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4:お姫様って呼べばいいかな?

 「イヨヒくん? 王女って、お姫様? どういうこと? 何の冗談?」


 わたくしの正体をわかって、チオリがなんかすごく愕然(がくぜん)として、信じたくないような顔をした。これは当たり前の反応だよね。


 「お姉さん……。エフィユハ? 王女?」


 さっきからわたくしを抱いていた妹さんも不思議そうな顔でわたくしの言った言葉を反芻(はんすう)しているようだ。ちゃんと意味理解しているかどうかわからないけど。


 「8年前に政変(クーデター)が起きて、わたくしが身分を隠すために、ある偉い賢者様の魔力を借りて男に体を変えてもらいましたの。しかしどうやらわたくしがこの世界に渡ってきたことで、その魔法の効果が消えたようです」


 原因は確信しているわけではないけど、この理由しか思いつかない。これは本当に予想外なことだ。


 もう男になってから8年経ったね。これは人生の半分くらいだ。今の体はなんか懐かしい。あの時みたいに8歳の小さな子供ではなく、随分成長したようだけど、本当に16歳なの? やっぱり16歳でもわたくしの体がこんなに小さいか。なんかがっかりした。


 「魔法で体が男になったって……それってつまり、イヨヒくんは……そもそも本当に女の子なの?」

 「それは……まあ」


 チオリはすごく動揺しているようだから、わたくしも今答えることを躊躇(ためら)ってしまった。


 「そ、そんな……」

 「信じてくれませんの?」


 わたくし自身もあまり認めてくないけれど、自分でもよく覚えているからこれは否定できない事実だ。本当にわたくしは生まれてきた時から8歳まで女の子だった。


 それでもこの8年間、つまり8歳から16歳までは、ずっと男として育ってきたのだから、自分が女の子だったということは忘れかけていたよ。今心もほとんど男の子になっていた。しかも女の子を好きになってしまった。


 それなのに今更元に戻ってしまった……。そんなのむしろ困るよ。


 「そんなこと、いきなりそう言われてもね……」


 チオリの怪訝(けげん)そうな視線はわたくしに向かっている。別に彼女は怒っているようには見えないけど、明らかに納得いかないような顔をしている。


 「黙っていて本当にごめんなさい。でもあっちでわたくしの正体がバレたら……恐らく捕まえられてしまいますの」


 チオリだけでなく、誰もわたくしの正体なんて知っていなかった。言ったことないからね。


 「なんでそんなこと?」

 「……」


 みんなに隠し事をしたいわけではないけれど、わたくしの命を(ねら)っている人がいるからこれは本当に仕方なく。


 どうしよう。チオリの表情から見れば随分困惑しているようだ。わたくしに(だま)されたことでドン()きした? 当たり前だよね。失望した? せっかくあんなに信用して家まで誘って……。わたくしはこのまま嫌われて、捨てられてしまうのかな?


 「あの、イヨヒくん……ううん、お姫様って呼べばいいかな?」

 「……っ!」


 そんなの全然望んでいないのに。せめてチオリの目の前ではこのままのボクでいたいのに。別に今更お姫様に戻りたいわけではない。


 「緻織(ちおり)、とりあえず落ち着いてね。彼女があまり言いたくないようだから、無理()いはよくないのよ」


 お母さんに(いまし)められて、チオリが少し落ち着いてきた。


 「あ……、ごめん。なんかいきなりのことだから、あたしはつい……」

 「ううん、隠し事をしていたわたくしが悪いですの。本当にごめんなさい」


 やっぱりがっかりさせてしまった?


 「いや、あそこで正体を明かしたら困ると言ったよね? あたしの方こそ無理矢理(やり)そんなこと言わせてごめん」

 「でも……」


 理解してくれたようだ。チオリが優しい人だから簡単にわたくしを許してくれるとは予想できたよ。でもやっぱり罪悪感が……。


 「二人とも、この辺にしなさいよ。誰も悪くなんてないわ」

 「母さん……」


 この場でチオリのお母さんがいて助かったかも。さっきから彼女がずっと冷静でいた。最初にこの部屋に入ってきてチオリを見た時に彼女は余程(よほど)取り乱していたけど、すぐ落ち着いて事情を()み込んだ。今チオリの方が緊張しているようだ。


 「私はまだよく事情を把握(はあく)できていないけど、貴方(あなた)政変(クーデター)から亡命した王族ってことはわかったわ。バレたら大変なことになるから貴方(あなた)は自分の命を守るために身分を隠していたのね?」

