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世話係

 ブレイズは魔法使い協会ディルアへ連絡を入れるべく、事務室の奥へ向かう。シェルリスは受付カウンターへ行くと、イスに腰を下ろした。仕事中のシェルリスの定位置だ。

 小竜の子どもは、何か言いたげにシェルリスを見上げる。

「大丈夫よ、心配しなくても。誰も怖い目に遭わせたりしないからね」

 ブレイズに言われた通り、シェルリスは魔獣の世話をしたことはない。でも、自分は昔から魔獣に好かれる体質だ、と勝手に思っている。

 今もこうして小竜の子どもに懐かれているから、まったく根拠のない自信ではない。

 そもそも、シェルリスが魔法使いになりたいと思ったのは、こそこそ隠れずに魔獣と関われるようになりたかったからだ。

 田舎の村で野山を自由に駆けずり回っていた子どもの頃、山の中で馬の姿の魔獣を見た。

 その時はシェルリス一人だったが、絶対に見間違いではない。あれは普通の馬ではなかった。ありえない。

 たてがみが青い炎の馬は、真っ青な瞳と真っ白な身体をしていた。幼いシェルリスがその美しさに見とれていると、魔獣はふっと笑った……ような気がする。そのまま魔獣はその場から飛び去った。走り去った、ではなく。

 それが初めて魔獣を見た日。

 後にディルアへ入って勉強し、それが炎馬(えんば)と呼ばれる魔獣だったと知った。

 別の日にも、シェルリスは魔獣を見ている。しかも、複数回。獅子の姿をしている者や、狼の姿の者など色々現れた。

 どうやらシェルリスのいたダーシルの村は、魔獣がよく通る場所にあるらしい。魔獣を見かけて怖がった村人が魔法使いに調べてくれと依頼し……その後、シェルリスが彼らの姿を見ることはなくなった。

 魔獣の通り道になっていた村に結界を張り、魔獣が村を迂回(うかい)するように魔法使いが細工したのだ、とディルアに来てからシェルリスは理解した。

「魔獣は悪いことはしてないよ」

 幼いシェルリスは、やって来た魔法使いにそう告げた。

 今ならわかるが、その時はてっきり魔法使い達が魔獣退治に来たと思ったのだ。それなら誤解を解かなくてはいけない。たとえ子どもの言葉でも、多少は聞き入れてもらえるかも知れない……と思ったような気がする。

 実際、恐ろしい獣の姿をしていても、誰もシェルリスに手を出そうとはしなかったのだ。呆然と眺めているシェルリスに近付き、面白そうに髪や身体を嗅いできた魔獣はたくさんいたが、不思議と怖いとは思わなかった。そのまま共に過ごす時間が長ければ、友達になれそうな気さえしたのだ。

