The 4 knots 『the day is my enemy』
眩しい。
・・朝か。
カーテンの隙間からの太陽の光で目が覚めた。
昨日は本当に訳が分からない事ばかりだった。
一年以上準備をかけて決行するはずの復讐をする前に訳分からないAIに取り憑かれるわ、神と名乗る奴の動画ハイジャックが起きるわ、その後にテロで爆発が起きるわ。
結局、あれから爆破が起きた場所に行っても何も手掛かりはなかったし、アメノハバキリの声明が聞こえる場所に行っても拡声装置があるだけでそれ以外は何も無かった。
もう、嫌になる。
うんざりな気持ちを引きずりながら、冷蔵庫にある炭酸水をがぶ飲みしてひと呼吸置く。
「アメノハバキリ・・だったっけかな?」
ポツリと呟く。
『興味があるか?
会わせる事は出来るぞ。
お前の復讐の力になってくれるだろう。』
ヘンドリックスが阿論の独り言に答える。
改めてこいつに取り憑かれてる事を実感する。
ああ、やっぱり夢ではないんだな。
「昨日の神の動画もお前が知ってそうなのに、更にアメノハバキリも知ってるのか?
いよいよ怪しさがハンパじゃないな。」
阿論はヘンドリックスに悪態をつく。
そう、こいつは例の動画ハイジャックも知っていた。
しかもそのタイミングもだ。
「・・と言う事は神の動画もアメノハバキリの仕業か?
そして、お前はそれに関与してるって事だな?」
阿論は推理してみる。
だがすぐにその推理がおかしい事に気づく。
「確かアメノハバキリは神殺しをした剣の事だっけか。
アメノハバキリを名乗るテロ組織が神の動画を配信する・・。
自作自演って結論も考えられるけど、普通に考えるとチグハグだな。」
『それくらいは頭が働くか。
そうでなければお前を選んだ俺が無能となってしまう。』
ヘンドリックスが続く。
肯定って事か?
『俺は知ってるだけだ。
それは関与してるという事ではなく、俺の能力が高いからだ。
AIだから情報収集には長けている。
日本の全人口の中からお前を選んだように、俺が知りたい事なら大抵は知る事ができる。』
そうか、AIだもんな。
ネットワークとの親和性も高いはず。
しかもこいつは意志を持っている。
ならば神の動画配信もアメノハバキリも知る事ができる、って事か。
「筋は通ってる気はする。
だからと言って、お前が関与していない証拠にはならないけどな。」
阿論はヘンドリックスをまだ信用してはいけないと警戒する。
『確かにこれだけでは疑惑は晴れないだろう。
だが、情報を知ってる俺としては、アメノハバキリとお前の利害は一致するはずだ。
そして俺は彼らのアジトを知っている。』
ヘンドリックスは阿論に警戒されてる事など気にもせずに合理的な説明をする。
・・なるほど。
確かに一人で復讐をするよりも利害が一致する組織と協力する方が達成率は上がるか。
でもテロ組織だろ?
普通に考えたら関わらない方が良いが。
『アメノハバキリがどんな思想を持って昨日のテロを起こしたのか知りたいだろ?
ニュースを見てみろ。
アメノハバキリ一色だぞ。』
ヘンドリックスはまるで阿論の考えが分かってるようだ。
阿論はそう聞いてすぐに近くにあったテレビのリモコンに手を伸ばし、電源ボタンを長押しする。
画面にはアメノハバキリの声明のテロップと共に一人の男性が映っていた。
「我々はアメノハバキリ。
神を名乗る悪を討ち取る組織なり!
奴らは選別と救済を唱えてるが、実際に行われてるのは拉致と虐殺だ!
我々は日本を守るために立ち上がる!
皆さん、奴らの選別のメッセージは無視するんだ!
