アルの決意2
「すまん。俺の方が遅れてしまった。」ドアをパタリと閉めながら俺……アルバート•バイル(11歳)は言った。
「いえいえ、お気になさらず。」5分もの遅刻を笑顔で許すエドワード。
俺はエドワードの前を通り過ぎ、書斎の皮張り椅子にどっかりと座った。
「お前も座れ。」
「えっ……お、おことばですが私は」
「執事だからとか今はどうでもいい。座れ。」
これから大事な話をしなくてはならない。
「……いやその…そ…言う…こと…では」
「何だよ、何か不満があるのか?」
声が小さくてイマイチ聞き取れない。
やけに辺りをキョロキョロ見ながらソワソワしている。
「…………ないんです。」
「は?」
「ここの部屋、貴方様が座っている皮張り椅子以外になくて……。」
あ…………そうだった。
ここ勉強するためだけの部屋だからないんだ。
余裕が無さすぎてそんな事も気づけない自分に嫌気がさす。
「ですから私はこのまま立」
「いい!!床に座ってろ。」
半端ヤケクソになりながら、俺はエドワードに命じた。
アリス嬢の話も聞いて俺はエドワードの全てを受け止める事にした。というか俺自身もエドワードがいなくなったらまたあの頃の生活に逆戻りしてしまいそうで怖いし。
大人しく床に正座したエドワードに俺はなんと声を掛けようか考える。
『お前の性癖を全面的に認めてやる!!』
とか?
なんか気持ち悪いから言いたくない。
『お前にはお前の趣味があるんだ。とやかくは言わないよ。』とか?
もうとやかく言っちゃった後なんだよなぁ。今更感がありすぎて嫌だ。
「………え、エドワード。」少しの思考の末、彼の名を呼ぶ。
「はい、なんでございましょう?」エドワードが俺を見上げるような形でこちらをみる。
「………お前にひどいことをたくさん言って、その……悪かった。」
そうだ、まずは謝罪だ。
それからまた新たに関係を構築していこうと訴えよう。
アリス嬢の場所を奪ってまでここにいて貰ってるんだ。それぐらいはしよう。
でも……
「でもお前の趣向は色々と問題がある。」
「!?」
そう、問題がある。
奴はロリやショタ好き……略してロタ好き。
そんでもって俺はまぁ、俗に言うショタ。
いつ何時、事件が起きてもおかしくない。
それを起こさないことをぜひ奴の口から否定して、誓って欲しいのだ。
「正直言って否定して欲しい。」
「……で、デスヨネー。」
これから一緒にいる為にも俺は確認しておかねばならないのだ。
「お前のこれからの生活のためにも。」
「やはり………私はクビになるんですね。」
「ん?……なんか言ったか?」
「い、いえ。何でもございません。」体をびくりとさせながら首をブンブン振る。
許したと言っているのに、変な奴だな。
「あの……あ、アル様。私はどのような処分が下されますか?」
「処分?……そうだな。それに差し当たって一つだけ実験してみたい事がある。」
お前が俺を襲わないという、確証。
お前は子供を美術品のように大事にしているという証明。
「じ、実験ですか?」
「今からする事を耐えられるかはお前次第だ。いいか?目をつぶって、歯を食いしばれ。」
☆★☆☆
(な、殴られる………)
エドワードはすぐに察した。
たしかにアル様が腹が立つ気持ちはよく分かる。
私はずっと騙していたのだ。初めて会ったあの日から、ずっと。
でも、言えると思うか?
子供を指導する者が子供を愛しんでいるだなんて。
ん…………いや別に良くないか?
良くないか………。
それでアル様が嫌な思いをなさってしまったのなら自分が身を引くのが道理。
それにショタに殴られるなんてなかなかある経験じゃない。
アル様の言う実験はこれから先私が生きていく上で同じ過ちを起こさないための物(だと思う。)
存分に堪能………いや、身につけさせてもらおう。
私はギュッと目を瞑り、アル様の拳を待った。
しかし一向に殴ろうとする気配はない。
そろそろ耐えきれず、目を開けようとしたその時だった。
なんと、アル様は人差し指指で私の顎をクイリと上げてそのまま優しくキスをしたのだ。
「…………!?」
アル様は数秒ほどで口から離れるとジッと俺を見定めるように見下ろした。
私は脳内処理が追いつかず、ワナワナしたままだ。
「………なんか言えよ。」
沈黙に耐えきれなくなったのはアル様のようで不貞腐れたような口調でそう言った。
「あの……これは……一体何の実験なんですか?……私はてっきり殴られるかと。」
「何って、お前が俺を襲わないかの確認に決まっているだろう?これからも一緒なんだからキチンと確認しとかないと。」
「え………あ……クビにするんじゃ」
「あ"?俺がいつそんなこと言った。」
「…………。」
どうやら私はとんでもない思い違いをしていたようだ。
「ふぅ、良かった。もしお前が俺を襲ってきたらどうしようかと思った。」
小さくため息をつくアル様の表情はとても接吻後とは思えないほど、落ち着いていた。
そういえばこの人、バー時代で色々やってたんだった。
私はもう一つアル様について大きな勘違いをしていたようだ。
アル様は、思いのほか大人だ。
「あとこれ。」
こちらに投げてきたのは私がゴミとして出した写真集だった。
「お前が好きな物は好きといい。」
素っ気ない言葉の裏に優しさが見えた。
写真集の表紙の天使と目が合う。
「…………ッッア"ル"さ"ま"ぁ"ぁ"」
「な!お前、何鼻血たらしてんだよ!」
「アル様の…………ギャップにやられました。」
「はぁ!?意味わかんねぇ!もう無理だ!!お前は危険物質だ!断固クビだ!!さっきのも全部撤回だ。その本持ってとっとと出て行けよ!!」
「襲ってないじゃないですか!理不尽過ぎません!?」
「鼻血もアウトだろ!!」
「じゃあもう一度接吻してみてくださいよ!絶対耐え切れる自信があります!!」
「誰がするか!!ボケっ!!」
ギャンギャンと吠え合いながらもどこか安心する自分がいた。
やっぱり、こいつとは言い合っていないと……。
そしてもう一つ、安心したことがある。
(良かった。俺は男なんか好きじゃない。)
キスをしても、平常心の俺でいられた。
自分の気の迷いなんだと再確認できた。
エドワードは自分にとって、大切な存在だ。
その『大切』の感情の在処を吐き間違えてはいけない。
(……良かった、本当に。)
「では、私はこれで失礼します。アル様、明日からもまたよろしくお願いいたします。」
「あぁ。」
こちらを見もせずに適当に片手をを振るアル様に苦笑する。
エドワードは部屋を出ていこうとする時、一つだけたしかに見た。口には出さなかったが、たしかに見たのだ。
(アル様、耳が真っ赤だ。)
もちろん、死んでも口には出さないけど。