「きみが見た魔獣は、きっとおとなしい性格だったんだろうね。だけど、これから現れる魔獣もそうとは限らないから、村へ近付かないようにしているんだよ」

 結界を張った魔法使いは、そう説明してくれた。シェルリスが見た魔獣は複数だったが、魔法使いはそんなにたくさん見ているとは思わなかったらしい。

 シェルリスがそのことを話せば、村はもっと混乱していたかも知れないが、それは言ってはいけないような気がして黙っていたのだ。

 でも、隠れてこそこそしているような、悪いことをしているとは思わないのになぜか罪悪感があった。

 しかし、魔法使いになれば、魔獣と一緒にいても(とが)められることはない。

 そんな結論が出た時、シェルリスは迷うことなく将来の道を決めた。魔法使いになったら実際に何をどうするか、という具体的なことはあやふやなままだ。

 それでも、アルバイトとは言え、魔獣と関わる仕事ができているので未来は明るい……と日々の勉強にも熱が入る。

「あれ? シェルリス、何抱いてんだ? サラマンダー……でもなさそうだな」

 シェルリスが落ち着くようにと小竜の身体をなでていると、暗い茶髪をざっくり束ねた男性に声をかけられた。

 ここの従業員グラウンだ。アトレストにあるそれぞれの疑似空間が常に安定するよう、管理している魔法使いだ。

 他にも彼と同じ仕事をする魔法使いが二人いて、交替で現場のチェックをする。この施設で魔法使いでないのは、ブレイズの妻で会計をしているセレルくらいだ。

「小竜の子どもよ。アトレストの近くで見付けたの」

「へぇ。小竜の子なんて初めて見た。聞いてはいるけど、本当に親と同じ姿だな」

「きゅっ」

 グラウンが顔を近付けると、小竜は小さく鳴いて顔をそむける。

「あれ、嫌われたかな。これまで魔獣に怖がられたことはないんだけど」

「そりゃ、相手はみんな成獣だからでしょ。この子はまだ生まれて間もないみたいで……あれ? だけど、ブレイズおじさんは怖がってなかったっけ」

 がっしりした体格のブレイズに比べ、グラウンは細身。怖がるなら大柄なブレイズの方だと思うのだが、グラウンを見た小竜は完全に身体を固くして緊張している。

「そうなのか? 若い奴よりおっさんが好きなのか、お前は」

「誰がおっさんだって?」

「この場合、やっぱりオーナーでしょうが」

 事務室から現れたブレイズに、グラウンは笑いながら言ってのける。

「グラウンって若い方なの?」

 シェルリスの素朴な疑問。

「うわっ、シェルリス。それは傷付くぞ。オレはまだ三十代に入ったばっかりで……んー、十代から見れば、オレもおっさんかぁ」

 そんな気はなかったが、魔法使いを一人傷付けてしまったらしい。だが、小竜が何度も鳴くので、シェルリスはがっくりしているグラウンに構っていられなかった。

「よしよし、心配しなくていいのよ。誰もあなたにひどいことしたりしないから。ブレイズおじさん、どうだった?」

「ディルアにそれらしい情報はないらしい。調べると言っていたから、後はまかせておこう。で、その子の世話だが」

 シェルリスはどきどきしながら、ブレイズの言葉を待つ。

「任せてもいいが、その子を連れて一度ディルアへ来るようにってことだ」

「本当っ? やった」

 とりあえずの世話を任せてもらったと知って、シェルリスは喜んだ。

「よかったねー。あ、それじゃあ、一緒にいる間だけでも名前が必要よね」

「シェルリス、喜ぶのはいいけど、情をかけすぎると別れる時につらくなるぞ」

「わかってるわよ、グラウン。だけど、呼び掛ける時に名前がないと困るじゃない。んー、この子って男の子か女の子か、どっち?」

 問われてブレイズとグラウンが小竜を見るが、特徴的なものは見当たらない。

「魔獣は成獣でも、見た目では性別がわからない場合があるからなぁ。そういう魔獣でも声や人間の姿になった時に判断もできるが、こうも小さいとそれもできんし」

 ブレイズが首をひねる。先輩魔法使いでも、判断に困るらしい。

「どっちでもいける名前にすればどうだ? もしくは、がっつりシェルリスの好みで。あくまでも仮名なんだからさ」

 グラウンに言われ、シェルリスは改めて小竜を見る。

「そうね。じゃあ……瞳がすごくきれいな赤だから、ルビー。あ、これだとちょっと女の子っぽいかしら」

紅玉(こうぎょく)に性別はないんだから、それでもいいんじゃないか?」

 グラウンに言われ、ブレイズからも特に反対の声はなかったので、小竜の子どもはルビー(仮名)と命名される。

 そうやってとりあえず落ち着いたところへ、客の魔法使いが入って来た。

☆☆☆

 勤務時間が過ぎ、シェルリスは寮へ戻る前に魔法使い協会ディルアへと向かっていた。隣にはブレイズもいる。

「もしも、ということがあるからな」

 ブレイズ(いわ)く、シェルリスがディルアへ着く前にルビーの親が現れ、子どもをさらった誘拐犯と間違えて襲って来たら大変、ということらしい。

 いくら知能が高くても、我が子が絡めば魔獣も冷静ではいられないだろう。かと言って、保護している人間が襲われてはたまらない。

 相手の攻撃の仕方にもよるが、魔物退治でならしたブレイズがそばにいれば、そう滅多なことは起きないはずだ。

 幸い、これと言っておかしな気配を感じることもなく、二人はディルアに着いた。

 広い敷地内には職務部と、シェルリスが勉強している修学部の棟がある。普段はクラスの担任に用がある時くらいしか入らない、職務部の棟へと向かった。

「おう、ブレイズ。久しぶりだな」

 敷地内を歩いていると、ブレイズの顔なじみが声をかけてくる。魔物退治に従事していた期間がそれなりに長かったので、ディルアにいる大半の魔法使いはブレイズの知り合いだ。

 何度も挨拶を交わしつつ、二人は職員室へ入った。ここには修学部で授業を行う講師達の他に、魔物退治へ向かうために待機、もしくは戻って来た魔法使い達がいる。

 二人が現れたことに気付き、ブレイズと同年代らしい魔法使いがこちらへ来た。ブレイズがアトレストから連絡を取っていた人だ。もう一人、壮年の魔法使いも一緒に。グラウンと近い歳だと聞いたその魔法使いは、シェルリスのクラスを担任しているレクートだ。

「あれ、先生……」

「ちょうど横で話を聞いていたものでね。その子がブレイズさんの話していた小竜の子か」

 シェルリスがアトレストで働いていることは、レクートも承知している。自分の担任している生徒が関わっていると知って、放っておけなかったようだ。

「職務部の中でも、小竜の子どもを見た人は少ないからね。保護するのはいいけれど、これからどう世話をしたものかと話していたんだ」

 魔法使い達も、魔獣の子どもを見かけたことはあっても、その世話をしたことなどほとんどないと言っていい。小竜と契約している魔法使いがいたので、どう扱えばいいか聞いてもらった。

