05 期限付きの婚約
「リディア、本当に大丈夫なの? 体調が悪いようなら、、、」
「大丈夫、昨日疲れてしまったみたい、寝ていれば平気だから」
体調を心配する母に答える。
「おばあ様には王都でしかお会いできないでしょう? お母様はお出かけになって下さい。
私は次の機会にしますので、よろしくお伝えくださいね」
園遊会の翌日、今日は母に外出して欲しいので、ベッドの中で、『ごめんなさい』と思いながら外出を促す。
「どう? お母様でかけた?」
「お出かけになりましたよ。もう大丈夫です。さぁ、少しお召し上がりになって下さい」
そう言いながら、ロニがサンドイッチとオレンジジュースをテーブルに用意してくれる。
「ありがとう、お父様は書斎にいらっしゃるのね?」
「はい、本日は昼食をこちらで召し上がるとお聞きしましたので」
昼食を屋敷で食べるなら午前中は書斎でお仕事のはず、軽く食事を済ますと緑色のドレスに着替え、お父様のもとにむかう。
トントン、書斎をノックすると、中から声が聞こえてくる。
「リディアかい、お入り」
あれ? ばれている?
中に入ると、お父様の執事であるフランツが二人分のお茶を用意している所だった。
ロニは有能だけど、フランツはもっと有能だ。私がこちらに来る事は、既にお見通しらしい。
「食事は済ませたみたいだからね、まぁ、甘いものなら食べられるだろう?」
そう言いながらお父様がソファーに座る。
デーブルには私の大好きなナッツのクッキーまで置いてある。
お茶を用意してくれたフランツに「ありがとう」と伝えて、その前に座る。
「さて、何の話かな?」
フランツが部屋を出ていき、ニコニコと楽しそうに言う父を前に、どう話そうかと考えるが、結局、昨日感じた事をそのまま聞いてみる事にする。
「お父様は、私とカシム様を結婚させたいのですか?」
「おや、いやなのかい? 結婚相手としては、優良物件だと思うけどなぁ」
まるで、家の購入のよう。
「昨日会って、気に入らなかったのかな?」
「そう言う訳ではないのです」
気に入るも何もほとんど話もしていないし、周囲の貴族達がいなかったらこんな心配もしていなかった。
「私、出来れば自分が好きになった人と、そして私だけを好きでいてくれる人と結婚したいの」
私の言葉に父が辛そうな顔をする。
「ごめんなさい、お父様。お父様を悪く思っている訳ではないの。
お父様がアリシア様を第二夫人に迎えた理由もちゃんと判っているつもりです。
アリシア様にとっても、お父様の第二夫人でいられて幸せだったと思うし、なによりアルフレッドと言う私には大切な弟を、ウエストリア家には立派な嫡子を得ることが出来たのだから、、、」
「アリシアの事は誰に?」
「レオンおじ様からお聞きしたの」
「レオン・ハーフスコードか」
メリッサの兄であり、ハーフスコード家の変わり者。
長子でありながら家督を弟に譲って、緑樹院の長官になった男だ。
彼ならば、嘘偽りのない話をリディアに伝えているだろう、成程、メリッサの不在を狙って来たのはこの為か。
「しかし、アリシアの時の様に自分の相手が二人目の妻を持たないとは言えないぞ」
私にとって愛する妻はメリッサ一人だ。
二十一年前、アッタリア国との戦で癒しの使い手であったメリッサと出会い、恋をして、戦の後、緑樹院に何度も足を運んで妻に迎えた。
三年後、やっと妻にそっくりな娘も生まれて私は満足だったが、その後、貴族院からアリシア・ドレッドを第二夫人にと令状が届いた。
体も弱く、持参金も無いドレッド男爵の三女。
男爵家は既に異母姉が婿を迎えて継いでおり、事情を知ってしまえばそのままにも出来なかった。
ウエストリア領内ではなく、王都に別宅を設けてそこに住まわせ、あまりに哀れでそちらに泊まった事があるのは事実だが、それは愛情ではなかった。
だが、そのアリシアに子どもができ、リディアは受継ぐ事が出来なかった力をその子が受け継いだ。
