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隠し通路の先

「……まさか本当に地図が本物だったなんて……」


 背後で眺めていたエストが口を開いた。


「頭から疑ってたって訳じゃないけど……え? これ夢じゃないのよね?」


「現実です。現実……のはずです。はい。……ですよね?」


 ふたりの声には喜びの色が見られない。いざ隠し通路を前にして、感情が追いついていない様子だ。


「やった! やったやったやった! これ絶対に財宝のある場所まで続いてるんだよ!」


 一方のメリーは無邪気に現実を受け止め、ぴょんぴょこその場で飛び跳ねてい

た。


「ねえノル君! みんな! 早く行こうよ行こうよ!」


「落ち着けよ」


 そのままひとりですっ飛んで行ってしまいそうなメリーをたしなめる。


「……? ノル、意外と落ち着いてるわね? あんなに財宝、財宝と言ってた割

に」


 どうやらこいつは、俺が隠し通路発見でみっともなく騒ぎ出すとでも思っていたらしい。


 ふっ、やれやれ。見くびってもらっては困るな。


 ここはひとつ、クールに返しておいてやろう。


「当たり前だろう俺は冷静な男なんだぜさあさっさとこのしゃきへ向かおうか」


「めっちゃ声の震えた早口ね」


「一箇所噛んでますね」


「すごい動揺してるね」


 そりゃそうだろ!!


 だって隠し通路あったんだもん!!


 この地図マジのガチで本物だったんじゃん!! 財宝あるって信じてたけど、それでもめっちゃ興奮するじゃん!!


 サンキュー行商人!! 大好き!!


「ほらほらみんな! 早く行こうよ!」


 メリーに急かされ、俺達は隠し通路を進む。


 神殿内の他の通路とは違いかなり簡素な造りだ。床は石畳、天井も柱でしっかり支えられてはいるが、いずれも装飾がまったくほどこされていない。


 明らかに一般信者が通る事など想定されていない通路である。


「……それにしても、ずいぶん手の込んだ仕掛けでしたね」


 セイナが言った。


「金具を押し上げると、壁に隠された扉が開く……ひとりふたりで仕込める代物じゃありませんよ」


「だよな」


 あれはたぶん魔術的な仕組みだろう。自然のマナを吸収する魔道具(アーティファクト)を利用すれば動力源も問題ない。


「こりゃあ財宝にも期待できそうだ。個人の隠し財産レベルじゃないだろう。くっくっく……ああ楽しみだぜ」


「悪役みたいな笑顔してんわねー……」


 言ってろ言ってろ。


 だが、口元のニヤけを止める事などできない。


 なにしろ俺は、ついに働かずに暮らす未来を勝ち取ったのだ。


 あのクソジジイから資産を受け継がなくとも、のんべんだらりの食っちゃ寝生活が送れるのだ。


 これこそが真の勝利である。やる気モードになった甲斐があった。がんばった!


 やがて俺達は、古びた木製の扉に突き当たった。


「ここが終着点みたいだね」


「ああ」


 おそらくはこの先に財宝がねむっているのだろう。


 はやる気持ちを抑え、ゆっくりドアノブに手をかける。軽く回してみるが、どうやらカギはかかっていないらしい。


 さあ開けよう! 夢の扉を!


 グッバイ過酷な冒険者生活! ウェルカム夢の食っちゃ寝生活!


