04 園遊会(2)
園遊会の行われた庭園は、鮮やかな花々に囲まれた場所だった。
自国にはないものだったため、目を奪われていると、その花々より艶やかな婦人が見たことのある男と一緒に入って来るのが見える。
ああ、あれが噂に聞くウエストリア辺境伯の奥方か、、、
確かに美しい人だった。
白い肌、緑の瞳、そして淡い金髪。
領地からあまり出てこないその女性に見とれる者、声をかけようと近づく者、会場がざわつくなか二人に守られるような一人の娘が目に入った。
夫人の娘、疑うことが出来ぬほどよく似た容姿。
違うとすれば母親譲りのその瞳が好奇心に満ちていることだろうか。
そして同時に沸き上がった強烈な欲求。
そばに行きたい、触れてみたい、手に入れたいという感情。
「殿下?」
自分の隣から感じられる魔力に、王国の大使がびっくりしたように声をかける。
「すまない、大丈夫だ」
自分の感情にとまどいながら答える。
こんな所で騒ぎを起こすわけにはいかない、友好国とはいえ他国の園遊会である。
そんなはずは無い、彼女は人族だ。
こんな感情を抱くわけが無い。
頭をかるく左右に振りながら、引き付けられるように視線を向ける。
「ウエストリアの方ですね、確かカシム王子の第一夫人に望まれているとか、、、」
両親に連れられて、オッドアイを持つ王子の許に行く淡い金髪の少女を目で追う。
他人の妻になる娘に興味を持ってどうするのかと思いながら、目を離す事も出来ない。
また王子も同じ気持ちなのか、自分に向かって歩いてくる一行から目を離せないようだった。
九月、秋の社交界は、王室が主催する園遊会で始まっていた。
大使の横で挨拶を受けていると。
「ナジル大使、おひさしぶりです」と先程の一行が挨拶にやってくる。
「ウエストリア伯。初めてお目にかかります、メリッサ様、そしてお嬢様」と深く頭を下げ、大使が自分を紹介する。
「ザイード・ウル・ガルスと申します」
「これは殿下。ウルフレッド・フォン・ウエストリアです」
奥方は、伯と共に淑女の礼をとったため、
「リディア・フォン・ウエストリアと申します」と令嬢が名のり、深く淑女の礼を取った彼女に、こちらも紳士の礼を返す。
リディアという名を知る事は出来たが、ここで話を続ける事は出来ない。
周りには挨拶を待つ人々が双方に続いている。
ひとしきり挨拶が終わったのち、金髪の少女を探してみるが自分の周りにはいない。
少し移動して王子を探すが、その周囲にも彼女を見つける事は出来なかった。
近くにいれば話もできるが、いないのであれば偶然を装う事も難しい。
社交も面倒になって来たので、人々から離れて庭園の奥に移動する。
「大丈夫です。そんな事をしたら汚れてしまいます。
とっても綺麗なハンカチなのに、、、」恐縮するような聞きなれた声がする。
「大丈夫よ、これはね、いくら綺麗でも使うためにあるのよ。ほらこれでいいわ、ね?」
庭園の奥、噴水の淵に座って探していた人が自分の従者と話しているのが聞こえてくる。
声のした方に歩いて行くと、怪我をしたのかフィンの右ひざにハンカチが巻いてあり、フィンの頭を撫ぜている彼女が目に入る。
獣人は年頃になると番を探すようになる。
相手と触れ合い、番にと望めば申し込んでくる。
獣人が異性の体に触れる事は、特別な意味を持つ為、いくらフィンが子どもといえども、そんなに簡単に獣人にふれるべきではない。
なにをしているのだと思わず声がでる。
「何をしている!」
「フィン、どうした?」と声をかけ「リディア嬢、私の従者が何か、、、」と彼女に尋ねる。
「殿下。たいした事ではないのです。少し怪我をされたみたいだったので、、、失礼を致しました」
こちらの声色に驚いたのか、先程のやわらかい表情を一瞬で取り繕い、辺境伯令嬢の顔になる。
自分は強い魔力を持っているため、気を付けなければ相手を怖がらせてしまう。
「いや、咎めた訳では、、、すまない。その、怖がらせてしまっただろうか?」
こちらが困っていると、「いいえ」と、ふわっと微笑む。
彼女がこうして微笑むと暖かく、心地良い感情に包まれる。
なぜこれ程惹かれるのだろう。
確かに美しい娘だと思うが、美しい娘や魅惑的な女性なら今までにもいた。
だがこんな風に感じた事はない。
『番には会えばわかる』と言われて来たが、まさか人族が自分の番だとも思えない。
このまま自分の物にしてしまいたい。
先程感じていた欲求がまた強くなる。
フィンがこちらの感情に気づき、目を丸くするがどうしようもない。
同じ獣人なら、危険を感じて一目散に逃げ出している所だが、魔力を持っていない彼女は何も感じていない。
彼女は、あの辺境伯の娘だ。
一見ぼやっとして見えるウエストリア辺境伯が、その見かけ通りではない事はよく知られている。
二十一年前、アッタリア帝国との戦いで、西の辺境には黄金の狼がいると言われた男だ。
その上、彼女は王子の第一夫人候補の娘。
理性では危険な感情だと解っているが、抑える事ができる程大人でもない。
感情のまま彼女に手を伸ばした瞬間、“チリッ”と何かに弾かれる。
わずかだが強烈な痛み。
よく見てみると、彼女の左手首のあたりが赤く光っており、その赤い光が彼女を守るように取り巻いている。
「それは?」と左手の辺りを見ながら声をかけると。
彼女が左手首に付けた銀色の細いブレスレットを見せながら、「これは、魔道具です」と説明を始める。
「私は魔力を全く持たないので、弟がこれを作ってくれていつも魔力を込めてくれるのです。
この魔道具、あの子が7歳の時に作ったのですよ、すごいでしょ?
まだ12歳になったばかりで、今回は王都に来ることが出来ませんでしたが、来年は来られると思うので、、、獣人の方は魔力が強いってお聞きしましたから、きっと弟と話が合うと思いますわ」
などと嬉しそうに話しだす。
彼女は、自分の周りに張られた守りの事など全く気が付いていない。
何年も前に作った魔道具に、何度も魔力を込め持たせている、、、まるでマーキングだ。
彼女がフィンに触れていた時には発動していなかったので、おそらくあの守りのシールドは、自分の魔力か感情に反応したものだ。
そんな魔道具を作った相手と顔を合わせても気が合いそうにない。
その気持ちが表に出ていたのか、「いけない、そろそろ母の所に戻らなくては」と、深く礼をしながら辞する事を告げられる。
引きとめる事も出来ないので、去っていく彼女を目で追っていると
「ザイード様、ぼくどうしようかとびっくりしました」
「ナジルにも言われた、分かっている」
そう、理性では分かっている。それでもどうしようも無いからこんな事になっているのだ。