50:いつしかのしおり
「すごい! 高い建物」
電車に乗って、六本木駅という駅から出たら、周りは高い建物いっぱい並んでいる。その中に、一番高くて聳え立っているのは……。
「目標はあのビルだよ……いや、間違った。あれはミッドタウンタワーだった。ちょっと待って」
チオリはスマホで地図を見ながら目標を探している。この辺りに来るのはチオリも今回初めてみたいだね。
「あっちだ。六本木ヒルズ。これは東京の摩天楼の一つ」
「天を摩するほどの高楼だよね。本当に高い」
「うん、ここの一番高いビルではないけど、屋上は展望台になっているから、あの場所から周りの風景を俯瞰しやすいよ」
「へぇ、こんなところもあるよね」
「うん、ちなみに六本木ヒルズよりミッドタウンタワーの方はちょっとだけ高いようだけど、展望台がない」
今ここからこの高いビルを見上げるだけでどんどんドキドキしてきた。
「さあ、行こう。イヨヒくん。緻羽」
「「うん!」」
・―――――・ ※
「やっぱり東京って本当に大きいよね!」
六本木ヒルズという建物の屋上からこの超巨大都市の風景を遠いところまで眺望できる。
「二人ともすごく嬉しそう」
「うん、こんな絶景」
「あたしもよく東京に来ているわけじゃないから、今もドキドキしてるよ。このビルに来るのも初めて」
「それなら、この光景はチオリも初めてなの?」
「まあ、このビルからはそうだけど、実は以前はあっちの方から見たことがあるよ」
そう言ってチオリは遠くにある場所へ指を差した。
「何その柱みたいなもの?」
「あれは『東京タワー』だよ」
「あれも建物なの?」
「うん、変わった姿形で目立つよね。だからこれは東京の象徴的な存在だよ。日本人なら誰でも知っていると思う」
「あっちにも似ているような柱があるね。あれも建物なの?」
「うん、あれは東京スカイツリー、東京で……ううん、日本で一番高い建物だよ」
「本当にすごく高そうだ」
こんなに高い建物はあっちの世界では造られないはずだ。
「東京スカイツリーは600メートル以上みたいだ。あっちの展望台に行ったらここよりもっと高いところから風景眺められるよ」
「ここでももうこんなに高いのに」
「うん、東京には高い建物がいっぱいあるよね」
「本当に建物だらけだ。あっち遠くまで見渡しても建物ね。あ、でもあっちはなんか緑いっぱい。なんで? 公園とかかな?」
「あれは確かに……」
チオリはスマホを見ながら説明した。
「皇居だね。あそこはこの国の天皇……つまり、王様が住んでいる場所だ」
「王宮か? どこの国でも王族は特別だよね。あんな広くて、しかも首都のほぼ中心に近い場所を独り占めするなんて」
「まあ、確かにそうだよね。でも日本の場合、王様は絶対的権利があるわけではない。ここは民主主義国家だから」
「民主主義って?」
「あっちみたいな君主制と違って、民主主義なら国民は誰も特別な権利を持っていない。つまり、『国民みんな平等』ってこと。王様でもただ国民の一人に過ぎない。神様なんかじゃない」
「すごいね。こんな国も存在するなんて」
みんな平等って、なんかとても素敵で理想的だよね。これは楽園?
