56:この海の向こう側には何があるの?
「海だ! 青い海!」
「ここは能登半島の西の方にある千里浜海岸。この辺りの海辺はほとんど砂浜だよ」
東京から石川に戻ってから3日後、今ボクはチオリと二人きり家の近くにある砂浜を歩いている。
「こんなに海に近い場所に住んでいるなんていいよね」
最初にスマホの地図からここの位置を見た時からなんか気になっていた。今日はいい天気だから、ここに連れてきてもらった。
「家は海岸から遠くないから、あたしもよくここに散歩しに来てたよ」
「この海の向こう側はどんな場所なのかな?」
遠くまで見渡しても海原と地平線しかない。少なくとも近くには大陸とかなさそう。
「これは日本海だから、あっちは韓国や露西亜という国があるね。もちろん、かなり遠くにあるからここからは見えないけど」
そう言ってチオリはスマホを弄ってボクに地図を見せた。
「何この国、チートだ!」
最近チオリの影響でボクも『チート』という単語をよく使うようになった。
「何のことなの?」
「これ全部一国なのか? なんか大きすぎるようだけど!」
日本はこんなに小さい国だね。それに対し、向こうのでかい国って……。
「あはは。露西亜はこの世界で一番大きい国だから。でも大きさは全てってわけじゃないよ。小さいのにすごいって国もある。あっちの世界でもこんなのあるじゃないか」
「そうだね。ボクたちはあっちで一緒にいろんな国まで行って回ってきたね。この世界でも旅をしてみたいかもね。あっちにいた時みたいに」
「あっちでは魔王を倒すという目的を果たすための旅だけど、楽しいことも多いよね」
「うん」
魔物との戦いばかりでいろいろ大変だったけど、ボクにとってそれはいい思い出だとも言える。
「こっちでもまた旅に出たいかも。今度は戦うためではなく」
「そうだね。あたしも、あっちの世界まで行ってきたけど、実はこの世界でまだ日本から出たことがないよね。だからいつか一緒に行こう」
つまり、チオリは異国へ行く前に、異世界へ行ってきてしまったってことだね。
「外国に行きたければ簡単に行けるのか?」
チオリの家は貧乏というわけではないけど、お金持ちでもないみたいだ。あっちの旅の時みたいに勇者として政府から基金を支えてもらえるってわけでもないしね。
「この世界では旅はすごく便利だよ。飛行機……つまり、素速く空を飛ぶ輸送手段があるから」
「空を飛ぶ乗り物、しかも高速か……。乗ってみたいね。でもお金は結構かかるよね」
「まあ、でもちゃんと貯金しておいたら、たとえお金持ちじゃなくても海外旅行は可能だよ」
「そうか。すごいね」
あっちの世界では一応魔法で動く飛行船とかはあるけど、ものすごい料金がかかる。空を飛ぶ魔物もいてあまり安全とは言えなくて特に高レベルの護衛も必要となるから。例えお金持ちであってもちょいちょい乗ることはできない。
「でもやっぱり、それより仕事を探さないとね」
「いや、今のあたしたちは仕事よりもまず学校だよね。仕事は卒業した後のことだ」
「あ、そうだよね」
ここ……日本では若者にとって、働くことよりも勉強することの方が重視されているらしい。
「新学期は9月1日だ。つまり次の木曜日に学校は始まるよ。イヨヒくんの戸籍と入学の手続きも間に合ったみたいでよかった」
「本当に手伝ってもらえたね。なんか意外と簡単ね」
やっとチオリと一緒に学校に通えるね。すごく楽しみにしている。
「まあ、よくある話だ。日本の学校はね、宇宙人とか異世界人とか亜人とかも普通に通えるからね」
「は? ボクのような異世界人はよく来るの?」
「まあ、現実の話じゃなく作物の話だけどね。とにかく問題ないから心配無用」
「そう……?」
チオリの言うことは時々よくわからないけど、要するにこれは難しいことではなさそうでよかった。
「なんか周りの人は、下着……みたいな格好が多いね」
周りにはボクたち以外にも他にたくさんの人がいる。海で水遊びしている人はみんな下着みたいに薄っぽい布少ししかない格好だ。
「あれ下着ではなく、この世界の水着だよ」
