52:転生幼女はもんじゃ焼きを食べたくないようだ
「あ、この『本好きの神様に拾われた女の下剋上』っていうアニメはあたしの好きな小説からアニメ化したんだ。今放送中」
今ボクたちは本屋の中で歩き回っている。チオリがボクに自分の好きな本を紹介してくれている。
「どんな物語なの?」
「ブラック企業で働いていた日本人は突然過労死して、神様の助けを受けて異世界に転生した話」
「『ブラック企業』って何?」
「精いっぱい働いていてもあまり相当な報酬がもらえない仕事をやっている人のことだよ」
「あ、こういうのはあっちの世界でもあるある」
「どこでもあるよね。働いていくうちに激しく生命力が削られるまで残酷なブラック企業もあるそうだよ。こんな状態になってしまったら『人生は終わったも同然』だと聞いた」
「死ぬまで働くって。なんか怖い話だな」
「それで、あの転生した人は異世界で女の子に生まれ変わった」
「異世界転生か……」
似ている例は、ボクの身近にもいるようだけどね。
「イヨヒお姉ちゃん、なんでチハネをそんな目で見てるの?」
「いや、何でもない」
この転生幼女……。
「こういう話は、最近意外と大人気だよね。誰でも元いた世界とは違うところで元の自分とは違う存在に生まれ変わってみたいと思ってるからかもね」
なるほど、これは現実逃避っぽくない?
「生まれ変わって、あの女の子はあれからどうするの?」
「あの小説では、転生した彼女が何の力もないただの貧乏庶民に生まれ変わったけど、前世の知識を持っているからこれを精いっぱい活用して、いろんな研究をして、いろんなアイテムを開発して、少しずつあの世界を変えていく」
「なんか面白い話だよね」
確かにこの世界の人の知識なら異世界では役に立ちそうだね。
「うん、いい話だよ。この小説はあたしが最新巻まで全部買ったよ。興味があったら家に帰った後イヨヒちゃんに貸してあげる」
「ありがとうね……」
「それで、あたしたちの物語と似ている小説もあるよ。例えばこれ、『転生したらTSだった勇者の成り上がり』とか」
何このタイトル? てか、TSってどういう意味かな? 『Tokyo Station』ではないよね?
「それと、『異世界賢者の弟子を名乗るチート魔術師』っていう小説。これもアニメ化された」
「どんな話?」
何その微妙な名前? 小説って変な名前が多いよね。
「ある少年は異世界に召喚されたけど、体が可愛い女の子になった」
「これってなんかボクと同じような……」
似ているというより、逆かな? ボクも世界を渡って女の子になったけど、元々生まれた時から女の子だったし。
「そうだよね。で、その少女になった彼……じゃなく、彼女は、『チート』と言われるくらい、すごい魔術が使える」
その『チート』ってつまり、『狡い』って意味? 確かに何の代償もなく突然強くなるなんて都合のよすぎる話だよね。
「チオリがよく自分の力が『チート』って言っていたけど、あれはこういう意味で使うよね?」
「うん、異世界に転移や転生したらすごい人になるっていう話は多いよね。たとえ元々はたった平凡な人間や落ちこぼれでもだ。それってなんかあたしと同じかもね」
本当にチオリと似ているよね。異世界勇者のチオリも随分チートで最強だった。
「でも、チオリは最初からすごい人だよ。元から戦闘できる人なのではないか?」
「そうだよ。本物の剣を使った経験があるわけじゃないけど、ここであたしは『剣道』をやってるから剣術はある程度。あっちの世界で魔法を加えたら、『魔法剣術』になって、最強になったよね」
「まあ、そもそも全然戦えない人なら、魔法が使えても、チオリみたいに最強にはなれないはずだよね」
「そうかもしれないね。『元々弱いのに異世界に来たらいきなり最強』っていうほど、現実はあんなに甘くないよね」
「それに、努力もしないのにいきなり最強だなんて、そんな人生の話なんて何が面白いの?」
「確かにそうだね。でも、実際にああいう小説は、なんか割と多いよね。大人気だし。これは人によって違う考えだ」
「ボクにはあまり理解できないかも」
精いっぱい奮闘していく人の物語の方が面白いはずだと思う。ボクだってずっとあっちの世界で努力してきたのだから。
「日本の社会では……いろいろあるね。ここで長く暮らしていけばわかるよ」
「チオリはまだ学生なのに詳しいね」
「それは……、実は自分の経験ではなく、お父さんからよく聞いた」
「そう……」
チオリのお父さん……春樹さんも仕事で大変なのか? 日本の会社ってこんなにやばい? なんか自分の未来のことが不安になってきたかも。
