The 6 knots 『pull the trigger』
阿論、襟見とボンドは車で街中方向に十分位移動し、車を路地裏の入り口に路駐をして、路地裏の奥の方に向かって歩き出す。
路地裏は人通りがほぼなく、人が住んでいない空き家ばかりで見通しも悪い。
明らかに犯罪が起きやすそうな・・そんな意味では好立地だ。
進んで行くと、他とは違い清潔な印象のある教会が見えた。
そこまで大きくはないが四十人位は入れそうな建物だ。
「もう奴はいないだろうが、気を抜くなよ。」
ボンドはそう言うと、先陣切って中に入る。
それに襟見、次に阿論が続く。
中に入って、最初に鼻をつんざく異臭がしてたまらず鼻を服の袖で覆う。
この匂いは・・嗅いだ事はないが死体臭なのか?
匂いを我慢して改めて講堂を見ると、建物の奥、つまり神父が立つ壇上に近い方にある左右に一組ずつの長椅子に人が座っているのが見えた。
左の長椅子に3人、右の長椅子に2人、奥を向いて座っている。
近づいてみると、すぐに事態の異常さに気付いた。
5人全員の後頭部の頭蓋骨が丸く綺麗に切られていて、そこから脳が剥き出しになっていた。
綺麗に切られているのが一層異常さを増している。
全員死んでいる事は誰が見ても明らかだった。
ボンドも襟見も確認する事もなく、お互いに目を合わせ首を振る。
ボンドは振り返り、阿論に現場を紹介するように言う。
「これが神を名乗る殺人鬼の手口だ。」
阿論は何と言って良いか言葉が浮かばず、ただ頷き、ボンドより前に進み左の長椅子に座る死体を見る。
右耳に見覚えのある長いイヤリングがある。
それを見た瞬間、阿論は思考が停止した。
事態が飲み込めない。
阿論は事実を確かめようとその死体の前に立ち、ゆっくり死体の顔を持ち上げる。
心では事実を確かめるのを一秒でも先延ばしにしたかったのだろう。
その動作はそこだけ重力が強いと感じる位遅い。
その死体は上司の凉子さんだった。
阿論はやはりそうかと彼女の顔から手を離し目を背ける。
その様子を見た襟見は、
「・・知り合い、だったのかい?」と労わるように聞く。
「・・はい。
俺の職場の上司です。
職場と言っても俺が復讐をしようと就職したスピーチライブラですが。
・・とても気さくで明るくて、良い人でした・・。」
一度目を逸らしたが、もう一度凉子さんを見て、悲しみが込み上げてくるのを我慢しながら阿論は続ける。
「動画ハイジャックの日・・爆破攻撃の日に俺はスピーチライブラに復讐をしようと会社にいたんですが、その時にちょうど帰り際の凉子さんに会ったんです。
爆破攻撃後、特に俺も凉子さんも大きな怪我はなく、その場で別れたんですが・・まさかこんな事になるなんて・・。」
阿論が話し終わると、少しだけその場に沈黙が訪れる。
まるで消えない悲しみが教会に反響しているように感じた。
沈黙を破るように襟見が静かに話す。
「彼女は神という存在に選ばれてここに来たんだろうね。」
「そしてここで殺された。」
襟見に続くようにボンドはそう言い、歯を食いしばる。
「ここで感傷にひたっても何も進まないよ。
・・冷たい事を言う様だけどさ。
何か手掛かりがないか、辺りを調べようか。」
襟見が空気を変えるように少し大きな声で阿論とボンドを促す。
阿論とボンドは当初の目的を思い出したように辺りを調べ始める。
・・その矢先、大きな声が教会に響く。
「動くな!
そのまま両手を頭の上に乗せてこっちを向け!」
教会入口から響いた声に阿論達は驚いて振り向く。
拳銃の銃口をこちらに向けながらスーツ姿の女性がゆっくり講堂に入ってきた。
警察手帳を見せる。
『次脇 岬』という名だ。
阿論達は言われた通り両手を頭に乗せる。
岬は銃口を向けながら、五人の死体を認識してから叫ぶ。
「そこの死体はあなたたちの仕業!?」
「違う!
私達はここに死体があるという情報を得て、この殺人を犯した奴の足取りを探すために来たんだ!」
ボンドが堂々と刑事に叫び返す。
岬はその声に反応して目線と銃口をボンドに向けた後、表情が曇る。
「あなた・・利公路 凡人!?
こないだのテロ爆破のリーダーじゃない!
それならこの死体に関係あろうがなかろうが、逮捕する!
