64:『ミェーちん』と『ミョーくん』
「チオリ……。来たか。待っているよ」
綾紗たちと、『ボクとワタシ、どっちがいい』という話題はまだ途中だけど、その時ちょうど教室の扉の方からチオリの呼び声が響いてきた。約束通り昼休みチオリがこっちのクラスの教室に来て一緒に昼ご飯を食べることになるから。
でもどうやら今この教室に入ってきたのはチオリ一人だけではなく、深昼も一緒だ。やっぱり二人は一緒のクラスだな。
こっちは2年α組で、チオリ深昼は2年β組だ。
「あれ? イヨヒくんは綾紗と一緒なの? 深晴も?」
やっぱりチオリは綾紗とも深晴ともすでに知り合いだった。
「うん、綾紗はボクの前の席だから」
あ、今自然と『ボク』って言った。チオリの前だからつい……。まあ、今更もうどうでもいいか。
「ほー、『イヨヒくん』か。ヒメちんはそう呼ばれてるんだ……」
「うっ……」
その呼び方、綾紗には初めて聞こえられたね。やっぱり変? いや、絶対『ヒメちん』の方が変だろう。
「深昼の言った通りね。『ボクっ娘転校生が来る』って」
と、深晴は言った。もしかしなくても、その『ボクっ娘転校生』って……ワタシ? ……いや、ここまでになったのだから、もう『ボク』に戻っていいか。
「え? 深晴は最初から知っているの? ボクのこと? 深昼から?」
つまり深昼はボクのことを深晴に教えた? いつから?
「まあね。しかも『見た目はどう見ても美少女しか見えないわりには、言葉遣いや挙動は意外と男っぽい』って」
「おい、ぼくはそこまで言ったのか?」
深昼は顔が赤くなって取り乱し始めた。
「そうよ。その他にも――」
「もうこれ以上言わなくていい!」
深昼ってボクのいないところでボクのことをそこまで言ったのか……。『美少女』って……。しかもまだ何かあるの?
いや、でも今はそんなことより気になるのは……。
「深晴は深昼とは知り合いなの?」
この2人はどういう関係なの? 名前も似ているね。そういえば名字も……。そうだ。さっき柚河って名字はどこかで聞いたようだと思っていたが、これは深昼の名字だった。
柚河深晴と柚河深昼、この2人ってどういう関係?
「うん、まさか夷世姫はお姉ちゃんと同じクラスになるとはね」
と、深昼は言った。
「深昼、『お姉ちゃん』って?」
それはつまり……。
「お姉ちゃん、まだ夷世姫に言ってないの? ぼくたちは姉弟って」
「やっぱりそうか……」
姉弟同士で同級生か? これはなんかいいよね。
「ヒメちん、ミョーくんとはすでに知り合いなの?」
と、綾紗はまた変な名前を口に出した。『ミョーくん』って? もしかしなくても深昼のこと? まあ、他の誰もないからそれは訊くまでもないか。姉弟の『ミェーちん』と『ミョーくん』か……何このコンビ? やっぱり微妙だ。
「姉と弟、これはなんかあたしとイヨヒくんと同じだよね」
「え? ぼくはそうだけど、夷世姫は緻織の『弟』ではなく、『妹』じゃないか」
チオリの言ったことに、深昼はそこが気になって突っ込んでくるか。
「あたしにとってイヨヒくんは『弟』だよ」
「またそんなこと……」
でもそうか。この2人はチオリとボクと同じか。でも血の繋がっている姉弟だよね? もしかして双子とか?
「ちなみにぼくとお姉ちゃんは双子じゃないよ」
と、深昼がすぐその答えをいい出した。まさか心が読まれたのか!? まだ口に出していないのに。
「ぼくたちはよくそう思われちゃうから一応言っておく。実は違うよ。ただぼくは『早生まれ』だよ」
「え?」
ボクは深昼の言ったことをすぐ理解できなかった。
「要するに、深晴は4月生まれ、深昼は翌年の3月生まれだよ。ここで学年は4月から始めるから、4月生まれと翌年の3月生まれは同学年扱い」
「なるほど」
チオリはボクに補足説明をしてくれた。
「今『ここ』って言った? 夷世姫のいたところは違うの?」
「………!?」
つい襤褸を出した! これでボクが今まで日本の学校に通っていなかったと自白するのと同じだ。
「いや、違わないよね。イヨヒくんは混血だけど、生まれも育ても日本だよ。ただなんか色々世間知らずというか。えーと……」
今チオリはボクのために必死に誤魔化そうとしている。やっぱりボクが外国育てという設定の方が楽かもね。今考え直したくてももう遅いかも。
「あ、うん、わかった。ごめんね。ボクはちょっと頭が悪くて。あはは……」
とりあえず今話を逸らさないとね。
でもこれで何となくわかってきた。つまり同じ学年の中でも、深昼は比較的に若くて、その一方深晴は比較的に……。
「夷世姫、あなた今何かとんでもないことを考えているわよね?」
「うわっ! 深晴さん、ごめんなさい」
心が読めるかのように、深晴はちょうど突っ込んできた。
「やっぱり私に失礼なことだったのね。カマをかけただけなのに」
「うっ……」
深晴の顔はなぜか作り笑顔になっているようだ。さっきまで全然笑っていなかったのに。でもこの笑顔はなんか怖い気がする。
「そ、そうか。なんか2人似ていないから意外だ」
2人の顔は確かにちょっと似ているけど、深晴の方は随分背が高いようだ。でも外見のことより性格の違いの方が大きいよね。
「ほー、私たちはどこが似てないか言ってみて」
「え? えーと」
ボクが余計なこと言ったからそんな質問は来たよね。でもそんなことなんか言いにくい。
「お姉ちゃん! いい加減にね。夷世姫は困ってるよ」
深昼が話に割り込んできて助かった。やっぱり、この2人雰囲気全然違う。どう違うか説明しづらいけど、まあ見ての通り、深昼は優しいけど、深晴は……。と頭の中にはすでに答えはあるけど、やっぱりいいづらい。
「夷世姫、ごめんね。うちのお姉ちゃんはちょっとあれだけど、実は悪い人じゃないよ」
「ううん、わかっている」
彼女はチオリと綾紗とは仲がいいようで、しかも深昼の姉だから、とりあえず悪い人だと思えないよね。ただやっぱりなんか怖いかも。もっと頑張って接したいけど、なんか上手くいけるという自信は……。
とにかくこれでボクはもう一人友達ができた……と、言えるかどうかよくわからないかもだけど。




