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囚われの魔獣と目撃者

 レイザックがシェルリスと出会ったのは、彼がまだ修学部の見習いだった頃。

 魔法使い認定試験、つまり一人前の魔法使いになるためのテストを一ヶ月後に控えていた大事な時期だ。それが、およそ三年前。

 その頃には授業で新しく習うことはほとんどなく、技術向上に特化した授業がずっと続く。放課後には自主練習に励む者も多く、もちろんレイザックも毎日の自主練習は欠かさなかった。

 そんなある日。

 フィールドと呼ばれる魔法の練習場へ来たレイザックは、火の魔法を練習している少女を見かけた。それがシェルリスだ。

 修学部に入って間がない見習いほやほやのシェルリスは、懸命に火を出そうとしていたのだがうまくいかない。なぜか彼女が目に入ってしまったレイザックは、何となくその様子を見ていたが、あまりの下手さ加減につい口を出してしまった。

「そんな唱え方じゃ、うまくいかないぞ」

 初心者なら下手なのもわかる。レイザックも最初から上手くできた訳ではない。修学部に入ったばかりの頃は、失敗もたくさんやらかしている。

 だが、それを差し引いても、シェルリスはあまりにも下手すぎた。いくら初心者でもひどすぎるその様子に、レイザックは黙っていられない。

 自分のテストが控えていて後輩の面倒を見ている時間的余裕はないはずなのだが、レイザックは自分でも気付かないうちに声をかけていた。

 レイザック十九歳、シェルリス十四歳。季節は初夏の頃である。

 以来、見掛ける(たび)に声をかけるようになり、個人レッスンのおかげでシェルリスの腕も平均値より上になってきた。

 一緒にいる時間が多ければそれなりに親しくなるものだが、レイザックが認定試験に合格したことで二人は一時疎遠(そえん)になる。

 レイザックが魔法使い犯罪捜査部、通称崩れ部に入ったことで、顔を合わせる時間がなくなってしまったのだ。職務部の棟と修学部の棟はディルアの同じ敷地内にあるが、崩れ部は少し離れた別の敷地にある。そのため、顔を合わす機会がなくなったのだ。

 それからおよそ一年後。

 初めてのことばかりで四苦八苦していたレイザックも、ようやく仕事に慣れた頃。昼食を取り損ねたレイザックが入ったパン屋に、シェルリスがいた。

 家がそんなに裕福ではない、という話は何となく聞いていたが、その時の彼女はそのパン屋でアルバイトをしていたと知る。

 レイザックはこれまで一度も入ったことがない店で、本当にたまたま目に付いたから足が向いたのだが、すごい偶然があるものだと二人は笑った。

 それから半年後。

 レイザックがとある仕事で、とある家へ向かう。そこになぜかシェルリスの姿があった。その家でベビーシッターのアルバイトをしていたのだ。時間が許す限り、掛け持ちをしていたらしい。

 それを知って、レイザックは途端に心配になった。

 シェルリスは特別成績優秀でもないし、すぐに授業内容を理解して技ができる程に器用ではない。レイザックが面倒をみていた時は多少上達していたものの、本来のシェルリスは真面目に課題をこなし、自主練習をしてようやくそこそこの成績になるレベルだ。

 それなのに、アルバイトばかりやっていたのでは知識習得のための予習復習がおろそかになるし、自主練習をしっかりやる時間がなくなってしまう。

 かと言って、レイザックがシェルリスの家庭の事情に口ははさめない。家計に余裕がないことはわかってるが、アルバイトばかりに時間をかけて落第していたのでは、本末転倒だ。

 そうしてレイザックの頭に浮かんだのが、現在の家業であるアトレストの存在である。

 当時、受付は父のブレイズが主にやっていた。だが、はっきり言って閑職(かんしょく)。それでも、受付を空っぽにはできない。

 空間を安定させる仕事は他の魔法使いもしているが、責任者であるブレイズも確認作業が必要になる。その間に受付をしてくれる人材があればいいが、客が魔法使いと魔獣であるため、普通の人間には任せられない。簡単な仕事ではあるが、受け付ける対象が特殊すぎるのだ。

 万が一の事態の時、防御の壁を作れるだけの力が必要で、これはどの国、どの街のアトレストでも厳守されるべき規則なのである。レイザックの母セレルは魔法使いではないため、その規則に引っ掛かってしまう。