アリシアが亡くなった後、屋敷にやって来たアルフレッドを、リディアは弟ができたと素直に受け入れたが、メリッサとアルフレッドの間にはいまでも壁がある。
「それは分かっているの。でも最初から三人の妻が決まっているのとは訳が違うわ」
確かに、カシム王子には他に二人の婚約者が決まっている。
「リディアは誰か気になる人がいるのかな?」
菫色の瞳が一瞬頭をかすめるが、嫌われているらしい人の事を考えても仕方ない。
「そんな人がいるなら、始めからそう言っているわ」
「そうか、なら二年の間、カシム様と婚約してくれないかい?」
「二年の間だけの婚約ですか?」
「そうだね、そうして貰えると助かる」
王家と縁続きになって何かを行う様な父ではない。まして娘の、、、という事は。
「お父様は、カシム様を皇太子にしたいのですか?」
「うん、そうだね」
めずらしい、こんなにはっきりと答えるなんて。
「ハリム様は、王の器ではないと?」
「いや、ハリム様も良い器をお持ちだと思うよ。少し気の優しいところが気になるが、利発な方だしね」
ヒントはくれるのに答えをくれないのは、考えろという事だ。
「王子たちに問題がないのであれば、彼らの周りにいる人に問題があるという事ですか?」
お父様は、これ以上話す気がないようなので考えてみる。
カシム様は、現宰相オルコス・ファルコーネ様の甥にあたる。
オルコス様は、タリム陛下の若いころからの友人であり腹心の部下。陛下の治世が安定しているのは、オルコス宰相の功績も大きいと言われている程。
とは言え、ハリム様の後ろ盾もノーストリア辺境伯。
『あの髭オヤジ』などと父はぶつぶつ言っているが、交易上の好敵手の様なもので、本心で無いのは解っている。
「セリーヌ妃が皇后に相応しくないとお父様は感じていらっしゃるの?」
「あの方は、満足しない方に見えるのでね」
私の問いにうなずきながら答える。
満足しない人、、、確かに人の欲求は大切だ。何かを欲しいという気持ちがあるから人は動く。
だが、欲求が多過ぎて他人を害するようになればそれは問題だし、権力に近ければ近い程、それを律する心も必要になる。
第一王子の主催とは言え、王室の園遊会にハリム王子が出席していなかった理由が分かる。
息子にとって、母の影響力はそれだけ大きいという事だ。
「二年の間にカシム様を立太子させて、、、でもそれでは婚約破棄なんてできないでしょう?」
西方辺境伯の後ろ盾が皇太子になるために必要なら、それは即位するまで必要なはずだ。
「ラウルの所は子沢山だからね」
ラウル・フォン・サウストリア南方辺境伯には、確かに16歳を筆頭に四人の未婚の娘がいる。
「こちらの問題で婚約解消となるなら、その後の支援も仕方ないさ」
「まぁ、最初からそのつもりだったのですね」
お父様は、後二年の間にカシム様を皇太子にするつもりなのだ。
その間は、娘の婚約者として。その後は、娘の婚約解消を条件に支援を続けるという事。
サウストリア辺境伯の娘が后妃になれば、カシム様は南と西の後ろ盾を得ることになる。
「リディアが気に入ったのなら、そのまま結婚しても良いのだよ」
「私がその期限付きの婚約を嫌だと申し上げたら、どうするおつもりだったのですか?」
「もちろん、別の手を考えるさ」
たいした事では無いと言うように手をヒラヒラさせて答える。
なんだか手の内で転がされているような気がして面白くないが、お父様を困らせたい訳でもない。
「分かりましたわ。お父様のお望み通りに」
「ありがとう、リディア」
父親の顔でそう言った後、ウエストリア伯として続ける。
「婚約は来年の春、正式に発表になる。そのつもりでいなさい」
「承知しました」
これで終わりかと思っていると。
「婚約はするが、子どもでもできない限り、二年後に婚約は解消だ。
春には婚約のために王都に来る必要があるが、その後、王都に来なければその心配もないだろう、リディアも覚えておきなさい」
つまりそんな事になったら婚約は、解消出来ないという事だ。
こちらが真っ赤になるような事をあけすけに言う父を残して自室に戻る。