39:ひがし茶屋街で迷子になった後、走って近江町市場へ
「川辺の風景、すごい綺麗だね」
「この川は浅野川で、この橋は浅野川大橋だよ」
この辺りの景色を見たら落ち着いた感じになったので、ボクたちはしばらく休憩して、スマホで写真を撮ってみたりした。その後、ボクたちは川の向こう側へ渡ってきた。
「ここは今日の最後の目的地だ」
「これも古い建物なのか?」
ここも木造の建物いっぱい並んでいる。さっきの長町とは似ているが、詳しく見ればいろいろ違う。
「うん、この辺りは『ひがし茶屋街』と呼ばれる旧市街」
「あっちの方に山が見えるね」
「あれは卯辰山。もし登ったらさっきよりもよくこの都市の風景が見られるはずだ。時間があったら連れて行きたいけど、もうすぐ母さんと集合する時間だからここまで」
「これで終わりか」
確かにそろそろの時間だ。この後緻渚さんと一緒に電車に乗って家に帰るから。
「まあ、時間はまだ少し残ってるし。しばらくこの辺りを散策してもいい」
「そうだね」
この辺りは同じような建物も多くて、小さな巷もいっぱいあって、このような場所は道に迷ってしまいそう……。
「あれ? チオリは……?」
ちょっとぼーっとしてしまって、気が付いたらチオリの姿がもう見えない。周り見ても見つからない。これってもしかして……
「ボク、迷子になった?」
あまりここに慣れていないボクが一人に残されたらどのようにするかわからなくなるのは当たり前だよな。
「そうだ。こういう時こそスマホだ」
さっき買ったばかりだし。使い方も少し教えてもらったしね。ちょうど今は使ってみる機会だ。
……とはいえ、意外と難しい。さっき教えてもらったばかりなのに、実際に独りに残されるとどう使うかわからなくなった。駄目だよね、ボクは。
『♩♪♫♬♪♬』
スマホから旋律が響いてきた。これって、あっちから電話かけてきたってことだよね。ならば今やるべき行動は『電話に出る』ことだ。
……とはわかっていてもね、どうやって出るかまだ把握していないよ。まだしばらく旋律が止まらずにそのまま鳴り続けていく。
ボクの馬鹿! せっかくスマホをもらったのに、このままでは無駄にしてしまうのではないか。
「イヨヒくん……!」
遠くからこっちに走ってくるチオリの姿が見えて、その同時にスマホの旋律が止まった。
「心配したんだぞ。スマホかけても出てくれないんだから」
「ごめん、使い方はまだ覚えていないみたい」
結局さっきの旋律がチオリは聞こえて、ボクがここにいるとわかったみたい。少なくともスマホは役に立ったね。やっとちゃんと使えた……って、なんか違う! これは『使える』とは言えないよね。ボクがまだ未熟だという事実は変わらないよ。
「気にしないで。最初から上手く使える人はいないよ」
「でも……」
「また自分が役に立たないとか思ってるのか?」
「それは……」
「じゃ、スマホの使い方もっと特訓だ。次は写真機と地図の使い方を教える」
「うん、そうだよね。ボクは頑張る!」
「それでいい。それと……」
チオリはボクの手を掴んだ。
「何を?」
「迷わないように手を繋いで歩こう」
「ちょっと、これ恥ずかしいかも」
「そんな恥ずかしい? さっき長町でもそう?」
「まあ、手を繋ぐくらい許してあげなくもないの」
「何それ。嫌なら手を離してもいいけど」
「離さないで! このままで……」
話の流れでつい素直に欲望を言ってしまった。恥ずかしい。でも手を繋げて嬉しい。
手を繋いで歩く……これは恋人っぽいかな? でもそう考えるのはボクだけだよね。チオリにとってボクはただの友達や弟しかないはずだから。
「あの、イヨヒくん、力入れすぎない?」
「あ、ごめん。痛い?」
さっき考え込んでいたから無意識に繋いでいる手に力が入りすぎた。
「別に、イヨヒくんの細い手なら全然平気だよね」
チオリは微笑んで答えた。
「それってボクが弱いと言いたいよね」
そう聞いたら、ボクはもっと力を入れてみた。でもチオリは本当に全然痛いような様子がないみたい。やっぱりボクは弱すぎる。
「こんなか細い体だから無理はないよ」
「でも……」
そういえばボクは男だった時でもチオリに敵わなかったね。そして今はあの時より更に弱くなった。こんなに弱い自分はなんか悔しい。
「そうだ。走ろうよ」
「え?」
「やっぱり運動が必要だよ。大丈夫、あたしがついているから。できるだけサポートする。まずは走ろう」
「今?」
なんかいきなりだな。
「うん、それに今そろそろ時間だよ。すぐ近江町市場に行って母さんと合流しないとね。だから力いっぱい走って行った方がいいかと」
「そうか。わかった」
確かにもう時間だから。急がないとね。
「待って。あっちじゃないし」
「あ……」
そうだ。ボクは道知らない。チオリがリードしないと結局また迷子になってしまうかもしれないよね。
「じゃあ、全力で走ってみようよ」
そしてチオリはボクの手を引っ張って近江町市場へ向かって走り出した。
「ちょ、ちょっと、チオリ、速すぎ……」
「急いでいるから、我慢して」
「そんな……!」
あっちの世界でなら魔法で身体能力を上げることができるから走るのは簡単だけど、魔法が使いないここではきつい。それにボクは魔道士でいつも魔法に頼っていたから、本来の体力はあまり高くない。ひょっとして女の子であるチオリの方がまだボクより強い。しかも今ボクは女の子になったから体力は大分落ちたようだ。こうやって一緒に走るとこうなるのは当然だよね。
しかし今こんなに急がなければならない状態になっているのはボクが迷子になった所為だよね。つまり自業自得だ。観念して受け入れるしかないか。
でももしかすると、こうやって手を繋いで走るよりも、チオリがボクをおんぶして走った方が速いかもしれないね。もちろん実際にそんなことしたら恥ずかしすぎるはずだから、これはただ勝手にボクの頭の中での妄想しかない。
いやいや、なんでこんなこう想像したのだろう? 女の子の背中に乗るなんてかっこ悪いよ。そうされても嬉しいわけがないよね。もう……。
そしてボクたちは緻渚さんと緻羽ちゃんと合流するために近江町市場に行く。
その後チオリに厳しくスマホの使い方を教えてもらうことになった。少なくとも電話、そして写真機や地図の機能もね。
大丈夫だよね。チオリの言った通り、ボクはそもそも勉強することが苦手ではないのだから、ちょっと時間と努力があればどんどん上手になっていくはずだ。だからボクはこれからも頑張っていろんなことを勉強していく。




