+α(1/2)
執事が上がった後の浴室。
一度スライドドアを動かし中に入れば、淡いようなぼやけたようなオレンジの光が出迎える。
四方白タイルに囲まれているが、いるからこそ光を反射して一層不鮮明な色合いを作り出していた。
縦6×横4m程の一室の。正面には横幅目一杯まで利用した石造りの大きな浴槽。に繋がる大口の水栓がその奥壁ぎりぎりに設置されていた。ドア横から始まり浴槽に到着するまでの間の壁、左手側のタイルの壁にはシャワーが4つ取り付けられている。なお壁と床の境付近にある排水口は端から端まで続き。そして折れ曲がり浴槽の前までも。「を描くように引かれていた。
シャワーの左脇にはそれぞれ鏡が設置され、水滴が付着していようがどれもが綺麗なまでに光を反射する。その直下の段にはシャンプー、コンディショナー、ボディソープの計三つの容器が整頓され置かれているが所によってメーカーの違うものが配置されていた。
姫の。その日の気分によって使用する物を変えるためだ。
何なら一週間同一のものばかり使われ続けたり、毎日一個ずつ横にずれていったりと。変則的な消費をするため執事はお風呂掃除の際必ず中身のチェックを、場合によっては補充を欠かさない。
ここに常時在るものは...後はお風呂椅子とカラフルなプラスチック製の桶がシャワーの数だけ。しかし、お風呂椅子の使用頻度は少なくシャワーのない右壁に沿うように並べられていた。
...そうそう。浴槽の縁に陣取ったアヒル隊長の群れもお忘れなく。
じーっとあの目がこちらを見てきます。
じっーーーーー____
簡潔にまとめると、鈴羽邸の浴室は温泉弱縮小バージョン、もしくは歩行スペースを贅沢にもゆとりをもってつくられたまんま温泉。そんな雰囲気でいいだろう。
◇ ◇ ◇
最初は小さく弱弱しく、それが僅かに大きくなり、安定した。
とある一室からは液体がパチャパチャと打つ音がだけが響いてくる。
室内はぼんやりと霞がかり熱っぽい。
反響音は更に大きくなり。地面に叩きつけられたお湯一粒一粒は弾かれ、飛沫を上げて一部霧雨状となって漂っていた。
大半は排水口目指しチョロチョロと、ハグレモノは粒を吸収、また吸収。一流れして、本流に合流。中にはポツンと取り残され。あるものはふとした時に流れてゆく。
例えば...少女が何かの拍子に揺れ動いた時、とかに。
頭上に調整されたシャワーからお湯を流れるままにする彼女は目を瞑って動きを止めていた。
右手を綺麗なまでの双丘の真ん中に押し当て緩く握るようにして、適温のお湯をその身へと伝わせる。その姿はまるで一大決心をしているかの様だった。
「....」
だが真実はそうではない。
無である。
何も考えず、何もしない。
心を清め。そして、お湯を止めた。
身体を清めるためにボディーソープを1、2、3、4。過剰なくらい押し出し、両の掌に馴染ませると__優しく優しく身体へと這わせ全体に行き渡るように伸ばしてゆく。
背中から始まり左肩へ、指先目指し。手首まで行くと折り返し戻ってきて二の腕、そして脇、前へ____通りすぎて、反対も。
上から両手をへその辺りまで滑らすと括れる腰へ。適度に丸みを帯びた臀部、スラッと伸びる脚の後前。そして____
とても11歳とは思えないような美貌も然る事乍魅惑なボディすら合わせ持つ姫は無心で。既に水気を含ませていたボディタオルへと手を伸ばし今の要領で撫でるようにして泡立て始める。
もくもくと仄かにシトラス香る泡が浮かび上がり、重力に耐えきれなくなったように零れ落ちてゆくと。
持ち込んだお風呂セット。プラ籠の中にも容赦なく侵入してゆく。
中には洗顔料、化粧水を始めとした美容品があったが既に容器は泡まみれ。
とはいえ流せばいいだけの話。だから気にも留めないで、丁寧に丁寧にいつも以上に自分を磨く。
「この後わたしはデートに...。夢..じゃないのね....」
それは11年生きてきた中で初めての経験になる。初恋の相手、執事との初めてのデート。一生に一回しかない、特別なもの。
その特別を彼相手で本当にいいのか。再度胸に問いかけるが異論も反論も端から微塵もなかった。
彼以外に考えられなかった。
いつから好きだったかなんて覚えてない。
でも、これだけは言える。ものこごろついた時にはもう好きだった。
なんで?って聞かれたら、なんで?って返してしまうと思う。
理由なんてわからない。好きだから好き。それだけのこと。
「....執事と...きゃあ♪」
これから夜のドライブ、綺麗な夜景の見えるお店でお食事。夜の散歩。もしかしたらその先まで...
