37:変わっても変わらないもの
「これでイヨヒちゃんの買い物は完了ね」
今はスマホも買ったし、他に必要なものも全部揃ったようだから、もう買い物はこれでお終いだね。
「次は観光だよね」
「緻織ったら、遊ぶ気満々ね。まあ、買い物も済んだから、いいけど」
「やった!」
やっと『買い物』という試練から解放されて嬉しそうなチオリはスマホを取り出して弄り始めた。なぜかボクの買い物なのになんでチオリの方はボクより疲弊したね。ご苦労さま。
「この辺りなら『長町』に近いよね。まずはあっちだ。さあ、行こう」
「緻織、ちょっと待って」
チオリがスマホで地図を見ながら次の目的地を告げたが、緻渚さんに止められた。
「私はまだ買い物をしたいから。2人で行ってもいいよ」
「まだ買い物する気? 母さん、さっきまですでにいろいろ買ったのに」
まだ買い物を続けたい緻渚さんを見て、チオリが呆れたような顔をした。
「さっきはイヨヒちゃんのものばかりよ。私はまだいろいろ買いたいものがあるの」
「それはそうだけど……。まったく母さん、まだ買い物する気満々だね」
「まあね。それに、デートの邪魔はしたくないし」
「「デート!?」」
緻渚さんの口から出たその台詞を聞いたらボクとチオリは同時に反応した。『デート』って……そう見えるの? 確かに二人きりになるから……。
「か、母さん、なんでこうなるの? べ、別に……」
チオリはなんかしどろもどろになりながらも断ろうとした。
「うふふ、冗談よ。二人とも女の子だもんね」
「もう……母さん……」
「あら、なんでこんなに照れてるの?」
チオリは照れているの? 今ボクも照れて後ろを向いているからチオリの顔は見えないからよくわからない。
「……とりあえず、母さんはゆっくり買い物をしたいようだね。そしてあたしとイヨヒくんはゆっくり観光したい。だから、しばらくお別れ」
「うん、わかったわ」
「もう誰も邪魔はしないから、今のうち母さんは一人でゆっくりと買い物してね」
チオリは『買い物したいならあたしのいない時に一人でゆっくりどうぞ』と言わんばかりの顔をしているね。そして多分緻渚さんも『邪魔されずにゆっくりと買い物をしたい』とか思っているでしょうね。なら別行動はいい解決になるかも。
「じゃ、後で近江町市場で待ち合わせにしよう」
「それはどこにあるの?」
チオリはスマホで地図を調べながら緻渚さんにその場所について質問をした。
「ここよ」
緻渚さんが地図の中に位置を指で差した。
「ちょうど金沢駅と金沢城公園の間にあるね」
「うん、緻織はどうせ金沢城にも行くつもりだろう? 私も今晩の夕飯のための食材を買っておきたいから最後には近江町市場に行くつもりよ」
「緻羽はどうする?」
そういえば緻羽ちゃんは今まだ春樹さんと一緒に病院に残っているよね。ボクはつい忘れかけた。
「緻羽は私が近江町市場に行く前に迎えに行くわ。4人であそこで待ち合わせしよう」
「わかった。行こうか。イヨヒくん」
「うん」
「若い二人ともごゆっくりね〜」
緻渚さんにそう言われるとなんか本当にデートみたい……。ボクたちは揶揄われているよね。
こうやって、ここで一旦緻渚さんと別れて、チオリと二人きりになった。なんか今のチオリは楽しそうだ。ボクもなんか今楽しみにしている。どんな場所に連れてくれるのだろうね。
ところで、結局これはデートとは言えるのかな?
・―――――・ ※
まずチオリは『長町』という旧市街に連れてきた。ここは先ほどまでボクたちが買い物をしていた片町の隣にある。
「この辺りの建物は雰囲気違うね」
石畳の道、それに木造の家。
「ここは旧市街だからね。江戸時代……つまり昔何百年前からの建物がたくさん集まっているよ。これは古風の建物だ。まあ、大体は外見だけだよね。中身は大体近代化された」
歩きながらチオリが見えるものについて説明してくれた。
「近代化って、どんな?」
「例えば電気が入ってるところとか」
「昔の家は電気ないってこと?」
「うん、電気はかなり新しく開発された技術だよ。江戸時代はまだ電気がなかったみたいだけど、いつからかな? 百年前くらい? あたしもよくわからない。でも歴史のことなら母さんの方が詳しいと思う」
「そうか」
「母さんは小説家だからね。小説を書くためにいろいろ勉強したらしい」
「歴史か……。ボクも元の世界ではいろいろ勉強したけど、それはあっちの歴史だけ」
関係のない世界の歴史なんて、こっちにあまり使いようがないかも。だから勉強していたことは全部水の泡になるのではないかな?
