その流れで。週に二日程、買い物へと出掛け、帰宅します。
銀髪の覗き見イカレ少女、姫様親衛隊から逃げるように目的地未定で見きり発進した車は、どことなく街道を走っていた。
飲食店、スーパー、ホームセンター、ゲームセンター、洋服専門店...等々。大型の集合店もあるような通りも、通過していた。
走っていればそのうちお嬢様が何かしらのアクションを起こすだろうことを見越してのことだったが。
そう思っていたが、時間が経過して今現在。少し空にはオレンジ色が入り始めている____やはり目的地未定で走行中。
お嬢様が言う、『ちゃんとしたデート』とは....ドライブデートのことなのだろうか?と執事は考え始めていた。
買い物+デートに行きたいとハイテンション、先程まで目をキラキラとさせていたのが嘘のように車内には静かな穏やかな時間が流れている。
片方は好きな相手との間接キス?をして、また、好きだと伝えて。
もう片方は何時もながらに告白されて。
あれだけのことがありながら二人の表情には動揺の色は窺えない。当然気まずい雰囲気が漂っているわけはなく、いつも通りといったところだった。
しかし、ある時。信号に引っかかり、車が停止したことをいいことに執事は姫の顔色を窺った。
やはり寝ている____わけではないようだ。
横を見ればスクールバックを、ギュッ..と、きつく抱きしめ、心なし嬉しそうな恍惚とした表情を浮かべるお嬢様は。
光に照らされ金色のツインテールが一層に輝きを放って、何倍にも何倍にも眩しく見えた。
まるでそれは絵画から抜け出して現実世界に降臨なさったような、既に完成された完璧な存在のような。
優美さと儚さを兼ね備えたお姿に僕は唇を嚙み締める。
今は亡き奥様譲りの金髪に、思うところがあったが、それより今はと力を抜いた。
すると、とって変わる別の感情が込み上げて。
直視できないくらいに僕の心臓は高鳴っていたそんな時、姫が首を捻ってこちらを見る。
僕の鼓動にドキッと変則的な心音が入ったが、
「執事、青よ」
のぼせている場合ではなかった。
促されるままに目をやると信号は既に変わっていた。
「ありがとう__」
右隣車線の車が動き出していて、少し遅れる形で発進することになったが、お嬢様に、いえ...姫に声をかけてもらわなければ、後ろの車にクラクションを鳴らされていたに違いない。
それで済むならいいが、運転手のよそ見は事故に、最悪死亡事故へと繋がってしまう。
お嬢様の命すら危険に晒すことになってしまうと。
浮ついた思考を振り払うと操縦に意識を持ってゆく執事は仕事モードに移行した。
姫は買い物に行きたいと言っていたのだから、最低限目的地はあるのだろう。
要件を済ました後、望むようなデートをすればいいか...
「___ところで姫は、何処に何を買いに行くの?」
「特にないわ。買い物に行きたいって言ったのも、いつも通りあなたと出掛けるための口実よ」
男として願ったり叶ったり。何とも嬉しい言葉をかけてくださるお嬢さまに満更ではない僕は頭を掻いた。
「今の話し方を続けてくれるのなら、私は何だっていいの。デートとは言ったけど、特別なことはしなくても、こうして対等にお喋りできるだけで今は満足してるの」
「へー...そういうもん?」
「うん。そういうもん♪」
何時もとは全く違うふわふわした雰囲気に、幸せの時間を二人は噛み締めて車は何処となく進んでいく。やはり目的地未定のままで何時より長めのドライブを決行するのだった。
◇ ◇ ◇
日が傾き辺りが薄暗くなり始めた頃__
「確かに私...特別なことはしなくても..そんなことを言ったわ。でも執事!なんで、よりによってスーパーなのっ!」
____普段から僕と姫が食料調達を行うスーパーに来ていた。
駐車場に車を停めた辺りから姫が..めっさ怒り始めた。頬っぺたをぷくっーて。あと、泣きそうになった。
「食材いろいろ切らしそうなので」と返す執事に、姫は言葉を失い固まるのだった。
私たちの初デートの場所は..近所のス..スーパー..