デートプラン考えるだけで顔は赤みを帯びて、思考すらままならなくなるが。
こんなことでどうするの。しっかりしなさいと、シャワーを浴び、泡共々洗い流す。
ボディタオルを洗い絞り、お風呂セットへと。
こちらも泡まみれの為洗い流すとしまいこむ。
隅々まで綺麗にしたこの身体は。
陽にあまり焼かれることなく薄い肌色。もっちり柔肌。
何があってもう大丈夫。準備万端。ぐっと姫は小さな握りこぶしをつくるのだった。
「執事、覚悟してなさい。今夜こそアナタの本性を暴いてみせるわ」
ぁ..でもそれって..わたしが執事に____
姫の頭の中ではこうなっていた。私の手足を、片手で、足で踏み押さえつける獣執事は服を鷲掴みにし力尽くで、引き裂いて。露わになったブラジャーを剥ぎ取られ私は涙目で赤面。舌舐りする獣が次に狙うはスカートではなくそのしたの、バンツを__
「...(プシュー)。..か..髪洗ってなかった...。み..水でいいかな..」
頭を冷やすためにシャワーのメモリを動かすが、
キャ....髪ではなく身体に水がしっかりかかり可愛く悲鳴を上げるお嬢様でした。
「おかげで..冷静になれたわ...」
プルプルと震える身体に再度お湯をかけそれから髪を洗うと、心を一新切り替える。
水気を切ったお風呂セットを大事そうに抱え、スライドドアの前まで来るも立ち往生。
開けたとしても、脱衣所がある。それでも、わかっているけど手が出ない。足が進まない。
「.....はぁ...緊張してきた。...どうしようかな...どうしようかな...執事になんて言ったらいいかな...。どんな顔で出ていけばいいかな...わたし変じゃないかな....大丈夫かな...変かな...やっぱり変かな...」
一時退行?心因性かなかな症候群によりその場で停止。
※心因性かなかな症候群はありません。
症状① 語尾に、かな、が付く。これは緊張と不安から来るもの。何をするにしても、何を考えるにしても心配が付き纏う為か、無意識かで付加される。
症状② 退行。心に過剰なストレスがかかり、無意識かで自身を守る為の自己防衛措置がなされる。結果的に思考能力、言語能力の低下。獲得した自我を一部消失。その他心身共に能力の低下が起こる。
症状③ フリーズ。思考能力低下により頭がパニック状態に陥り脳が伝達を出来ない状態に。その為固まるということが起きる。
尚、心因性かなかな症候群は外部からの衝撃、個人差はあるが時間経過で徐々に症状を回復する。
※上記はいい加減ですので真に受けないでください。
姫が冷静になるまで、ドアをスライドさせるまで、もうしばしの時間がかかりそうです。
◇ ◇ ◇
邸宅には多数の部屋があるが今は省こう。
東端にガレージがあり、普段使いの玄関はガレージを経由して出入りする形なっている。
外に出る際は常日頃から車を利用することを前提にしているからだ。
玄関を開けると真っ先に見える広めの長ーい廊下。行き当たるのは西端の脱衣所のドア。脱衣所の北隣には浴室が、南隣りには洗濯スペースとなっている。
場所は戻り。普段使いの玄関から邸宅内部を見ると左右に部屋が隔てられ、左手からリビング、書斎、トイレ、ダイニング。右手にはキッチン、物置部屋、洋室(執事の部屋)。
以降階段だの来賓用玄関だの客間だの...あるがそこからでは見えはしない。せいぜい見えて階段の端のみ。
以上、一階フロアのなんとなくのイメージでした。
◇ ◇ ◇
執事はその頃。
