盾役のお仕事それであってますか?
盾役。タンクとも呼ばれる。敵対勢力の攻撃を率先して受け、仲間の生存率を高める役割。
現在、四十二もの生きた迷宮を領土に抱える王国の中でも、最難関の一つに数えられるここ【死者の楽園】。
生者のとっての地獄と言えるその場所に、足を踏み入れた者たちがいた。
「なあ……今回もあれで行くのか?」
壁や床に広がる濃い緑や紫の苔を見て、事前情報と違わない第一層の入り口周辺を見渡しつつ声をあげたのは、五人で構成された一行において前衛兼隊長のようなものを務めているサーガという青年だった。
「まあ楽だし、いつもので行こうよ」
サーガの声に一番に返したいかにも魔法使いといった風貌の青年ウェイリーは、靴に撥ねた苔を手に持った刷毛で払ったあと、迷宮の奥から漂ってきた肉が腐った臭いに顔をしかめた。
「うーん、頼りきりというのもよくないかもしれませんが、主との戦いまでに体力を消耗するわけにもいきませんからな」
ウェイリーに続いてそう応えた神官のような服装をした少し年嵩のいった男ハーゼンは、聖水を少量垂らした手拭いを三人に配った。
「さっすがハーゼンさん! 頼りになります!」
元気よく声をあげた少女ポーラは、手拭いの使い道を知っていたようで、手に持った小型の連弩を腰に付けた固定器具に戻すと、顔の下半分を覆うように手縫いを巻き、いまだ声を発さず迷宮の奥を警戒する重装鎧に身を包んだ男の背を叩いた。
「ガルディーさん、ハーゼンさんがくれた手縫いを顔に巻いたらこの臭いも少しは楽になりますよ?」
「ん? ああそうだな」
ガルディーと呼ばれた男は警戒を解かずに、迷宮の奥を見据えたままポーラの声に応えた。
「もう! サーガさんが代わりに警戒するそうなのでその兜取っちゃいますね!」
「んー。おう、サーガ任せた」
「っと。任された」
ガルディーが応える前に兜へ手をかけたポーラの動きに慌ててサーガが前へ出ると、ウェイリーは一行の一番後ろから四人に向けて声をかける。
「それで? ガルディーはいつものでいいの?」
「いつもの?」
「ガルディーさんに先行を任せるいつものやり方で良いのか、という事です」
ハーゼンが補足すると、ポーラの手で手縫いを巻かれたあと兜を被り直したガルディーは、両手に一つずつ持った地に着くほど大きな盾の持ち手を握りしめ頷いた。
「おう! じゃあ、行ってくる」
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「それで、そのまま先行したガルディーが罠や魔物を蹴散らして、あとからガルディーを追ったみんなで主を倒した。って感じです」
迷宮を踏破したことを王国の管理官に説明していたサーガは、他に説明することはないといった様子で短く簡潔に締めくくった。
「……まあ、前回も前前回もその前も同じ感じだったので疑うようなことは致しませんが」
呆れた様子を隠しもせずにそう言った管理官にサーガは慌てて言い募る。
「調査はちゃんとしてくださいね?」
「当たり前です」
文字通りに生きている迷宮の活動が停止されたことが確認されて初めて懸賞金が支払われるのでサーガは慌てたが、警戒度の引き下げ等で迷宮に対する国の支出が変わるため、国にとっては出来るだけ早く調査をして判断したいという理由で調べないという選択は初めから存在していなかった。
「そんなことより私が思ったことはですね」
「はい、なんでしょうか?」
常にない管理官の世間話に緊張した様子で耳を傾けたサーガは、続く言葉に苦笑いを禁じ得なかった。
「盾役のお仕事それであってますか?」