59:空を満たす星はどの世界でも同じだなんて不思議 ◎
夕飯の時、今日チオリがいないので、ボクは緻渚さんと緻羽ちゃん、3人しかいない。春樹さん(お父さん)も相変わらず今日は仕事で夜遅くまで帰ってこない。
ボクがここに来てから毎日食事はずっとチオリと一緒ね。チオリが一緒にいないのは今回始めてだ。
「イヨヒちゃん、あっちの界で何か緻織の恥ずかしい話とかあるかしら?」
緻渚さんは会話を始めた。
「恥ずかしい話ですか?」
「今日緻織がいないから、何か本人の前では言えないことがあったら今だよ」
つまり、『後ろ指を指す』ってことか。
「えーと、恥ずかしいって例えばどのようなことですか?」
「そうね。例えば……」
「恋愛の話とか?」
「……っ!」
今突っ込んできたのは緻渚さんではなく、ニコニコ笑っている緻羽ちゃんだった。また何かとんでもないことを考えているようだね?
「そんなの、緻羽ちゃんにはまだ早いってば」
「あら、イヨヒちゃんなんか顔赤い。まさか何か……」
緻渚さんもなんか興味を持つようになってきた。何か言う前にボクは他の話を……。
「何でもないです! その……ボクたちは魔王と戦うために旅に出たのですよ。いつ命を落としてもおかしくないくらい危険な日々でしたし。誰が好きだなんて話はあまり余裕ありません」
「まあ、そうよね。でも小説やアニメならこんな状況だからこそ恋が生まれて育っていくんだよね。緻織も仲間の誰かを好きになってもおかしくないと思うわ」
「そ、それはない……はずです」
そんなことないよね。チオリは誰かに思い寄せることなんて。
「なんでイヨヒちゃんはそう言い切れるの?」
「まさか姉ちゃんが誰かと付き合っちまったらイヨヒお姉ちゃんは困るとか?」
おい、緻羽ちゃん! ……確かに困るけど。
「そ、それは……。本当に冒険はすごく大変でしたから。いろいろあって。そういえば、あの時の戦いはですね、チオリは……」
必死に余計な話題を逸らそうとした結果、やっと成功したみたい。ひとまず安心だね。
今こんな目になったのは緻羽ちゃんの所為ね。またやられた! 今夜寝る前にちょっとお説教だ! ボクはこの転生幼女を睨みながらそう考えた。
結局その後は、魔法や戦闘の話をしていて、食事が終わるまで乗り越えた。
・―――――・ ※
夕飯の後、ボクはまた散歩にお出掛けした。チオリもまだ帰ってきていないから、外を歩き回ったら偶然途中で鉢合わせするかもしれない……、とか都合のいいことはちょっと期待している。
今夜は珍しく晴れているから、空にいっぱい星が見えている。こんな星空を見上げるとなんか懐かしいね。
この世界で星空を見つめるのは今始めて。周りの家からの灯に邪魔されてちょっと見えにくくなるかもしれないけど、この町は都会よりまだはっきりと見えるはず。
やっぱり、こっちとあっちの星はほとんど同じだね。これはチオリがこの前に言った通り。違う世界なのに不思議だよな。
そういえば、あっちの世界で旅の時は、夜になるといつも星空だったね。あっちはこっちより雲や雨が少ないから、晴れる日がここより多い。
あっちでボクはチオリと二人きりで星空を見上げたこともよくあるね。魔王と戦う前の夜だってそう。
星空の下で男(?)と女二人きりだなんて、浪漫って感じだよね。チオリもボクと同じように考えていたのかな? ドキドキしたりしなかったかな?
