎて驚いているのだ。

「その魔獣が連れて来られたのは、ワイマーズという家ではありませんか?」

「たぶん、そんな名前だったとは思うけど、よくわからないわ。あまり気にしていないから。丘の上に建っている大きな……えーと、お屋敷って言うの? そこにいたわ」

 間違いない。妖精の言う屋敷はワイマーズ家だ。

「何の魔獣だったか、わかりますか?」

「人間の姿だったから、そこまでは。でも、髪が赤い女性だったわ。だから、どういう魔獣にしろ、火に属する子ね。あなたが魔獣なら、風か氷かしら」

 妖精はマグテスのプラチナブランドを見て、そう言った。

 属性によって髪の色が変わるのは、よくあること。絶対これ、と決まっているのではないが、風や水、氷に属する魔獣が人間になるとマグテスのような髪色になることが多い。

 ちなみに、レイザックのように黒髪なら土属性という傾向が強くなる。

「その屋敷で魔獣を見た仲間は、他にもいるのでしょうか」

「ええ、たくさんいるわ。急いでみんなで逃げて、近くにいる妖精達にあのお屋敷には近付かないようにって言って回ったの。だから、あの家の周辺にいた妖精はどこかへ逃げて、今はみんないなくなっているはずよ。魔獣と違って妖精は見えないって人間は多いけれど、それでも安心はできないものね」

「ああ、確かに。そういうことがあった時は、離れていた方がいいでしょうね」

「それで? あなたはどうして私のことを呼び出したの?」

 長い前置きが終わり、妖精が本題に移ろうとする。

「あなたが今話してくれたことを、聞きたかったんです。話してもらえて助かりました」

「あら、そうなの? ふふ、よかった。またどうでもいいおしゃべりをしちゃったって思ったから」

 聞いていないことをしゃべり出す妖精はよくいる。だが、今の場合は話が早くて助かった。

 妖精には礼を言って解放し、マグテスとレイザックはまた顔を見合わせる。

「決定的のようですね。多くの妖精達が見て、それが見間違いだとは思えない。魔獣の子どもについても気になりますが、先にこちらを片付けてしまいましょう」

「ああ……。ルビーのことは、ディルアの方で情報を掴んでくれるのを祈るしかないか」

 レイザックとしては、危険に巻き込まれるかも知れない状況からシェルリスを早く遠ざけたい。

 だが、こちらも緊急事態となりえる。妖精の話ではどんな魔獣が捕まっているかまでは知ることができなかった。もし、仲間意識の強い種族の魔獣だった場合、群れとなって街へ現れるかも知れないのだ。

 自分で何とかできないことがひどく歯がゆいが、シェルリスの方はディルアに頼るしかない。

「ワイマーズ家の捜索許可をもらわないと。レイ、本部へ戻りましょう」

「おう」

 二人の魔法使いは、夜の街を駆け抜けた。

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