The 2 knots 『people of the sun』
その映像は唐突に始まった。
突如自分のM-apの無料動画配信アプリが強制的に起動し、再生される。
異様に爽やかな青空をバックに天から神々しく明るい光の玉が降りてくる。
『初めまして。
私は皆さんから見た高次元の存在、皆さんがイメージしやすい言葉を使うと神という存在です。』
とても威厳のある、男性の低い声。
その声が響き合ってエコーがかってる。
自分だけの現象なのか確かめたく周りを見渡す。
先程アイドルが映っていた巨大スクリーンにも同じ映像が流れてる。
凉子さんを含めみんなが動揺しながらM-apと巨大スクリーンを見てる事から自分だけではない事がわかった。
「どうやらお前の仕業って訳ではなさそうだな。」
阿論はヘンドリックスに向けて呟く。
『俺の仕業ではない。
疑問は後にして、まずは見る事をお勧めする。』
ヘンドリックスは短めに答える。
・・このAI。
これについて何か知ってる事は間違いなさそうだ。
でも今はその疑問を問いただすよりも、こいつの言う通りまずは見る方が良さそうだ。
『今、この映像は全世界に同時にお送りしています。
何故私がこうやって皆さんの前でお話をしようと思ったのかには、大きな理由があります。
・・冷静に聞いて下さい。
実は近い将来、この地球は人だけではなく、生きとし生けるもの全てが住めなくなる状況になります。
具体的に言いますと、2026年から2030年までに地球は氷河期に突入します。
摂氏零度以下の世界。
そこでは皆さまを含めた地球上の生命は全て失われてしまいます。
私は昔使った、ノアの方舟を用意しました。
ノアの方舟に乗れば皆さんは救われます。
ただ残念ながら、ノアの方舟は地球の生命全てを乗せれる程大きくはありません。
そこで私は『乗れる資格のある生命』を選ばなければなりません。
今ほとんどの方が使用してるM-apを通して、信用スコアと危険スコアを基準に選んでいきます。
選ばれた方には私から乗船する資格を差し上げます。
さらにもう一つ、お伝えする事があります。
地球は氷河期を迎え、その後、新生します。
新生には痛みが伴うもの。
ノアの方舟に乗れなかった方々、又は乗らなかった方々は残念ですが天の光に包まれて眠る事になります。
資格を得て、神に選ばれた方は方舟に乗りましょう。
皆さん、急な事ではありますが戸惑いの心を鎮め、健やかに船出を待ちましょう。
皆さんの行き着く先に幸がある事を。』
神々しい光はそこまで言うと異様に明るい青空へ上がっていき、そこで映像配信は終わった。
M-apの無料動画配信アプリは暗転し、会社の巨大スクリーンは何もなかったかのようにCMを流している。
周囲の社員もイタズラだろと気にせず帰路を急ぐ者、モノマネをして談笑をする者などまともに受け止めてはいなそうだ。
『お前も信じないか?』
ヘンドリックスが阿論に聞く。
お前も、という事は周りの反応も分かってるんだな。
「神を信じるかどうかは置いておいても、イタズラ動画にしか見えなかったけどな。」
阿論は素直に自分の感想を言う。
そりゃあそうだ。
いきなり神だ人類滅亡だって言われて誰が信じようか。
『聞いてはみたが、俺はお前がどう思おうと興味はない。
ただ、これで引き金は引かれた。
・・始まるぞ。』
ヘンドリックスは含みがある言い方をする。
「なんだよ、それ?
なんかさっきから何か知ってる感じだな?
お前の仕業ではなくても、お前の・・」
言い切る前にもの凄い爆音と爆風が吹き荒れ、ロビーのガラスが全面割れて爆風に乗せて襲いかかってくる。
阿論はかなりの距離を吹き飛ばされ、ロビーの窓と反対側の壁にぶつかってうずくまる。
反射的に両腕で顔面を覆ったから多少の切り傷で済んだが、体は壁にぶつかった衝撃でかなり痛い。
なんだこの状況は!?
体験した事はないが、爆弾か?
ミサイルか?
痛みを我慢しながら起き上がり周囲を確認する。
ロビーは窓ガラスが全面割れて、さっきまで映像が流れていた大型ディスプレイも割れて真っ暗だ。
割れた窓ガラスの先をよく見たら・・なんだあれ?
燃えてる?
少し先の方で火災が見える。
悲鳴と混じって何か聴こえる。
「我々はアメノハバキリ!
神を名乗る悪を討ち取る組織なり!
我々はアメノハバキリ。
神を・・」
かなり音質が悪くノイズも多く、更に大音量なので耳障りがかなり悪い。
なんだこの非現実感は?
完璧にテロ現場だ。
改めてロビーを見回して、倒れていた凉子さんを見つける。
阿論は近づいて抱き起こす。
「凉子さん!
大丈夫ですか?」
「う〜・・。
あぁ・・阿論さん。
なんとか大丈夫かもだけど・・。」
見たところ顔面に多少の切り傷はあるが軽傷だろう。
阿論と同じように爆風の衝撃で壁に打ちつけられたからかなり弱ってはいるが。
恐怖で体が震えてるのが抱き起こした時に伝わる。
「歩けますか?
状況は俺も分かんないけど、ここから避難した方が良い!」
阿論は凉子の容態を確認しながら聞く。
第二の爆発が起きないうちにここを離れる方が得策だ。
「・・大丈夫。
自分で歩けるわ。
阿論さんも安全なところに一緒に避難しましょ。」
凉子はよろけながらだが自分で立ち上がり、スーツの汚れを落としながら答える。
「・・いえ。
俺は状況を確認してきます。
凉子さんは俺の事は気にせず、避難して下さい。
いつ第二の爆発が起きるか分からないですから。」
阿論は確認しなければいけないと思った。
ヘンドリックスとさっきの神の動画ハイジャック。
そしてまるでその動画ハイジャックを予期していたかのような爆破テロ。
・・無視はできない。
「そう・・。
わかった。
じゃあ、阿論さんも気をつけてね。」
凉子は阿論の表情から何かを感じ取り、引き止めはしなかった。
少し後ろ髪を引かれる思いを振り払い、凉子は小走りに正面玄関を出る。
外に出た凉子は周囲を見回す。
サイレンとアメノハバキリの声明が夜空に木霊する。
火災と立ち上がる煙が何ヶ所も見えてる事から、爆破はここだけではない。
予想よりもかなり混乱してる現場に、改めて今の現状が深刻なのではないかと不安になる。
「これは・・やばそう。
とりあえず、地下鉄かバスなら動いてるかな?
・・いや、爆破される可能性があるかも。
じゃあ、あっちに。」
凉子は爆破現場の反対方向に向かおうとして、再び立ち止まり左こめかみあたりを押さえる。
「あれ?
メッセージが届いてる・・。
知らないアドレスだ。
・・え?神?
さっきの選別のやつだ。」
後から聞いた話だが、翌日から凉子さんの足取りは分からなくなっていた。
神と名乗る者から伝えられた人類の滅亡と、救済の為のノアの方舟。
そして、乗船の為の人類選別。
次回、The 3 knots 『SMOKIN' BILLY』
その神がもたらすのは救いか、それとも混沌か。