最初に一緒に星空を見上げた時、ボクはチオリからいろいろ教えてもらったね。星座のこととか、2つの世界が不思議なくらい似ていることとか。
ちょっとあの日のことを振り返ってみれば……。
・―――――・ ※
あれは帝都を出てから初めての日の夜のことだった。
「綺麗な星空だ! 星いっぱいだね。なんか素敵!」
夜になると星空が見えて勇者様チオリは嬉しそうに感嘆して燥ぎ始めた。相変わらず大袈裟だね、この勇者様は。
「イヨヒくんも星が好き?」
「は? 別に普通ですよ」
何いきなり? 星が好きとか、そういえばこれは今まで考えたことがなかったね。星空なら田舎にいた頃はよく見えていた。確かに綺麗だけど、それは昼間の青空の雲の模様を見るのと同じくらいかな。
「あっちは北極星だね?」
「……そのようです」
旅に出る時は、夜になると星を見ることで方向の特定ができるので、星を見る基本的な知識くらいは学校でも教わっている。特にいつまでも北の方向の空に浮いている北極星は肝心だから。
「こっちにも、北斗七星が見えるとはな」
「ホクト……?」
「あっちに並んで柄杓みたいな形を作っている眩しい7つの星だよ。北極星を探す時によく使われるよね」
「あれならボクも知っています」
その名前は知らないけど、あの7つの星を参考として北極星を特定できるのは常識だ。柄杓というか、空を飛ぶ鱷のようにも見えるね。
「まさか、あっちとこっちの世界から見える星は同じだなんてね。違う世界なのに」
「同じですか?」
確かに星は夜空において固定されている模様みたいなものだ。そんな模様は違う世界でも同じってこと? 普通に考えるとそうとは限らないはずだけど。
「やっぱりこっちとあっちの世界は本当は同じ星にあるんだね」
「星? 世界は……星?」
「そうか。イヨヒくん、星は何なのか知ってる?」
チオリは何のこと言っているか、ボクにはよくわからない。
「えーと、空の模様……です?」
ここでは普通はそう認識している。何でこんな模様があるのかははっきりわかっているわけではないけど。
「まあ、普通はそう考えるよね……」
違うというのか? やっぱり、チオリは星というものは何なのかはっきりと理解しているの?
「ね、この地球が……つまり、大地が実は丸いってことは知ってる?」
「はい、これは常識です」
ボクたちの今立っているこの大地が実は平らでなく球面なのだから『地平線』というものが見える。『大地の球体』だから『地球』と呼ばれることもある。これは古代から伝わってきた知識だ。とはいっても、みんながそう信じているわけではない。様々他の説も提唱されている。
「実はこの大地も一つの星だよ」
「そうですか?」
確かにこの説は聞いたことがあるけど、まだ明白な証拠がないから、今は半信半疑の状態のまま。
「具体的に言うと、恒星と惑星に分類されるけど、どっちも丸い星」
「そんなこと、ボクは全然知りませんでした」
星が丸いの? 星の形なんてボクは考えたことない。普通はただ小さくて明るい点にしか見えないから。
「あたしの世界ではこっちの世界より天文学の研究は随分進んでいるようだね。あっちの人間は宇宙船を作って、月まで行ってきたし」
「へー、なんか面白い話ですね」
「でも、星空が同じってことは、やっぱりここも同じ『地球』だということか。ってことは、異世界ってのはただの平行世界とか? とにかく、違う星ではなさそうだ。住んでいるのは同じ人間だし。でも何でこっちだけは魔族や魔物などが闊歩しているのか? やっぱりわからないこといっぱいだね」
チオリはなんか難しいことを考えているみたいだ。いつも些細なことまで気になって好奇心旺盛の子供みたい。だからボクも無意識のうちに影響されてきた。
「イヨヒくんは興味があるのなら、あたしはもっと教えるよ。あっちの世界の学校でいろいろ勉強していたから。まあ、あたしはあまり勉強得意じゃなくて覚えていることは限られているけどね」
チオリの話が面白くて、ボクもつい興味を示すようになった。
その知識を持っていたら、ボクは星空を昔とは違う感覚で見上げるようになってきた。
だから、ちょっと大袈裟な言い方をしてみれば、この煌めく星空はチオリからもらった宝石も同然。
異世界ものでは『異世界が地球とは違う星』っていう設定はよく使われますが、この物語では『異世界も同じ地球』ってことにしています。だから星空も月も太陽も天文学的現象も同じです。




