8:グルノティトゥヨヨイェンタフェーって何? ◎
「あははは、何それ? その名前? もう一回言ってみて」
チオリから神様の仰々しい名前を聞いた途端、緻渚さんは笑い出した。
「……グルノティトゥヨヨイェンタフェー」
「すごい。さっきと同じで全然噛んでいない。どうやって覚えたの? あはは」
「あっちではあたしは何度も聞いたからね。もう慣れたから、途中で笑ったり噛んだりすることはしなくなったよ」
「それに、なんか食べ物っぽい名前ね。『イェンタフォー』って」
「釀豆腐ではなく、『イェンタフェー』だ。まあ、確かに似ているよね」
「チオリ、『イェンタフォー』って何? ここの料理?」
食べ物の名前と似ているから緻渚さんが笑ったってこと?
「うん、日本料理ではなく、タイ料理だけどね」
「違うわよ。イェンタフォーはタイ料理だと言われることも多いが、実際にシンガポールやマレーシアの料理でもあるよ。もっと正確にいうと、元々は中国の客家料理ね」
「え? そうなの? 知らなかった」
「あの……。ちゅうごく? たい?」
「あ、ここの国の名前だよ。異世界から来たばかりのイヨヒくんが知らないってのも当然だよね」
「国か……」
こっちの世界にもいっぱい国があると聞いたね。ボクがあっちの世界の人間だからここの国なんて日本しか知らない。
ちなみに、あっちの世界でもたくさん国があるよ。チオリが召喚されたのは『フレイェン帝国』という国。ボクもずっとその国に住んでいて外国に出たことなかったけど、魔王討伐の旅の時にチオリと一緒にいろんな国に行ってきた。
「話が脱線したね。今話しているのはあの神様の力であたしがあっちの世界へ召喚されたってこと」
「本当に神様なの? そもそもどうやって神様だと信じるの?」
「あたしがあの神様本人と直接お話をしたからね」
「神様と会話? 緻織が? なんかとんでもない話ね」
人間が神様と会話するなんて、そんなことを聞くと、緻渚さんは更に疑問が生じた。
「まあ、最初はあたしも、あれが『ただの怪しい人』じゃないか……と思ってたけどね。喋り方はなんかコミュ障っぽいし」
チオリがあの神様と話したことはボクも一度聞いた。ボクだってあのように神様と会話したことはないから、不思議な話だと思っている。
「いちいち訊くとややこしいから、とにかくまず片っ端から説明して、緻織」
緻渚さんの言った通りだね。
「そうだね。あれは確かに3ヶ月くらい前から始まった。えーと、あの時はまだ春だったね。確かに黄金週間……」
「5月1日よ。緻織がいきなりいなくなったのはその日」
「そうだったね。その日は……」
こうやって、チオリは自分の冒険の物語を最初から語り始めた。
・―――――・
それは5月1日の出来事。
春休みが終わって、新学期が始まって、あたしが高校2年生になってからまだ一ヶ月も経っていなかった、あの日は全ての幕開きだった。
あの日は黄金週間だから朝遅くまで寝ていた。いきなりあたしのスマホに誰かが電話掛けてきたから、起きてしまった。突然だから時間はいつなのかよくわからないけど窓の外を見たら青空だったからもう朝だとわかった。
「何これ?」
画面を見たら、『ངེ་རུ་ནོ་ཏི་ཏུ་ཡོ་ཡོ་ཡེན་ཏ་ཕེ།』という、見たことのないし意味もわからない文字が見えた。
これはどう見ても怪しすぎるよね。と思ったから、この電話に出るかどうか迷っていた。でも、何か面白いことがあるかも、とその時はそう思っちゃって、結局その電話に出てしまった。
「もしもし」
『ཝ་རེ་ནོ་ན་ཝ་、ངེ་རུ་ནོ་ཏི་ཏུ་ཡོ་ཡོ་ཡེན་ཏ་ཕེ།』
「は? 何?」
あたしの知らない言語みたいだけど、何となく自然に聞き取れている。今は自己紹介? これは名前なのか? あまりにも長くて全然聞き覚えがない名前だった。
『我の名は、グルノティトゥヨヨイェンタフェー』
同じ言葉はまた繰り返された。さっきよりはっきりと。やっぱりこれは名前か。長いよね。
「いや、名前はもういいから、一体全体誰なのか?」
『ཝ་རེ་ཝ་ཀ་མི་ཇ།』
「はい?」
かみ? KAMI? καμι? 카미? ฆ่าหมี? ……紙か? 噛み? それとも加味?