殺風景な自室にて、姿見の前で自身の服を目にしていた。
身長170の細身でスラっとした印象を見る者には与える彼は髪と同じ黒色のジーンズをはき、白のシャツ、ファー付きの黒のジャンパーを羽織り前を開け放ったままにしていた。
「色合いのおかげか燕尾福やスーツじゃなくても落ち着きますね。しかし...フードは野暮ったいですね...」
ふわふわに触ってみるも留め具らしき物はなく。着脱式というわけではなさそうだったが一応は挑戦してみる。あんまりにも強く引っ張ると...千切れることを想定した執事は潔く諦めるのだった。
普段執事は邸宅内では、燕尾服。外ではスーツを着用しているが。
外出時スーツに着替えるのは執事が極端に目立つのを防止するため、と姫の計らいからだった。
寝るまで服装に例外はなくは持っているのはせいぜいパジャマ程度。
外出用の私服はないから困る。と、いうこともなく自分からしたらないのが当たり前だった。が、今日お嬢様がわざわざ用意してくれた。
プレゼントの比較的シンプルな服一式にご機嫌な執事の顔にはうっすら笑みが浮かぶのだった。
「新品ですかね....いつ買ってくれたんでしょうお嬢様は」
服には値札こそ付いていなかったが洗濯前の独特な匂いがいつぶりかに鼻には届いた。
「ここ一ヶ月の間に買った物なら僕が知らないわけがないですし...」
他の使用人がクビになって以降、姫の買い物全てに付き添うようになった。つまりは、それ以前に用意してくれていたことになる。
「いやー...なんだか嬉しくて泣きそうですね...歳、ですかね...」
※執事は二十歳です。
そんな彼はお嬢様の目に見える成長に洟を啜るのでした。
◇ ◇ ◇
「....くしゅん..」
くしゃみに我に返った時私の身体は冷え冷えで、勝手ながらにプルプルと震えていました。
踵を返し急ぎシャワーを。
ポカポカのシャワーを浴び直すと今度こそ。
ドアの前に来た私は目を瞑り深呼吸。
脱衣場へと繋がるドアをスライドさせました。
◇ ◇ ◇
「そろそろお嬢様が..いえ姫が上がってくる時間ですかね...」
必需品である腕時計を確認したところ針は単身は9時の値、長針は12時の値を示していた。
姫が脱衣所の中に消えてからもうかれこれ30分くらいが経過したことになる。
シャワーを浴びに行くと言ったっきり姿を見ていない時間でもある。
「...心配ですね。様子を.....様子を見に行くべきですね。何かあったら手遅れになってしまうかもしれませんからね」
未だ浴室での死亡事故が絶えない現在。割合的には若者より高齢の方が圧倒的に多いことだろう。
溺死、心疾患...滑って頭部損傷?
お嬢様はまだまだ幼...若いとはいえ、お風呂で滑ってポックリ逝かれてしまうかもしれません。デートだとはしゃいでつるっ...と。
「やったー♪デートだわ____ぁ。(チーン)」
あぁ見えて、かなり間抜けですからね。
心配性の執事は居ても立っても居られずに自室から飛び出し速足で移動を開始していた。
自分ならシャワーに時間は割かない。5分...かなり余裕をみて10分もあれば余裕だ。
だが、姫は女の子。髪は長ければ、肌の手入れだってするだろう。
そして、お嬢様。人一倍にケアのこだわりがあるのかもしれない。
しかもこれからデートをするため夜の街へ繰り出そうとしている。
ともあればそれ相応の身支度があるのも、時間がかかるのにも納得がいく。
....しかし、心配です。お嬢様....
