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楽して危機を切り抜けたい

「……おめえ、ひょっとしてバカなンか?」


「……ねえ。あんたもしかしてバカなの?」


「……あの。ノルはともすればバカなのですか?」


 対話を提案したら三者からボロクソに言われた。ひどい。


 でもめげない。この秘策がうまくいけば、誰も傷つく事なく事態を収束させられる。


 なにより、面倒なトラブルを適当にダベるだけで楽に解決できる。


「い、いや、ですからね? せっかくこうして出会えた訳ですし、ここは平和的に話し合いでもしましょうかと考えまして」


「そげな事してオデ達になンの得があるだ?」


「…………」


「……ねえ。なんでさっそく『追い込まれてるから支援お願い』って感じの視線を私に向けてるの? なんもしないわよ?」


 エストからジト目を突っ返された。


 そりゃ、確かにさっき"託した"って言われたけどさ。ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃん。


 でもめげない。面倒事を回避できるなら、それに全てを賭けるのが俺だ。


「ほ、ほら! さっきあなたは俺達をあんなにも丁寧にもてなしてくれたじゃないですか! あれを見れば、あなたが優しい心の持ち主だって分かりますよ!」


「なンか勢いでやっちまっただけで、オデは人間なンかとなれ合う気はないだ。たったあれだけでオデの何が分かるってンだ」


「……た……確かに僕と君とでは種族が違うのかも知れない! だけど、僕らはこうして言葉を交わし合えるんだ! だからきっと、心だって交わし合える! 話し合えば、僕らは分かり合えるはずなんだ!」


「ンな理屈が通るなら人間同士で(いくさ)なンぞ起こらねえだ。異種族どころか常人ヒューマ同士で戦してたって歴史、オデ知っとるで」


「…………に……憎しみのまま戦ってしまえば、また新たな憎しみを生み出すだけだ! 憎しみの連鎖が止まらなくなってしまうだけなんだ! そんなの、悲しい事じゃないですか!」


「ンだらおめえら、オデ達にぶっ殺された後で文句言わねえだよな? 憎しみの連鎖とやらを止めたけりゃ、おめえらの方で勝手に止めればいいだ」


「…………」


「……あの。いかにも『八方が塞がった』って感じの視線こっちに送るのやめて下さい。できる事なにもありませんから」


 セイナからジト目を突っ返された。


 めげそうです。


 その時、一部のゴブリンがにわかにギャアギャアと騒ぎ始めた。騒いでいた内の一体がゴブリンロードの元へ近づき、なにかを報告するように声を上げる。俺達にはなにを言っているのか理解できないが、ゴブリンロードは部下の言葉(?)に耳を傾ける。


「……なに? 仲間の数が一体足りない?」


 ゴブリンロードがたちまち険しい表情になる。同時に、ロードのつぶやいた内容を聞いて俺の額に冷や汗が浮かぶ。


 ……思いっきり心当たりがある。その一体って多分……いや、確実にさっき俺がファイアボールで倒した奴の事だ。


「……おい。おめえら」


「は……はい?」


「オデの部下が一体いなくなったらしいだ。で、おめえらは武器を持ってここまで来た人間。……おめえら、オデの部下になンかしたな?」


「……あ……いや、まあその、なんと言うかその、そういった可能性もなきにしもあらず……」


「おめえら、オデの部下殺したンだな?」


 ゴブリンロードが俺達をにらみつける。


「ゴブリンなンぞ、ほっときゃいっくらでも増えるだ。だからこいつらがいっくら死のうが、オデはなンとも思わねえ。……だンどもオデの群れのモンに手を出すのは、オデにケンカ売るのと同じだで。こいつは見逃せンだよ」


 やばい。めっちゃ怒っている。


 そして怒ってる理由が超・自己中な内容である辺り、やはりこいつは魔物なのだと実感する。俺達とは倫理観が違いすぎる。


 もう打つ手はないのか? 戦いは避けられないのか? ダベるだけで楽々お手軽イージーに問題解決する手段は潰えてしまったのか?


 なにか手は。なにか手は。なにか手は。なにか手は――


 瞬間、脳裏に直感が走る。


「ま……待った!」


 ほとんど弾かれるように、俺は叫んだ。


「……言ってみるだ」


「た、確かにその、俺はさっき君らの仲間へちょっとばかり魔術撃っちゃった的な感じがあるかも知れない! それは認めよう! ……けど、だけどだ! こう考える事だってできるんじゃないかっ!?」


 もはやこれに賭けるしかない! 頼む! うまく行ってくれ……っ!!


「――『一発だけなら誤射かも知れない』とっ!!」


「ぶっ殺せぇぇぇぇ――――――っ!!」


 ゴブリンロードが吠えると同時に、ゴブリン達が襲いかかって来た。


「くそ……っ!! なにが……俺の一体なにがいけなかったんだ……っ!!」


「一から十まで全部よっ!!」


 叫びつつ、エストはすばやくエルガーレーヴェ(チェーンソー)を始動。


 前世のチェーンソーであれば本体を床に置いて"スターターハンドル"――エンジン動かすためのヒモを引っ張るのだが、さすがは戦闘用。取っ手(ハンドル)を握ったまま、親指でスイッチを入れるだけで重低音が響き始める。


 人差し指でトリガーを引くと、轟音を上げて刃が高速回転を始める。


「――うらぁっ!!」


 チェーンソーを横なぎに振るって、飛びかかって来た一体のゴブリンを真っ二つに切り裂く。


下位水流魔術スプラッシュ!」


 セイナの杖からソフトボール大の水の球が放たれ、迫っていたゴブリンに命中。球が弾け、その水圧でゴブリンを突き飛ばす。見た感じダメージはそれほど大きくない様子だが、突き飛ばされた一体が別の一体にぶつかって両者とも動きが止まっている。


 ……そういや俺、普通の魔術師が使う普通の下位魔術見るのこれが初めてだな。


 ちなみにアウス爺さんが使うスプラッシュは、直径五十センチほどの水球が飛んで弾け、数体の魔物をまとめてぶっ飛ばすだけの威力があった。


 見ていた当時は『ふーん、なるほど』程度にしか思わなかったし、当時の感覚でセイナのスプラッシュを見ていたら『なんだ、全然大した事ないな』くらいに思っていたかも知れない。


 が、今の俺は彼女の魔術が標準で、ジジイの魔術こそがおかしかったのだと理解している。つくづく、俺の感覚はジジイに狂わされているのだと実感する。


 いつかレット村に戻ったら、絶対にこの落とし前をつけさせてやる。寝ている時にズボンを水で濡らして、寝小便漏らした風によそおっといてやる。

お読みいただきありがとうございます。

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