6:トイレも着替えもやっぱり大変だ
「えーと、あの……」
いきなり緻渚さんに『服を脱げ』と言われて、ボクが今困惑している。
「イヨヒちゃん、何迷っているの?」
「今脱がないといけないのですか?」
そういえば女に戻ってから、まだ服を脱いで自分の体を確認したことないのに、先に人に見られるというのはなんかね。
「着替えるのだから当然よ」
「そうですけど、ここみんながいて……」
確かに今自分の体がどうなっているのか気になって脱いで確認してみたいけど、今までみんながいるから仕方がない。みんなの前で服を脱ぐなんて……。特にチオリの前で……。
「別に、ここ女ばかりよ。問題ないはず」
「……」
いやいや、女ばかりだからこそ問題だ!
「母さん、イヨヒくんは困ってるよ。やっぱり一人で着替えさせた方が……」
チオリはボクを庇おうとしている。よかった。
「なんで緻織まで恥ずかしがってるの?」
「いや、別に。いきなりここで脱がせるなんて。イヨヒくんも嫌がっているし」
「でもね、着方を教えないと。イヨヒちゃんはこんな服着たことないって」
「あの……、やっぱりボクは一人で着替えます」
別に普通のワンピース服だよ。昔王宮にいた頃に着用した服と比べたら何ともないよ。
「そんな……。私はイヨヒちゃんの裸を見たいのに!」
「やっぱり、これは母さんの本性だな!」
「イヨヒちゃん、可愛いから」
へぇ!? 本当にこれが狙いなの? 緻渚さん、ボクのこと一体どんな目で見ているの?
「ただ母さんがみたいだけじゃん! イヨヒくんの気持ちもちゃんと考えないと」
チオリ、ボクのためにこんなに気を遣ってくれている。
「わかったわよ」
「じゃ、あたしはイヨヒくんをトイレに案内してあげる」
「ありがとう」
これは助かった。
と思って……、一人でトイレに入ってきたけど……。
「手が上手く動かない……」
一人になったのに、服を脱ぐことにまだ抵抗感がある。今まだ全然何もしていない。
女の子の体なんて、この8年見たことないよ。自分の体は8年経って今更どうなっているのか、確認するのもなんか不安だ。
「イヨヒちゃん、何か困ってるの?」
「いいえ、なんでもありません」
外から緻渚さんの声が……。彼女はトイレの扉の前でボクを待っているようだね。そう考えるともっと緊張してしまった。
でも遅くなりずぎるとみんなの時間の無駄になるよね。やっぱり今は覚悟を決めて思いっきり……。
と、思ったらやけに緊張が高まってきて、更に難しくなってきた。
それにトイレに入ってきたらなぜか尿意が……。ここは用を足す場所だよね。でもどうやって? よくわからない。
「あの、実は用を足したいのですが……」
仕方なく、外に待っている緻渚さんに声をかけてみた。
「そうか。イヨヒちゃん、温水洗浄便座の使い方はわからないのね?」
「『うぉしゅれっと』って? 何ですか?」
ひょっとしてこの便座のこと? 確かに見慣れなくて、使い方は難しそう。
「やっぱりどうやら私も一緒に入って手伝わないとね」
「へぇ!? いいえ、やっぱり一人で何とかします」
「でも使い方わからないでしょう? 勝手に使って壊れたら困るわよ」
そうだよね。ボクも人に迷惑をかけたくない。
「そうですね。でも……」
「イヨヒちゃん、いきなり慣れない場所に来てまごまごしているよね?」
「……はい」
「ならやっぱり私が手伝おう。恥ずかしいという気持ちがわかっているけど、そこが我慢しないとね」
「そう……ですよね」
緻渚さんはボクのことを心配してくれているようだね。
「はい、わかりました」
「やった! うふふ。入るぞ」
緻渚さん、今の声はなんか喜びすぎない? くすくす笑い声も漏らしたし。緻渚さんはって今なんか邪な欲望が多少混ざっているようだと、つい勘繰ってしまった。こんなことないはずだよね……。
「え? は、はい、よろしくお願いします」
そう言い残して、緻渚さんがトイレの扉を開けて入ってきた。今ロックしていないから。
「やっぱり、まだ着替えていないじゃないか」
「ごめんなさい」
「まったく、本当に仕方ない子ね」
「……」
返す言葉もない。今のボクは何もできない子供のようだ。
「やっぱり着替えも手伝うわ」
「は、はい……」
結局ボク一人で何もできない。悔しくて恥ずかしいけど、今は着替えることもトイレのこともやっぱり緻渚さんに任せた方がいいようだ。緻渚さんは大人だし、優しい人だし、やっぱり今は甘えていいよね?
