42:転生幼女は意外と油断できないよ?
「明後日土曜日、朝早くから出発するね」
金沢から帰ってきて、今ボクたち昨日と同じ4人食堂で一緒晩ご飯を食べながらお喋りしている。
食事中の話題はまず明後日の予定のことだ。どうやらボクの戸籍改竄の用事を済ませるために東京に行って、ある人と会うことになっている。
「かなり遠いから数時間かかるね。日帰りは可能だけどあまりにもきついかも。せっかく東京まで行くのだから、いろいろやりたいことがあるわ。だから用事が済んだら、あそこで一泊して翌日帰ることにしよう」
「いいね。イヨヒくんを連れて東京のいろんな場所に行きたい」
緻渚さんから予定を聞いたら、チオリが嬉しそうに言った。またボクと一緒に観光する気満々みたいだ。
「遊びに行くわけじゃないけど、まあ少しくらいならいいわ」
「あたしもちょっと買い物もしたいし」
「あら、緻織が買い物だなんて珍しいわね。そうね。久しぶりだから渋谷や原宿に行こうか」
「いや、母さんわかってないね。東京で『買い物』と言うともちろん、聖地……秋葉原に決まってる」
「……あ、そう……」
緻渚さんはなぜか呆れそうな表情をしながら溜息をしてしばらく沈黙した後、白けた声で返事した。
「まあ、そうだろうと思ったわ。緻織らしいね」
「母さんは渋谷に行ってもいいけど、その間にあたしはイヨヒくんを連れて秋葉原に行きたいよ」
「またこんな展開か。今日と同じね。まあいいわ」
ボクと一緒に行きたい場所? 『秋葉原』って一体どんな場所なのかな? なんでチオリがあそこに行きたい? 何の買い物? 聖地って? なんかいい響きだ。気になるよね。まあ、チオリと一緒ならどんな場所でもいいけど。
「で、あたしと母さんとイヨヒくん、3人で東京に行くよね?」
当事者であるボクと、首謀者(?)である緻渚さんはもちろん、そしてチオリはボクの保護者(?)みたいな存在だから一緒に行かないと駄目だよね。
「いや、今父さんは入院で家にいないから、やっぱり緻羽を一人放っておくわけにはいかないよね」
今日もそうだよね。本来なら緻羽ちゃんが一緒に行く必要がないはずだったけど、まだ小さい子供を一人留守番させるわけにはいかないよね。まあ、中身は子供ではないけど、緻渚さんもチオリもこの緻羽ちゃんの正体のこと知っていないよね。
「つまり、今日と同じ4人か」
「うん、緻羽も東京に行きたいか?」
緻渚さんは緻羽ちゃんに訊いた。
「東京って、母さんの実家?」
「うん、言ったことよく覚えてるわね。そうよ。実はついでに実家にも寄っていくつもりだ」
「え? 緻渚さんは東京から来た人ですか?」
これは初耳だけど。
「うん、イヨヒちゃんにはまだ言ったことないのね。そうよ。私は生まれも育ちも東京よ」
「そうですか。でも東京に住んでいたのになんでここに?」
東京ってこの国の首都で一番大きい都市だよね。それと比べたらここはただの田舎。ならなんでわざわざこんな辺鄙なところまで移住するのか、気になってしまう。
もしかしてボクと同じように、命を狙われて誰かから逃げた? 緻渚さんも実はお姫様とか? いや、そんなことあるはずがないよね。ボクは勝手に変な想像をしてしまった。
「それは、愛が導いた結末よ〜」
「愛……?」
どういう意味? なんかいい響きだけど、これだけでは意味深すぎて把握できない。
「母さん、こんな言い方でイヨヒくんはわからないよ。要するに、母さんはここの男に惚れたから結婚して一緒に付いてきて暮らすことになったっていうことだよ」
チオリが緻渚さんの代わりに補足した。
「男って、もしかして春樹さん?」
「うん、ここは父さんが子供の頃から住んでいた家だそうだ」
「そうよ。彼と出会って恋に落ちて私もここに来たの」
好きな人と一緒にいたくて付いてきたって……。こんな話、なんかボクとチオリのことと似ていない? いろいろ違うけど。
「そうですか。緻渚さんはどうやって春樹さんと知り合ったのですか?」
「あの人はね、東京の大学に通ってたの。あの時私はまだ高校生ね。出会ったあの日はね……」
「ちょっと待って! また母さんの恋話だ。これは長くなりそうだから止めよう」
緻渚さんは自分の過去のことを語ろうとしたが、すぐチオリに阻止された。
「なんでだよ? イヨヒちゃんにはまだ言ったことないし」
「こんなことイヨヒくんは興味ないよ」
いや、なんでチオリがボクの代わりに答えるの? 実は興味なくもないのに……。
「女の子はみんな恋話が好きだよ」
「でもイヨヒくんは……」
チオリは何か言い出そうとしたが、途中で言葉を呑み込んだ。もしかして、ボクが女の子ではないとか言いたいだろう。でもそう思っているのはチオリだけだから。
「女の子とかそんなの関係ないし。少なくともあたしはそんなのあまり興味ないよ」
「まあ、確かに緻織は高校生なのに恋の話をするところ見たことないね。やっぱり緻織は例外ね」
