40:亀亀に引っ張られる船に乗ってみたいけど ◎
「大きい市場だね」
金沢の観光が終わった後、ボクたちは緻渚さん緻羽ちゃんと集合するために近江町市場に来た。
ここの店や屋台を見れば肉とか野菜とか、食材いっぱい並んでいるね。
こっちの世界でも、人がよく食べる肉はあっちとはあまり変わらないみたい。詳しく見ればいろいろ違うみたいだけど、とにかく要するに、豚は豚であり、牛も牛であるってことだ。
「母さんはあっちだよ」
「緻渚さん! 緻羽ちゃん!」
「あ、緻織、イヨヒちゃん! ちょうどいいわ」
緻渚さんがボクを見るなり、なんか大喜びみたいだ。
「2人が来て助かるわ。これ持って」
「……は、はい」
そう言われて緻渚さんから大きな袋がボクに渡された。これはちょっと重い。
「いっぱい買ってきたようだね」
荷物持ちにされてチオリが呆れそうな声で呟いた。
そういえば緻羽ちゃんも袋を持っている。どうやら緻羽ちゃんも荷物持ちにされたようだ。
「で、イヨヒちゃんはどう? 楽しかった?」
「はい。ここは本当に美しくて素敵な場所です!」
買い物を済んだ緻渚さんの質問にボクが元気な声で答えた。
「どこまで行ってきたの?」
「え……最初は確かに長町という旧市街で、そして次は……どこかな、チオリ?」
たくさん歩き回っていたから、全部覚えていないの。
「長町の後は、尾山神社、金沢城。そしてここに来る直前はひがし茶屋街にも行ってきた」
さすがチオリ、全部覚えているね。
「兼六園は? 行ってないの?」
「あれは秋の方がいいと思うから」
「そうか。また遊びに来る気か」
「まあ、イヨヒくんも今日観光できて楽しんだんだから」
「買い物の時よりも楽しかった?」
「もちろん!」
ボクの代わりにチオリは自信満々で答えた。
「私はイヨヒちゃんに訊いてるけどね……」
「そうだよね。イヨヒくん?」
「あ、うん。すごく楽しかった」
もっと正確に言うと、楽しんでいたのはボクよりもチオリの方だけどね。実際にボクは別に買い物より観光の方が好きっていうわけではない。ただ一番の理由は、観光している時のチオリは、なんか買い物の時よりも、ずっと元気で楽しそうだから。だからボクも一緒にいて楽しかった。
「でも、買い物も楽しかったですよ。緻渚さん、今日本当にありがとうございました」
今日いっぱい綺麗な服着られたね。実際に買ったのは少しだけだけど。
「楽しくてよかったわ。さあ、今日はここまでね。そろそろ金沢駅に戻って電車に乗ろう」
「はい」
ちょっと遅くなるけど、今日も昨日みたいにこの4人で一緒に夕飯を食べることになった。
・―――――・ ※
金沢駅に戻って、電車に乗ったらその時の電車の中には人がいっぱいいて、朝の時よりも込んでいる。座る席さえなくてただずっと立っている。
人がいっぱいだから電車の中はなんか狭苦しく感じた。こんな人が多いところなんてあっちの世界ではほとんどなかったな。そもそもあっちの人口もこんなに多くはないから。
それに、ボクがあまり人の大勢集まっている場所が好きではなかった。だからこんなに密集する人混みは初めて。
ここの人はいつもこんな込んでいる電車を使うのかな? このまま佇んでいるだけで力が消耗されてしまいそう。
今日はいろいろな場所に歩き回ってきて、チオリからいろんなことを教えてもらった。疲れたけど、楽しい一日だった。
「今日一緒に歩き回って、なんかあの日のこと思い出しちゃうね。イヨヒくんがあたしを連れてあっちで歩き回ったあの日」
そういえばチオリがあっちの世界に行った時にいろいろ教えてあげたのはボクだったね。
「そうだよね。もう3ヶ月前のことか。なんか懐かしい」
今その時のことを思い返してみれば……。
・―――――・ ※
チオリ……勇者様がボクの世界へ召喚された日は、すぐ王宮へ呼ばれてコルヒア様と会った後、夕方から夜まで魔法の勉強を始めた。いきなり召喚されたばかりなのに、初日からあまり息抜きはできなくて、チオリにとってはきつかっただろう。
でもその翌日、5月2日の朝、ボクは勇者様に街の案内を頼まれた。勇者様がまた誰かに襲われる可能性もあるので、護衛は一緒に同行していたけど、ちょっと遠い距離から見張っていただけで、実際に勇者様のそばで歩いていたのはボク一人だけ。