「水着って? 泳ぐ時や水遊びする時に装着する服のこと?」
「うん。今は夏だから海に来たら泳ぐ人が多い」
「そうか。ボクたちも、着ないの?」
「いや、あたしたちはただ散歩をしに来ただけだから」
「そうか……」
確かにボクたちは最初からただ散歩だけが目的として、水泳なんて考えていなかったけど、泳いでいる人を見たらなんか……。
「もしかして、泳ぎたいの?」
「まあ、ちょっとかも。ボクは海で泳いだことはないよね」
「そうだね」
ボクの育ってきた田舎の村は山奥だったから子供の頃は海なんて最近まで見たことなかった。魔王討伐の旅の時は初めて海を見たけど、ただ船に乗って海岸を渡るだけだったね。あの時砂浜もあったが、ボクたちは遊びに来たわけではなかったから、呑気で水遊びなんてできなかった。
「やっぱりボクちょっと泳ぎたいかも」
「じゃ、まずは水着が必要だね」
「ここでは水着がないと海に入ることはできないの?」
「そこまでではないけど、このまま服は濡れちゃうから」
「水着って防水魔法みたいな効果あるってわけ?」
確かに見た目は下着と似ているけど、確かに生地は違うみたい。
「いや、それとはちょっと違うけど、水着なら濡れても大丈夫ってこと」
「そうか。あっちでならボクは防水魔法が使えたのにね。濡れてもその後乾燥魔法で乾かせるはずだし」
あっちで一緒に旅をしていた時も、泳いで川や湖を渡ることもある。もちろんあの時は防水魔法を使ってそのままの服で水に入った。
「まあ、でも今ここで魔法は使えないから仕方ないよね」
「では、水着ってどこで手に入れることができるの?」
「店で買うことはできるけど、イヨヒちゃんもあんな服を着てみたいの?」
「水着を着ないと泳げないよね?」
「そうだけど……水着ってのはね、なんか露出が多いし、体のラインが見えやすいし、実はあたしはあまりそんな格好は好きじゃないんだよね」
「あ、確かに」
水着は下着と似ているから、こんな姿で外を出歩くのはなんか抵抗感があるかもね。
「でもあの人たちはなんか普通に気にせずに楽しんでいるみたいだけど」
ボクは水遊びしている女の人を眺めてそう言った。
「これは人によってね。イヨヒくんが本当に泳ぎたいならあたしも問題ないけど」
「そんな格好か……」
確かに男の水着より、女の水着の方が上半身もあって露出が少ないけど、それでもいっぱい肌が見られるよね。
今のボクは可愛い服を着るのが好きだけど、露出の多い服は苦手だ。昔は女の子だけど、一応お姫様だから、豪華でお洒落な服はたくさん持っていたけど、あんな服とはほとんど無縁だ。少なくともこんな簡単に腰や太股が見られる服は着たことない。
「やっぱり水着姿を見せるのはまだちょっと……」
「そうか。まあ、あたしもそうだと思っていたよ。だから最初から泳ぐつもりはなかった」
「なるほど。確かにチオリの思った通りだ。でもチオリが本当は泳ぎたくないの?」
「いや、あたしもあまり水着を着るのが好きじゃないよね」
「そうか。チオリはいつもTシャツとズボンだね。それ以外着る気はなさそう」
今でもそうだ。チオリの着ている服は、毎日色や模様が違うものの、ほとんど全部はただ地味なTシャツとズボンだ。ボクが着ているようなワンピース服やスカートは全然着ていないし。ボクもチオリのワンピース姿を……なんかあまり想像できないかも。
「あはは、まあね。とりあえず今ずっとこのままでは暑いよね。そろそろ家に帰ろうか」
今日は雨ないのがいいことだけど、晴れすぎると日差しは酷すぎる。こういう時はむしろ雨降って欲しいかもな。
「じゃ、家に帰ろう」
「うん」
そしてボクたちは海岸から離れて、ボクたちの家に向かう。
・―――――・ ※
「あれ? 緻織……だよね?」
家に帰る途中、ボクたちと同い年くらいの男の子と擦れ違った。彼がチオリを見かけたら話しかけてきた。
「あ……深昼? 久しぶり」
チオリはすぐ男の子に返事した。『深昼』って名前のようだ。どうやらチオリは彼と知り合いみたい。




