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01 ウエストリアで

『なにこれ?』


 力がはいらない。


 体の中に入ったドロドロと気持ちの悪いものが、彼女の意思を奪って行く。

 真っ暗な闇の中に落ちていくように、、、

「このくらいでいいかしら?」

「大丈夫ですよ。王都に移動する間の物があれば良いのですから」


 侍女のロニと共に王都までの荷物を作っている横では


「どうして姉さまだけが王都に行くの? 僕だって一緒に行きたかったのに、、、」


 部屋のソファーに座ったアルフレッドは、三日前、お父さまから王都行きを伝えられてからずっと同じ事を言い続けている。


「仕方ないでしょ、アルはまだ転移門を使う事を許されていないのだから。来年にはきっと一緒に行く事ができるわ」

「だったら姉さまもまだ行かなくてもいいでしょ? ぼくが行けるようになったら一緒に行こうよ、ね?」


 甘えん坊のアルフレッド、先月12歳になったと言うのになんでも姉と一緒にしようとするのは相変らずだ。


「アル、私はもう15歳よ、これ以上社交界に出なかったら売れ残っちゃう」


 私だって自分で結婚相手くらい見つけたい。

 この国では13歳くらいから王都で開かれる園遊会やお茶会に貴族の子ども達が集まる。


 ここで社交を学んで、16歳になったら社交界でデビューするのだ。

 その後相手が見つかれば婚約、結婚。

 20歳になっても相手が決まっていなければ、貴族院に相手を決められる。


 私のように魔力を持っていない貴族の娘の選択肢は他には無い。

 魔力があれば一人でいる事も許されるが、魔力がなければそれも出来ない。


「ずっとここにいたらいいよ、ね?」

「アルにだって好きな人ができるわ。3歳も年上の姉が居残っているなんて、、、」


「アルフレッド様は本当にリディア様が大好きですね。

 大丈夫ですよ、今回の王都行きはリディア様が転移門に慣れるためのものです。

 王都に長く滞在しません、すぐに帰っていらっしゃいますよ」


「そうなの? せっかく王都まで行くのだから、あちこち連れまわされると思っていたわ。

 それならわざわざ行かなくても良いかしら?」


「そうだよ、すぐに収穫もはじまるよ」

「そうね、そちらも忙しいし、、、

 ねぇ、ロニ、すぐに戻るようなら転移門を使ってまで、行かなくても良いのではないかしら?」


「来年、いきなり社交界にデビューする訳にはいきませんよ、王都エレメンタールは、こちらとは全く違うのですから。

 それに旦那様が決められた事を、勝手に覆すなど出来る訳が無いでしょう。

 さぁ、荷物を纏めてしまって下さい。そろそろお休みになる時間ですよ」


 確かに王都行きを聞いた時、最初はワクワクしたけれど三日も経てば冷静になる。

 王都の貴族たちとの社交は、ウエストリアの貴族たちのそれとは違っているのだろう。


 それを楽しめる程、自分が大人でない事も、無視できる立場でない事も判ってくると、ワクワクした王都行きが、だんだん面倒に感じてくる。


 とは言え、この年になるまで許嫁や婚約者と言われる相手のいなかったリディアにとって、王都での社交は不可欠だ。

 ウエストリアでは申し込みの無かった自分でも、王都に行けば気に入ってくれる相手が見つかる可能性もある。


 出来ればお互いに好意を感じた相手と結婚したい。

 お母様ほど美しくもないし、魔力も持ち合わせていないけれど、料理くらいなんとかなるし、森でも畑でも収穫時には役に立つ。

 まぁ苦手な事もあるけれど、、、一応、辺境伯の娘でもある。


 例え短い時間でも、王都の人に自分を知って貰う事は確かに大切だ。

 それをいくら面倒だと感じたとしても。


「まぁ、まだ休んでいないのですか? 明日は出発になるというのに、、、」


 淡い金色の髪、深い緑の瞳。

 そろそろ40歳半ばになろうかというのに変わらず美しい母が部屋に入りながら呆れて声をかける。

 髪や瞳の色だけならば、母と私はよく似ている。


 違うのは魔力だけ。

 母は強い魔力を持っていたが、私にはまったく受け継がれなかった。


「明日は早いのですからそろそろ休みなさい、アルフレッド、あなたもですよ」


「分かりました、お母さま」


 普段、母の視界に入らない様にしているアルフレッドが少し困った様な顔をする。


 アルフレッドは母の子ではない。

 父と別宅にいたもう一人の妻との間に生まれた子どもで、彼女が亡くなったため屋敷にやってきた。

 母とアルフレッドの間には、その頃からずっと壁がある。


 この国では、複数の妻を持つことが出来る。

 第一夫人、第二夫人などと言われるが、立場の違いはほとんど無く、

 双方が納得すれば離婚も再婚も簡単だが、未婚はほとんど認められない。


「姉さま、リングを貸してくれる? 魔力を込めておくから」

「まだ大丈夫よ?」

「念のためだよ、魔力が無くなったら困るでしょ?」


 アルフレッドに微笑みながら、左手首のリングを渡す。

 それを両手の上に置くと目を瞑って、彼が小さく言葉を紡ぐと、リングに付いている石が真っ赤に輝く。


「きれい、、、アルの瞳の色と同じね。ありがとう」


 この国では魔力が必要だ。

 自分の魔力を魔道具に込めて、それを使用する。

 但し全ての人が魔力を持っている訳ではないので、魔力を持たない物はこうして魔力を込めた魔道具を使う。


 リングはアルフレッドが初めて作った魔道具で、わたしに贈ってくれた物だ。

 魔鉱石に込めた魔力は使ってしまえば無くなるので、彼は時々こうして石に魔力を込めてくれる。


「姉さま、絶対外したらダメだよ。僕だと思って、ずっと付けていてね」

「わかったわ、約束する。帰って来るまで絶対にはずしません」


 片手を上に上げ、宣誓するように言うとアルフレッドも楽しそうに笑ってくれる。


「麦を収穫する頃には戻ってくるわ。私がいない間、森にも行ってくれる?」

「それはかまわないけれど、森にはリラがいるからなぁ、僕、苦手なんだ」


「まぁ、そうなの? 仲が悪いようには見えなかったけど」

「別に仲が悪いわけじゃぁないよ。ちょっと苦手なだけ。

 森に行くと、いつも姉さまにくっついているしさ。リラが可愛いのは、姉さまのほうだろ?」


「もちろん、可愛いわ。

 彼女がお腹の中にいた時から知っているのだし、あなたが弟なら、リラは妹ね。

 あなたの方がお兄さんなのだから、リラと仲良くね」


「わかってる、約束する」


 同じように片手を上に上げ、宣誓するように答える。


 二人でまた笑っていると、見ていたロニが呆れたように声をかける。


「おふたりの仲が良い事は判りましたので、いい加減、私の話にも耳を貸して頂けますか?

 タルパスの街まで二日、馬車に乗って移動するのですからそろそろお休みになって下さい」


「わかっています」

「わかりました」


 二人で同じように片手を上に挙げて答えると、「おやすみなさい」と言って寝室に入る。


 なぜいきなり王都行きを言い出したのか?

 なぜ私だけなのか?

 気になる事もあるけれど、あの父が教えてくれるとも思わない。


「分からない事を考えても仕方ないわ、結婚相手を見つける良い機会が出来たと思うしか無いわね」


 そう、この国にいる以上これだけは避ける事が出来ない。

 それをどんなに望んでいなくても、どんなに面倒だと感じていたとしても。




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