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引きこもり名探偵、倫子さんの10分推理シリーズ

引きこもり名探偵、倫子さんの10分推理シリーズ(菫ちゃんの浮気調査、一人目)

立てば貧血、歩くも貧血、依頼を受ければ名探偵。


今晩も倫子はお気に入りのイタリアンレストランの宅配サービスを使い、夕飯のピザを頼んだ。


倫子は汗水垂らして届てくれた爽やかな店員さんの胸ポケットに野口英世チップを差し出す。


店員さんの別れ際に見せる白い歯、清潔感のある笑顔、ちょっとだけ触れた大胸筋の逞しさ、そして香ばしいチーズの香りは部屋と心に少しだけ幸福を与えた。


倫子はお気に入りの牛革リクライニングチェアーに仰け反り座り、テレビのリモコンを操作すると、画面は途中まで見ていた海外ドラマに切り替わった。


美味しいピザを片手に、ドラマの行く末に釘付けになる倫子。


美男、美女がお互いの壮絶な運命に抗いながら、自身の気持ちに素直になるクライマックスの瞬間。


美女は目を瞑り、美男は息を止め、女の潤った唇に男はゆっくりと大きな唇を近づけていた。


「抱けー! 抱けー!」


「助けて下さい! 倫子さーん!!」


倫子の高ぶるアドレナリンとドラマの最高のキスシーンをグサっと遮るように、玄関を開け、泣きながら入って来る女性。



彼女の名は菫ちゃん。倫子の姪っ子にあたる現役女子大生だ。


田舎から出て来た菫ちゃん。住居は倫子の管理するマンションの一部屋を親族価格で借りている間柄だ。


「もう! なんなのよ! せっかく良い所だったのに!」


「聞いて下さいよ倫子さん! 私、絶対彼氏に浮気されていると思うんですよ! 倫子さんの推理力で暴いて欲しいんです!」


すると倫子さんはテレビの停止ボタンを押し、深い溜息をついた。


「また~? これで何回目? てか何人目よ?」


「私は過去は振り返りません。そんな事聞いても誰の得にもならないので、内緒って事で♡」


「なんなのよ……たく。嫌よ、めんどくさい。ピザを一切れあげるから食べたら帰って、私は続きを見るんだから」


「そこを何とか! あ、そうだ! 先週出来た行列の出来るプリンアラモードのお店、倫子さん知ってるでしょ?」


すると、倫子の眉毛がピクリと動いた。


「店頭販売のみ受付ている、一日百個限定の焦がしキャラメルホイッププリン。お一人様、限定3個まで。引きこもりの倫子さんには縁のない代物ですが、解決の暁には私が並んで買って来ますので、何卒、何卒、宜しくお願い致します」


菫ちゃんはスマホの画面にそのプリンの画像を表示させ、倫子に差し出すと深々と土下座と共に頭を下げた。


倫子の目に映る光沢感のあるキャラメルソース。栗味ベースのホイップクリームがこれでもかとのしかかり、重力に逆らう事を放棄した煩悩に忠実なプリン様。


すると、倫子は菫ちゃんのスマホ画面を見て、五秒悩んだ後に、指を三本立てて回答した。


「美味しかったら、三回リピートを要求するからね」


「それでよろしくお願いします!」



そして倫子の推理は始まった。まずはいつも通り情報出しから。と言うか結論から言うに今回は推理が必要ではない程に情報が集まっていた。何故なら相談者が菫ちゃんだからだ。


彼氏の名は亀甲 英尾(二十一歳)


