63:やっぱり『ボク』でいいかも?
『ブルブル……』
ボク……ではなく、ワタシのスマホが一瞬震えた。メッセージが来たようだ。学校ではスマホをマナーモードに設定しておいているから。
『ね、どうやらイヨヒくんと違うクラスだね ( ̄∧ ̄)゜』
チオリからだ。違うクラスになってしまって教室で会えなかったから、わざわざメッセージを送ってきたね。日本語ではない変な文字も混じっているけど。
『まあ』
ワタシもチオリに返信をした。
『なんか残念だよね~。 OTL 一緒のクラスになりたいよ。期待してたのに (;´Д`)』
『だね』
『イヨヒくん、こんな短い返事ばかりはなんか冷たいよ(ΦДΦ)!? Orz もっとあたしに言いたいことがないの? (゜ー゜*)』
ごめん。でも今ワタシはまだ文字を打つのが上手ではないから、こんな短い言葉は精いっぱいだ。まだまだたくさん訓練が必要のようだね。一瞬でこんな長い文章を打てるチオリみたいなレベルまではきついかもしれないけど。
それにしても、チオリってこういうキャラだったっけ? 変な文字が入っている所為でもあるかもしれないけど、こうやってメッセージで会話をしたらなんか変な感じだ。
『昼休みあたしは会いに行くね。あっちの教室で待ってて。一緒に学食で昼ご飯食べよう (゜∀゜)』
『うん』
最後のおかしな文字の意味は相変わらず上手く読み取れないけど、とりあえず昼ご飯の誘いだな。
『ところでちゃんと友達ができた? (。•́︿•̀。)』
『ええ』
心配してくれているようだね。でも多分大丈夫だと思う。昼休みまでのこの数時間はチオリと会えなくて寂しいかもしれないけど、ワタシ頑張る!
・―――――・ ※
そして朝の授業の時間が始まって、その後もたくさん友達がワタシに話しかけてきた。ちょっと緊張してあまり順調とは言えないかもしれないけど、何とか乗り越えられてきた。それにしても、さすがに人数は多すぎてあまり名前覚えていない。でもやっぱりまだ初日だから急ぐ必要はないよね。
授業の内容も、やっぱりまだ何もかも新鮮だからよく把握できないところが多い。後でもっと自習する必要があるね。
「ヒメちん、一緒に学食行こう」
昼休みになって、今元気そうな声でワタシのことを『ヒメちん』って呼んで昼ご飯の誘いをしてきたのはワタシの前の席の岩見綾紗だ。彼女はこのクラスで初めてできたワタシの友達。
「昼ご飯か……」
昼休みはチオリと一緒に食べると約束したからちょっと躊躇う。でも綾紗もチオリとの知り合いのようだから一緒でもいいかもね? なら……。
「実は――」
「ね、綾紗……」
ワタシが綾紗に答えようとしたその時、綾紗への呼び声が入ってきたから途中で声を止めた。
声をかけてきたのはクラスメートの女の子だ。どうやらすごい美少女のようだ。整った顔と白い肌と艷やかで長い黒髪でなんか凛々しくて美しい。背も高いよね。165センチ以上あるかも。それに今こっちへ歩いてきている彼女からいい匂いがどんどん迫ってくる。
こんな美少女を見て、なんかつい……。いやいや、確かに彼女は可愛いけど、やっぱりチオリの方が可愛いよ! たとえ彼女はチオリより背が高くて凛として、チオリより体の曲線やあそこの膨らみがいい形をしてはっきり見えて魅力的で……。
「……」
「……っ!」
彼女はこっちに冷たい視線を向けて、なんか殺気みたいなものを感じた。さっきじっと見つめていたから? 美少女ってこんなに怖いの?
……っていうか、今自分は何とんでもないこと考えているの!? しかも女の子の体のあっちこっち目を通すなんて。男だった時の癖だ。ボクは……ワタシはもう女の子だよ! 女の子だよね、ワタシ!
とにかく、こんな美少女はもちろん存在感が強くて、実は朝から見覚えがある。だけど彼女の席は廊下に近い方で、窓際の席のワタシとは遠いから、さっきまでまだ彼女と話す機会がなかった。彼女がこっちに向かってきたのは今初めてだし。
「あ、ミェーちん!」
綾紗は美少女を『ミェーちん』って呼んだ。これは彼女の名前かな? いや、こんな微妙な呼び方はきっと本名ではなく、ただ綾紗が勝手に付けた渾名だよね?