大人しくしなさい!」
岬はそう言うと、阿論達との距離を詰め始める。
ボンドは目線を岬に固定しながら、阿論に小さい声で話し掛ける。
「阿論君、君は能力を使えるか?」
「能力?
何の話ですか?」
阿論は聞き返す。
こんな時に何を言ってるんだ?
「意志を持つAIに選ばれた者は、能力を授かるんだよ!
俺にもある。
君にだってあるはずだ!」
ボンドは矢継ぎ早に話す。
「いやそんな急に言われても!
そもそもどうやって使えるんですか?」
阿論は焦る。
拳銃を向けた岬がこちらに迫ってくる。
「君のAIに聞いてみろ!」
ボンドがそう言うと、阿論は思い切って叫ぶ。
「ヘンドリックス!
能力を俺に使わせろ!」
『分かった。』
ヘンドリックスがそう答えると、M-apの画面に『ユーザー許可認証なし』の警告が一瞬出た後、見た事も無いアプリが起ち上がる。
画面がライトグリーン一色になり、中央に白線で大きな目のデザインが表示される。
そして黒文字で『強制能力 hack’on bolt』が追加表示される。
その文字を読んでる間に違うウィンドウが表示され、
『強制能力 注意事項
①能力使用時は必ず能力名を声に出す事
②能力発動後のキャンセルは原則不可
③能力はM-ap装着者にのみ使用する事
④能力はM-ap非装着者や人以外の物には使用しない事
以上を違反した場合、罰則として死刑とする』と赤字で出る。
阿論はそれらをざっと見て、岬に視線を移す。
このアプリのサポート機能なのか、岬の左上に『M-ap装着者』のアイコンが表示されている。
どうやらこのサポート機能で相手がM-ap装着者か非装着者か判断できる様だ。
岬が今にも阿論達を取り押さえられそうな範囲まで来ていたから、考えてる暇は全くない!
阿論はただ感性を頼りに左手を銃の形にして人差し指を岬に照準を合わせるように向けたら、大きな声で叫んだ。
「強制能力 hack’on bolt!」
すると左人差し指から雷のような放電が放たれ、岬に命中。
岬は感電する様に痙攣を起こし、その場で意識を失い膝から倒れる。
倒れた岬をただ見つめてる阿論の視界に襟見が入ってくる。
襟見は倒れてる岬の手首に指を当てて脈を確かめる。
「・・大丈夫。
死んではいないよ。
気絶させただけだね。」
さすが医者。
気絶していると聞いて、安堵したボンドが阿論の肩を二回叩きながら言う。
「すごい能力じゃないか!
しかもあのタイミングで能力を知らない状態からの素早い理解と対応。
素晴らしいね!」
褒められて喜んで良いのかも知れないが、阿論はそれどころではなかった。
感性と勢いで乗り切ってはみたものの、後から疑問が次々と湧き上がってくる。
アプリ名さえないアプリ。
ユーザー許可認証なしの警告。
強制能力?
そして強制能力の注意事項。
そして実際に目の当たりにした、人を気絶させられる程の放電。
分からない事が多すぎてピンと来ない。
それにしても事前知識も練習もなく、よくいきなり使えたなぁと、阿論はそんな自分に自分で驚く。
hack’on boltっていう言葉から何となく電気っぽいと思って、それを相手に向けるなら銃だろうという単純な発想だったんだが・・。
阿論は色々思考を巡らして、ふと思い尋ねる。
「ボンドさん、こんなにすごい能力の事知ってるなら、なんでボンドさんが使わなかったんですか?」
「俺の能力は全く戦闘用ではないんだよ。
だからこの場では役に立たない。
阿論君の能力がバリバリ戦闘用で助かったよ。」
ボンドは右手を横に振りながら苦笑いした。
「本当、助かりましたね。
危なく三人とも捕まるところでした。
この刑事さんは気絶してるだけですから、このままにして早くここを離れましょう!」
襟見はそう言うと、入口へ向けて歩き出す。
そうだな、と言いボンドもそれに続く。
阿論も続いて歩き出そうとして、ふと立ち止まる。
振り返って凉子さんを見る。
凉子さんの遺体をここに残したままはどうだろうと心配になる。
・・けどここに気絶してる刑事がちゃんとやってくれるから大丈夫だろう。
そう結論づけると、阿論は凉子さんに向けて合掌して黙祷を数秒捧げ、振り返り入口へ歩き出す。
阿論の復讐に、もう一つ理由が増えた。
先日まで笑っていた人の脳を剥き出しにされた死体。
新たに得た謎の多い能力。
次回、The 7 knots 『deadman Joke』
復讐や怒りに身を捧げよう。
そう、この身が尽きるまで。