辞めさせたくないので
「お前、辞めるのか?」
風呂が終わり、着替えをさせてもらっている時に俺は聞いた。
執事は一瞬驚いた表情を浮かべた後、「ええ……まぁ。」と歯切れ悪く頷く。
「ずっと俺の世話係をするんじゃないのか?」
「私もそう思ってはいたのですが、その……元々勤めていたところから呼び戻しを食らってしまって……。」
「はぁぁ?お前っ…人にはさんざん約束を守れと言うくせに自分は出来てないじゃねぇか!」
「………すいません……。」着替えをさせる手を止めて立ち上がり執事は小さく頭を垂れた。
その姿を俺は静かに見て言った。
「……申し訳ないと思うなら、今。お前がすべき行動は分かるよな?」
「……え。」
「お前を呼び戻した所に行って、『私はアルバート・バイル様と一緒にいたいです』と頭を垂れてでもお願いして来いっ。」
「それ……遠回しな切腹ですよ?」
「じゃあ、他に方法はあるのか?」
執事は口をポカンと開けた。
何という横暴っぷりだろう。
坊ちゃんは私がここから出ていくと言う選択肢は一切ないと言っているに等しい。
どうしたらそんなに自分が全ての中心となって地球を回していると思えるのかが不思議でしょうがない。
「……検討します。」そう言うのがエドワードの精一杯だった。
✱ ✱
入学して幾日かが経過した。
俺は執事の入れないこの学校で張り合いない日々を過ごしていた。
「まぁ、アリス様!そのドレス素敵ですわぁ。」
「さすがポッター卿の服ですわ!本当アリス様の為だけに作られたようなドレスみたいですわ。」
「……ありがとう、嬉しいわ。」淑女な笑顔を友達に見せる彼女から育ちの良さと品の良さを感じた。
でも俺がこの会話を聞き入った理由はそこではない。
「もしかして……ポッター・アリス様でございますか?」俺はすぐに彼女の元へ行き、そうたずねた。
「ええ……そうだけど。貴方は?」
執事から教わった品のいい一礼をした。18になる彼女はスラッとしたスタイルで背が高く、11の俺にとってはどう頑張っても見上げる形になってしまうが……。
豊満な彼女の胸が目線に入らないように一歩下がって話かける。
「我が家は貴方様………ポッター卿の洋服の大ファンでして、この間も最新の服を色違いで全て購入してしまいました。」
「まぁ……。」
「もしよろしければ私の父と共にぜひ一度貴方のお父様に会ってお話しても宜しいでしょうか?」
「えぇ、もちろんよ。ええと貴方、名前は?」
「アルバート・バイルです。」これで俺を客人として敵の敷地に入れる。
✱ ✱
「お前、明日は迎えに来なくていいぞ。」寝る前、布団に入った俺は執事にそう言った。
「え……何故でございますか?」
「明日は昔からの幼馴染に会いにいく予定なんだ。ソイツ人見知りだから明日は別の執事を連れて行く。」
嘘である。アリス・ポッターは幼馴染みでもなんでもない。
「………はぁ。私も別に同行した方がいいと思いますが。」
「お前はいらん。部屋の片付けでもしてれば?」
「………坊ちゃん、何か隠し事をなさってませんか?私を置いていくだなんて今まで一度もありませんでしたよね?まさか……」
「バーには行かねぇよ。それにお前に隠しごとをするわけないだろ?この一年をなんだと思ってるんだ。……気がかりはその幼馴染が同い年の小さな令嬢なんだ。お前みたいな奴が来てみろ。(相手が)惚れるに決まってるだろ?」
「う………確かに。(私が)惚れる自信があります。」
「だったらここにいろ。……いいな。」
上手く執事を出し抜けた。いい感じに物事が進んでる。
「はい……。」
しゅんとうなだれる奴の姿を見ると変に心がざわついた。
………?
