43:転生幼女はキマシタワーでいいの?
「イヨヒお姉ちゃん、姉ちゃんのお嫁さんになるの?」
「な、何を言っているの? 緻羽ちゃん!」
夕飯の後、ボクは寝室で緻羽ちゃんと二人きりになったら、いきなり緻羽ちゃんがまた変なことを言った。
「じゃ、チハネのお嫁さんにしよう」
「緻羽ちゃん、冗談はこの辺にしようね」
「えへへ」
やっぱり悪戯気分だったね。この転生幼女はなんか油断できない。
「案外いい性格しているね。あなたは……」
家族のみんなからはただ純粋な女の子の言葉のように見えるかもしれないけど、ボクはこの子の正体を知っているのだから、猫をかぶっているっていう事実はボクにはすぐ見抜かれるよ。
「チハネは子供だから、なんか悪戯好きってのは普通だよ」
「いや、中身は大人でしょう。子供であることを言い訳にするなんて卑怯だよ」
子供だから何をやっても許されるとでも思っているのか? 今日のことで緻羽ちゃんの本性は思い知らせられたね。ただ無邪気な子供だと思ったら大違いのようだ。今度もっと警戒しないと。
「幼女って意外と素敵かもね」
「それ、自分で言うのか!?」
「せっかく転生したから、今の生活を謳歌したいよね」
なるほど。どうやら緻羽ちゃんは本当に幼女生活を享楽しようとしているね。満喫しすぎて人を困らせるくらいだ。でも、この様子を見てボクとしてはむしろ安心したかも。
なぜなら、元々この人が転生者になったのはわたくしを救った所為だった。だからこれから新しい人生で楽しめなければボクの不安も解けないかもね。
緻羽ちゃんが幸せなら、ボクも満足だ。ただし、やっぱりほどほどにして欲しいよね。人に迷惑をかけたら駄目だろう。
「でもね、緻羽ちゃん、正体を隠そうとしているのに、悪巫山戯しすぎて、もし襤褸が出たらどうする?」
「今までもいつも家族でこんな風に揶揄っているから、別に問題ないよ」
「そうなの? 確かに本当に仲のいい家族だね。緻羽ちゃんも、チオリも、緻渚さんも……。それに比べてわたくしの家族は……王族だから、あまりこんな風に冗談したり揶揄ったりしなかったね」
わたくしの母上は優しくないわけではないけど、なんか生真面目であまり冗談を言ったり悪戯したりしなかった。緻渚さんとは大違いだ。
「ボクの家族もそうだったね。お姫様みたいに王族じゃないけど、一応貴族だよね」
「やっぱりそうか」
緻羽ちゃんの前世は騎士だったからね。騎士は大体みんな貴族だ。
「でも、チハネの……今の家族……稲根家は全然違うよね。みんないつも一緒に遊んで笑っている」
「これはこの家族だけなのか? ひょっとしてこっちの世界の家族はこれが普通なのかもしれないよ?」
「さあ、ここの他の家族のことはまだよくわからない」
「でもボクは本当にこの家族が好きだよ」
「うん、チハネもみんなのこと大好きだよ」
「そうだね……」
本当に仲のいい家族だ。緻羽ちゃんもチオリも幸せ者でよかった。家族みんなのことが大好きだよね。
「ね、『好き』って、普通の家族としての好きだよね? それ以上に特別な意味ではないよね?」
「は? そのはずだよ。なぜそんなこと訊くの?」
「だって、今の緻羽ちゃんの自我はもう大体前世のものになっているから、みんなに対する認識は変わらないのかな?」
中身は16歳の男子だから、チオリみたいな可愛い同い年の女の子を好きになってもおかしくないよね。今ボクはなんか駄目なことを想像してしまったね。今の身分でいうと二人は血の繋がった姉妹であるはずなのに。
「それは大丈夫だと思う。チハネと家族との関係はチハネが生まれた時からどんどん築かれてきたものだから、今でもずっと強く認識しているよ」
「そうか」
そうだよね。ボクは気にしすぎるかもね。心配する必要なんてないよね。
「なら、ボクのことはどうかな? その、緻羽ちゃんはボクのことが『好き』だと言ったよね? あれも家族としての好きなの?」
「それは……よくわからないかもね」
なぜか緻羽ちゃんの顔は戸惑っているように見える。あまり自信ないみたい。
「どういうこと?」
「それは……」
緻羽ちゃんはまたボクに抱き付いた。
「緻羽ちゃん……、何を?」
「やっぱり、すごく気持ちよくて落ち着くって感じ。チハネにとってイヨヒお姉ちゃんは特別かも」
「へぇ!?」
特別って、どんな意味なの? まさかこの人は前世の頃からわたくしのことを?