「こっちの世界でも異世界犬がいるんだ。でもあっちの世界とはちょっと違うね。秋田犬と似てるけど、毛の色は紫だね。あれは何の動物なの?」
「あれはバジュグド犬です」
これは街中歩き回っていたらよく見つける犬の一種だ。
「あ、異世界猫もいるよね。波斯猫みたいにモフモフだけど、毛が桃色だし、なんか違う」
「あれはマフォドチェ猫です」
これはたくさんの市民が好き好んで飼っている猫。
「あれが何の異世界鳥? 異世界烏かな? それとも異世界雀?」
「タピウェキ鳩です」
「そうか。ここにも異世界鳩がいるのか」
これは人間に馴染んでいる鳥。都会の中でも小さな町の中でもよく見掛ける。
「すごいよね。あっちの世界の動物とは似ているよ。名前はちょっとおかしいけど」
「……」
この勇者様はなんかすっごくテンション高いね。何を見ても好奇心旺盛だ。子供みたいに、燥ぎすぎるよ。最初はボクのことを子供扱いしたくせに。こう見えて子供はどっちなのだろうね。
「あの異世界焼肉は美味しそうだね。いい匂いし。何の肉? 異世界豚肉かな?」
道端にある屋台を見掛けたら勇者様は焼き肉に惹かれてしまったみたい。
「ウモモロア豚の肉です」
この肉はかなり美味しいけど、ちょっと値段が高い。
「あれは異世界鶏の肉?」
「ニュフニョア鶏です」
この鶏も結構美味しくて、しかも値段はあまり高くない。
「ちょっと食べたい。あ、でもあたしはここのお金を持ってない。使い方もまだわかってないしね。イヨヒくん、お金のことはどうするの?」
「勇者様の費用のためのお金は準備されています」
「どこからのお金なの? イヨヒくんの財布?」
「いいえ、国庫金からです」
「それはまさか、国民の税金から?」
「そのようです」
「なら責任重大だね。無駄遣いは駄目だよね」
「……いいえ、好きに使ってもいいです。構いません」
何その反応? 国民からのお金だから気遣っているの? 王族たちがお金を使うたびにこんな風に深く考えればいいのにね。王族や貴族たちは無駄遣いが多いという噂がよく聞こえている。
とはいっても、昔わたくしがまだ姫様だった頃も欲しいものを見つければすぐ買ってもらったからあまり他人事言えないかも。
「あれも見たことがない異世界果物だね。なんか美味しそう。何なの?」
「ピリプトゥケ桃です」
「異世界桃か」
これは美味しいというより、意外と甘酸っぱい味がする果物だよね。
「じゃ、あれは?」
「ミヌオモキャ葡萄です」
「ほー、異世界葡萄か。これも美味しそう」
これは確かに美味しいけど、ちょっと食べにくくて、ボクはあまり好きではない。
「これ高いかな?」
「普通です」
「なら、ちょっと買って食べてみたい」
「……はい」
そして勇者様は果物を買って食べてみた。
「うん、美味しいね。イヨヒくんもちょっと食べない?」
「……遠慮しておきます」
こんな感じでこの勇者様は超元気で活溌すぎて、一緒にいると……疲れそう。すっごく。
なんでそんなに燥いでいるの? この後は戦場に出るのに。忘れたの? 遊びに来たのではないのだからね。
だけど、その勇者様のいつまでも滅気ずに楽しんでいる姿を見て、ボクもずっと一緒にいたらなんか安らげるかも。実際にあまり嫌って感じではない。
彼女の挙動はあまり予想できなくて、よくボクを呆れさせた。でも、なぜかボクも無意識のうちに楽しくなってきた。次にこの人はどんな行動を取って何をやらかそうとするのか気になって、つい期待してしまった。
「川辺の景色綺麗だ。金沢の浅野川と似ている感じかな」
商店街と居住地の間にある川辺に着いたら、勇者様は嬉しそうにあそこの風景を見て感嘆した。ここの景色とどこかの川と比べているみたいだけど、どうせあっちの世界のことだろう。ボクの聞いたことない名前だから、あの時は聞き捨てにした。
「あれは船だね。何かの動物に引っ張られている。異世界亀だよね? 異世界鼈のように見えるけど、なんか大きいよね。色も青っぽい」
「あれはルノタムヌ亀です。あの船は亀亀船」
この種類の亀が大きい割には速く泳げるので、船を引っ張るためによく使われる。
