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問題有りの貼り紙

 シェルリスを寮に送り届け、ブレイズがアトレストへ戻ると、短い黒髪で長身の魔法使いが受付のカウンター前に立っていた。

 ブレイズが入って来た気配に気付くと、こちらを振り返る。ブレイズと同じ紫の瞳を持つその顔は少々不機嫌……と言うより、怒っているように見えた。

「親父、この貼り紙は何なんだよ」

 若い魔法使いはそう言いながら、何か書かれた紙をブレイズの方へ差し出す。

「何だ、レイザック。三日ぶりに帰って来たと思ったら、いきなり言いがかりか」

 彼はブレイズの息子で、シェルリスの先輩にあたるレイザックだ。

「チンピラが因縁をふっかけてるみたいな言い方、するなよな」

 父親の言葉に、レイザックはさらにむすっとなる。

「これ。こんなの貼ってたら、変な誤解されるだろ。この辺りは魔法使い以外、人通りはあまりないからいいようなものの」

 魔獣の姿を見慣れない人が騒いだりしないよう、どこの地域のアトレストも街の中からやや離れた場所に造られている。もちろん、まったく一般人が来ない訳ではないが、数は限りなく少ない。

 ちなみに、どこそこのアトレストと言う時は、街の名前が付く。ブレイズが経営しているここは、メアグ・アトレストと呼ばれるのだ。

「ん? いつの間に……」

 レイザックから渡された紙には、やけに元気な文字で

「迷子の火竜、おあずかりしてます。お心当たりの方は受付まで」

 と書かれている。この字は間違いなくシェルリスだ。入口の扉に貼られていたらしい。

「ここには火竜がいるのかって騒ぎに……まぁ、常識的に考えればいるはずないってわかりそうだけど。竜が迷子になってる、なんて誤解する魔法使いはいないだろうけどさ。メアグ・アトレストは虚偽(きょぎ)の貼り紙を出していた、なんて噂を立てられても困るだろ」

 小竜は特別珍しい魔獣ではないが、竜はとんでもなく珍しい。見たことがある、と言う人間は世界中を探してもほんの一握りだろう。

 それなのに、火竜がいる、となれば騒ぎになりかねない。もっとも、レイザックが言うように、常識的に考えれば竜を預かるなんてことはありえない、と「普通の」魔法使い達なら思うだろう。

 だが、世間には特に大した理由もなく、人を(おとしい)れようとたくらむ(やから)がいるもの。そんな人間がブレイズの経営するアトレストの悪口を広めたら、どこをどう間違ってか廃業に追い込まれる、なんてことだってありえるのだ。

 もちろん、最悪の場合、ではある。しかし、少なくとも「いいこと」は起きない。

「シェルリス、文字を(はぶ)いたと言うか、根本的に書き方が違うと言うか……」

 書かれた内容に、ブレイズは苦笑するしかない。

「親父、シェルがこんなのを貼ってたって、気付かなかったのか」

「気付いたらすぐに取ってるよ。まぁ、あの子に悪気はなかったんだから、そう怒るな」

 言いながら、ブレイズは紙をさっさとたたんでしまう。

 シェルリスがこれを貼ったとしたら、ここを出るまでの三時間程の間だろう。シェルリスと二人でディルアへ行き、ブレイズは一時間くらいで帰って来た。

 今日来た客は二組だけで、その客もシェルリスがあの小竜を連れて来てすぐだったから、貼り紙を見た可能性は低い。恐らく、これを見たのはレイザックだけだ。

 もしグラウンや他の従業員が見ていれば、レイザックのようにすぐはがしているだろう。

 それが帰って来たばかりの息子の手によって、ついさっきはがされた。ということは、彼らも気付いていなかったのだ。

「何だってシェルは、そんな貼り紙を書いたんだ? 火竜って何のことだよ?」

「この近くでシェルリスが見付けた、赤い小竜の子どもだ」

「赤……火の小竜で火竜か。あいつ、何を端折(はしょ)ってやがるんだ」

 事情を知ってほっとすると同時に、レイザックはあきれた。

 魔獣の名前と属性をまとめる魔法使いなんて、初めてだ。無知な見習いはすることが怖い。

「その小竜が迷子ってことか。親は?」

「いない。わしもシェルリスが小竜を保護してから周囲を探してみたが、それらしい影はなかった」

 ルビーがシェルリスに保護されてから今までのことを、ブレイズはレイザックに説明する。

「そのチビスケは、シェルリスがケージに入れて、世話することになった。親捜しはディルアにまかせてある。とりあえず、どういう事情か早くわかればいいんだがな」

「単なる迷子に思えないな、それ」

 話を聞いたレイザックがいぶかしむ。

「お前、仕事が一段落したから帰って来たんだろう。わざわざ事件性を高めてどうする」

 レイザックは「魔法使い犯罪捜査部」と呼ばれる部署に所属している。

 魔法使い協会・職務部の中にある部署の一つで、魔法使いの犯罪者が関わる事件を捜査するのだ。

 魔法使いの犯罪者は魔法使い崩れ、もしくは崩れなどと呼ばれ、その崩れを捕まえるところから「崩れ部」と呼ばれている。人によっては「魔法使いを()る(捕まえる)」というところから「魔捕(まと)り」と呼んだりもする。魔法使いの犯罪者専門の役人みたいなものだ。

