57:どう見ても男の娘のようには見えないのだけど?
「緻織、帰ってきたの?」
「うん、深昼、久しぶりだね」
いきなりチオリに話しかけてきた男の子、『ミヒル』って名前のようだ。身長はちょうどチオリと同じくらいだ。タメ口で話しているから、多分同い年の友達? 格好もチオリと同じTシャツと短いズボン。まあ、男だからこれは普通だよね。
「いつから戻ってきたの?」
「ちょうど一週間前」
「そうか。よかった。いきなりいなくなったから、みんな心配してたよ」
「ごめん。でも学校に復学することができるようだから」
チオリは3ヶ月くらいずっと学校休んでいたから、ボクと同じく新学期の日に久々に学校に通うことになったそうだ。
「で、一体どこに行ってきたの? ……っていきなり人の頭を」
なんかやばい質問をされているところだったが、なぜかその時ちょうどチオリが彼の頭に手を当てた。
「やっぱり、4ヶ月前と比べたら視線の高さが微妙に変わったと思ったら、いつの間にか身長はちょうどあたしと同じくらいになっている。今身長いくら!?」
「確かに162センチだ」
「もう同じじゃないか! すぐあたしを超えてしまうね。悔しい!」
「そんなに気になってるの?」
「昔はあんなにちっちゃくて可愛い『ショタっ子』なのに……」
あれ? 『ショタ』ってつまり小さい男の子のことだよね? あっちでボクもチオリにそう呼ばれた。この人は確かに男にしては背が低い方のようだけど、まだ成長の途中のようだ。
「いや、もう高2だから。むしろこれは遅すぎるよ」
「そうだね。16歳になってもまだショタっ子でいられるのはイヨヒくんくらいだ」
いきなりボクは比較対象にされてしまったようだ?
「イヨヒって? 誰のこと?」
「あ、つい。そういえば紹介忘れてた」
やっと話がボクの方に……。
「この子はこれから家の養子になったイヨヒくん」
「はじめまして、ボクは稲根夷世姫です」
「ふん? 『ボク』って? それにさっき『ショタっ子』って、まさかキミは男の子?」
ボクが自己紹介したら、彼はあっけらかんとした。
「うん、そうだよ。イヨヒくんは『男の娘』だよ」
は? 確かにボクは男だったけど、今は女の子だよね?
「へぇ!? いや、でもどう見ても女の子だよね」
「イヨヒくんの女装が完璧だからだよ」
え? そうなの? 確かに今女の子の服は似合うと言われた。でも今は本当に女の子だから、『女装』って呼ばないはずだが。
「女装? そうなの?」
チオリがそんなこと言った所為で今彼はボクをジロジロ見つめている。ちょっと気まずいかも。
「こんな白いワンピース服で、しかもツインテール? どう見ても……」
だよね。やっぱり信じてくれないよね。今更男だと誤魔化すのはさすがにちょっと無理かも。
「うん、本当に『男の娘』だよ。ね、イヨヒくん?」
「え? ボクは……」
どう答えればいいの? そもそも今更まだボクが男の子だと認識しているのはここではチオリしかいないはずだ。
今チオリの話に合わせて『はい、ボクは男の子ですよ』って、堂々と言いたいところなのだけど、やっぱり言い出せない。どうせただの冗談だと思われるだろう。仕方ないよ。今のボクはどう見ても女の子だよね。しかもこんな格好と髪型だし。
「あの、チオリ、彼は?」
話を変えたい。今ボクのことより、この男の子のことの方は気になる。彼が誰だかまだ全然わからないから。
「そうだ。深昼の自己紹介はまだだね」
「ごめん、いい忘れたね。ぼくは柚河深昼。緻織の幼馴染で今はクラスメート」
幼馴染ってつまり子供の頃から知り合っていたよね? しかもクラスメートってことは同じ学校で同じ学年。だからこんなに仲がいいか。
「さっき16歳だと言ったのも冗談だよね?」
「いや、本当のことだよ。イヨヒくんもあたしたちと同い年だよ。この新学期からうちの学校に通うことになった」
「え? そうなの?」
この人は今、『全然そうは見えない』と言いたいような顔だね。やっぱり彼はボクが年下だと思っているようだ。
「本当に本当だよ。イヨヒくん16だ。こう見えてもね」
おい、チオリ、『こう見えても』ってのは余計だね。
「はい、ボクは本当に16歳です」
性別のことと違って、年齢は変わっていないはずだから、はっきりと口に出せる。
「じゃ、敬語使わなくていいよ。学校の友達になるんだし」
「あ、うん。わかった。それで、あの……、どう呼べば?」
