The 5 knots 『the reason』
テロリストのアジトと言ったらどんなイメージを持つだろうか?
映画やゲームに出てくるような、ね。
人目につかない路地裏の一室で明かりは最小限、入口もわからないような場所にあり、合言葉を言わなきゃ入れない。
そんなイメージを持っていたせいだろうか、今ヘンドリックスに案内された施設を目の前にして、こいつがふざけてるのではないかと思った。
その施設は老人ホームだった。
街中からは少し外れた静かな所にあり、国道から一つ入った場所なので意外と人目につかない。
まだ新しめの白いコンクリートの外観と庭に綺麗に手入れが行き届いた草花があまりにも健康的でテロリストのアジトだと全くもって信じられない。
「おい、本当にここか?
アジトとは到底思えないぞ?」
阿論は老人ホームを目の当たりにして、ヘンドリックスの情報をかなり疑っている。
『間違いない。
ここだ。』
ヘンドリックスは短く答える。
「何を根拠にそこまで確信を持ってるんだよ?
テロリストのアジトですってネットに載ってたのか?」
阿論はあまりに確信を持つヘンドリックスと、目の前の健全すぎる老人ホームが繋がる事がやはり信じられなくて嫌味を言ってみた。
『テロリストの中に俺の知人がいる。
だから俺は知っている。
さっさと行け。』
ヘンドリックスは素っ気なく要点のみを言った。
人間なら嫌味を言われたら素っ気なくなるだろうが、こいつはAIだ。
だから素っ気ないのは嫌味を言われたからではない・・よな?
「わかったよ、行くよ!
で!?
正面入口から入った後はどうすれば良いんだ?
ここはテロリストのアジトですか、って聞くのかよ?」
阿論は説明不足のヘンドリックスに苛立ちを隠す事もせず、乱暴に聞く。
ヘンドリックスはそんな阿論の気持ちは完全無視でやはり要点だけを言う。
『チェ・ゲバラに会いに来た、と言え。』
老人ホームの守衛はとてもニコニコした愛想の良い方だった。
白髪混じりでメガネをかけた男性で、初めての訪問である阿論にも気さくに挨拶をしながら部屋の小窓を開けて笑顔を見せてくれた。
阿論は少し間を置いて、その初老の男性の出方を伺いながら先程ヘンドリックスに聞いたフレーズを言ってみた。
初老男性はそのフレーズを聞いた瞬間、ニコニコしていた笑顔がそのまま顔面に張り付いて固定された。
数秒の間を置いて「少々お待ち下さい。」と言い、少し奥の部屋にある電話を使用する。
電話はそこまで長くなく、一分もしないで守衛はこちらに戻って来て静かな声で、こちらへ、とだけ言って歩き出した。
阿論は後ろをついて行く。
中に入るとすぐに大きいホールになっていた。
みんなで食事を囲む大きいテーブルや、談笑したりテレビを見れるスペースにソファーがあり、結構な人数のご老人方が楽しく時間を過ごしてる。
阿論は老人ホームには今まで行った事はないから良く分からないが、何か小さな違和感を感じていた。
ご老人方は楽しく談笑してはいるが、阿論を一瞥した一瞬が違う気がした。
どこか阿論を値踏みしているような・・気のせいか。
ホールを抜け、老人方が入居している各部屋がある通路を進むとその部屋よりも一際大きい部屋に着いた。
守衛がノックをすると中からどうぞ、の返事があった。
テロリストとは思えない愛想の良い声で。
中に入ると入口の反対側の窓付近に白衣姿の男性が一人、そして部屋の奥にスーツ姿の男性が一人座っていた。
部屋自体はとても整然としていて、ほとんど物がない。
部屋の奥に少し高級そうな机と椅子があり、その横に対面のソファーとテレビ。
殺風景な部屋の中で唯一目を引いたのは、動画配信用にセッティングされているスクリーンとビデオカメラ位だ。
部屋の奥にいたスーツ姿の男性は椅子から立ち、机を回り込んでこちらに近づいて来る。
「初めまして。
利公路 凡人です。
苗字が言いづらいですからボンドで良いですからね。
まずは私に会いに来て頂いた事に感謝をしたい!」
元政治家だからだろうか、とても爽やかな笑顔で握手を求めてきた。
ツーブロックでソフトなオールバックは清潔感があり、その眼も笑うとくしゃっとなって愛嬌もある印象だ。
その手を握り、阿論はすぐに用件を言う。
「アメノハバキリのリーダーさんですよね?