 しかし、シェルリスなら可能だ。見習いではあるが、いわば魔法使いの端くれ。その頃には壁を出すくらいはできるようになっていたし、魔獣の対応も普通の人間よりずっとうまくできる。元々魔獣が好きだという話は聞いていたから、その点は問題ない。

 時間の拘束は(ゆる)いから、そこで実技の練習をするのは無理でも、宿題や予習くらいなら十分できる。

 レイザックはブレイズとシェルリスにこの話をし、双方が合意して現在に至るのだ。

 今までこうして関わって来た以上、シェルリスが何か妙なことに巻き込まれかけているのでは、となればレイザックも放ってはおけない。

 何だかんだ言ったところで、どうしても面倒をみてしまうのは、彼の性格である。

 いや、対象がシェルリスの場合は別の理由もあり、だろう。

☆☆☆

 時間はやや戻って、太陽が沈みきる少し前。シェルリスがブレイズと一緒に、魔法使い協会ディルアへ向かう準備をしていた頃だ。

 ファルジェリーナを馬車に乗せ替えたタルボラは、とある大きな屋敷の前まで来ていた。メアグの街でも指折りの資産家ワイマーズ家である。

「ほら、降りな」

 男に(うなが)され、女性の姿をした火の小竜は言われるままに馬車から降りた。

 彼女の手にはまだ縄が巻き付けられていたが、タルボラはそれをほどく。ほんのわずか、ファルジェリーナは楽になった気がするが、それでも焼け石に水だ。

 首に着けられた吸魔石(きゅうませき)付チョーカーの方が、縄よりも彼女から魔力と体力を容赦なく奪っている。もう歩くことすら、わずらわしい。

 相手はそれを見越しているから、縄をほどいたのだ。

「ほれ、今からご主人様とのご対面だ。おとなしくしていれば、いい暮らしをさせてもらえるぜ」

「……そのいい暮らしとは、人間にとってでしょ」

 魔獣が人間の「巣」で暮らして、快適なはずがない。

 何もできないファルジェリーナは、そう言い返すだけで精一杯だ。言われたタルボラの方は意に介しておらず「違いねぇ」と笑うだけ。

 ゆっくりと屋敷の周辺や中を観察するような余裕は、ファルジェリーナにはなかった。腕を引かれたり背中を押されたりしながら歩き、気が付くと広い部屋に立っている。

 目の前には、濃い金髪を後ろにぴっちりなでつけた碧眼(へきがん)の男がいた。ごつごつした輪郭(りんかく)の顔や肌の状態を見る限り、四十代半ばから後半といったところか。

 男のファルジェリーナを見るその目は、ラグトムのように見下すというよりは値踏みしているように感じられた。

「これだけ美しい女が、人間ではない、と。にわかには信じがたいが」

 そんな言い方をしているところからして、この男は魔法使いではない。ファルジェリーナが推測できたのはそれくらいだ。

「お気に召していただけましたか、ジェインズ様」

 タルボラが手をすりあわせているような声音で、ジェインズと呼んだ男に愛想笑いする。

 ジェインズはワイマーズ家の道楽息子で、まともに仕事もせずに父親の資産を食いつぶしていた。いわゆる典型的なバカ息子だ。

「本性は火の小竜です。あまり寒い場所ですと弱りますが、メアグの街は冬でもそんなに気温が下がりませんからな。一冬くらいは持ち(こた)えるかと」

 つまり、私の命はあと一年もないって意味なの?

 そう言ってやりたかったが、声を出すのも面倒になってくる。とにかく、座りたい。

 ラグトムは、チョーカーの他にブレスも付けていれば立つのが精一杯になる、などと言っていた。だが、ファルジェリーナはもうすでにそんな状態になっている。

 元々、出産で体力が落ちていたところへ、さらに体力を奪う石を付けられたため、近い状態になっているのだ。

「おっと」

 間近でジェインズの声がした。その声で、ファルジェリーナは自分が倒れかけてしまい、ジェインズの胸に飛び込んだ状態になってしまったと知る。

 ……こんな人間に支えられるなんて。

 これから自分に何をするかわからない相手に支えられ、屈辱しかない。

「まさか、病気か死にかけを連れて来たのではないだろうな」

「いえ、とんでもない。その女の首にあるチョーカーで体力を吸い取っているんですよ。でないと、人間の姿でも魔獣の力はとんでもない強さですからね。万が一にもジェインズ様に傷を付けたりしないよう、ギリギリまで力を奪っていますので」