「なんで亀亀? 馬と車は『馬車』になるんだから、亀と船は『亀船』にならないの?」
「……わかりません」
だって、そう呼ばれているから。理由なんていちいち気になると切りがないよね。
「亀2匹を使っているからかな? だけど、馬車でも馬1匹だけじゃなく、2匹使うのもあるよね。その場合『馬馬車』にならないかな? 3匹なら『馬馬馬車』とか?」
「……」
その余計な発想を聞いて、ボクはどう答えるかわからないので沈黙した。
「ね、あの亀亀船ってやつ今あたしもの乗ってみてもいい?」
「今は無理……駄目です。護衛は困難になりますので」
「そうか、残念だね。亀に引っ張られる船なんてあっちの世界にないみたいだよ。だから馬車よりもなんか新鮮な感じで、一度乗ってみたいかな」
「……」
ぶっちゃけ、この勇者様ってすっごく口煩くて喧しい。 考えていることを全部口に出さなくてもいいのに。
でも、よく聞いてみたら面白い話も多いので、ボクも意外とあまり聞き飽きなかった。ボクの知らなかった知識や、思いもしなかった発想や考え方をいっぱい彼女の口から出た。むしろいろいろ聞きたくなってきた。
「景色のいい場所、まだどこにあるのかな?」
「いっぱいあります」
「案内してくれないかな?」
「どんな場所がご志望ですか?」
「えーと、高いところとかがいいかもね。この町俯瞰できたらいいと思う」
「なら、あっちにある教会の塔など?」
「あれか? 結構高いよね。いいかも」
そしてボクは勇者様をあの場所に連れて行く羽目になった。ちょっと遠くて面倒くさそうだと思っていたけれど。
実は別に適当な場所を案内してもいいかもしれないが、なんかあの時彼女にいい景色を見せたい気になっていた。それに、ボクも高いところの涼しい空気を吸って気晴らしできたらいいとか思っていた。
「やっぱりここからはよく見えるよね。素敵な眺望だ。イヨヒくんもそう思わない?」
「……はい。いい眺めです」
教会の塔の最上階まで登ってきて風景を見渡してみたら周りがよく見られる。ボクも来たことがあって、ここの景色が好きだから、ここをおすすめした。
「やっぱり、ここってナーロッパって感じかな」
また難しそうな単語が出た。『ナーロッパ』って? どこの地名かな?
「本当にあっちの世界とは違うよね」
「どう違うのですか?」
ボクもなんか気になってつい自分から訊いてしまった。ボクが好奇心でチオリの世界のことを訊いてみたのはあれが始めてだった。
「あ、イヨヒくんもあっちの世界のことを知りたくなってきたの?」
「……はい、少しは」
「やったね! 聞いて驚け。あっちではね……」
彼女はなんか嬉しそうにいろいろ語り始めた。よくわからないことも多いが、とにかく違う世界で本当にいろいろ違って、驚きそうなことも多いとわかった。
・―――――・ ※
そして今、実際にボクはここ……チオリの元の世界まで付いてきた。
「あの時チオリから聞いたこの世界……ボクがやっと実際に自分でやって来て、自分の目で見られたね」
「想像したのと違うかな?」
「まあ、いろいろ想像以上かな」
確かにここはチオリが言った通りだよね。でもあの時はただ聞いただけで、もちろん写真もなくて、あまりはっきりと想像できなくて、実際に目にすると想像以上のことも多い。
ただ不思議なことに、ボクが想像したのと似ているものも意外と多いみたいで、呑み込みも案外速い。
そして今日、チオリはボクにいろいろな場所に連れて行ってくれた。
ここではボクはまだいろいろよくわからなくて、不調を齎してしまった。今回ボクの方がまるで子供みたいだよね。
「チオリ、ボクはこの世界についてもっと知りたい。またボクを連れてどこかに行ってもいいかな?」
「うん、もちろん」
「ありがとう。これからもよろしくね」
ボクはまだもっともっとドキドキ感激が欲しい。これからもチオリと一緒にいろんな場所に行けて、一緒の風景を見られたらきっと幸せだろうね。
ちょっと小説のタイトルを変えました。
やはりタイトルは今でもまだ優柔不断です。また少し変更する可能性がありますが、『いよひ』で始めるのはほとんど決まったことです。