「あんた、もう転校生と仲がいいみたいね」
「うん、今ヒメちんと一緒に昼ご飯を食べに行くところ。ミェーちんも行くよね?」
「ヒメちんって? まさか彼女のこと?」
彼女は綾紗の質問に答えず、呼び方のことを突っ込んできた。
「そうだよ。『夷世姫』は『姫』って文字だから『ヒメちん』」
「そう……。相変わらずわけわからない発想ね」
ミェーちん(?)は呆れたような顔をした。やっぱり、この呼び方が変だと思っているのはワタシだけではないみたい。
「あの……、はじめまして」
ちょっとぎこちないかもしれないけど、とりあえずワタシは彼女に挨拶してみた。
「はじめまして。転校生の稲根夷世姫さんね」
いきなり姓名フルネームで呼ばれた。やっぱり自己紹介は必要ないようだね。
「ボッ……あっ」
なんか緊張して気が抜くとまたつい『ボク』と言ってしまう。危なかった。
「ワ、ワタシのことは『夷世姫』でいいよ」
「わかった。夷世姫。私は柚河深晴。私のことも『深晴』って呼んでいいわよ」
彼女も自己紹介をした。『柚河』は名字で、『深晴』は下の名前だよね。まさか綾紗が呼んだ『ミェー』って『ミハレ』から略したの? 綾紗の名付けのセンスについてちょっとツッコミしたいけどまあいい。
あれ……。でもそういえば『柚河』って名字は以前どこかで聞いたような……。
そんなことより、ミェー……ではなく、深晴はなんか笑顔いっぱいの綾紗とは全然印象が違うね。凛とした雰囲気を醸し出す美少女だけど、さっきからずっと渋い顔のようだ。自己紹介している今でも笑顔を浮かべていない。なんかちょっと不満そうな顔でワタシを睨んでいる。まだ何もしていないのに、まさかワタシはいきなり嫌われたのか?
「夷世姫……?」
ついぼーっとしてしまったから、深晴はもう一度ワタシの名前を呼んだ。早く返事しないと……。
「あ、うん、わかった。深晴」
綾紗みたいに変な呼び方を使うような人ではないみたいでよかった。こうやってお互い呼び捨てが一番だな。
「へぇ、『ミェーちん』って呼ばないの?」
綾紗はちょっと残念そうな声で突っ込んできた。
「こんな呼び方はあんた一人しか使わないのよ。布教するな」
どうやら深晴も別にそんな呼び方が好きではないようだね。
「ちなみに、最初は『ミャーちん』や『ミヘちん』とか呼んだんだけど、ミェーちんはあまり気に入らなくて、結局折衷案で『ミェーちん』になってる」
「なるほど……」
呼び方に不満があったらワタシも文句を言って妥協してもらってもいいってことか?
「でもなんで『ミェーちん』はいいの?」
むしろ『ミェーちん』の方が変だと思うけどね。
「いい質問ね。実は『滅び』っていう字は中国語では『ミェー』って読むのよ。そして『尽きる』の『尽』は『チン』って。だから『滅尽』ってなんかかっこいいでしょ」
深晴は得意げな顔で丁寧に説明した。それってつまり『ミェーちん』ってのは、『滅び尽きる』って意味なの!? 自分がこんな名前で納得できるの? やっぱりこの人は怖い! 美少女の外見とは裏腹で……。
「ところで夷世姫、あなたはさっき『ボク』って言おうとしていなかった?」
「え?」
さっき言い間違えそうになったところに気づかれたのか? ワタシは油断したから。
「そ、それは……」
「隠さなくてもいいわよ。あなたは『ボクっ娘』であることはとっくに知ってるから」
「へぇ!? なんで?」
先ほどからせっかく頑張って『ワタシ』と言っていたのに、なんでバレているの?
「朝から何度も『ボク』と言おうとしてすぐ『ワタシ』に言い直したよね?」
「あ……」
確かに何回も言い間違えた。そこですでにバレたのか? てか、朝から彼女に観察されていたのか? 実はずっと冷たそうな視線を感じていたけどまさかね……。
「え? なんと? ヒメちんって、ボクっ娘だったの?」
綾紗まで気づいてしまった。
「そっか。道理でなんか今までの喋り方はちょっと不自然を感じてたんだよね」
「ボ……ワタシは不自然なの?」
「うん、やっぱり不自然よね。今もそう」
「そんな……」
綾紗にそう指摘されるとなんか落ち込む。ワタシはせっかく努力していたのに。やっぱり全然駄目なのか?
「実は無理しなくてもいいのに。なんで『ボクっ娘』キャラを隠そうとしてるの? 別にいいんじゃないか。ね、ミェーちん」
「そうね。私もそれでいいと思うわよ」
2人ともなんか意外とあっさりと受け入れてもらった。結局これでいいのか?
「それは……でも変だと思われそうだから。ワタクシ、あまり目立ちたくない」
って今『ボク』と『ワタシ』どっちを使うか迷って、結局変な形でミックスして『ワタクシ』って言った! 今更お姫様キャラに戻たいわけではないのに。
「ヒメちんは目立ちたくない? マジ? でもぶっちゃけ、それはかなり難しいことだと思うよ」
「え? そうなの?」
「うん、だってヒメちんのその可愛い銀髪ツインテールだけでも十分目立ってるよ。しかも『転校生』っていう穏やかでない存在よ」
「あっ……」
それは確かにご尤も……。実はできれば目立ちたくないとは思っていたけれど、綾紗の言った通り、今更どうやら難しいみたい。
結局『ボク』でいいのか? でも……。
「あ、あっちにいたね。イヨヒくん!」
ワタシ?ボク?がまだ悩んでいる間に、チオリの呼び声が響いてきた。教室の扉の方からだ。
昼休みこっちに来るという約束だったから。今やっと来たね。




