9:神様の名前なんて覚えられなくてもいいのに ◎
「何なんだ、この微妙な話は? 神様との会話ってそれだけ? どう突っ込めばいいか……」
チオリの神様との会話の話が終わったら、緻渚さんは唖然としたような顔をした。
ボクがチオリのこの話を聞いたのは今回で2回目だ。この前聞いた時と同じように、聞いたらなんかまた呆れたって感じ。そして今の緻渚さんも同じような反応を見せている。緻羽ちゃんが……もう話に付いていけないのか、あまり反応がないみたい。
「大体ね、名前もすごくおかしいわよね」
「そうだね。グルノティトゥヨヨイェンタフェーって」
まだ何回繰り返すのかその名前は……。チオリはその名前を気に入っているみたい。
「ちゃんと覚えているなんて、緻織すごいわよ」
「そうだね。ボクだってまだ覚えていないのに」
ボクだけではなく、あっちの人間だって大体正確に神様の名前を覚えているわけではない。名前長いし、意味不明だしね。
「そうだね。まるで強制的に覚えられるように、あたしが催眠とかされた……みたいな感じ」
「何それ? 本当なの? なんか怖いわね」
「いや、よくわからない。違うかもしれないけど」
「あれは本当に神様なのかしら?」
「まあ、本人はそう言ったし」
「本人って、つまり『自称神様』ね?」
「そうだけど、実際にあたしが異世界まで転移させられたよ。だからもしあれは本当の神様だと言ったら信じるよ。しかもそれだけではなく、その後で神官長から聞いた話でもそのようみたいだし」
「神官長って?」
「うん、神様を祀る神殿の神官長だ」
「あの変な名前の神様を祀るの?」
「それもそうだけど、実際にあっちの神様はたくさん存在しているそうだよ。あのグルノティトゥヨヨイェンタフェーという神様はただその中の一つ。通称『異世界転移担当』らしい」
「多神教か? まあ、たとえ一人でも数人でも、そもそも神様が実在すること自体がすでに見当違いな話だ」
「そうだよね」
「まったく、神様とか神官長とか、確かにこれは軽小説のテンプレでよくあるよね」
「あたしもそう思うよ。そして次の展開もまたテンプレ通りだよ」
『テンプレ』ってのは確かによくチオリから聞いていた言葉だね。予想通りの出来事が起きた時とか、『やっぱりこの展開もテンプレだな』って、チオリが何度言ったことがある。
「じゃ、続きはあたしがあっちへ召喚されて神官長と会った時の話だね」
・―――――・
あのグルノティトゥヨヨイェンタフェーという神様との奇妙な会話が終わった後、気がついたらあたしが先ほどとは違う場所にいた。
周りは真っ白だった。あたしが今白い建物の中にいるようだ。詳しく説明できないけど……、要するにここは教会や神殿みたいな場所かな。天井がかなり高いところにあって、様々な絵が描いてある。床は白くてピカピカ。
「ここは……あ?」
周りのことも気になっているけど、自分にも変化が起きたと気づいた。先ほどまでパジャマの格好をしていたはずなのに、今の格好は、えーと……。上手く説明できないけど、とにかく確かにアニメでよくある勇者の服と似ているようだ。詳しい説明は面倒だから、要するに『勇者っぽい服』でいいよね。
なぜあたしがこんな格好になったの? さっきあの神様は『異世界の勇者になって戦ってくれ』とか言ったよね。ということは、本当に……。
「……ここは異世界?」
あたしは本当に神様によって送られてここに来たのか?
「マジかよ?」
まだあまり信じられないけど、実際にいきなり寝室にいたはずの自分が、いきなり知らない場所に移動させられたのだし。格好も勝手に変わったから、それは信じるしかないよね。
今の気持ちは、どう説明したらいいかわからないくらい複雑だな。そもそもこのような展開はなんか……あれだね。読んでいた小説や観ていたアニメの中にもこのような物語があるね。魔物や魔法のある世界に転移して、何かの力が覚醒して、何かと戦って……、その後は略。
「やっぱりテンプレだね」
今の問題は、神様の説明はなんかガサツ……というか、あまり会話らしくはなかったって感じだよね。その所為で、今の状況ってどうしたらいいかよくわからないよ……。
と思った時、足音のような音が響いてきた。どうやら誰かが近づいてきている。一人ではなく数人いるみたい。音が聞こえた方向に視線を向けてみたらやっぱり何人かの人がこっちに向かって歩いてきている。みんなの格好は……えーと、白、青、赤……なんか複雑ではっきりと説明できないけど、要するに教会とかでよく見かける神父や神官みたいな格好だな。
「ようこそ、勇者様。儂の名前はヌルボアヌ、ここの神官長です」
最初にあたしに話しかけてきたのは神官長と名乗る老人だった。彼はこの中に一番年長者みたい。しかも今あたしのことを『勇者様』って呼んだ?
「あの、勇者って……?」
「そなたはグルノ様によって選ばれた勇者様ですね」
「グルノ? えーと、よくわからないのですけど……一応、神様(を名乗る人)がそう言いました。多分」
あの神がそう言ったけど、いきなりすぎてあたしはまだ信じ切れていない。それにいきなり自分が勇者だなんて、まだあまり自覚がない。
「間違いなく、あれはグルノ様です」
「えーと、グルノ様って……」
この名前を聞いたら、さっきあの神様が自己紹介した時に出た名前を思い出そうとした。
「あのグル……ノティトゥヨヨ……イェンタフェー、っていう神様ですか?」
まったく難しい名前だ。あれ? でもなぜか意外と、あたしがこんな名前を覚えているのだろう? 自分でも不思議だと思っている。
「そうです。我々の、『異世界転移担当』の神様、グルノトゥ……ティトゥユ……ヨヨヤ……イェンタフォー……フェー様です。コホン……」
もしかして噛んだ? 今噛んだよね? しかも『釀豆腐』って……。でもこれはあたしから突っ込むべきところではないよね。
駄目だ。今もう少しで笑い出しそう。でも笑っちゃったら失礼だよね。あたしは精いっぱい笑いを我慢している。
まさか神官長たるものでも神様の名前よく覚えていないなんて、大丈夫かな、こりゃ? って、あたしが頭の中でそう考えてしまったけど。
「神様の名前をもう一度言っていただいてもいいですか?」
覚えた名前が正しいかどうか確認したいし。
「とにかく、『グルノ様』と呼べばおわかりいただけますでしょう?」
「はい」
無視されたね! やっぱり神官長さんはあの神様の名前をよく覚えていないから誤魔化そうとしているんだね。
後で聞いた話によると、ここで『神様』と呼ばれたのは、あのグルノ(後略)って神様だけではなくて、複数存在する。しかも大体こんな風に難しい名前だから、多分全部覚えるのは結構大変だよね。神官長の気持ちはわからなくもない。
「ゲルヌ様から話を聞きましたかね?」
「えーと、ちょっとだけです。正直言うと、まったくわかりません。できれば詳しく説明していただきたいのです。最初からお願いします……」
「畏まりました。ではまずはこちらへいらっしゃい」
「は、はい」
そして神官長が会議室のような部屋にあたしを連れて、そこで座って異世界御茶を飲みながら、あの世界について手取り足取り教えてもらった。