執事が足を止めた時、目の前には脱衣所へと続く扉があった。
直ぐにでも扉を開け放って中に突撃したいところだったが、もしもの可能性を考え思い留まる。
最悪なのは鉢合になること。
仮に服を既に着ていたとしても、軽蔑されることは必至だろう。
「執事...ノックって知ってるかしら?扉をコンコンコン__」
一番最悪なのは確認を怠ったばっかりに姫の裸体を目にしてしまうこと。
これだけはなんとしても避けなければ。
「執事、クビよ。あなたみたいなゴミムシは一生牢屋に入っていることをお勧めするわ、ふふふ。ふふふふふ」
こうはならないよなとは思いつつも。
確認を怠らないのは最低限常識ある行動だろう。
コンコンコン
「お嬢様?」
「.....」
「....」
「...」
「..」
「.」
五秒。五秒待ったが返事はなく、念には念をと。
ピタッと耳を扉へと押し当てる。
「.....」
音も気配もない為がばっと扉を開け放った。
「お嬢様、大丈夫ですか!?____」
「「__え?」」
ご..ご馳走さまです...。そして、さよなら、僕。(チーン)
◇ ◇ ◇
車の中。
拗ねた子供のようにプイっと顔を背けたままのお嬢様はそれでも助手席に。街灯を、流ゆく外の景色を眺めているのか一向にこちらに目を顔を向けてくれることはなかった。
月明りもなく星明りもない薄暗い車内がより一層暗く感じられる。
覗き犯である僕から話せることも何もなかった。気まずい沈黙は僕への罰だ。
そのまま執事は街明かり目指し車を走らせる。
お嬢様の指示があるその時まで。
◇ ◇ ◇
不意に空気を読まずに僕のお腹がなってしまった。
ぁ...。
まだ続く沈黙が痛い。
いっそ笑ってくれたり、睨み付けてくれたならどんなに楽か。
相も変わらず外を眺めるのは..いささか意地悪に感じます...。
チラチラ視線を送っていると、はぁ...と、溜め息をこぼされたお嬢様は呆れ加減に__訂正。おそらくは普段通りに。
街頭で照らされた一瞬。笑っているのが見えた。僕の方を見て、気遣ってくれた。
「流石にお腹空いたわね、執事。私ももうお腹ペコペコよ」
「そうですね...確かにペコペコです...すみません..」
「....はぁ...夜景の見えるレストランはまた今度ね...」
「夜景の見えるレストラン?...ですか...」
「何でもないの。気にしないで...それより何処へ行きましょうか....そうね...。いいこと思いついたわ」
今夜は特別、執事が行きたい場所に食べたい物を食べに行きましょう。私たちの初デート記念よ。声を弾ませた姫は完全にいつも通りのトーン。
知らぬ間にホッと息が自分から漏れていた。
「...よかった」
同時に今晩の記念すべき夕食を独断で決定するという責任重大な案件に頭をフル稼働させることになり。冷や汗が伝う。
すべては....僕に...かかっている...。プレッシャーが....
食べたい物と言われてもすぐには浮かばない。
和食、洋食、中華なら多少は作れる執事だが外食というものをほとんどしたことがない。ほんとうに小さいときに父親に連れて行ってもらったことがあった程度。それ故にどの店がどんなものを提供するかなど知識もなく看板に表記された名前からだけでは判断しにくいところがあった。
こ...困りました....マグトナルトって...なんですか?中華?洋食?まさか和食?.....。
このKFTも...。このショナザンも...
困惑の表情を浮かべる執事が運転する車は次々に飲食店を通り過ぎてゆく。
「....ぼ..僕が行きたい場所ですか?ええっと....何を食べたいですか?お嬢様は」
「なんでもいいわ。すぐに食べられるものなら....姫って呼んでくれないともう話さないわ..」
なんでもいい。それが一番困ります。それと拗ねられるのも。ですが今は早々に夕食にした方がいいですね。
時刻は21時30分。
「わかったよ姫。じゃあ....ここがいい。このお店にしよう」
こうなれば一か八か。執事はウインカーを出して駐車場へと入っていく。
「...モズバーガー?」
というバーガー屋さんへ。
◇ ◇ ◇
執事が車を止めるのとほぼ同時に車から飛び出した姫は運転手側の扉を開けに回ると。
シートベルト外し終えた直後の彼の手を引っ張り、下ろす。当然何事?と目をぱちぱちとされるのだったが、私は気にも留めなかった。
「執事、執事、久しぶりの外食ね!お父様には身体に悪いから外では食べちゃ駄目だって言われてたから楽しみくぅ~~っ!あ...執事。あなたも同罪だからお父様に報告はさせないわよ、ふふふ...ってことは、これからも執事も一緒ならお父様にはバレない。...今後は好き勝手に外食できる..。完璧だわなんで今まで気づかなかったのかしら...は!....でもそれより今は..久しぶりの外食、やったー♪」
感情を身振り手振りで表現するものだから、僕の手はあっちにいったりこっちにいったり。