 「は、はい」


 簡単に言うとその通りだ。でももっと詳しく話さないといけないはずだよね。


 「じゃ、貴方(あなた)は好きで隠し事をしたわけではないということは理解できたわ。それだけでいいのよ。もう言いたくないことをこれ以上言う必要なんてないわ」


 お母さんが優しい笑顔で言った。


 「え? わたくしの言ったこと、信じますの?」

 「それはまあ、いきなりお姫様だとか言っても信じがたいけど、異世界だし。そんなこともあり得るかなって」


 確かに彼女にとって、わたくしのことは『異世界』だから、最初から非常識なことだと思っていたよね。


 「母さん、それって、つまりあたしの異世界の話を信じてくれたの?」


 チオリが嬉しそうに言った。


 「いや、正直これもまだ半信半疑だ。やっぱり信じがたいわね。もっと詳しく説明してもらいたい」

 「うん、わかった。もちろん母さんに今までのことを何もかも説明するつもりだ。本当にいろんなことがあって、あたしも話したいことがいっぱいあるから」

 「そうか。わかったわ。でも長い話になりそうだよね? だったら今すぐではなくてもいい。お菓子(かし)を食べながらゆっくりと話したらどう?」

 「それはいいかも。さっきからずっと立ち話をしていたから」


 チオリの言った通り、お母さんが部屋に入ってきた後みんなずっとこのまま立っている。


 「これでいいかしら?」


 今のはわたくしに向かった質問だ。


 「はい」


 確かに今お母さんも異世界のことをある程度信じてくれたし。チオリも、まだ完全に納得できたわけではないようだが、わたくしの正体を受け入れてくれたようだ。帰ってきたばかりで、すぐ全部話すのもしんどいからちょっと休憩(きゅうけい)してもいいかもね。


 「それと、2人ともこのコスプレみたいな服のままではなんかきついわよね。やっぱりまず着替えた方がいいよ」

 「母さん……、だからこれがコスプレじゃないって。本物だよ」

 「それになんか服のサイズが合わないわね」


 今のチオリの主張をお母さんが無視して、その代わりにわたくしに話しかけてきた。


 「はい、女の子に戻って体が(ちぢ)みましたの」


 やっぱり今この格好は今の体に合わなくて見苦しいよね。女の子に戻ったことで、どれくらい体が小さくなったのだろう?


 「サイズ合う服を持ってる?」

 「いいえ」


 服は全然持ってきていないし。たとえ持ってきても、今のサイズとは合うはずがない。


 「じゃ、まずは似合う服を準備してあげないとね」

 「はい、ありがとうございます」

 「でも母さん、このサイズの服があるの?」


 サイズ? そういえばチオリの服なら大きすぎて駄目(だめ)だよね。お母さんも、チオリほどではないけど、今のわたくしより体が大きい。妹さんも小さすぎるよね。つまりここでわたくしのサイズに合う服なんて……。


 「このサイズは、確かに持っているわよ」

 「え? あるの?」

 「うん、数年前緻織に着せたくて買った服だけど、『女の子っぽすぎて絶対似合わない』と言って断られたわね」

 「そんなことあるの?」


 チオリは苦笑いをした。


 「覚えてないの? あるわよ。しかも一回だけじゃない」

 「あはは、そういえば記憶にあるような……。忘れていたよ。でもあの服をわざわざ仕舞(しま)っておいたの?」

 「せっかく買ったのだからもったいないし。最初は緻羽(ちはね)が大きくなったら着せたいと思っていたけどね」


 チハネ? あ、確かに妹さんの名前だ。この子は先ほどからほとんど(しゃべ)っていなかったけど、今でもまだわたくしに抱きついている。なぜかこの子がすごくわたくしに懐いている。


 「でもあの服って、すごく女の子っぽい服だよね? イヨヒくん大丈夫なの?」

 「あ……」


 そうだよね。子供の頃ならともかく、今までずっと男の子だから、女の子の服なんて……。


 てか、チオリはわたくしと違って正真正銘の女の子だよね? なんで女の子っぽい服が嫌なの? あっちでもいつも勇者の服を着ていたのだから、チオリの服の趣向なんて今まで全然わからなかった。


 「きっと大丈夫よ。今の貴方(あなた)はどう見ても可愛い女の子よ。美少女よ。可愛い服は似合うに決まってる」


 チオリのお母さんに『可愛い女の子』だと言われた。


 「女の子……」


 やっぱり今のわたくしの姿は完全に女の子だよね。そう言われるとなんか微妙な感じ……。


 「母さん、なんか新しい着せ替え人形(・・・・・・)ができて嬉しそうな顔だな」

 「だって、緻織は全然着せ替え人形になってくれなかったのだから」

 「着替えるのが面倒だし。それに女の子っぽい服はあたしにあまり似合わないよ」

 「まったく、女の子なのに。今まで着ていた服も地味(じみ)なものばっかりね」


 そうか。チオリってこういうキャラだったね。確かに最初から男(まさ)りって感じだと思っていたけど。


 「わかりましたの。着用させていただきます」

 「よかったね。お姫様」

 「そんな呼び方()めてくださいまし! わたくしは……」


 またチオリにそう呼ばれた。やっぱりまだ気にしている?