✱ ✱
「初めまして。ケビン・ポッター様。」
「ふふっよく来たね……こんにちわ、アルバート・バイル様。」
ポッター家の当主のケビン・ポッターが玄関で出迎えてくれた。
玄関だけでも広くて、屋敷全体は大きいはずの自分の家でさえ3つ入ってしまいそうだった。
「用件は……服の事ではなく執事のエドワードのことだね?」談話室に入るとケビン様はすぐに本題に入った。娘から聞かされた時にすぐ分かったと、彼は言った。
「……はい。そうです。彼について折り入ってお話が「今の生活は楽しいかい?」ケビン様は言葉を被せるように言う。
「………え、あぁ……はい。」
「それはよかった。」
ケビン様の意図が掴めない。
「君と会ったのはこれが初めてじゃないよ。アルバート君。僕は君が8歳の時に屋敷に遊びに行ったことがある。その時は君と君の両親が出迎えてくれて、とても楽しい時間を過ごしたのを覚えてるよ。……でも。」ケビン様の口調が険しくなる。
「僕が帰りの馬車に乗っていた際、忘れ物していることに気づいてね。慌ててバイル家に戻ってみればそこにいたのはおもちゃで遊んでいる君一人だけだった。」
父は仕事に、母は友達と出かけに。
「いつもと一緒。」と君は言っていた。
その時にアリスは11歳で僕もようやく子供の扱いとか、愛しさとか、愛らしさでいっぱい満たされていた。
でも君を見て、初めてそうじゃない親もいるってことを知った。しかもそれが自分の友達の子供だときた。
「何とかしなくてはと、お節介にも君の親ではないのに勝手に思ってしまってね。だからエドワードを送ろうとしたんだけどあの子が………アリスが中々許してくれなくってねぇ。でも他に信用できる優秀な若い執事は見つからなかったから半端強引に連れきてしまったんだ。エドワード自身もそれを望んでいたしね。」
「………貴方が。」エドワードを連れてきてくれたのか。
「彼はどうだい、優秀だろ?」
「はい……とても。」
アイツに出会わなければ、俺は今でもバーで遊んでいただろう。金をばら撒き、女を股に挟み、きっと生温い思い出の湯の中に、喜んで身を浸けていたことだろう。
でも今こうして学園に通っているのも、他でもないエドワードのお陰だ。
「まだ……側にいて欲しいです。ご無理を言っているのは分かっています。ですが……どうか、どうかエドワードを側に付けることを許していただけませんでしょうか。」
生まれて初めて頭を下げた。
けれど、これでエドワードが側にいてくれるなら安いものだと思えた。
「アルバート君、顔を上げなさい。」頭上から声がして恐る恐る顔を上げる。
そこにはどこか我が子を見るような眼差しでこちらを見つめているケビン様がいた。
「君からそんな言葉が聞けて嬉しいよ。………そんな君の気持ちに僕も応えなくちゃね。アルバート君。これからエドワードを頼」「お父様!!」
ドアが勢いよく開くとそこにはアリス・ポッターが仁王立ちして立っていた。
その顔にはあのとき浮かべていた淑女の笑みの欠片もなかった。
「エドを取ったのは貴方だったのね!ひどいわ!私を騙して屋敷に潜り込んだのねっ!?」
「………。」ヒクリと頬を引きづらせる俺。
「あ、アリスこれは……そのっ、違うんだ。」とアタフタするケビン様。
「やっとエドが帰って来ると思ったのに、一年も奪った挙げ句、更にエドに付きまとうの!?」
俺の鼻と鼻がぶつかるほどの距離まで近づき威嚇したアリス嬢はフンっと踏ん反り返ると言い放った。
「早く帰りなさいっ。これは命令です!!私の馬車用意してあげるから。あんたにエドはもったいないわ。こんな……お子様に!」
貴族らしくハハハと聞き流していた俺の堪忍袋の緒もさすがにプツンッと切れた。
「さっきから黙って聞いてりゃあ随分言ってくれるじゃねぇか!!」
と不良貴族よろしく、ドスの利いた声で言ってやりたかったが実際は……
「さっきから黙って聞いてりゃ……ムグッ。」何者かに口を抑えられてしまった。
「はァ……はァ……間に合った……っ。」そこには息を切らした執事、エドワードがいた。