5:自分の好きな女の子より自分が可愛くなってどうする?
「ここは私と旦那の部屋よ」
今ボクはチオリのお母さんの部屋まで付いてきた。ここはチオリの部屋よより広い。ベッドも二人用のもの。旦那さんってつまりチオリのお父さんだよね? 今いないのかな? チオリ、やっぱり家族で両親二人揃って、本当にいいよね。
この家にはチオリと母と父と妹、4人暮らしのようだ。
ちなみに、チオリの妹さんも一緒に付いてきた。この子は本当にボクに懐いているよね。不思議なくらいに……。
「貴方は、イヨヒちゃん……だっけ?」
「はい」
今チオリのお母さんは初めてボクの名前を呼んだ。『ちゃん』付けってなんか新鮮だ。幼少の頃はお姫様だったから、そう呼ばれたことはない。
「自己紹介はまだだよね。私は稲根緻渚、緻織の母親よ。はじめまして」
そういえば『イナネ』は確かにチオリの名字だ。そして『チナギ』は下の名前のようだ。日本の人は先に名字を言うとチオリから聞いた。
「えーと、どう呼べばいいのでしょうか?」
「下の名前……緻渚でいいよ」
「は、はい。緻渚さん、よろしくお願いします」
チオリのお母さん……緻渚さんは自分の名前を教えた。これから名前で呼んだ方がいいよね。
「ほら、緻羽も自己紹介しなさい」
「はじめまして、『緻羽』と申します」
妹さん……緻羽ちゃんも自己紹介をした。何この子可愛すぎ!
緻渚、緻織、緻羽。似ていて覚えやすいよね。
「うん、緻羽ちゃんだね。さっきも言ったけど、ボクの名前はイヨヒ。はじめまして。よろしくね」
「はい、イヨヒお姉ちゃん……」
「お姉ちゃんか……」
そう呼ばれたことないからなんか新鮮だ。妹がいるってこんな感じだね。
「あった。この服よ」
いつの間にか緻渚さんがある服を持ち出した。
「この服は……」
「どう?」
渡されたのは花柄の白いワンピース服だ。下半身の方は、多分膝の少し下くらいまで長い。そしてフリルが付いている半袖。確かに女の子っぽくて可愛らしい服だ。女の子がこんな服を着ていると似合うと思う。でも……。
「ボクはこんな服……?」
「きっとすごく似合うわよ」
「本当にそうでしょうか……」
今までずっと8年も男として生きてきたのだから、こんな服が着られるのか? 確かに子供の頃、つまりお姫様だった頃はもっといろんな可愛くて派手な服をたくさん装着した覚えがあるのだけれど、今のボクはどうかな?
「自分でできる? 着方とか大丈夫?」
「それは……、多分よくわからない……かもしません」
もちろん、ワンピースやドレスくらい昔は着たことがあるけれど、あの時はお姫様で、しかもまだ子供だったから、自分で着る必要がなかった。自分で服を着るのは男になってからのことだ。だからこんな服を自分で着たことはない。
「そうか。でもイヨヒちゃんは、昔も女の子だったと言ったよね?」
「もう8年前のことです」
「あんなに小さい頃から? じゃ、あの時のことはよく覚えていないのも当然だよね?」
「え? いいえ、8歳の時だからちゃんと覚えています」
「8年前は8歳って、へぇ!? イヨヒちゃん、今何歳なの?」
なぜか緻渚さんは不思議そうな顔をした。
「16歳ですが……」
「本当!? てっきり12歳くらいだと思ってたわよ。意外だ」
「……」
やっぱり今のボクは子供っぽい? 背も低いしね。そう見られても当然なことかも。でもなんか納得いかない。
男の時だって、最初はチオリに年下だと思われた。本当は同い年なのに。
「もしかして、あの世界の人間の成長はここより遅いとか?」
「え? いいえ、そんなことないと思いますよ」
今『はい』と答えて誤魔化してもいいかもしれないけど、そうしたらボク一人の所為であっちの人間のイメージが変になってしまって、申し訳ないよね。
「じゃ、イヨヒちゃんだけちっ……特別ね?」
「……」
今『ちっちゃい』って言いかけたような?
「ごめん。気になってるの? でもこれはイヨヒちゃんが非常に可愛いっていう意味よ」
「……」
今は慰めようとしているようだけど、これもあまりフォローになっていないような気がする。
「イヨヒお姉ちゃん、可愛いよ!」
妹さん……緻羽ちゃんまで気を遣ってもらった。
「ありがとう。緻羽ちゃん」
いい子だ。でもこうなるとボクはなんかかっこ悪いね。
「とりあえず、私は着方を教えるよ」
「はい、よろしくお願いします」
話は脱線してしまったけど、今着替えることがこの部屋に入ってきた目的だ。やっぱりこのワンピース服を着ないといけないよね。
どうせもしボクはこれからここで生きていくつもりだったら、また男になることはできないだろう。ずっと女の子として生きていくしかないよね。やっぱりちゃんと覚悟を決めないとね。
よし、やっぱり着るぞ!