大学の男子学生寮に住む先輩だ。


菫ちゃんとは付き合って三ヶ月。


今まで散々数多の男に浮気されてきた菫ちゃん。


その経験からか疑心暗鬼な菫ちゃんが極秘に彼氏のスマホに仕掛けたアプリ「ラブラブラブベリー」


このアプリ、撮った画像を可愛くデフォルメしてくれる機能は仮の姿。


GPS機能で彼氏の行動を監視し、定期的にスクリーンショットとカメラの画像を彼女に送信する、浮気する人間には身も毛もよだつ小悪魔ならぬ、極悪魔アプリだ。


「す、菫ちゃん、こう言うアプリを入れる貴方にも原因が……、いや、なんでもない」


菫ちゃんに対するツッコミはさて置き、そのラブラブラブベリーの情報により、スクリーンショットが送信された内容には疑惑のSNSの文面が映っていた。


「今日はカレー作ってくれてありがとう♡ エイピ嬉しー♡」


可愛らしい絵文字を散らかし、あざとらしさを演出する文面。エイピと言う女性は彼氏くんにゾッコンなのは秒で理解出来る文面だ。


「見て下さい! このエイピか塩ビか海老か訳わかんない女! 人の彼氏を狙いやがって腹立ちません!?」


だが、この文面を送ったと思われる日、GPS履歴によると彼氏は男子寮から一歩も外に出ていない。


居ても経っても居られなくなった菫ちゃんは彼氏に問いかけた所、証拠不十分で彼氏とは現在、切れてもおかしくない程に険悪なムードと言う


倫子は菫ちゃんに質問する。


「大学って何大? 男子寮は女性の立ち入りはOKなの?」


菫ちゃんの内容によるには女性は親族の親でさえ立ち入る事を許さないセキュリティーとの事らしい。


「……まさかね」


すると倫子はスマホを取り出し、ポチポチと何やら検索を掛けた。


そして内容を確認した所、倫子は頭を抱えた。



「あちゃー。黒よ黒。彼氏君、浮気してるわね」


「ほんとですか!?」


「しかも浮気相手も浮気してるわね。これ」



「えー!!」


驚く菫ちゃんの感情を置いてきぼりにし、倫子は推理を披露し始めた。



「まずこの文章のスクリーンショットを送った時、それは浮気相手と同じ場所に居た事を意味する、何故ならこの文書は彼氏君が、浮気相手のスマホを操作し、自分にSNSに意図的にメッセージを送ったのだから」


「え?待って下さい、じゃあ亀甲君はわざわざエンピのスマホを使って自身に送り、証拠残そうとしたんですか……?」


「まぁそういう事になるわね、いい? 菫ちゃん、嫉妬深い貴方の事だからよく分かるでしょうけど、わざわざ、証拠を残す為にそんな回りくどい事をしようとする状況って一体どんな時だと思う?」


「……相手の彼氏に気付かせる為?」


「その通り、彼氏君は浮気相手を略奪しようとしてたの、しかも、この彼氏君も抜かりないわ、あえて文面に違和感を出させないようにしている。この文面ならバレてもケータイ間違えたとでも言えば、なんとでもなるんじゃない?」


「何言ってるんですか、こんなあざとい文面をわざわざ作って、亀甲君は相手をハメようとしてる気満々じゃないですか!」


すると、倫子は何故か寂しそうな顔をして菫ちゃんを見ていた。


「……そうか、菫ちゃん。あなた心が清らかだから気付かないのね?」


「え、一体どういう事ですか?」


「じゃあ、分かりやすいように説明するわ、スクリーンショットを送信した時刻には間違いなく彼氏君と浮気相手は男子寮の中にいた」


菫ちゃんは眉毛をくねらせながら頷いた。すると、倫子はスマホを菫ちゃんに見せ、先ほど調べていたページを開いた。


「この寮は、夕食の管理は当番制になっており、その日の担当は彼氏君が担当だった、浮気相手は彼氏君の担当を交代していたんだ」


菫ちゃんは眉毛をくねらせ、黙って話を聞いていた。


「まだ分からないの? ……英尾ひでおの読み方変えたら分かるでしょ?」



「え……ひで……えい……び、あああああああ!」


菫ちゃんは目ん玉を飛び出す程に驚いていた。


「この浮気騒動に女性は存在しない。みーんな男よ」


真実を知った菫ちゃんは膝から崩れ落ち、事実を受け入れきれず愕然としていた。


「わ、私、浮気相手の男と天秤にかけられて、負けたって事ですか?」


菫ちゃんの脳裏に浮かぶ、男子寮で浮気相手と過ごす彼氏の女々しい姿。snsの文面から、自身の知ってる彼氏とは明らかに別人格の為、菫ちゃんは、自分には繕ったキャラを演じられているのだと悟った。


倫子は本棚から本を取り、菫ちゃんを励ますように、彼女の肩を叩いた。


「まあ、令和のご時世、愛と言う名の芽生えた感情に性別の定義は存在しない訳だし。クソ彼氏君とはきっぱり縁を切る事をお勧めするわ、あと、もっと男心を理解したいならこの本を読みなさい」


倫子は名作と呼ばれるお気に入りのBL本を菫ちゃんに差し出した。


「……でもこれって、作者さんって女性なんじゃ」


「細かい事は気にしなーい。じゃあ今度プリンよろしくね♡」


菫ちゃんは本を受け取ると、涙ながらに自宅に引き返していった。


この後、菫ちゃんと彼氏の亀甲君との関係にピリオドが打たれたのは言うまでもない。

もっと書け!って意思表示頂ければ書きます。

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