ショックが大きすぎて、ヘロヘロと。そこにさっと支え助けに入る執事はある意味自作自演。
とはいえ、頬っぺたぷくぷくキープしながらついてきて店内で普通に買い物をした。調味料。肉野菜、魚に米に飲み物と、いつもよりお菓子が多かった気がするが、明らかに多かった(一カゴ丸々細々と)が目を瞑ることにした。
店員さんには悪いが...
まぁ、このお金も僕のじゃないですし。
「はぁ..はぁ..はぁ..会計47,942円です..」
「いやーすごいですねー量も金額も__カードで」
ギロッと睨まれた気がした。誰が買ったんだ、なぁ、おい...とばかりに。お前か?それとも女か?あぁん?
「カード差し込んでください____引き抜いてください____ありがとうございましたー」
まぁ、何も言われなかったので、その場を後にし駐車場目指し歩きだす。
僕はカートを押して。姫は僕の背に圧をかけて。
(怒りオーラ的なものを)
それを気づかぬフリして執事は尚も前を行く。
気付いてるくせにと、姫は笑う。
店外に出るとき、空は真っ暗でした...
◇ ◇ ◇
「執事。デートって何するものか知ってるかしら?」
「.....」
クルマまで数メートルのところで、姫は僕が押すカートの前に立ちはだかった。
街頭に照らさせ、逆光で表情ははっきりとは見えなかったが口ぶりからはもう怒ってはいないようだ。
ひと安心だが。
呆れているかのような声のトーンで、デートも知らないの?とばかりにプレシャーをかけてくる。
確かにデートとは何か。具体的には知らない。
僕には男女で一緒に過ごす、一緒にどこかへ出掛ける程度の認識しかない。
となると、現状。屋敷で姫と僕の二人暮らし、今までの買い物も。これもデートと言えるのだろうか。....いや違う。同棲?と同行?なのだろう。考えれば考えるほど頭がこんがらがってくる。
生まれてこの方、そういったものとは縁がない人生を歩んできた。
だからデートとは何か。具体的に問われたのなら、わからない。としか答えられないのだ。
「デートぐらいわかるわよね?だって執事は大人だもんフフフ♪」
だが、逃げ道をいとも容易く絶たれた。妙にご機嫌な無邪気な、眩しい一人の少女によって。
「まぁ...一応」
ならばと、見栄は張っておく。年上の男として知らないのはいかがなものかと。
雰囲気だけでもわかっているのは確かだからな、嘘ではない。
「いいえ、アナタはデートというものを知らないわ。もし知っていたなら今日ここには来ていないはずよ」
「....」
いとも簡単に見栄を張ったことを見破られた。
確かに具体的にデートがどういうものかを知っていたならば、今日スーパーには来ていなかったかもしれない。
大人としての威厳は保てなかった。
無念...
「いいわ。____私がデートというものを教えてあげる。執事、一旦帰宅するわよ」そう言った姫は歩きだし車のドアへ手を掛けた。
僕は急ぎ鍵を開ける。
「...お願いします」とボソボソと。
頭を下げた。
いつものような主従関係から行うものではなく、ご教授頂くことへの感謝を込めて。
みっともなくも二十歳の僕は、11歳の少女に教えを乞う。
デートとは何か。無知な僕に教えてください。
◇ ◇ ◇
二人を乗せた車が一時帰宅すると執事は急ぎ荷物を下ろす。
冷蔵庫に食材を詰め込み、シャワーを浴びて。
着慣れない服(私服)。お嬢様が用意してくれた服に袖を通した執事は姫の前に姿を現す。
「うん。似合っているわ、流石私の執事ね」
「お嬢様のセンスがいいんですよ」
「...あ。じゃ..じゃあ..私がシャワー浴び終えたら出発ね。..少し待ってて..」
「はい、わかりました。お嬢様」
「姫。...また、喋り方戻っているわよ」
「あ...ゴメン、やっぱり慣れなくて...」
「ふふふ...じゃあ、後で...」
「はい、あとで...」
執事と姫は分かれたのだった。