我々はアメノハバキリ。
神を名乗る悪を討ち取る組織なり・・」
画面には一人の男性が力強く真正面を見据えて声明をしている映像が繰り返し流れている。
その画面の右下には『元汚職議員 利公路 凡人、社会への復讐でテロ行為か!?』の文字がデカデカと表示されている。
「汚職議員・・なんかしょっちゅう汚職と辞職があるから、全然どんな議員だったかは分からないけど、この元議員がアメノハバキリのリーダーなんだな。」
阿論はテレビを見ながらヘンドリックスに確認する。
『そうだ。
世間の情報では日本を良くするために積極的に活動をしていて市民からは期待が高かったようだが、2022年に汚職をして辞職を余儀なくされた後は表舞台からは姿を消した。』
ヘンドリックスが詳しく答える。
さすがAI。
とっくに知っている訳ね。
「そんな汚職議員のテロリーダーと俺とでどの辺の利害が一致するんだ?」
阿論はそう言ってテレビを見ながら炭酸水をがぶ飲みする。
『テレビでもやってるが、彼らのテロ爆破を起こした場所がその根拠になる。
ココロ、フォーユー、ソースバンク・・そしてスピーチライブラだ。』
ヘンドリックスはM-apを通して、阿論に視覚的に爆破された場所を説明する。
それを見て阿論は声を出さなかったが驚き、眉間にシワを寄せた。
「・・どれも情報インフラの要の会社だ。」
『そうだ。
お前のターゲットのスピーチライブラを含む情報インフラの会社のみしかターゲットにしていない。』
ヘンドリックスは阿論が気付いてる事を敢えて言う。
まるで阿論の結論を後押しするかのように。
「つまり考えはどうあれ、壊したいものは同じという事か。」
阿論は遠い一点を見つめながら考えをまとめる。
一人での復讐は確かに成功率は低いし、やれる事も規模も考えられる。
・・どうせ犯罪者になるなら中途半端ではなく徹底して壊す。
「ヘンドリックス。
お前をマスカット社に削除してもらうのは後回しにする。
案内、して欲しい。」
阿論の言葉からは決意を感じる。
『わかった。
ではすぐにでも出よう。
もう始まりは終わったのだから・・。』
ヘンドリックスは阿論の要請を即決する。
それも予測していたかの様に。
何故だろう、もうこの部屋には帰って来ない気がする。
そんな確信がある。
少しだけ部屋を片付けながら身支度をしている間、テレビは別の事件を報道していた。
『・・続いてのニュースです。
昨日未明から全国で捜索届が急増しています。
警察からの発表としては、昨日のテロ爆破や神と名乗る者の世界規模の動画ハイジャックの件もあり、人手が十分に確保できず真偽を含め捜査は難航してるとの事です。
テロ爆破の被害者もまだ救助中であるため、何か進展があり次第お伝えしていこうと思っています。』
阿論はその時のこの報道にはピンと来なかった。
内容としては異常であり、心を痛めるべきなのに。
阿論も自分が嫌いな奴らと同じくただ消費してるだけなのか。
無関心なのか。
それを痛感するのはもう少し先だ。
阿論は復讐に必要な物をバッグに乱暴に詰め、個人情報がわかるものは全てキッチンで燃やした。
燃やした事には特に狙った理論はない。
良く映画で犯罪者が足がつかないように個人情報のものを燃やしてたので、その方が良いのかなって思った程度での行動だ。
そしてわざとテレビはつけっぱなしにする。
そうする事で、長期間不在である事をカモフラージュできる。
これも映画の知識だ。
我ながらミーハーで、頭が悪い。
苦笑いしながら俺は部屋を後にした。
つけっぱなしのテレビが別のニュースを報道する。
『・・その死体は頭蓋骨を綺麗に切られ、脳が剥き出しにされて発見されました。
同じ様な死体が複数各地で発見され、関連性を現在捜査中です・・。』
人が消えている。
各地で発見されている脳を剥き出しにされた死体。
次回、The 5 knots 『the reason』
もう始まりは終わっている。