「母さんもあっちの歴史にも興味あるはずだよ。小説のネタにもなれるし。だからイヨヒくんは母さんと自分の知っていることを分け合えるかも」
「うん、そうだね。ボクもこの世界の歴史に興味ある」
「こっちの歴史に興味があったら本屋とかで本を買えるよ。でも、今の時代ならネットでたくさん調べられるからスマホがあるだけで余裕かも」
「またスマホか。なんか便利だね」
これからこっちの歴史をたくさん勉強しないとね。
「そういえば、外見だけ変わらないって、イヨヒくんとは真逆だね」
「ボクが? どういうこと?」
「なんというか、あっちでのイヨヒくんと今のイヨヒくんは姿が随分違うのに、中身はほとんどそのままだ」
「中身って?」
「えーと、確かに声が変わっても口調や喋り方はそのままだし。姿が変わって、動いている時の姿も変わったけど、仕草とか、性格とか、雰囲気とかはそのままだ」
「そう? でも今のボクは可愛い格好を着て喜んでいるよ? 今自分がツインテールになって満足しているし」
さっきいろんな店を歩き回って綺麗な服をたくさん着てすごく楽しかった。今の髪型も結構気に入って板につくって感じ。昔のボクならあり得ないはずだった。
「いや、確かにそうだけど、服とか髪型とかもただ外見のことだよね。そもそもあっちでは服や髪型の話をしたことはなかったよね?」
「まあ、そうだね。ボクもチオリが男っぽい格好を好きってこと全然知らなかった」
「別に男っぽいというより、中性的だよ。男装しているわけじゃないし」
まあ、確かにTシャツとズボンは男女共通だね。デザインとかは違いがあるかもしれないけど。
「とにかく、今あたしが言いたいのは、その……イヨヒくんがほとんど変わらなくてよかったよ」
「そうだね。ボクはボクだよ。絶対に変わったりはしない。でも……」
ボクの言葉がしばらく止まった。
「チオリこそ、ボクの姿がこんなに変わったのに、あまり変わらない態度でいられるよね」
「は? あたしの態度が?」
「うん、今日のチオリの態度を見たら、やっぱりいつものチオリだよ」
「それは、イヨヒくんも変わっていないのに、なんであたしが変わると思うの?」
「ボクは随分変わったと思うけど?」
「やっぱり外見だけだよ。中身は全然変わっていない。あたしはよくわかっているのだからね」
「そんな言葉をチオリの口から聞いてなんか安心した。もしチオリに他人扱いされる……とか思ったら」
ボクはついそんなことを考えて不安になってしまった。
確かに、もしボクは体だけではなく、人格まで変わってしまったら、あの時のボクがただの幻でしかないっていうことになるでしょう。そうなったらチオリもボクのことをあの時と同じ人物に見えなくなってしまう。他人だと認識されてしまうかもしれない。
でも、ボクがこのまま変わらずにいられる限り、大丈夫だよね?
「そんなことあるわけがないよ。絶対に」
そう言ってチオリはボクと手を繋いできた。
「チオリ……」
「変わらないよ。だって、あたしは……」
チオリは何か言おうとしていたが、口を竦んで、続きを言わなかった。
「いや、何でもない。やっぱりイヨヒくんの腕はこんなに細くなったね」
チオリはボクの手を握っている手の力をもう少し入れてきた。
ボクの体格はそもそも男にしてはかなり細かったものだけど、やっぱり今女の子になったら更に細くなった。触り心地も変わるのだろうね。
でもそれより今手を繋いでいるよね。これはなんかイチャイチャしているっぽいかな? こんなところでなんか恥ずかしい。
「あの、チオリ、今周りの人に見られているけど」
「あ、ごめん」
気がついたらチオリはすぐボク繋いだ手を離した
あれ? でも今外見は女同士だよね? 周りの人からはどんな風に見られているのかな? 仲がいい友達とか? ボクだけつい意識してしまったようだ。
それに、別に他人にどう見られたって構う必要なんてないのでは? そのはずなのにね。
でもチオリもボクにそう言われてすぐ手を離したね。まさか彼女も同じように意識していた? いや、そんなことないよね。ただボクの自意識過剰だよ。またこうやって都合のいい解釈をするのはボクの悪い癖だね。




