13 日常
「どうかしら? だいぶ形になったと思わない?」
フレで織っている布をロニに見せる。
アレス様と話した後、一度、空色の糸を使って布を作ったが、あまりに単調で軽いと言う糸の特性しか活かす事が出来なかった。
フレの糸は、軽さとその透き通るような美しさが魅力だった。
只、刺繡糸をそのまま織り糸には使えないので、工房で綿花を少し混ぜて織り糸を作ってもらいそれを布に織り上げた。
出来上がった物は、織り手の技術にも問題があったが、フレの魅力が出ていないように思えたが、これ以上綿花の割合を減らせば糸が弱くなるし、織るにも時間がかかる。
色々考えて模様を織り込めないかと調べに行った先で彼に会った。
手元にある紙をみながら思い出す。
彼が書き写した幾つかの図柄は、正確に丁寧に書かれている。
あの大きな手が器用に図柄を書き写すのを見ているのも楽しかったし、その様子を見ているのと彼が困った顔をするのも面白かった。
最初に会った時は、あんなに恐いと思った人なのに、今ではなぜそんな風に感じたのだろうとさえ思う。
「沢山、練習した甲斐がありましたね」
「ありがとう、ロニ」
山程作った失敗作を、『練習』と言ってくれるロニは優しい。
「殿下に差し上げるのですか?」
「えっ、何を?」
「今、お作りになっている物を」
「どうして?」
「殿下のお色に似ていますので」
確かに銀色をベースに菫色の図柄を織り込んでいる布は、なんだかザィード様みたいだ。
「そんなつもりは無かったけど、布が出来たら見せる約束をしているのに、嫌な気持ちになられるかしら?」
「殿下なら大丈夫でしょう、気にされるとは思えません」
「うん、そうよね、私もそんな気がするわ」
彼はそんな事を咎めるような人ではない、それどころか喜んでくれるような気もする。
彼は困った様な顔をよくする。
嫌がっていないけれど、どうして良いか判らないと言う顔。
最初に名前を呼んだ時みたいに笑ってくれると良いのに、最近は、名前を呼んでもあんな風に笑ってくれないので、ちょっと意地悪してみたくなる。
お嬢様が、また布を織り始める。
ここ数日は、フレの布を作り上げる事に忙しい。
工房に何度も足を運び、織り糸の相談や試作を繰り返し、やっと1つ出来上がったかと思えば、それ以上の物を作りたいと考えて、また試行錯誤を続けている。
図書館に出かけて行き、図柄を見つけ、何度となく練習し、やっと織り上げている布を、渡されて喜ばない訳がない。
菫色の瞳を持つ人が、お嬢様の事をどう思っているか、気が付いていないのは本人だけだ。
お嬢様がガルスに連れて行かれる事を、旦那様が許すとは思えないが、もしお嬢様が望めば自分が付いて行けばいい。
ウエストリアの領民で無かった自分がここにいる事が出来るのは、彼女のおかげだった。
彼女と会ったあの日から、こうして側にいる事だけが自分の望みなのだから。
「姉さま、セレスティア様から連絡が届いているよ」ドアをノックして、アルフレッドが入って来る。
「ありがとう、アル」
「うわぁ、上手くなったね。とっても綺麗だよ」
弟が機織り機に近づいて来て、褒めてくれる。
「アルに言われると、ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいわ、ありがとう」
「まだ、必要なの?」
「もう少しね、せめて作った織り糸が無くなるまで織ってみようと思っているの」
「判った」
「屋敷の事をアルに任せてしまって、ごめんなさいね」
「それは良いのだけど、姉さまがずっとこの部屋に居るからさ、ちょっと寂しくなっただけだよ」
「まぁ、アルは相変わらずね」
最初、不安定な頃があったためか甘えているのか、アルフレッドは一緒にいる事を好む。
そしてそんな風に言うこの弟は、本当に可愛い。
「なら今日は終わりにするわね。セレスティナ様には、マテ茶の事を相談していたの。何を知らせてくれたのかお茶でも飲みながらゆっくり読みましょう」
ロニは気を利かせて、お茶の用意をするため既に部屋を出ていたので、機織り機を片付け、アルフレッドと一緒に居間の方に移動する。
「マテのお茶は、難しいって?」
「単純に甘くする事は簡単だけど、、、商品になるかが問題よね」
「う〜ん、僕は甘いのは苦手だから、あれより甘くなったら、まず飲めないや」
「確かにアルに試飲をお願いするのは、難しそうだわ。それにしても、ミリオネアは不思議な国ね」
「精霊の話?」
「ええ」
「本当にいるのかな? 姿が見えないのに、どうして存在するって思えるんだろう」
「姿が見えなくてもずっと一緒に生きていて、存在が感じられるなんて、素敵だと思わない?」
「そうかもしれないけど、お願いするって言ってだけど、魔力を使うのと何が違うのかな?」
アレス様と話していた事を思い出す。
氷を沢山使えば澄んだ紅茶が出来る事は判ったので、疑問に思った事を聞いてみる。
「暖かい国で、氷をこんなに沢山使う事が出来るのですか?」
「ミリオネアの事ですか?」
「はい」
「大丈夫ですよ、あの国には精霊がいる。中には氷を作る事が得意な者もいますから、気にする必要はありません」
「精霊?」
「そうです。ミリオネアでは魔道具を使わないんです。力が必要な時は、精霊に頼む」
「精霊と呼ばれる人がいるのですか?」
「姿が見える訳では無いんです。対価を支払い、自分のして欲しい事をお願います、その対価を精霊が気に入ってくれれば、願いを叶えてくれる」
「私達が、森や大地の神様にお願いする様に?」
「そうですね、似たような物かも知れませんが、もっと現実的な願いかな。この水を氷にして欲しいとかね」
「まぁ」
「只、精霊は気まぐれだから。対価を与えても、手を貸してくれない事もありますけどね」
そんな話をした事を思い出す。
精霊のいる国は、どんな国なんだろう。
ウエストリアに来る隊商の人達からも他国の話を聞く事が出来るはずだが、小さい頃から興味を持ったものを見に行きたくなる娘に、父はいつ頃からか外の話を聞かせなくなった。
そういう意味で久しぶりに聞く他国の話は面白かった。
小さい頃と違って興味を持ったものを抜け出してまで見に行ったりしない。
うずうずしていないとは言わないけれど、今は自分の行動が与える影響くらい認識している。
「お父様もそろそろ判って欲しいわ」
「仕方ないよ、姉さまが心配なんだから」
「ふふっ、そうね」
そんな話をしながら、姉に興味を持った人が、精霊の話をしていた事を思い出す。
確かに小さい頃の様に、護衛の目を盗んで抜け出すことは無いかもしれないけれど、姉が、近いうちに精霊の国に行くような気がするのは、自分だけではないはずだった。
そういう意味で、父は良く解っている。
姉が本気で望んだことを止められる人はいない。
結局、娘に甘い父親が、できるだけ彼女を危険に近づけたくないだけの話なのだ。