「そういえば、イヨヒちゃん、下着は?」
「下着? 服の下に装着するもののことですか?」
「うん、そうよ」
「着ていませんが……」
あっちの世界では服によって下着とかが必要になる場合があるかもしれないけど、今着ている魔道士の服なら下着など必要ないから。
そもそもたとえ着たとしても、もちろん男物だよね。女の子になった今は似合わないかもしれない。
「え? つまり、ノーパンノーブラ?」
「のーぱん? のーぶら?」
知らない単語だ。全然意味わからない。
「その反応、やっぱりか……」
緻渚さんはなぜか呆れたような顔になった。
「あのね、イヨヒちゃん、ここでは女の子みんなちゃんと下着を着ないといけないの」
「え? そうですか?」
つまり、緻渚さんと緻羽ちゃんも今着ているってことかな? 外から見ても全然わからないけど。
「母さん、イヨヒくん、まだ?」
「チオリ……」
チオリの着替えが終わったようで、今この部屋に入ってきた。チオリの今着ている服は地味な白いTシャツと紺色のズボンだ。これはここの女の子が着る服……ではなさそうだ。ここの文化がよくわかっているわけではないけど、こんな服はどう見ても中性的だ。それにさっきの話によると、チオリがそもそも女の子っぽい服を着る気がないようだ。
「緻織、さっき食堂に集合するって言ったはずよ」
「そうだけど。考えてみればイヨヒくんの方が時間かかりそうだし。やっぱりまだ全然着替えていないじゃん。ここに入ってきて正解だ」
確かにまだ時間がかかりそうだ。チオリが入ってきていいかも。
「まあ、いろいろ問題があってね」
「何か問題あるの?」
「イヨヒちゃん、下着がないって」
「やっぱりか。でも別に今外に出るわけではないから」
「そうだけど……。まあ、仕方ないか。じゃ、イヨヒちゃん、そのままでいいわ」
「はい?」
確かに今すぐ出掛けるつもりはないよね。ならとりあえず今下着がなくても問題ないってこと?
「チオリも、下着を着ていない?」
「え? ち、違いよ。あたしはちゃんと着ているよ!」
「そ、そうか。ごめん」
そう訊かれてチオリの顔が赤くなってきた。しかも恥ずかしそうに両腕を自分の胸のところまで上げた。なんか今ボクが今ついデリケートな質問をしてしまったよね。
「それより、やっぱりこの服、イヨヒくんが大丈夫なの?」
チオリがボクを着ようとしている服を見て疑問を持った。
「大丈夫だ……と思う。やっぱり、今の体は女の子だから」
迷っていたけど、仕方がないと思う。今これしかないようだし。
「そうよ。イヨヒちゃんに絶対合うわよ。緻織だって、ちゃんと女の子っぽい服を着たらいいのに」
今チオリが着ている服って、確かに地味で着やすそうなものだ。あまり女の子っぽくないって感じ。あ、でもチオリだからどんな服を着ても可愛いよ!
「いや、それは、ちょっと……」
「まあいいか。やっぱり緻織よりイヨヒちゃんの方が似合うよね」
「へぇ? 緻渚さん、そんなことないはずです。そうだよね、チオリ?」
ボクは今まで男だったから、いきなりそう言われてもむしろ困る。
「うん……」
チオリはじっとボクをあっちこっち見つめている。なんか恥ずかしい。どこを見ているの?
「やっぱりあたしが着るより似合いそうだよね。きっと可愛い」
「へぇ!? チオリまで……」
チオリがニコニコ笑った。ボクを揶揄っている?
自分の好きな女の子より自分の方が可愛い……とか褒められてもなんか複雑な気持ちだよ。
「あの、やっぱりチオリの方が可愛いよ。綺麗だよ。素敵だよ」
って、今ボクは何を言った!? 本当のことだけど、いきなり女の子をこんなに褒め言葉を連発するなんて、自分でも恥ずかしい。
「は? そんなことないはずだ。確かに可愛さならあたしはイヨヒくんに負けるよね」
「へぇ!? ボクが? いや、そんな……」
あり得ないよ。そんなの違うはずなのに。ボクにとってチオリは一番美しくてかっこいいよ。ボクなんかはチオリより可愛くなってどうするの? 滅相もない。
「もう、二人ともこの辺にしておこうね。イヨヒちゃん、そろそろ着替えよう」
「はい、そうですね」
このままずっとうじうじしていたら、話は進まないよね。
「さあ、イヨヒちゃん、早く服を脱いで」
「はい……。へ? えぇ!?」
緻渚さんにそう言われて、ボクがさっきよりも更に愕然とした。
服を脱ぐって、ここで? 女3人の前で!? なんでこんなことに?
そんな無理! 無理だ! 無理!