「イヨヒお姉ちゃん……?」
「言っておくけど、今は緻羽ちゃんがまだ子供だし、ボクたちは姉妹だし、それに今は女同士だからね。今は」
なぜかボクは無意識につい『今は』っていう言葉を強調して連発していたね。別に今ではなくてもたとえ昔もこれからも同じであるはずなのに。とにかく変なことは考えては絶対駄目だよ。きっと今の関係が一番だよ。
「うふふ」
緻羽ちゃんはボクの様子を見てくすりと笑った。
「やっぱりイヨヒお姉ちゃんの反応は面白い」
「え?」
「確かに今こうやってイヨヒお姉ちゃんと抱き合うのはすごく気持ちよくて幸せだよ。でも、それは多分イヨヒお姉ちゃんは同郷の人であるおかげだと思う。だから安心感が与えられる」
「あ、そう……だよね」
どうやらただ緻羽ちゃんはわざとボクを揶揄っただけのようだ。それはそうだよね。なんでボクはあんなこと考えてしまったのだろうね。まさかボクって、そんなことばかり頭に入っているの?
「イヨヒお姉ちゃんって意外と思い込みが激しい人だね。きっと頭の中は変なこといっぱい」
「そ、そんなことは……」
実は図星だけど。なんかまた心を読まれたみたいに。ボクはこの人のこと意外と苦手かも。
「というか、これからあなたも普通の女として育って男の人と好きになって付き合うはずだよね?」
いきなり女の子になったってのは、ボクと同じような問題でもあるから、一応緻羽ちゃんの考え方も訊いておきたいね。
「は? いや、なんかあまり想像できないかも」
「そう? やっぱりね」
ボクだって男だった時の記憶があるから、自分が男と付き合うのは抵抗感がある気がする。それに、好きになった人は女の子だし。
「やっぱり嫌だ。チハネはイヨヒお姉ちゃんと付き合う。結婚しよう」
「なんでこうなる!?」
まだその冗談は続くの? もういい加減にして欲しい。
「だって、自分が男の人と付き合うなんて、想像するだけで変な感じになっちゃうよ」
「そう?」
ボクも似ている立場だから、こんな気持はわからなくもないかもね。
「でも緻羽ちゃんは今まだ子供だからまだ考えなくてもいいよね。成長したら自然とその気になるかもしれないよ」
ボクと違って緻羽ちゃんは体がまだ子供だからこれから変わっていく可能性がボクより高いだろう。
「そうかな?」
「よくわからないけど」
でもそうならないと大変になるかもよ。ボクのように。
「でももしチハネが大人になってもまだ男と付き合う気がなければ、その時イヨヒお姉ちゃんと付き合ってもいい?」
「へぇ!? またそんな冗談でボクを揶揄っているの?」
「うふふ、どうかな。この国では女性でも女性と付き合うのはあり得ないことではないみたいだ」
「そうなのか?」
「少なくとも、ここではあっちの世界よりそういうのは受け入れられるようだ」
「そうか」
それはよかったね……。
「なんでイヨヒお姉ちゃんは安心そうな顔をしたの? まさか……」
「えっ!? な、なんでもないよ」
ここでなら女同士でも結ばれるかもしれないってことを想像してみたら、その安心感と嬉しさはつい顔に出てしまったね。
だってさ、そうなるとボクとチオリは……いや、そもそもチオリにとってボクはあくまで友達だよね。やっぱり結局そんなのただの絵空事だよ。
「そういえば母さんも昔はね、女友達と付き合ったことがあると聞いたよ」
「本当に!? 緻渚さんは? 誰と?」
これも意外な話だ。まさかあの緻渚さんは……。
「詳しくはわからない。母さんが自分で言ったことだからただの冗談かもしれない」
「そうか」
びっくりした。そうよね。きっと冗談だよ。緻渚さんにはそんなことはない……よね? 今も春樹さんとラブラブしているみたいだし。子供2人もいるしね。緻渚さん、小さい娘にこんな冗談を言うなんて悪い教育になると思わないの?
