48:いなんとかとさち
「着いたわ。東京へようこそ」
ボクたちが東京駅に到着して、新幹線から出たら、緻渚さんは自慢げな笑顔でボクに歓迎の言葉を告げた。
「人いっぱいですね」
金沢も人が多くて騒がしかったけど、やっぱり東京はそれ以上だ。
「イヨヒちゃん、大丈夫かしら?」
「それは……やっぱりボク、ずっと人にジロジロ見られるのはちょっと……」
周りも人いっぱい歩いている。そして、もちろんその分ボクはたくさんの人に見られている。ボクは別に有名人ではないのにね。まあ、どうせこの白っぽい髪の毛がかなり目立っているからしょうがない。いつか慣れるといいね。
「東京ではどこでもこんな感じね。人口多いから」
「なんか大変そうですね」
多分ここみたいにいっぱい人がいる都市はボクあまり苦手だな。チオリの家の方が居心地いいと思う。ボクはここではなく、あそこに住んでいられてよかったね。
「まずは駅の外に出よう。この駅もすごいよ」
東京駅から出て、周りの風景を眺めてみたら正に絶景だ。東京駅は本当に広大で美しく見える。
「本当にすごい。こんなに大きくて綺麗ですね。金沢駅に負けないくらい」
「ここは首都だから、駅も一番古くて一番豪華らしいよ」
「母さん、イヨヒちゃん、ここで写真を撮ろう!」
記念のためにここで4人一緒にスマホで写真を数枚撮った。
「次は目的地まで地下鉄を使うね。ここみたいな巨大都市には大きな建物いっぱいあるので、鉄路を地下に置かれることが多い」
そしてボクたちは東京駅から地下鉄に乗って目的地の最寄りの駅に向かう。
・―――――・ ※
「着いたよ。ここは稲城駅。さて、ここから目的地まで歩いていけるよ」
駅から出て周りを見てみたらなんか雰囲気はさっきの東京駅の辺りとは全然違って、道すがら人が少なくて、あまり高いビルが見えない。
「ここは案外静かですね。東京は超巨大都市だと聞いたから、てっきりどこでも建物いっぱいだと思っていました」
「この辺り、稲城市はね、東京都内にあるとはいっても、中心から随分離れて……つまり郊外だから、あまり都会って感じはしないかもね」
「なるほど、確かに穏やかな場所ですね」
「イヨヒちゃん、ここが好きみたいね」
「はい、そう……かもしれません」
それに、歩いている間になぜか懐かしい感じが溢れている。まるでここはボクのよく知っている場所と似ているっていう感じだ。
まさかボクはここに来たことがあるの? いや、そんなはずがないよ。東京に来たのは間違いなく今回始めてだから。あっちの世界にもここと似ている場所なんてないはずだ。なのに、なぜだろうね? 羽咋や金沢で歩いた時はこんな感じはしなかったのに。きっとただ気の所為だよ。
「イヨヒちゃん、ぼうっとしたら危ないわよ」
「あ、ごめんなさい」
ボクはついここの雰囲気に呑み込まれてしまったね。
「行く場所は人の家なのですか?」
この辺りには大体人の住んでいるような家が多いみたいだから、やっぱりあの人の家までお邪魔するってことになるの?
「うん、会う人は……紗織先輩はね、彼女は私の高校の頃の先輩で、そして兄の友達でもあるよ。それと、友達の姉でもある」
「母さんの『兄の友達』って、兄は矢凪伯父さんなの?」
「うん、兄さんの友達だよ。みんな同じ高校に通っていたの。兄妹揃って」
「矢凪伯父さんも、あの先輩も、この辺りに住んでいるのか?」
「そうよ。今兄さんが住んでいるのは元々私たちの実家ね」
そういえば先日もこんな話をしていたね。予定はまず紗織さんって人の家に行って戸籍の話をする。その後ついでに緻渚さんの実家にも寄っていく、って。
「着いたよ。ここ」
お喋りしながら歩いていたら、つい目的地に到着した。
ここは3階建ての家のようだ。小さくはないけど、すごいコネを持っている偉い人の家だと聞いたから、最初は大きくて豪華な屋敷みたいな姿を想像していた。だから実際に見るとなんか意外と小さめな気がする。
「緻渚ちゃん、久しぶり」
「はい、紗織先輩」
家の中に入ったら、すぐあの人と会った。眼鏡をかけている女性で、年齢は緻渚さんと同い年くらい。
「この子は例の異世界の子なの?」
「はい、誰にも言わないでくださいね」
「わかってるわ」
この人はすでにボクの正体のことについて緻渚さんから聞いたらしい。やっぱり、助けてもらうのだから真実全て言わなければならないよね。
「はじめまして、私は大向紗織」
「イヨヒと申します。はじめまして」
「生の異世界人? すごく可愛い女の子ね! 抱かせてもらってもいい?」
「は? ……えーと」
な、なんでいきなり!? 別に嫌っていうわけではないけど、なんか……。
「抱かせてくれないと手伝わないよ」
「そ、そんな……。わ、わかりました」
こんな言い方なんか狡いよね。
「うふふ、紗織先輩も私のイヨヒちゃんに懐くよね」
緻渚さんと同じく、この人もなぜかこんなにボクを……。なんかここに来て最近女の人に抱かれるのは慣れたよね。もうこれでいい気がする。
てか、緻渚さん、「私の」って……。まあ、確かに今ボクは緻渚さんの義理の娘になっているけど。
「……っ!」
……紗織さんに抱かれたその瞬間なんか不思議で微妙な感じがした。それは嫌な感覚ではない。むしろ懐かしさというか……よくわからないかも。この世界に来て初めて緻渚さんに抱かれた時も、なんか似ている感じだった。
そしてまた誰かの声が聞こえてきた。ボクの頭の中で……。
『〜⋯姉さん、サチちゃんは彼氏を連れてきたんだよ。あのイ……何とかさんって人』
『〜⋯’シオリ、落ち着いて……』
『〜⋯友達は幸せそうで、あたしも喜ぶべきなのに。でもやっぱりそんなのできなかった』
『〜⋯’こんなに彼女のことを……?』
『〜⋯もうサチからあの男の話を聞きたくない。近くにいると胸が痛い。でも、いきなりあたしが距離を取ったら、サチちゃんは傷ついちゃうよね』
『〜⋯’そんなこと考えるのは止めよう』
『〜⋯ごめん、姉さん。あたし取り乱しちまって。でもなんか無理だよ。そんなこと認めたくない。でも本人に言うわけにはいかない。あたし、どうしたらいいの? 姉さん……』
『〜⋯’諦めるしかないよ。だってあの子は……』
なぜか、この会話を聞いたらボクは涙が出てしまいそうなくらい悲しい感じになって……そんな気がした。
しかし、この声はどこから響いてきたの? なぜボクがいきなりこんなもの聞こえているのか? 今のボクはまだ全然わかる術はないみたいだ。