こうやって、服の着方も、温水洗浄便座の使い方も、緻渚さんに任せることになった。
「さあ、早く脱いで」
「えーと……」
そんな、いきなり急かされても……。
「やっぱり私は脱がしてあげるわ」
「いや、ボク自分で脱ぎます!」
ここで服を脱いで、全裸になるということに……。
「わー、眼福……」
緻渚さん、一糸も纏わぬ姿のボクを見てすごく満悦しているようだ。
それに対し、ボクは自分の今の姿を見てなんかがっかりしてしまった。やっぱり完全に女の子になっているね。男だった時にあったものはなくなっている。
てか、この流れでなぜかボクは裸のまま用を足すことになった? そもそも下半身だけ脱いでもいいのでは? さっき急かされて勢いで全部脱いでしまった。まあ、着替えもするから仕方ないよね。
「そこまで恥ずかしがらなくても」
「いや、でも女の人に裸を見せるのは子供の頃以来です」
「じゃ、もし今イヨヒちゃんの目の前にいるのは男だったら問題ないって言うの?」
「うっ……。いいえ、そうですね。わかりました」
確かに今の体だったら、むしろ男の人に見せるのがヤバい。緻渚さんは女の人でよかったかも。
「さあ、ここに座って、ゆっくりと」
「はい」
8年ぶりにこんな体で用を足すことになった。久しぶりだから懐かしい感覚だ。
「終わったらあっちのティッシュを好きなだけ取って、これで拭って」
ティッシュ? この薄くて白い紙のこと? てか、今ボクはあのところを拭くことになるってこと? まあいいか。もう今更どうでもいい気がした。とにかくこれ以上の詳しい説明は略する! はい、これでトイレはお終いだ。
ところで、下半身の方のものがなくなったのは当然なことだけど、それに対して上半身の方があまり大した変化がない。確かに以前と少し違って今ちょっと膨らみがあると感じられるけど、たった僅かだけだ。チオリのと比べても多分負けている。べ、別にこれでいいと思うよ。全然困っていないし! そうと思うはずなのに、なぜか却ってがっかりした。
「イヨヒちゃん、やっぱり胸のこと気になっているわね?」
「え、えぇ!? そ、それは……」
そんなこと考えていたからいつの間にかボクの手が胸のところに当たって、しかも溜息をした。こんなボクの様子を見て今何を考えているかは、緻渚さんには筒抜けだ。
ボクの馬鹿! そんなことで悩むなんてまるで本当の女の子……。まあ、実際に女の子だから。やっぱり今ボクの精神も女の子になっている?
「大丈夫。まだ子供だから成長できるよ」
「いや、違います!」
そもそも、ボクはもう16歳だ。もう全然子供ではない。これからもっと成長することなんて、期待できるの? やっぱり一生この姿のままだよ。べ、別に後悔することなんて……。その部分はともかく、それよりやっぱりもっと身長が欲しい。
「さあ、次は服着るわよ」
「は、はい」
そして次は新しい服を着ることだ。
「……って、緻渚さん、どこ触っています?」
「肌が柔らかくて滑々。えへへ」
緻渚さん、手伝うついでに遠慮なくあっちこっち見たり触れたり結構楽しんでいる。どうやらただで手伝う気はなさそう。これはいわゆる『体で払う』ってやつ?
まあ、とりあえず優しくしてくれているから、そんなに心配する必要はないか。
「これでよし」
「……これが、ボク?」
「やっぱりすごく似合ってるわよ。うふふ」
白いワンピース服に着替えた後、トイレの中の鏡で自分の姿を確認してみた。
自分で言うのも何だが、やっぱりとても可愛らしい。ボクが本当にこんな女の子を見かけたら見惚れてしまうかも。でもこれが自分自身だと考えるとね……。
でも髪の毛はさっきからボサボサでまだ梳かされていない。
ちなみに下着はやっぱり着ていない。このワンピース服が膝の下まであるから助かったけど。
でもこんな服は意外と着心地がよくて落ち着くかも。最初は抵抗感があるけど、着てみたら不思議なくらい満足な気持ちになっている。子供の頃のような感覚かな。
「やっぱり、イヨヒちゃんの体ならノーブラでも問題なさそうね」
「は……? どういう意味ですの? わたくしこんな単語わかりませんの」
まだ『のーぶら』の意味はよくわからないけど、なぜか直感でそう言われていい気はしない。
「うふふ、またさっきのお姫様口調に戻ったね」
「あ、つい……」
こんな服を着たらなんかお姫様だった頃に戻ったみたいな感じだから、無意識に口調が元に戻ってしまった。
「やっぱりイヨヒちゃんはその喋り方でいいわ」
「え?」
「こうやってなんかとびっきり可愛いよ」
「いや、でもチオリは変だって言われましたから」
「気にしなくてもいいのに。私はお姫様口調の方が好きよ」
まさかこんな喋り方、気に入られたの? でもそう言われてもね。
「でも……」
「なんか難しそうな顔をしているよね。まあいいわ。ちょっと残念だけど」
それは助かった。チオリが今までのボクが好きだって言ったから、やっぱりボクもこのままのボクでいたい。
「ところで髪の毛はまだボサボサね。やっぱり梳かした方がいいよね」
「それは後でいいです」
こんな長い髪は時間かかりそうだし。
「そうだね。じゃ食堂で話している間に私は梳かしてあげるね」
「え? いいえ。そこまでしなくても……」
「遠慮しなくていいわよ。むしろ私はイヨヒちゃんの髪の毛を存分に触りたいから、是非やらせて! お願い」
「……わかりました」
緻渚さんは手伝う気満々だから、好きにさせていいか。ボクもこんな長い髪を梳かしたことないから、これで助かるかも。
「それと、こんな長い髪はやっぱり結った方がいいかもね」
「はい、ありがとうございます」
「さあ、外に出て、緻織にも見せるわよ」
「え?」
この姿をチオリに見せる? ちょっと、そんなの心の準備が……。
とは思っていながら、緻渚さんはすぐトイレの扉を開けて、ボクを連れ出して、そして……。