 テンションに任せ、俺は勢いよく扉を開け放った。


 目に飛び込んできたものは――なにもない、狭い空間だった。


 少し見回してみると、部屋の一角に埋め込まれた石版と、そばに置かれた古びた木箱が見えた。


 めぼしいものはそれだけだ。部屋に入ってみても、それ以外のものは見当たらない。


「……この石版、なにか文字が彫られてるわね」


 エストは腰をかがめて石版の文字を読む。


「なになに。……『最愛の友よ』? ……これって」


「誰かのお墓……でしょうか?」


 俺は木箱を拾い上げ、ホコリをかぶったフタをそっと開ける。


 中には、折りたたまれた古い紙が入っていた。


「おい。こんなのがあったんだが」


「それ……手紙かな?」


「ああ。書いたのは"神官長ロメオ・アンサルディ"……どうやら大昔の神官長らしいな」


「なにが書かれているのですか?」


「待ってろ。今から読み上げるから」


 俺は手紙を朗読し始めた。






 ここに私の罪を告白する。


 とある昼下がり、長年ともに連れ添ってきた愛犬ジャン(オス)が揺れるオリーブの(こずえ)に見送られながら天国エデンへと旅立っていった。享年二〇歳の大往生だった。


 一週間くらいめっちゃ泣いた。


 泣きながらも私は神殿から離れた小高い丘の上に彼の墓を建てた。春の陽射しが墓石を暖め、夏の風が涼を届ける。秋の虫達が耳を慰め、冬の夜空が孤独を癒やす――そんな小高い丘の上に、私はジャンの墓を建てた。


 以後、私は神殿長としての勤めの合間を縫ってはジャンの墓参りを行っていた。


 が、神殿から遠すぎた。


 詩的なノリで場所決めしたはいいが、日帰りで往復するにはめっちゃ苦労する距離だった。


 私は考えた。


 いっそこの地下神殿に彼の墓を移してやってはどうだろうか、と。


 それならば私も彼に会いやすくなる。それに、生前の彼は柔らかな緑の大地を風とともに駆けるのがなによりも好きだった。土の精霊(アーソナ)(たもと)で眠らせてやれば、彼もきっと喜んでくれるはずだ。


 しかしいくら私が神官長と言えど、神殿の敷地内に私的な理由で墓を建てるなど到底認められないだろう。


 私は悩んだ。ジャンをここで眠らせてやりたい。しかし神官達を説得する手立ても思いつかない。


 思い悩んだ末――私は悪魔の誘惑に屈した。許されざる決意を胸に抱いてしまった。


 じゃ、勝手に建てよう――と。


 私は信頼できる石工達へ密かに話を持ちかけた。


 神殿に隠し部屋を作ってそこにジャンの墓を建ててくれないか。費用はすべて私が出す――と。


 彼らは『あ、それめっちゃ面白そうですね!』とノリノリで協力を約束してくれた。


 まずは神殿の見取り図を参考に隠し部屋の場所を選定。洞窟本来の道をそのまま利用できる数ヶ所から候補を探した。


 若い石工が『祭壇のある大部屋に秘密のスイッチが隠してあって、それ入れると隠し扉が開くとかって、なんかめっちゃカッコよくないッスか?』と提案した。


 私は『めっちゃカッコいいじゃん!』と答え、隠し部屋の場所が決まった。


『えーっとさー。なんか祭壇のある大部屋にさー。めっちゃ重大な欠陥があるっぽくてー。なんかめっちゃ危ないらしいんでー。ちょっと修理するね』……と神官や信者達に大ウソぶっこいて作戦開始。


 そしてみんながめっちゃがんばってくれた結果、完成したのがこの隠し部屋である。


 みんなの協力のおかげで、私はいつでもジャンと会えるようになった。他の神官達に見つからないよう、草木が静かに眠り、星々の息吹(いぶき)が満ちる深夜、この部屋を訪れては彼の墓参りを行っている。


 ……ただまあ、ハシゴ使って登らなきゃいけない高所に隠し扉の開閉スイッチ仕掛けたのはちょっと失敗かなー、って思ってる。決めた時はみんなめっちゃ盛り上がってたんでイケると思ってたけど、実際は割と面倒だったので。


 なにはともあれ、ずっとナイショにしたままでいるのもめっちゃ罪悪感あるん

で、ここに私の行いを告白するとともに謝罪をしておきます。


 勝手に隠し部屋作っちゃってごめんなさい。犯人は私です。めっちゃ申し訳ないです。


 でもめっちゃ満足してます。


 ――神官長ロメオ・アンサルディ






「「「「…………」」」」


 手紙を読み終えた後、俺達四人はジャン君の墓をしばし呆然と眺めていた。


 取りあえず、手紙を元の木箱にそっと戻す。


 それから、いにしえの気配を伝える神殿の空気を肺いっぱいに吸い込み、


「――ロメオォォォォォォォォォォォォ――――――――ッ!!」


 めっちゃやるせない想いを声に乗せ、この部屋作らせた犯人の名を高らかに(とな)え上げた。

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