「親父だって、魔獣売買禁止法は知ってるだろ。そんな生まれて間がなさそうな子どもがふらふらしていて、近くに親がいないなんてまずありえないぜ。魔物がさらったとしても、それなら逃がしてしまったきっかけみたいなものがあるはずだ。そのきっかけの痕跡(こんせき)が近くにないのは変じゃないか。人間が関わっていると考えた方がしっくりくる」

「まぁ、確かにな」

 魔法使いにとって、契約に応じて協力してくれる魔獣はこれ以上ない頼もしい相棒になりえる。

 だが、そんな彼らを違う形で利用しようとする人間も、残念ながら存在するのだ。

 魔法使いは魔物だけでなく、人間を傷付けたりした魔獣も退治の対象にすることがある。人間の血を覚えてしまった魔獣が、犠牲者を増やしてしまわないようにするためだ。

 その時に、魔獣を拘束する縄を使うことがある。魔獣の魔力や体力を奪いつつ拘束する魔法道具の一つで、捕縛縄(ほばくじょう)と呼ばれるものだ。

 その縄を崩れ達は悪用し、何も悪いことをしていない魔獣を捕まえるのである。

 金持ちと呼ばれる人間達は、変わった物を欲しがる傾向があるらしい。彼らは魔法使いや一部の人間に対してしか心を開かないという魔獣を自分の手元に置きたがり、一方でそれをビジネスにしようとする人間や魔法使い崩れが現れるのだ。

 一人でやる者もいるが、大抵は二人以上で組んでいることが多い。一般人か腕の悪い魔法使いが販売先の開拓や交渉をし、別の魔法使いが注文に応じた魔獣を捕獲するのだ。

 この捕獲担当の魔法使いは、そこそこに腕がいい者が多い。つまり、真面目に探せばいくらでもまともな仕事があるはずだが、報酬の高さ(ゆえ)に「崩れ」となっていくのだ。

 しかし、こうして捕まえられた魔獣は飽きられるのも早く、子どもの場合だと大きくなると返品されたりもする。だが、人間に飼われ、本来棲んでいる環境とは異なる場所に閉じ込められるストレスから、返品される前に死んでしまうことも多い。

 魔獣は人間の姿になることもできるが、その姿が気に入られた場合はそのままで飼われることもよくある。

 その際、吸魔石(きゅうませき)と呼ばれる魔獣の魔力を奪う石が付いたチョーカーやブレスなどを装着させられるのだ。その石のせいで魔獣は魔法も使えず、元の姿に戻ることもできなくなってしまう。

 ちなみに、これらの装飾品は闇ルートで出回っていて、取り締まりの手をすり抜けているのだ。

 魔力を封じられた魔獣は、家や敷地全体に結界が張られるために、逃げることができない。普段であれば破れる力を持つ彼らも、肝心なその力を封じられてはどうしようもないのだ。

 もし仲間が取り返しに来ても、捕まった魔獣が逃げることはできない。

 魔獣を手に入れた者の屋敷周辺には、吸魔石が複数置かれた上で結界が張られている。魔獣仲間による奪還を阻止するためだ。結界に触れれば、捕まった魔獣同様に力を奪われてしまう。大抵の魔獣は、そこで奪還をあきらめてしまうのだ。

 あきらめずに仲間を取り戻そうとがんばる程に力を吸い取られてしまうため、最悪だとその場に倒れる魔獣もいる。

 そうなれば、崩れにとって、新たな「商品」が手に入ることになるのだ。

 最近では、こういった魔獣飼い殺しの事件がよく報告されるようになっている。レイザックも、何度かそういう事件を担当した。

 魔獣の売買が禁止されているのは、こういった一部の人間がしたことによって魔法使いが魔獣の協力を得られなくなってしまいかねないからだ。

 残念ながら何かしらの事件を起こして捕獲・退治対象になってしまう魔獣もいるが、魔法使いにとって魔獣は貴重なパートナーである。有害な魔物を迅速に排除するためには、彼らの協力が不可欠なのだ。