チオリは恋のことにあまり興味ない? まあ、そうだろうね。あっちで冒険していた時も恋について訊かれたことがあるけど、あまり気乗りしていなかった。誰に恋に落ちたことはなさそう。
「いや、あたしだけは変みたいに言わないで。イヨヒくんだって興味ないよね?」
「え? ボクは……」
実は、この話はなんか自分も共感がありそうだから正直ボクは聞きたいけど、チオリにがっかりさせてしまうから、やっぱり言いづらいかも。
「なんか長い話になりそうだから、ちょっと……」
「そうだよね。じゃ、母さんの恋話はあたしが代わりに語るよ。要するに、母さんと父さんは東京で知り合って、父さんが大卒して、母さんが高卒したら、2人は結婚して一緒にこの家に住むことになった。うん、お終い」
「緻織よ。なんか略しすぎ……」
「これは母さんがあたしに教えた通りのはずだ。内容合ってるよね?」
チオリらしいね。本当に簡潔な説明だ。
「いや、確かに合ってはいるけど、いろんなところは無視されてるわよ」
「肝心な内容は揃ってるはずだからいいじゃないか」
「全然足りてないわ! まあ、いいわ。後で私がイヨヒちゃんと二人きりの時話すわね」
「え? は、はい……」
まあ、詳しくは本当に長くなりそうだから、後でいいか。
「そういえば、日本では結婚したら女は男の家に住むことになるのですか?」
「例外もあるけど、大抵の場合はこんな感じかしらね。イヨヒちゃんの国でもそう?」
「はい。どっちでも同じみたいですね」
でも、例え愛し合った2人でも、両親が認めないことが多いので、あっちでは駆け落ちはよく発生することだと聞いた。
「緻織も、好きな人ができたら結婚してこの家から出ちゃうわよね」
「え? チオリも?」
チオリは今全然恋のことに興味なさそうだから、想像しにくいかもしれないけど。いつか誰かと付き合うのかな? そう考えるとなんか嫌だな。
「いや、あたしはまだそんなこと考えてないし。ずっと母さんと父さんと一緒にいたいと思っている」
「今はそう思ってるのね。いつか考え方が変わるわ」
「例え好きな人と結ばれてもあたしは相手を連れて一緒にここに暮らすよ」
「あら、まあ確かにそうね。実際に緻織は嫁を連れてきたしね」
「……っ!」
「母さん! そんな言い方だと……」
今のボクは本当に嫁入りのように見えるの? でも、確かに好きな人のところに追い付いて同居して一緒に幸せに暮らしていくってのは本当に嫁入りと同じだよね。だからボクにとって今のところは勝手にそう思ってもいいかな?
いやいや、なんか違う。これは逆ではないか? 実は婿入りの方が正しいのでは? ううん、今女同士だからどっちでもないか。まあ、今のはどうせ緻渚さんはただの冗談で言ってボクたちを揶揄っているだけだと思うけどね。だから本気で考え込まない方がいいかも。
「ごめんね、イヨヒくん。母さんはよくデリカシーのない冗談を……」
「え!? デリカシーないって、緻織には言われたくないね」
この母娘って、どんな話題でも結局こういう落ちだよね。今日だけでももう何回目か。最初は喧嘩にも見えたが、どうやら全然違うみたい。多分これはチオリにとって日常のやり取りみたいだ。
「うふふっ……」
そう思ったらボクはつい笑い出してしまった。
「イヨヒくん、なんで笑うの?」
「あ、いや、その……。2人を見たらなんかつい……」
でも本当にいいよね。中のいい母娘って。昔わたくしも母上とはある程度こんな感じだけど、どうせ王族だからこんなに砕けた話はさすがになかなか難しかった。
「ね、姉ちゃんとイヨヒお姉ちゃんは、結婚したの?」
「……っ! 緻羽ちゃん……」
なんでいきなり緻羽ちゃんはそんなことを?
「ほら、母さんが冗談しすぎて、緻羽は誤解したよ!」
誤解って? いや、ひょっとして違う。そもそも今この子の中身はもう大人だから、こんな簡単に誤解するわけがないだろう。この子の正体を知っているボクから見れば、どう見てもただわざと世間知らずの子供を演じようとしているだけみたいだ。
「違うの? 姉ちゃん」
「ち、違うよ」
「母さんと父さんと同じじゃないの?」
まだ訊き続ける気かよ! 緻羽ちゃん、意外としつこい。
「なんでそうなる? 今のはただの母さんの冗談だから忘れて」
なんかチオリも困っているようだから、止めて欲しいな。
「後でボクは緻羽ちゃんに正しい知識を教えてあげるから、今その話はもういい!」
「はーい! うふふ」
この子、笑っているし、やっぱりわざとだ。なんか緻羽ちゃんって、思ったより悪戯好きだよね。油断できないかも。
「そういえば、明後日どうやって行くのですか? 今日と同じ電車ですか?」
とりあえず今話題を変えよう。
「あ、ここから東京に行くなら一番速い手段は間違いなく北陸新幹線ね。まず金沢駅……」
そして緻渚さんは東京までの電車について説明し始めた。
その後は、明後日の予定とか、チオリの異世界での話の続きとか、食べながらいろんなお話を続けていく。