「とにかくね、ボクと緻羽ちゃんは多分あり得ないと思うよ」
今のボクの言葉はなぜか無意識に『多分』が付いている。まさかボクはつい心の中からまだ何か期待しているとか? いや、違うし! やっぱりもし本当に可能であればボクは緻羽ちゃんよりもチオリを……。
「まあ、そうだよね……」
「ごめんね」
「ううん、わかってるよ。どうせチハネは姉ちゃんには敵わないもんね」
「まあ……」
わかってくれたようだ。ボクはやっぱりチオリ……。あれ、今緻羽ちゃん、何か変なことを言った?
「なんでそこでチオリが!?」
「やっぱり、イヨヒお姉ちゃんが心から愛しているのは姉ちゃんだから……」
「な……なんでそんなことを?」
「本当だったんだね」
あ! うっかりした。まさかただ鎌をかけただけ?
「いや、違うよ。チオリはその……。もう冗談は止めてよね」
「そう?」
「それにたとえそうだとしてもね、チオリだって、その……ボクなんかのこと、好きになったりするわけがないよね?」
「いや、あるかもしれない」
「は? 本当!?」
「なんか嬉しそうだね。やっぱり期待してる?」
「ち、違う。何でもない」
なんか自分は今いっぱい襤褸を出している。このままではバレてしまいそうだよね。
「これはあくまでチハネの知っている限りだけだけど、今まで姉ちゃんが誰とも付き合ったことないね。好きな人ができたとか話も聞いていない」
「そうか……」
それは意外なことではないよ。だって本人も恋愛に興味ないって言ったから。
「だからイヨヒお姉ちゃんにはチャンスがあるよ」
「いや、だーかーらー、ボクは別に……」
まだ鎌をかける気か? そんな手でもう簡単にボクは騙されないよ。
「姉ちゃんのこと好きじゃないの?」
「いや、その……」
こんな問い方はなんか狡いぞ! もちろん、ボクはチオリのことが好きだよ。大好き。否定するわけがない。でも……。
「えーと……まあ、チオリはすごくいい友達だよね。だから大好きだよ」
これはあくまで友達としての好きだよ、というアピール。
「ただ友達として?」
「え? あー、もちろん今は家族としてでもあるよね」
「ただそれだけ?」
「な、何が言いたいの!?」
なんか拷問っぽい。この子は思いの外鋭くて、しかも意地悪だし。これは前世の記憶や知識のおかげかな? 最早否定する余地はなくなりそう。
「姐ちゃんのことが好きなら素直に言えばいいのに。なんで隠すの?」
「……うっ!」
まさか、ボクを揶揄って楽しんでいるの!? 興味本位でボクのことを詮索しているの? それともただの悪戯? なら止めて欲しい。
「イヨヒお姉ちゃん、顔はすごく赤くなってるよ」
「とにかく本当に何でもないからね。この話はもう終了だ!」
もうチオリに関する話題はここまでにしよう。
「イヨヒお姉ちゃん、もう……」
緻羽ちゃんは頬を膨らませながら、呆れたような顔でちょっと文句を言い出そうとしたが、この辺で折れてくれたみたい。
それでいい。緻羽ちゃんはボクに悪気があるわけではないはずだと思うけど、今ボクはそんなことを考える気分ではないよ。軽い気持ちで踏み込まないで欲しいよ。わかってくれ。だから他の話題にしようよ。
「イヨヒちゃん」
その時ちょうど緻渚さんが部屋に入ってきた。
「緻渚さん……」
「お風呂の準備ができたわよ。さあ、私たち入ろう」
あ、そういえば今日も緻渚さんと一緒にお風呂に入ろうと誘われたね。やっぱり今日もその気満々だ。
「……はい」
今は断ろうとしても無駄だとわかっているから素直に肯定しただけだよ。別に快諾したわけではないよ。
「ほー、よかったね。イヨヒお姉ちゃん、今日また母さんと一緒にお風呂に入るなんて」
そう聞いて、緻羽ちゃんはなんか不満そうな声で言った。
「あら、まさか緻羽も嫉妬?」
「えっ!?」
「今夜チハネはイヨヒお姉ちゃんと一緒に入る!」
「緻羽も入りたい? じゃ、いいわよ。3人でもいいかもね」
「おい! 緻渚さん、3人はさすがに……」
てか、緻羽ちゃん、身体は幼女だけど、中身は男だよね? やっぱり嫌かも……って、そんな言い方だと女とならいいっていうことになるのだよね。なんか今ボクがどんなこと考えても矛盾だらけだ。
もうあまり何も考えたくない。その後の展開も……。もうどうでもいいかも。
とりあえず、今ボクはもう何も考えないと決めたので、今日のことはこれでお終いだ!