 その協力を得るために、彼らを不必要に怒らせてはいけない。

 子どもがさらわれた場合、親が逆上して関係ない一般の人間まで巻き込み、周囲を破壊することもありえる。普通の獣であっても、子を守るために親は普段以上の力を出すものだが、魔獣であればそこに魔法が加わるから危険が倍増してしまう。

 捕まったのが成獣であっても、種族によっては団体で取り返しに来る、ということも起きるため、人間も魔獣も多くの被害者を出してしまう可能性が高い。

 現在のところ、そうした大きな事件は起きていないが、今後も絶対に起きないとは誰も言えないのだ。

 魔獣売買が禁止されているのはこういった理由からだが、これは魔獣のためと言うより、むしろ人間を保護するための法律と言えるかも知れない。頑丈さでは、人間など魔獣の足下にも及ばないのだから。

 どちらにしろ重罪であり、へたすれば一生檻の中ですごすことになる。

「わしも事件性については考えたさ。だが、シェルリスの前でそんなことは言えないだろう。少しばかり臭わせてはおいたがな。あの子が禁止法をどこまで知ってるかはともかく、怖がらせたらかわいそうじゃないか。そうだと決まった訳じゃないんだから」

「でも、そういう可能性があれば、シェルがそのチビを世話することだって大きなリスクがあるんじゃないのか。そのチビをさらった奴が、シェルからチビを奪い返すためにあいつを傷付けるってことだって……」

「それも考えたから、わしが寮まで送ったんだ。本人にはチビスケの親が来たら、ということだけにしておいたがな。チビスケに関しては、魔法使いがいる所以外では絶対にケージを開けるな、と言ってある。明日はシェルリスの休みになっているから、ここへは来ない。それなら協会の敷地内か寮にいることになって、周囲に誰かがいる状態のはずだ。ここへ来る日は、わしか誰かがちゃんと見るようにするつもりでいる」

 魔物退治こそ引退したものの、ブレイズも契約している魔獣がいる。シェルリスがバイトのためにこちらへ向かう道中で何か起きないよう、その魔獣に見張ってもらうこともできるのだ。

 事情がはっきりしていない以上、ブレイズもシェルリスの安全にはちゃんと気を配っている。

「お前がいない間はわしらがちゃんとあの子を守るから、そう心配するな」

「……人が聞いたら誤解するような言い方、するなよ」

 レイザックがわずかに口ごもる。

「誤解? わしは普通に言っただけだが……何だ、まさかいまだに何もなしか?」

 父親の言葉に、レイザックは一瞬つまる。

「まさかとか、何もなしってどういう意味だよっ。シェルと俺は、ディルアの先輩後輩ってだけだ」

「そうなのか? お前がシェルリスをここに紹介した時から、わしはてっきりそういう仲だと思っていたんだがな。よそでおかしな虫がつかないよう、シェルリスをここに隔離(かくり)しておいて、お前がいない間はわしが目を光らせるようにと暗に言われたものだと」

「暗も明も言ってないっ。だいたい、隔離って何だよ。仮に恋人や何かだとしても、隔離はまずいだろ。独占欲が強いにも程がある」

「隔離は言葉のあやだ。しかし、何もなしか。ちょっとドジなところもあるが、シェルリスは明るくていい子だぞ。さっさとしないと、ああいう子はすぐに売れちまうからな」

「と、とにかくっ」

 レイザックは強引に話を元に戻した。

「魔物なら事件性は少ないから、俺達の出る幕じゃない。だけど、人間が絡んでるなら別だ。誰かが正当な理由でそのチビを連れて来て、たまたまこの辺りで見失って……にも関わらず、現場に一番近いであろううちに誰も尋ねに来ないのはおかしい。後ろめたいことをしてるから来られないって方が濃厚になってくる。だとしたら事件だし、捜査が必要だ。ディルアに情報がなくても、魔捕(まとり)部に直接入ってるってこともあるから、俺は一旦戻る。何かわかれば、すぐに知らせてくれ」

「ああ、シェルリスのことも含めて、こっちはまかせろ」

「……頼むぜ。何かあったら、ここを紹介した手前、シェルの家族に顔向けできなくなるからな」

「そうだな。ああ、向こうへの挨拶は早く行った方がいいぞ。行く日が決まったら、ちゃんと知らせろ。わしも手土産くらいは用意したいからな」

「だーかーらーっ。話をそっちに持って行くなって」

 怒鳴りながら、レイザックは出て行った。

「やれやれ。二十二にもなって、照れるって歳でもないだろうに」

 ブレイズはくすりと笑って息子を見送る。

「さてと。暗くなって安心している奴がいるかも知れないし、もう少し周辺を調べてみるとするか」

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