「日本だけでなく、韓国やドイツも……まあ、現代のこの世界にはこんな民主主義の国がたくさんあるよ」
「本当? この世界っていいよね」
「長い歴史を持ってるから、いろいろ事情があって、今この状態に辿り着いた。もちろん、他の国では独裁主義とか共産主義とかもあるけど、今の時代では民主主義の方が主流だ」
「あっちの世界では、難しそうだね。貴族と庶民、金持ちと貧乏人、魔法が使える者と使えない者、いろんな形で差別が絶えない」
「でも『金持ちと貧乏人』の差だけは、ここでもまだありきたりの問題になってるよ。むしろここでは『お金が全て』って宣う人もうじゃうじゃいる」
やっぱりお金ってどこにとって偉大な存在だね。でも、これでも十分いいと思う。
「あの、ちょっと私たちの写真を撮っていただいてもいいですか?」
いきなり20代の女性がチオリに声をかけてきた。どうやら自分たちの写真を撮るのに手伝ってもらいたいようだ。
「はい、いいですよ。イヨヒくん、緻羽、ちょっと待ってね」
「うん」
チオリがしばらく離れたから、今ボクと緻羽ちゃん2人きりになった。
「緻羽ちゃんも皇居に興味津々なのか?」
さっきから皇居をじっと眺めている緻羽ちゃんを見て、ボクは訊いてみた。
「まあ、なんとなくあっちのこと思い出させたから」
「そうだよね。ボクも」
やっぱり緻羽ちゃんもそうだよね。一応あっちで昔わたくしは国の王女だった。緻羽ちゃんの前世はあっちの国の騎士で元王子の親友でよく王宮出入りしていたね。そしてわたくしと同じように前世で王族との問題があって、あまりいい思い出ではなかった。
「王族に生まれても、いいことばかりじゃないよね」
「やっぱり、エフィユハ姫でもそう思ってるよね」
「まあ、いろいろあったからね」
あの時は本当に散々だったね。
「でもたとえあまり好きじゃないとはいえ、それでもやはりわたくしの生まれ育った場所だから」
「でもあっちへ帰郷するつもりはないよね?」
「もちろん、こっちに来られてよかったよ」
「チハネは、こうやってここに来られたのは、エフィユハ姫のおかげだね」
「いや、わたくしの所為だ」
ボクの所為で緻羽ちゃんはここに転生してしまったっていうことだ。死んだっていう事実はあまりいいことではないと思うけれど、本人は今の生活を満足しているようだから、これでいいのか?
「2人何の話をしてるの?」
チオリが戻ってきた。チオリには緻羽ちゃんの前世のことを隠しているから、この話はこれで終了だね。
「イヨヒお姉ちゃんのおかげでチハネがこんな素敵な場所に来られるって」
と、緻羽ちゃんは答えた。まあ簡単に言うとそんな話だよね。
「ここに連れてきたのはチオリだけどね」
「まあ、2人を連れて来たのはあたしだけど、お金を出したのは母さんだよね」
「そうよね。チオリと緻渚さんに、本当にありがとう。ここに連れてきて。とても素敵な場所だよ」
「イヨヒくんにはいっぱい知っておいて欲しいんだ。ここのいいところ」
「チオリはこの国が好きだよね」
こんな素晴らしい国、嫌いなわけがない。
「そうだよ。でもあっちの世界も素敵だよ」
「ボクから見れば、ここの方が圧倒的いい場所だけど」
「でも、あっちの世界では魔法が使えるからね。あたしはずっと憧れてたよ。あんな世界」
「まあ、ボクの世界のいいところを強いて言えば、魔法が存在するっていうことくらいね」
魔法があることでいろいろ便利ってのは事実だけど、その代わりに魔物や魔族いっぱいいてすごく危険だ。
「どっちでもいいところと悪いところが存在するね」
「まあ、そうだよね」
ボクはここに来た理由は日本への憧れでもあるけど、自分の国のいいところも多いっていうことは確かにわかっている。悪いことばかりではない。
「チオリ、ちょっと話が変わるけど」
ボクは先ほどから気になっていてまだ心に残って消えていないことがある。チオリなら何か知っているのではないか、って期待している。
「『サチちゃん』って人は誰なの? チオリは知っている?」
「誰? 本当にいきなりだね。えーと、こんな名前は聞いたことない」
「なら、『シオリ』って名前は?」
「えーと、これも聞き覚えがないね」
「そうか」
やっぱりチオリもこれについてわからないよね。
「どうしたの?」
「さっき紗織さんといた時に、ボクが一瞬変な様子になったところを、チオリも見ていたよね? あの時ボクは何か変な声が聞こえてきた。その話の中ではその名前が出てきたよ」
「そんなこともあるのか? 何だろうね? でもその名前あたしは本当に聞いたことないと思う。紗織さんのことじゃないの? あたしの名前とも似ているようだけど」
「いや、『サオリ』でも『チオリ』でもなく、確かに『シオリ』だと聞いた」
名前が似ているけど、多分別人だと思う。
「あんなにはっきり覚えたの?」
「まあ、何か大切な何かのような気が……」
幻聴みたいな感じだけど、なぜかあの声の言葉一つ一つボクは覚えている。頭に刻み込んだような……。
「大切なもの? そんなに気になることなの?」
「ううん、正直よくわからないかも。けどやっぱりもういいよ。大したことではないと思う。今のは忘れて」
たとえどうであれ、ボクには関係ない人みたいだから。チオリにも関係ない……と思う。だからもう余計なことを考えないで、早く忘れた方がいいかもしれない。
「次の目的地に行こう」
「うん」
十分東京の美しい景色を満喫した後、ボクたちは六本木ヒルズから離れた。