俺も入れて頂けないでしょうか?」
アメノハバキリというワードを言った瞬間、この部屋に案内してくれた老人の時と同じように、ボンドの笑顔が顔面に固定されたのが分かった。
握手していた手をゆっくり離しながら、ボンドが口を開く。
「どうやらここに来たのはやはり偶然ではなく、確かな情報と君の目的があるようだね。」
ボンドはそう言うと先程座っていた椅子に座り、机に両手を組んでそこからこちらを見て続ける。
「・・チェ・ゲバラが誰だか知ってるのかい?」
ボンドがまるで試すように聞く。
「キューバ革命の英雄、と言いたいところだけど、そうじゃない。
・・あなたに取り憑いている意志を持つAIの事ですよね?」
阿論はボンドに試されている事を理解したから、駆け引きなしで答える。
それを聞いたボンドは少し驚きの表情を見せたが、すぐに納得したように表情が和らいだ。
「もうその答えで全て分かったよ。
君がこの場所を探せた事、ここに私がいるのを知っていた事。
そしてここで意志を持つAIという発言。
・・君も私と同じく意志を持つAIに選ばれた者という事で間違いないね?」
阿論は『選ばれた』という言葉に何か違和感を感じながらも、M-apのマイクロチップが埋め込まれてる左側の耳の上を中指で小突きながら答える。
「選ばれた、と言うんですか?
俺は取り憑かれてる印象の方が強いですけどね。」
「ふふ。
話を戻そうか。
先程アメノハバキリに入りたい、と言っていたが何か理由があるのかな?」
ボンドは微かに笑って問う。
阿論はその質問には少し躊躇した。
相手はもうすでにテロ行為で爆破事件を起こしている奴らとは言え、自分も同じように犯罪を犯そうとしてました、って素直に言って良いものなのだろうか。
・・だが、やはり俺には確固とした理由がある。
そしてそれを実行するためにはアメノハバキリに入る必要がある。
阿論は目の前にいるボンドを真っ直ぐ見据えて答える。
「俺の婚約者はSNS越しの人の悪意に殺された。
だから、俺はSNSに、人の悪意に復讐をするために今生きている。
そのための最適解として意志を持つAIに導かれ、ここに来た。」
静かには話したが、言葉を発する毎に抑えきれない怒りが体の中心から湧き上がるのを感じた。
そんな阿論を真っ直ぐ見据えていたボンドがゆっくり溜め息をしてから答える。
「・・そうか。
意志を持つAIが君をここに導いている時点で理に適ってるんだろうな。
君がここに来たのも、私がそれを聞いて受け入れるのも、意志を持つAIは計算済みなのかもな。」
お互いに同意して少し緊張が解けたと感じたタイミングを見計らってか、窓際に座っていた白衣の男性が立ってこちらに近づいて来る。
「大体話はまとまったみたいですね?
