62:せっかくだから『ワタシ』になってみよう
「みんな、お席に……」
担任の先生が教室の中に入った。
「転校生を紹介するぞ」
その宣言を聞いて生徒たちは騒ぎ始めた。
「稲根さん、入っていいぞ」
「はい」
そしてボク……ううん、ワタシが教室に入ったら、ここにいる学生みんなの視線がこっちに集まってきた。じっと見つめられている。なんか緊張するね。
次にワタシは白いチョークで黒板に文字5つを書いた。それは自分の今の名前だ。
「ボッ……ワ、ワタシは……、い……稲根……夷世姫です。と……遠いところからこの町にひ……引っ越しし……しました。き……今日からこの学校に通うことになります。よ……よろしくお願いい……いたします」
教室の前でワタシは準備しておいた台詞を言おうとしたけど、なんかぎこちなくて不自然になってしまった。やっぱり緊張しすぎて無理だ。
ワタシの自己紹介の後教室は更に騒いできた。みんなワタシをジロジロ見つめている。特に男子生徒たちは、『可愛い女の子だ』とか、『銀髪ツインテールロリ』とか、『彼氏いるかな?』とか、『俺と付き合ってください』とか……。正直なんか悪寒が走った。こんな自分に『彼氏』だなんて全然想像できないし、あまり考えたくない。『付き合う』のは構わないけど、普通の友達だけでそれ以上はならないよ。
それはさておき。今ワタシを更に落胆させるのは……、ワタシの目の前に生徒が何数人いるのに、その中にワタシの知っている人は……一人もいないのだ。
そう、どうやらチオリとは違うクラスのようだ。
やっぱりそう簡単にはいかないよね。がっかりしてつい溜息をついた。どうやらこれから一人で頑張るしかなさそう。
「転校生について何か質問があるか?」
と、担任先生が言った。今はワタシの自己紹介の後。これでお終いだと思っていたのに、まだ質問を受け付けることになるのか。ちょっとしんどいかも。
チオリと一緒のクラスではないというショックで、ワタシはまだモヤモヤって感じになっているけど、とにかく今は目の前のことに集中しないとね。
「はい、質問です。えーと、稲根さんは外国人? それとも混血なのか?」
初めての質問は男子生徒から。こんな質問は予想しておいた。ワタシの見た目はかなり日本人とは違うから。特にこの白銀色の髪の毛。
「はい、ワ、ワタシは混血です」
「その髪は地毛?」
「は、はい、生まれつきで」
やっぱりこの髪の毛ここでは異常だ。本当に目立つよね。
実は黒髪に染めた方がいいって言われたけど、ワタシはあまりそうしたくない。チオリも緻渚さんも、「このまま可愛いから絶対駄目」って言った。結局このままにしておいた。
でもここの人はほとんど黒髪だから、違う髪の色は染められた色だと勘違いしやすいため、これが地毛だという証明書も準備しなければならなくて、ちょっと面倒くさいよね。
「どの国出身ですか?」
「こ、国内です。あ、秋田県の田舎から来たのです」
これもチオリと緻渚さんと一緒に考えた設定の一つ。もちろん、ワタシは『アキタ』という場所に行ったことがないし、全然知らない。
その設定の理由は、秋田県ってのはこの島のほとんど北の方にある県だから。ここ(北陸地方)とは遥々遠いところであり、普通に考えると、ここの人とはほとんど無縁のはずだから、詳しい設定を聞かれるのを避けやすいし、何か訊かれても何となく誤魔化せると思う。
「あの、ウチもちょっと質問がある。同じ学年の違うクラスの稲根緻織とはどういう関係なの?」
今ワタシに質問をしてきたのは元気そうで可愛い女の子だ。やっぱりこのクラスにもチオリの知り合いがいる?