「頑張っている人が報われないのはなんか……」
「じゃ、さっきの『本好きの神様に拾われた女の下剋上』はおすすめだね。この物語の主人公は転生してからすごく頑張ってきたからやっと報われる。こういう話はいいよね。ブラック企業で働いていた頃はどう頑張っても報われなかったから」
「そうね。精いっぱい踏ん張っていく人を見たら応援したいよね」
「それだけじゃないよ。この物語の主人公はね、やっと自分の工房を建てて人々に仕事を与えて、その手下の人たちのことにもちゃんと思いやり深い」
「前世の自分のような思いをさせたくないためなの?」
「そう。絶対『ブラック企業』にならないようにいつも気を配っている」
「本当にいい話だね」
でも所詮これはただの小説だよね? 物語の世界で夢を見ることもいいけど、やっぱり現実と向き合わないとね。
なんかここに来て、結局ボクたちは小説の話ばかりしていたね。でもチオリとこういう話をするのは案外楽しかったよ。
「チオリって小説やアニメが大好きだよね」
「うん! 大大大好きだよ! 母さんの影響だからね」
「確かに、緻渚さんは小説家だよね?」
「そう。だから子供の頃からあたしはいろいろ小説を読んでいたよ」
「なるほど」
「でもね、『小説を読む時間があるなら歴史などの教科書を読んだ方がいい』って言った友達もいる」
「まあ、それも一理あるかもね」
時間をかけて読むのなら、誰かによって作られた物語ではなく、実際に起きた物語の方が役に立つ。そんな風に考える人ならあまり小説を読まないでしょう。
「母さんも歴史や文学に詳しいよ。小説を書くにはいろいろ勉強しておく必要があるから」
「ボクも今まで歴史をよく読んでいたよ。あっちの世界の歴史だけど」
「これを母さんに教えたらいろいろ小説のネタになれると思う。そもそも歴史がきっかけとしてできた小説も多いそうだ」
「それはよかったね。ここではあっちの知識なんてあまり役に立たないかと思っていた」
ボクの学んでいた知識は絶対に無駄ではない。そう思えるとなんか心強くなってきた。
その後も様々な店で歩き回って、本当に面白いものいっぱいだ。いろいろ買ってきた。チオリがこの場所を好きって理由はわかった。
「あたしのいなかったこの3ヶ月の間にいろいろ新しいものがたくさん出たね。ついいっぱい買ってきちゃった」
「そうか。チオリは3ヶ月ずっとあっちだったから」
今のチオリは本当に楽しそう。いっぱい買い物ができて満悦したようだ。
「これで終了。もう夕飯の時間だね。イヨヒくんは何を食べたい?」
「そうだね。東京の名物とかは?」
「え? それはあるかな? よくわからない。東京なら何でもありそうだから」
「そうよね。首都だから」
「でも、ちょっと調べてみるね」
チオリはスマホを使って調べてみた。
「えーと、『もんじゃ焼き』とかかな……。あたしもまだ食べたことがない」
「どんなもの?」
「これ」
チオリはスマホの画面の中に映っているもんじゃ焼きの写真をボクと緻羽ちゃんに見せた。
「何これ? 変!」
写真を見て文句あるのはボクではなく、緻羽ちゃんだった。ボクはそもそもここの食べ物なら何でも見慣れないから、これを見ても特に何の感想もないけど、緻羽ちゃんはそうではないみたい。
「まあ、確かに見た目はあれだけどね。とにかくこの辺りにどこに店があるか調べてみる」
「ちょっと、姉ちゃん、他にしようよ! 他に……」
なぜか緻羽ちゃんの悲鳴はチオリに無視されているみたい。
「えーと、チオリ。ボクは別にいいけど、緻羽ちゃんは嫌みたいだ。いいの?」
「あ、いいよ。これはいつものことだ。この子は好き嫌いが多いんだから。あまり甘やかしては良くない。ちょうどいい。あんなに嫌がる様子を見たらむしろすぐ決定できたよ」
「そういうことか……」
「なんでイヨヒお姉ちゃんの意見をちゃんと聞いたのに、チハネの意見は無視なの!?」
「緻羽に訊いたらこうなるとわかったから」
「姉ちゃんの意地悪!」
「文句言わせないよ。さあ、行こう……」
チオリは意外と妹に厳しいみたいだ。緻羽ちゃんはちょっと可哀想かも。
「イヨヒお姉ちゃん……」
「いや、ボクに言われても……」
そしてボクたちはもんじゃ焼きのあるお店に行く。緻羽ちゃんは最初は嫌そうな顔だけど、実際に食べてみたら結構気に入っているみたいでよかった。
やっぱり『見た目で物事を判断してはいけない』ってのは本当みたいだね。人間も食べ物もそう。