意志を持つAIに選ばれた人がアメノハバキリにもう一人増えたら、これからの活動もより円滑に進みそうですね。」
白衣をなびかせながらそう言って近づいて来た男性は、ボンドの座る椅子の側まで来たらこちらに振り返る。
白衣の中はしっかりのりが効いたワイシャツに白のネクタイ。
やや癖っ毛のショートで白に近いグレーの髪色が太陽の光で輝き、何処かここに存在していない位透明な印象を受ける。
ボンドは隣に来た白衣の男性を一瞥すると、
「彼の名は襟見 在人。
白衣を着てるから分かると思うが医者だ。」
紹介を受けて、襟見が続く。
「襟見です、初めまして。
僕は君達のように意志を持つAIに選ばれてはいないけど、同じような理由を持つ者としてアメノハバキリに参加させてもらってるよ。」
阿論は襟見に軽くどうもと会釈をしてから、二人の顔を交互に見回しながら尋ねる。
「先程から二人が言っている、理由というのは何ですか?
アメノハバキリの爆破事件の後の宣誓では確か・・神を名乗る悪を討ち取る組織とか、実際に行われているのは拉致と虐殺だとか言ってましたよね?」
それを聞くと今まで和やかだった二人の表情は険しくなり、眼光も鋭くなった。
まるで先程の阿論のように抑えきれない怒りを言葉に乗せるかのようにボンドが答える。
「アメノハバキリのメンバーは全員、家族や愛する人を神と名乗る奴にさらわれた被害者なんだ。」
神と名乗る奴にさらわれた?
その神と名乗る奴というのは・・。
「先日、世界同時動画ハイジャックをした神という奴だよ。」
まるで阿論の思考を読んでいたかのように襟見が言う。
「あの動画ハイジャックをした自称・神はみんなを救うと言ってるが実際は人をさらってるって事ですか?
しかもアメノハバキリのメンバーがその被害者という事は、あの動画ハイジャックの前から人をさらっているって事なんですか?」
阿論が言葉を言い終わるのとほぼ同時にボンドが勢い良く椅子から立ち上がり、左拳を全力で机に叩きつけて叫ぶ。
「そう!
あの神を名乗る奴は動画ハイジャック前から人をさらっている!
・・中には殺されて家族や愛する人の死体が発見されているメンバーもいる!
私の妻も・・子も・・死体で発見された。
だから私は、私達は!
このアメノハバキリを結成し、神を名乗る殺人鬼を討ち取るために活動している。」
その言葉には怒り、悲しみ、それに報復する決意を感じる。
阿論はボンドの強い感情に感化されるのをグッと抑え、もう一度自称・神とアメノハバキリについて整理しながら尋ねる。
「アメノハバキリは神が人をさらい、殺している事が分かった。
それでどういう考えでスピーチライブラやソースバンクを爆破攻撃したんですか?」
「メンバーの中で、殺された死体を発見した時にすれ違いに目撃したのが人ではなく、アンドロイドだったんだよ。
知っての通り、現在稼働しているアンドロイドにはAIが搭載され、オンラインで各インターネット会社やSNS会社に繋がっているのが常識だ。
・・ここまで言ったら分かるかい?」
襟見はそこまで言って、結論を阿論に考えさせようとする。
「・・自称・神はインターネット会社かSNS会社にいる可能性が高い。
という考えで爆破攻撃を仕掛けたんですね。」
阿論がそう答えると、二人はそれに対し静かに頷きで答える。
「理由と活動内容は分かりました。
俺と動機は違えど、復讐する対象は共通なのが分かりました。
理解した上で、改めて参加させて下さい。」
改まって阿論がそう言うと、二人はもちろん、と少し微笑んで答えた。
阿論も少し微笑み返し、
「で、次の計画は決まっているんですか?」
そう話すのと同時に誰かが廊下からこちらに走って来る大きな足音がした。
ドアを勢い良く開けて入って来た男がこちらに息も絶え絶え報告する。
「リーダー!
死体が発見されました!
手口から推測するに奴です!」
それを聞いて、ボンドは目に怒りを宿しながら阿論に言う。
「阿論君。
まずは、神の手口というやつを見に行こうか。」
悲しみから生まれたアメノハバキリ。
だがその報復は新たな悲しみを生む。
次回、The 6 knots 『pull the trigger』
自分を救うためには相手を傷つけるしかないのは、ヒトの限界か。