 もっとも、その小竜は風属性なので、本当に参考程度だ。

「火の小竜なら、火山にいる火トカゲや火の昆虫などを食べさせるみたいだけれど、ここでそんなエサを手に入れることはできないし、代用として鶏のささみや果物を試しながら与えたらどうか、という話になった。シェルリス、できそうかい?」

 正直なところ、見習い魔法使いに世話をさせていいものか、悩むところだ。しかし、少なくとも今のディルアの中で小竜の子どもを世話したことがある、という魔法使いはいない。

 なので、様子を見ながらシェルリスに任せるしかない、ということになったのだ。

「やってみます。火の小竜だから、常温より高い方がいいですよね」

 仮にルビーが普通の獣でも、冷たいミルクなどはお腹を壊しかねないので最初から与えるつもりはなかった。常温でも火の魔獣の子どもが平気なのか、気になるところだ。

「そうだな。まず火傷するってことはないだろうけれど、熱すぎず、冷たすぎずがいいだろうね」

 言いながら、レクートは(とう)のような物でできた四角いカゴを取り出した。

 側面の一部は金属の格子になっていて、中を覗けるようになっている。天井部分がフタになっていて、取っ手が付いていた。

「その子はこのケージに入れるんだ。入れたら鍵をしっかりかけること」

「このケージって……魔法道具ですか?」

「そう。次のクラスで習うけれど、小型の魔獣や子どもを一時的に保護する物だ」

 レクートが言うように、シェルリスはまだこの魔法道具について習っていない。知らなければ、小型犬やねこを入れて運ぶ単なるカゴにしか見えなかった。もしくは、格子部分を見なければピクニック用のバスケット。

 このケージが使用されるのは、様々な事情で魔獣の子どもなどが保護される時だ。

 魔物退治などでとばっちりを受け、親を失った子ども、別の魔獣や魔物によそのエリアへ連れて来られた子ども、勇んで冒険に出たはいいが帰れなくなった子ども……などを一時的に保護し、この中へ入れて連れ帰って来るのである。

 ここへ入れれば、その魔獣が持つ気配は遮断されるように細工がされているのだ。

 シェルリスがここへ来るまで安全かどうかをブレイズが心配したように、親が子どもをさらわれたと思って逆上し、攻撃してくることを懸念しての細工である。使われずに済めばそれに越したことはない、魔法道具の一つだ。

「こんな狭い所にルビーを閉じ込めちゃうんですか」

「ルビーって……その子に名前を付けたのかい?」

 グラウンが言っていたように、レクートも情をかけすぎると後でつらくなるのでは、と思ったようだ。

「呼び掛ける時に困るから、一応仮名を」

「まぁ、仕方ないか。これはルビーくらいの子にはちょうどいいんだ。あまり広い所だと、逆に落ち着かないらしいからね。それに、今説明したようにきみの安全のためでもある。エサはここの格子の間から入れられるし、余程のことがない限りは親が見付かるまで開けないように」

 かわいそうにも思えるが、この方がルビーにとって落ち着くのなら文句は言えない。

「あと、これは許可証代わり。エヌムさんは細かいことを言う人じゃないけれど、一応」

 レクートはシェルリスに一枚の紙を渡した。シェルリスが魔獣を自室に入れることを許可する、といった内容である。

 エヌムはシェルリスが入っている寮の寮長だ。寮は魔獣はもちろん、ペットを飼うことを禁止している。この紙は、今は特別な状態であることを証明してくれるもの、ということになる。これを寮長に見せろ、という訳だ。

 あれこれとシェルリスが担任の魔法使いと話している横で、ブレイズが今回のいきさつについて改めて話をしていた。協会が動いてくれれば、ルビーの親もそう時間がかからず見付かるだろう。

 シェルリスはルビーをケージに入れて鍵をかけ、その鍵にチェーンを通して首からかけた。魔法道具なのに、なぜかメインの鍵は普通の金属なのが笑える。

 しかし、この鍵も一度かければそう簡単には開かないと聞いた。なので、普通の人はもちろん、魔法使いがこのケージを盗んでも楽に魔獣を入手できないようにしてあるのだ。

 ついでだからとブレイズは寮までシェルリスを送り届け、寮長のエヌムにレクートからもらった許可証を見せ、ようやくシェルリスは自室に入ってほっと一息ついた。

「魔獣を連れて来て、エヌムさんもびっくりしてたね」

 エヌムは寮生の間では話のわかるおばちゃんで通っていて、シェルリスが持っていた許可証もさっと目を通した程度。きっとこの紙がなくても、シェルリスは問題なく部屋へ戻れただろう。

 寮は動物持ち込み禁止と知っているのに、あえて連れているということは何か事情あり、と判断してくれているのだ。ブレイズが一緒だったことも、たぶん大きい。

「ルビー、早くお父さんとお母さんが見付かるといいね」

 シェルリスは格子の間から指を入れる。ルビーはその指先のにおいを嗅ぎ、小さな舌でぺろっとなめた。

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