『我は神じゃ』
「神って? 神様? あまりわけわからないけど」
よくわからないけど、絶対に怪しいよね。でも、ちょっと話の相手をしても別に何か問題があるわけじゃないはずだし。多分、ただの頭がおかしいおじさんとか? 好奇心で話の続きをしてしまった。
神様相手だから、敬語を使った方がいいかな? いや、そんな気遣いは余計かも。どうでもいいよね。
『འོ་ནུ་ཤི་ཝ་འེ་ར་བ་རེ་ཏ་ཡུའུ་ཤ་ཇ།』
「はい? 勇者って、何?」
『お主は選ばれた勇者じゃ』
「いや、毎回2度と言わなくていいから!」
大体ね、神様なら電話を使う必要があるのかよ? 念話とかできないの? なんかあたしのことを揶揄っているだけみたいだけど。
『ཀོ་རེ་ཀ་ར་འོ་ནུ་ཤི་འོའ་ནོ་ས་ཀ་འི་འེ་འོ་ཀུཏ་ཏེ་、འ་སོ་ཀོ་དེ་མ་འོའུ་འོ་ཏ་འོ་ཤི་ཏེ་ཇིན་རུ་འི་འོ་སུ་ཀུཏ་ཏེ་མོ་ར་འུ་ནོ་ཇ།』
「あの世界? 魔王? 人類を救う?」
なんかとんでもない話だな。ファンタジーっぽい。
『これからお主をあの世界へ送って、あそこで魔王を倒して人類を救ってもらうのじゃ』
また2度と台詞を繰り返したけど、もうこれ以上突っ込まない方がいいかもね。とにかくまだ全然話が見えない。
『འ་ཅི་ར་ནོ་སེ་ཀ་འི་ཝ་ཏ་འི་ཧེན་ན་ནོ་ཇ།』
「待って、魔王と戦うなんて、いきなりどうしてあたしが……」
『あちらの世界は大変なのじゃ』
なんかいつも読んでいる小説みたいだ。普通の日本人が異世界へ召喚されて、勇者になって、魔法が使えて、魔王やらと戦って、世界を救う、っていう話。
「はいはい。世界を救うとはいい響きだけど、命を落とすのはなんか嫌だな」
どうせこの人の言ったことは出鱈目だと思っていたから、あたしは適当に答えた。人は殺されたら死ぬんだよね。それに、痛いのは嫌なので……。
『ཀོ་རོ་ས་རེ་ཏ་གུ་ར་འི་དེ་ཡུའུ་ཤ་ཝ་ཤི་ནུ་ཏོ་དེ་མོ་འོ་མོཏ་ཏ་ཀ།? འོ་ནུ་ཤི་ཝ་ཤི་ན་ན་འི་。འི་ཙུ་ཀ་འ་ནོ་སེ་ཀ་འི་ག་སུ་ཀུ་ཝ་རེ་རུ་མ་དེ།』
「はい?」
なんか喋り方はちょっと変わっちゃったような……。それに、そんな台詞はアニメかどこかで聞き覚えがあるような……。そう言われるとむしろ怖じ気つくよ。止めておけ。
『殺されたぐらいで勇者は……』
「今のはわかったから、もう繰り返さなくていいから!」
どうせさっきと同じだから、わざわざもう一度耳を立てなくてもいいよね。
『སོ་ཤི་ཏེ་མ་འོའུ་འོ་ཏ་འོ་ཤི་ཏ་ར་…………』
「何を言ったっけ? よく聞こえないけど」
ちょっと集中力が散漫になっていたから、今回はあまり聞き取れなかった。でも、どうせまたもう一度繰り返してくれるよね。
『そして魔王を倒したらお主は元の世界に戻れる。じゃこれで。もっと詳しくはあそこのお方に訊け』
「待って、あたしはまだ行くとは言ってな……っ!」
神様(?)のあまりにも会話らしくない会話が終わったその瞬間、すぐ周りに眩しい光が溢れ出してきて、そこでいつの間にかあたしの意識が途切れた。
ちなみに、イェンターフォーについてはウィキペディアとかで調べられます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/イェン・ター・フォー