 「まあいいけど、さっきからなんか堅苦(かたくる)しい(しゃべ)り方をしていたよね」

 「あ……」


 自分の正体を明かすつもりだから、喋り方まで昔みたいに戻してみた。久しぶりだけど、今の声だとこんな口調は意外と自然だからついそのまま。でもやっぱり今更そんな喋り方は……。


 「わたくしのこんな喋り方、やっぱり嫌ですのね?」

 「別に嫌ってわけじゃないけど、正直あまり慣れていなくて違和感がある。今まで通りの方がしっくりくるよ」

 「やっぱり……」


 わたく……ボクだって、やっぱり今までの喋り方の方がいいかもね。声も体も女の子になって変に見えるかもしれないけど、やっぱりボクはボクだよ。


 「わかった。それと、ボクのことも今まで通りの呼び方でお願い」


 元の名前なんてとっくに捨てたよ。体だけは戻ったけど、お姫様だった時代に戻りたいとは思わないし。


 「うん、わかった。いつものイヨヒくんだね。それでいいよ」


 よかった。いつもの呼び方に戻ってきた。さっきまでのチオリはなんか他人行儀(たにんぎょうぎ)だったから。


 「でも、変かな? こんな姿になったのに……。声も……」

 「どんな姿でもあたしにとってイヨヒくんはイヨヒくんだよ。それに喋り方が元に戻ったらほとんど元通りだ。雰囲気とかもね。どう見ても他人だと思えない」

 「そう? 本当に?」


 その言葉はなんか嬉しい。最初はがっかりさせてしまったと思っていたから。ボクだって変わりたいわけではない。それに何より、チオリに女の子扱いされたら、(かえ)ってボクが傷つくかも。


 「うん、どうせイヨヒくんの見た目も声も最初から(・・・・)女の子っぽかったしね。そんなに変わっていないよ」

 「……」


 それって最初からボクのことを男として見ていなかったってこと? それはそれで傷つく。でも結局そのおかげですぐ受け入れてくれたから、それで嬉しいべきかな? 複雑な心境だ。


 ボクとしてはよく男らしさをアピールしようとしていたつもりだけど、チオリには全然伝わっていなかったようだ。ましてやボクはいつも女の子っぽいと言われた。別に彼女はボクを揶揄(からか)うつもりで言ったわけでもなかったようで、ボクもあまり嫌ってわけではなかった。むしろそのおかげで彼女に可愛がられていた。


 「大丈夫だよ。あっちでのイヨヒくんも、今のイヨヒくんも、どっちも可愛いよ」

 「……」


 また『可愛い』って……。


 「だからあたしは絶対に今のイヨヒくんが変だと思わないよ」

 「ボクが女みたいな格好をしても?」

 「え? それは……まあ、あたしより似合いそうだ。そもそもあっちでのイヨヒくんだって、実は女装したらきっと素敵だと思っていたよ」

 「……」


 そんなこと考えていたのか? 全然知らなかった。つまりあっちにいた時から気をつけなければボクは女装させられたかもしれないってこと? そう考えたらなんか悪寒(おかん)背筋(せすじ)に走ってきた。


 「だから気にしないで、気楽に女の格好をして」


 実はチオリにそう言われると、ボクは(かえ)って気になるけどね。まあいいか。


 「じゃ、今ちょっと私の部屋に来て。服はあっちに仕舞(しま)っておいたはずだから」

 「はい、よろしくお願いします」


 チオリのお母さんがボクを自分の部屋に誘った。


 「あたしも着替えた方がいいかもね。今の勇者の服のままだと母さんにコスプレだとか言われるし」

 「緻織の今着ているのは、本当に勇者の服なの?」

 「本当だよ。コスプレと違って、外見だけでなく、防御力も本当に高いよ。軽くて着心地がいいし。冒険に正に相応(ふさわ)しい服だよね。それに……」

 「わかったから、服の説明なんかもういい。とりあえず着替えて」


 どうやらチオリがこの服を結構気に()っているようだ。勇者としていつもこの服を着ていたのだからね。『コスプレ』と呼ばれるのは嫌みたいだ。


 ところで先ほどから気になっていたけど、『コスプレ』って一体どういう意味なの? ボクは今でもまだよくわからないけどね。


 「緻織の服は今まで通り箪笥(たんす)の中よ」

 「わかった」

 「じゃ、私はあっちの部屋でこの子の着替えを手伝うね。着替え終わったら食堂で合流ね」

 「うん、母さんにイヨヒくんのことよろしくね」


 こうやってボクはチオリのお母さんと一緒にこの寝室から出ることになった。チオリとはしばらくの別行動だね。


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