やっぱりワタシはチオリと同じ名字を使わせてもらっているから、すぐ何か関係あるとわかるみたい。
「チオリは、ボ……ワタシの義理の姉です」
今危うく『ボク』と言おうとしたところだ。ここで一人称は『ワタシ』にすると決めたから、この設定で行くつもりだ。
「義理ってつまり?」
「えーと、ワタシの両親はチオリのお母さんの友人でした。突然両親が亡くなったから、ワタシは引き取られたのです」
もちろん、これも嘘。そういう設定なのだから。ワタシの生い立ちなどのことは誰に知られると困るから、偽物の過去を設定させてもらった。
でも、両親が逝ったことと、遠くから来たことは、一応真実と一致するから、全部嘘ってわけではない。
「ごめん、両親のこと、辛かったよね」
「いいえ、気にしないでください。稲根家の方々はワタシにとても優しいです。今は幸せです」
そんな暗い話を語り始めたらこの反応は当然だよな。だから次は「大丈夫、気にしないで」って言うパターン。これも予想内。
「それと、この名字はまだ慣れてないので、下の名前の夷世姫って呼んでください」
名字をつけたのはここに来てから。あっちの世界でなら家名を名乗るのは貴族や王族だけだ。子供の頃わたくしは王家だったからもちろん、名字を持っていたけど、あれはとっくに捨てた身分だ。ボクはこの8年でただの一般庶民。だから名字で呼び合うのはやっぱりまだあまり慣れない。これも言っておいた方がいいことだと思う。
それに、チオリもいるから同じ名字では紛らわしいよね。たとえ違うクラスでも。なんで日本人はよく名字で呼び合うのか? ワタシにはまだあまり理解できない。
その後はもう質問はない。さすがにさっきの答えで暗い雰囲気になってしまった所為だからかな。なんか悪いとは思うけれど、ワタシにとってこれは都合がいい。たくさん訊かれたら訊かれるほど襤褸が出る可能性が高くなるのだから。
なんかワタシは自分のことを隠すことで必死だよね。まるで悪者みたい。みんなには騙して悪いけど、これは仕方がないことだからね。
・―――――・ ※
もう質問が終わったようなので、次は席の案内だ。窓際で後ろから二番目の席が空いているからワタシがその席に座ることになったようだ。ちなみに窓は右側……いや、今黒板が後ろだからこっちから見れば右側だけど、生徒の方から見れば左側だよね。
この席はいいかもね。この教室は2階にあるから窓から外の景色もよく見られる。でも、夏だから日差しが入って更に熱くなるのはあまり好きではないかも。でも今空に雲が多いから大丈夫かもね。そういえば天気予報によると午後には雨が降るそうだ。
「あの、はじめまして。ウチは岩見綾紗」
ワタシの前の席の女の子がこっちに向いて挨拶して自己紹介した。さっきの子だ。ワタシにチオリとの関係の質問をしてきた女の子。
なんか明るくて接しやすい子みたい。首まで長い黒髪はなぜかほとんど左の方に結んでいる。これはいわゆるサイドテール? 身長は、もちろんワタシより高いけど、多分160センチ未満。
「は、はじめまして」
彼女は初めてここで話しかけてくる友達だ。なんかドキドキ。ワタシなんかはちゃんと友達ができるかな?
昔のボクは全然友達できなかった。まさかここでやり直せるなんて。せっかくのいい機会だから、友達との接し方についてはチオリからもいろいろアドバイスしてもらった。それでもまだ自信がない。
「さっきごめんね」
なぜかいきなり謝られた。ひょっとして、さっき家族の事情を訊いたことか。
「今はもう大丈夫です。気にしないでください」
「うん、わかった。これから何かわからないことがあったらウチは手伝うからね」
「はい、よろしくお願いしますね」
「もう敬語なんて止めよう。クラスメートだからタメ口でいいよ」
「はい……うん。それと、さっきも言った通り、ボ……ワタシのことを下の名前で呼んでね」
「じゃ、『ヒメちん』って呼んでいい?」
「はい?」
なんでそう呼ばれるの? この人はわたくしが昔お姫様だと知っていますの? バレましたの? いや、そんなことあるわけないよね。
「駄目かな?」
「いや、駄目ではないけど、なんで?」
「『夷世姫』って『姫』って文字だよね。なんかかっこいいからそう呼びたい」
「そうか……。まあ、いいけど」
そう呼ばれると慣れなくて変な感じかもだけど、とりあえずこのまま流されるのが無難かな。こんな呼び方好きかどうかはともかく、別に嫌だというほどでもないかも。
「ウチのことは何かの渾名で呼んでもいいよ」
「いや、それはちょっとね。普通に下の名前の『綾紗』でいい?」
渾名とか面倒くさそうだし。下の名前を覚えるのも精いっぱいだ。しかもみんな名字を持っているっていうことだけでもややこしいと感じているのに、わざわざ渾名を作って負担を増やすのは勘弁して欲しい。できればみんなのことを下の名前で、普通に呼び捨てで一番扱いやすい。
「うん、または『ちん』付けで、『綾紗ちん』って呼んでもいいよ」
「え? そんな呼び方でいいの?」
どうやら彼女は『ちん』好きのようだ。
「もちろんよ。ウチも『ヒメちん』って呼んでるし」
「いや、やっぱり『ちん』付けはちょっとね……。えーと、これからよろしくね。綾紗」
「うん、仲良くしようね。ヒメちん」
こうやってワタシ、稲根夷世姫は初めてこの学校で同じクラスの友達ができたみたい。
結局好きな人とは違うクラスですが、いい友達ができたよ?
果たして『ワタシ』になれるのでしょう?