まるでダンスでも踊ってるんじゃないかというほどに振り回された。
地味に痛いです。ほどほどにやめてください、お嬢様。
「大袈裟だなぁ...姫は」
どぉどぉ。宥めるために金髪ツインテールをポンポンする執事に姫は動きを止めた。
気に食わない。と訴えるように真顔になったかと思えば、満更でもないとばかりに表情が徐々に緩み。
振り払うこともせずなされるままにしていた。だから僕はいけるんじゃないかと、そのままフリーな左手で頭を撫で撫で。
よしよしよしよし。お手____
「えへへ♪....コホン。失礼...取り乱し過ぎたわ...それもこれも執事のせいよ!」
手で手を振り払われてしまった。
「ははは、ゴメンゴメン....さすがに調子に乗りすぎました..すみません」
「まったくその通りよ...あなたは執事という立場でありながら...それは関係わいわね。一人の殿方でありながら気安くレディーの髪に触れるなんて非常識にもほどがあるわ。その程度の常識も持ち合わせていないなんて驚きよ。____」
ペコリとするも。ふん。と顔を背ける姫だったが相も変わらず僕の右手だけはしっかりと握っていた。
可笑しいとばかりに執事はにやける。
ツンデレかよ。
とはいえ、嬉しいものだった。最近表面上に感情を露わにしてくれるようになっただけでも。
幼少期から矯正された強制された人格は姫を無理に大人にさせたのだった____
こうしてください姫様。いえ、そうではなくこうですよ。
覚えるまで何度でもやりましょう。振る舞いはいいですが言葉使いが宜しくないですよ。
フォークはこう、ナイフはこう。それではお行儀がよくありません
姫様。姫様。姫様。姫様。
それこそ4人の使用人がいた頃、僕が執事見習い(仮)だった頃の姫の表情はどこか悲しげに冷め切っていた。
時折、僕に何かを訴えるかのようにその瞳の僅かに残る光を揺らしていたけど。
僕は何もできずただスマイルを作ってあげることしかできなかった。
「お嬢様も今では大変ご立派になられましたね。この爺や、姫様の成長の一助をさせていただき早、11年。この年にしてここまでご立派になられるとは.....う..うれしい限りでございます...ぐすん...。」
「そう」
「はい。亡くなられた奥様もさぞかし」
「......クビよ」
「.....はい?」
「クビよ...聞こえなかったの出て行ってちょうだい...みんな、みんな.....さっさと出ていけ!」
「....姫様」
「____デートのために気合い入れてきたのに...髪崩れてないかな...跳ねてないかな...変じゃないかな...大丈夫かな...。執事...わたし大丈夫かな?」
____ご学友と同じ11歳だというのに固い言葉を日頃から用い、自分の気持ちをいつも押し隠している。
身に染み付いた所作の数々はキレイで綺麗過ぎる。
八方美人だ。
体裁はいいだろう。万人受けもするだろう。
でもそこに、偽りのない姫はいない。
まるで僕と同じじゃないか。
「ねぇねぇ..聞いてるの?執事____」
言いたいことも、やりたいことも、制限されてきたこれまでの人生はさぞかし生きづらかっただろう。
だからせめて今は、これからは僕の前だけでももっと素直になっていいんだよ。
偽らなくていいんだよ。だって姫は僕の大切なたった一人の
「____!?..む.無視?.....許さないわ..」
ぷくーっ。
「!」
ぐいっ。繋がれたままだった右手に引き寄せられ、僕の足は動き出す。一歩。
面と面が向き合って、うるうるした小動物のような眼差しを向けてくる姫にゴクリと喉がなった。
「...な..何かな...」
ウルルン✨
「姫っ?え..ちょっ...あの..その..」
ウルルルン✨
姫ぇぇぇーーーー!!!??
ウルルルルルン✨
「まじで!それやめてください。あ、あれですか?髪勝手に触ったことですか、ですよね?謝りますから許してください、髪勝手に撫でたことは謝りますから!」
「...わたしの髪、乱れてないかな?大丈夫かな?」
ウルルルルルルルルルン✨
「はい!乱れてないです大丈夫です!完璧ですよ!髪触ってすみませんでしたーー!!」
ウルルルルルルルルルルルルルル____
その目は他に言うことはないの?とばかりに訴えてくる。そう感じたのは僕だけだろうか。
ま、まだ足りないだと?謝罪か?それても持ち上げ足りないのか!?ええい...なるようになれ
「あーやはり姫は超可愛い。世界一可愛い!将来僕が結婚したいくらい..ぁ...」
「「....」」
「..プロポーズされちゃった...ポッ。コホン。そ..そう。それはよかったわね。きっと...絶対将来そうなるわ..するわ..。..行きましょう、ロリコン執事..」
「...ろ...ロリコン?」
クスクスご機嫌なお嬢様。
嵌められたかのように真っ白な執事。
引きずられるように二名様モズバーガーにご入店です。