この世界で同い年の人と話すのは初めてだ。まだどう話せばいいかよくわからない。
「同じ下の名前で呼び捨てでいいよ。緻織もそう呼んでるし」
「わかった。深昼だね。ボクのことも『夷世姫』でいい」
「うん、夷世姫ちゃん……? いや、でも先ほど緻織は『夷世姫くん』って?」
「それは……」
やっぱり変だと思われている。そもそも今更ボクのことを『くん』付けで呼ぶのはチオリしかいないし。
「なんで『くん』付けなの?」
「だーかーら、イヨヒくんが『男の娘』だってば」
おい、そのネタはまだ続ける気なの? ていうか、今チオリの言う『オトコノコ』ってなんか変なニュアンスが含まれるような気がする。
「緻織、そんな冗談はもういいから。でももしいきなり緻織が『実はボクが男』だとか言ったら、その方がまだ信じやすいかも」
「えっ!?」
そう言われてちょっとボクはチョックを受けた。それってボクはチオリより女の子っぽいってこと? まあ客観的に見ればそうかもしれないのだけど。
「そこまで言われるとなんか……」
チオリもがっかりしたようだ。
「でもまあ、悔しいけど確かにイヨヒくんの方があたしよりちっちゃくて可愛いよね」
「なんでチオリまで納得したの!? ボクなんか……」
今チオリはなんか拗ねたような顔だ。違うよ。ボクにとっていつでもチオリは一番可愛いよ。ボクなんか滅相もない。
「そういえばさっきから『ボク』って。普通はこんな喋り方なの? それとも何かのキャラ作り」
「え? いや、ボクはこれが普通だよ」
やっぱり、深昼もボクの喋り方が変だと思った?
「そうなのか。もしかして『ボクっ娘』だから、男っぽい呼び方するの?」
「それは……まあ、そうだよ」
「そうか。なるほど」
深昼が勝手に理由を思いついて、勝手に納得できたようでよかったかも。
「やっぱり、変かな? こんなボク……」
学校が始まる前に、喋り方は変えた方がいいかな? また『ボク』続ければこのようにいつも周りの人に訊かれるよね。『アタシ』はさすがに嫌だけど、『ワタシ』の方がいいかも。
「気にしなくてもいいよ。なんか独特というか。ぼくもいいと思う」
「そうだよ。あたしもそんなイヨヒくんがいいよ」
「じゃ、ぼくも『夷世姫くん』と呼ぶね」
あっさりと受け入れたようだ。しかもまた『くん』付けになっている。
「いや、やっぱりただ呼び捨てでいいよ。『くん』も『ちゃん』も要らない」
「そうだね。わかった。夷世姫」
これでいい。ボクもチオリと深昼のことをただ下の名前で呼んでいるし。それにやっぱり『イヨヒくん』はチオリだけの呼び方にしておきたい。
「ところで、夷世姫はうちの学校の転校生だと言ったね?」
次に深昼は学校のことを訊いた。
「うん、そうだよ。あたしたちと一緒」
「どのクラスに入るの?」
「そういえばあたしもまだわからないね。同じクラスになったらいいと思うけど」
「そうか。ぼくたちと同じクラスだといいね」
そういえば、2人は『クラスメート』だって言ったね。つまり同じ学年だけでなく、同じクラスだ。
「うん、ボクも2人と一緒のクラスがいいね」
同じ学校の同じ学年でも複数のクラスがあるそうだ。だから同じクラスになるとは限らないよね。でもクラスってどうやって決めるのか? よくわからないからちょっと不安かも。もちろん、ボクにとってチオリと同じクラスがいい。違うクラスだったら落ち込むかも。
それになんか、この2人の関係、ちょっと気になって……。
「今のは『同じクラスだと期待させて、結局違うクラス』っていうフラグっぽいね」
「え? 違うクラスになるの?」
どういう意味? 『フラグ』って?
「ううん、冗談だよ。それより、今長い立ち話になったね。あたしたちは今海から家に帰る途中だ。深昼は後でメッセージで連絡していいよ」
「じゃ、また学校で」
これでチオリの友達……深昼との会話が終わった。こうやってボクが学校に通う前に一人友達と知り合ったね。
深昼はすごくチオリと仲がよくて、いい人らしい。でもだからこそ、それはボクを不安にさせてしまう。
だって、こんな仲のいいクラスメートで、幼馴染……。しかも『元ショタっ子』だと言ったね。チオリが好きそうなタイプだ。
もし彼もチオリに心を寄せているのなら、これはボクの『恋のライバル』ってことになるのか?
だからまさか……。いやいや、そんなことないよね。今変なことを考えるのは控えよう。
こうやってライバルキャラ登場です。