「それならいいが。あまり弱りすぎても、見ていてつまらんからな」

「そのうち今の状態に慣れてきますよ。これからどう調教するかは、ジェインズ様のお気に召すままで」

 タルボラは内心「本当に大丈夫なのか、こいつ」と思っていたが、そんな不安は顔に出さない。金さえもらえれば、後は魔獣がどうなろうと知ったことではなかった。

 もしすぐに死ぬようなことがあれば、チョーカーの石の力が強すぎたようだ、とでも言ってごまかし、次を「調達」すれば済むことだ。

 彼らにすれば、魔獣は消耗品なのだから。

「子ども……私の子どもを……」

 うわごとのようにファルジェリーナはつぶやく。

「子ども? 私とつくってみるか?」

 ジェインズはそう言って笑い、タルボラは引きつりながらも愛想笑いを顔に張り付ける。

 一方で、ファルジェリーナは意識がもうろうとし、何を言われているのか理解できなかった。

「残念だが、今日は夜会があるので無理だがな。こいつは檻に入れておかなくても平気なのか?」

「その状態で逃げるのは無理でしょう。後でラグトムが結界を張りに来ますから、それさえ済めばこのお屋敷全体が檻になるようなものですよ」

「そうか」

 その前に仲間が取り返しに来る、という可能性はゼロではない。だが、そうなればまた「調達」すればいい。配達の手間はかかるが、ちゃんと調達すれば次の注文が来るというもの。

 逃げた魔獣に付けられた吸魔石付きのチョーカーが外れなくても、その結果体力がなくなって魔獣が死んでしまっても、それはこちらの知ったことではない。おとなしく捕まっていない方が悪いのだ。

「この女が元の姿に戻ることはないのか?」

「姿を変えられるだけの魔力が残っていると、ご主人様を傷付けることもありますのでね。魔獣のままか、人間の姿かになります。魔法使い立ち会いの(もと)であれば、その都度姿を変えさせることは可能ですが……その時はまた少しいただくことになります」

 納入は魔獣か人間、どちらかの姿。変える時は魔法使いの力が必要で、その出張費と手間賃をもらう。何をするにしても、料金はしっかり発生する、という訳だ。

「ちゃっかりした奴らだ。まぁ、いい。気が向けば呼んでやる。一度くらいは小竜とやらを間近で見てみたいからな」

「では、連絡をいただければ、ラグトムが来るように手配いたします。何でしたら、結界を張りに来た時におっしゃっていただければ、少し勉強させていただきますよ」

 そして、後日にでもまた人間の姿にしろと言われれば、手間賃が手に入る。少しくらい値引きしても、何度も呼ばれる方が収入は多くなるからありがたい。

 人間達はそんな取引をして楽しんでいたが……その様子をこっそり見ている者がいた。

 ワイマーズ家のキッチンで遊んでいた、火の妖精達である。

 大きな家には大きなかまどがある。その火は勢いがあって、遊んでいても楽しい。だから、時々遊びに来るのだ。

 今日もかまどの火で(たわむ)れていた妖精達だったが、ふと変わった気配を感じ取ってそちらへ向かった。そして、ファルジェリーナが連れて来られたのを見る。

 姿は人間だが、気配は魔獣だ。でも、何の魔獣かまではわからない。

 とにかく、ここにいては自分達までとばっちりを受け、人間に捕まってしまうかも知れない。

 妖精は普通の人間には見えない。だが、人間に捕まった魔獣のそばへ行くことで何かの影響を受け、見えるようになる……こともありえる。

 幸い、魔獣のそばにいる人間達は魔法使いではないようで、妖精達の姿は見えていない様子だ。見えるタイプの人間だとしても、今は魔獣の方に集中している。突然こちらに意識が向けられることはないだろう。

 だったら、今のうちにこの家を離れた方がいい。

 妖精達は急いでワイマーズ家を出た。その後、出会った他の妖精達に、今見て来たことを話す。属性が何であれ、別の妖精があの家へ近付いて、もし捕まったりしたら大変だからだ。

 それと……妖精はだいたいおしゃべりが好きで、話が広まるのもすぐ。

 メアグの街にいる妖精がこの話を知るのに、そう時間はかからなかった。

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